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深夜のケーキ屋さん 後編

「ぎぎぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎ」


 その生き物は生き物には到底発せられないような無機質な音を鳴らした。

 ただ敵意はないようでアイリーンはなんとか正気を取り戻した。

 それと同時にレベッカが手を上げる。


「はーい♪ にいたんに聞いてきます」


「あのレベッカ、あれ……いや彼はなんと言っている?」


「あのね、あのね、ぶどうさんのケーキをくださいって」


 それを聞いてアイリーンは固まった。

 明らかに瑠衣の関係者である。


「……そうか。それで葡萄のどのケーキだ?」


 アイリーンは頭を切り換えた。

 もう怪奇現象というか、超常的生物には慣れっこになってしまったのだ。


「うーんとね! おいしいの!」


 レベッカは元気いっぱいに答える。

 まずい。

 アイリーンは思った。

 アイリーンはレベッカが何を言ってるのか全くわからなかったのだ。

 それこそ子どもの表現力の限界だったのだ。

 アイリーンの目が泳ぐ。

 まずい! これはまずい!

 アイリーンの首筋に冷たい汗が滝のように流れる。

 その時だった。


「あの……恐れながらアイリーン様」


 幽霊のメグである。


「メグ、なんだ?」


「お客様? ……は、瑠衣様?の紹介だそうで葡萄のロールケーキを一つ譲って欲しいと仰ってます」


 瑠衣が誰か知らないのかメグは自信がなさそうな声で言った。


「メグ、言ってることがわかるのか」


「はい……なんとなく。幽霊になって悪魔とかと同じような存在になったからでしょうか」


 メグは不思議そうに言った。


「でかしたメグ!」


 アイリーンはメグを褒めるとキッチンへ走る。

 確か疲れて眠りこけるまで作り続けていたケーキがいくつもあるはずだ。

 アイリーンがキッチンへ着くとアッシュの姿があった。

 アッシュはエプロンをしてさらにケーキを作っていた。


「アッシュ殿……また作っていたのか」


 びくッとアッシュが背中を振るわせた。


「み、見たな」


「まったくどれだけ料理が好きなんだ貴公は!」


「く、レベッカがどいてくれたからチャンスだと思ったのに……」


「まったく、貴公はしょうがないな! それでだ。瑠衣殿の客人が来ている。なんでも葡萄のロールケーキを所望らしい」


「あ、今出しますね。はいはい……」


 アッシュは箱に入ったケーキを取り出す。


「よし持っていくぞ!」


 アイリーンとアッシュはケーキを持っていく。


「お待たせした。ロールケーキはこちらだ」


 アイリーンがケーキを渡すと怪物はぺこりと頭を下げた。

 頭かどうかはわからないがその場にいた全員がそう感じた。


「ギ、ギギギ、ギ」


「『代金はこれでお願いする』だそうです」


 怪物は触手でつかんだ何かをアイリーンに渡す。

 それは一本の剣だった。

 アイリーンから見ても素晴らしい意匠の鞘に収まった逸品だった。


「あ、ああ承知した……」


 明らかにケーキとは釣り合ってないがアイリーンは反射的にそう言ってしまった。


「ギイ」


「ごきげんよう」


 メグが頭を下げた。


「ばいばーい」


 レベッカは手を振る。

 すると怪物は闇に溶けるかのようにすうっと姿を消してしまった。


「……もらってしまった」


 アイリーンは財布を拾った子どものような情けない顔をした。

 全員で食堂に行く。


「それでだ……この剣だが」


 ベルが全員の前で剣を見せる。


「素晴らしい意匠ですね」


「問題はこんなものをもらってしまっていいのかということだ。おそらく金貨10枚に相当する物だろう。ケーキの代金としては高すぎる」


 その時、アッシュが全員分のお茶を持ってくる。

 そしてお盆をテーブルに置くと剣を抜く。


「少し重いな。ミスリル銀かな」


 アッシュはさすがに仕事道具には詳しいのだ。

 それを聞いた騎士二人がお茶をこぼす。


「み、み、み、ミスリル銀!?」


 アイリーンまでお茶をこぼす。


「なんだと。金貨10枚どころではない高級品ではないか! これをもらったのはまずかったか……」


 アイリーンが頭を抱える。


「いいえ。私どもには価値のない品ですから」


 いつの間にか瑠衣がそこに現れていた。

 しかも優雅に幽霊メイドのメグにお茶をいれてもらっていた。


「しばしば私どもを滅ぼそうとする人間が現れるのですが、迷惑なことにこういった武器を持ってくるのです。どんなに素晴らしい武器も当らなければどうって事ありませんのに」


 ふうっと瑠衣がため息をつく。

 足下にじゃれつくレベッカの頭を撫でながらアッシュが質問する。


「それで戦いを挑んできた者はどうなった?」


「ほとんどは武器を没収して帰って頂いてます。危ないですからね。殺人犯などは例外として地獄にお連れいたしますが」


 アッシュは椅子に座ると足下にじゃれついてきたレベッカを膝に乗せる。


「武器はどうするんだ?」


「とりあえずゴミ処理場に置いてます。それでも数千年分のゴミがたまってしまって近年では地獄でも処分場の敷地が問題になっているほどです」


「つまりこの武器は?」


「我々悪魔にとっては処分に困ったゴミですね」


「なるほど」


 どうやら悪魔としては率先して放出したいものらしい。


「もちろん悪意はございません。悪魔としてはゴミなのですが人間はこういうのを好むのは知られていますので」


「なるほど」


「ですので是非アッシュ様の美味しいケーキを我らにご提供ください。こちらはミスリルや魔法剣、魔法の道具でお支払いいたします。それとおまけもおつけ致します」


「おまけ?」


「ええ、おまけです」


 瑠衣はウインクをした。

 それに対してアッシュは満足げな表情で親指を立てた。

 そして次の日、アッシュたちは知ることになる。


 それは騎士たちが朝のランニングに行った直後だった。


「アイリーン様、たいへんです!」


 出て行ったばかりの騎士たちが慌てて帰って来た。


「どうしたお前ら」


 アイリーンが眉間に皺を寄せて尋ねると騎士コンビのアイザックが汗だらけの顔で言った。


「それが、隣の廃墟が復旧したんです!」


「なに? どういうことだ?」


「だから廃墟だった隣に家が建ったんです」


 アイリーンは頭が痛くなる。

 頭痛が治まるとすぐにアイリーンは朝食を作っていたアッシュを引っ張って隣の家を見に行った。

 アッシュに抱っこされたレベッカも一緒についてくる。

 やはりそこには豪邸が建っていた。


『それとおまけもおつけ致します』


 瑠衣の言葉をアイリーンは思い出していたのだ。

 どう考えても悪魔の仕業である。


 なにせ瑠衣は国を滅ぼすだけの力のある悪魔である。

 アイリーンたちは瑠衣は力はあっても国を滅ぼしたり人間を絶滅させたりなどしないことはわかっている。

 だが権力の意志決定をしている大臣や王族にそれを納得させるのは困難だ。

 遭遇したら最後生きては戻れないと言われている悪魔族の真実など誰が信じようか?

 アイリーンにできるのはなるべく事態を隠蔽しながら悪魔と円滑な関係を結ぶことくらいである。


「あーわかったよ! やりゃいいんだろ。やれば!」


 アイリーンは腹を据える。

 開き直ったのだ。


「アッシュ殿。ケーキを増産してくれ。もうこうなったらヤケだ! ケーキ屋を開店するぞ!」


「あ、いいけど」


 思わずアッシュはいつもより実年齢に近い少年らしい声を出してしまった。


「にいたんすごいです。ケーキ屋さん♪ ケーキ屋さん♪ ケーキ屋さん♪」


 レベッカはなんだか嬉しくなって小躍りした。


「このケーキ屋の客は悪魔だ……」


 アイリーンは自分で言っておいてある疑問に辿り着いた。


「本当に悪魔だけなのか……?」


 この疑問は後に正しいことがわかる。


「まあいい。深夜帯はメグに店員をやってもらおう。アッシュわかったな?」


「お、おう。わかりました」


 こうしてクリスタルレイクにケーキショップが誕生した。

 幽霊が店長をしている夜間営業は人外相手である。

 ちなみに現在人口24人とドラゴン1匹のクリスタルレイクには人間の数倍の怪物がすでに住み着いていることが後に発覚するのだった。

 ほぼ何もないと言う意味で風光明媚なクリスタルレイクは悪魔の世界では紳士淑女の集う隠れ家的な知る人ぞ知る観光名所になっていたのだ。

今回の作品はクトゥルーは出しません。いやマジで。

謎の怪物は『悪魔』と書いて『妖精さん』と読む生き物です。

これで農業以外の収入源(の素)を確保です。

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