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講和会議 2

 講和会議の会場は三階だった。

 会場に着くとパトリックはノーマンの案内係に席へ導かれる。

 パトリックは自分がこの場で、ひどく浮いていることを自覚していた。

 案内係すらも名のある名家の出だろう。

 何も言わずとも気品というものが備わっている。

 パトリックのような地方から成り上がった家系とは一線を画していた。

 パトリックは慌てて水をかぶ飲みする。

 水を飲んで落ち着くと会場の建築に目が行った。

 やはりノーマンとは絶望的な技術格差が存在する。

 調度品や内装を見るだけで絶望的な技術差が存在することがよくわかる。

 講和会議の他のメンバーも打ちのめされているのがよくわかる。

 パトリックは理解した。

 すでに講和会議という戦争が行われているのだ。

 そして初戦はクルーガー帝国の負けなのだと。

 だがパトリックの後ろへ控えた騎士たちは呑気だった。

 普通に世間話をしている。

 騎士が無駄話をするとは珍しい。

 この大きな舞台に少しはしゃいでいるのかもしれない。

 人数合わせのパトリックすら緊張で口が渇いている。

 いやこの肝の太さが騎士には必要なのかもしれない。

 なにせその会話は奇妙そのものだった。

 口数の多いガスコンが朗らかに言う。


「村の劇場に似てますな」


 それにガスコンに無口な二人のうちの一人、ゲイツが答えた。

 なぜか誇らしそうだ。


「我が一族は世界中で常に最新の建築学を学んでいる。ノーマンにも負けはせん」


 なぜ騎士の一族が建築を学ぶのだろう?

 パトリックは疑問に思った。

 だがこの奇妙な会話は続く。


「あのキャビネットも村の集会所にあるものと似てますな」


 なぜかガスコンのこの発言に食いついたのはケンだ。

 無表情だが鼻息が荒い。


「……金箔は我々熟練の職人にしか扱えぬ」


 なぜ騎士が職人を名乗るのだろう?

 パトリックはわけがわからなかった。

 だが三人の会話からすれば、アイリーンのいるクリスタルレイクはノーマンに劣らない技術をもっているようである。


「二人と違い我らは歌や踊りしかできませぬからなあ。はっはっは」


 とてもガスコンは歌や踊りができる顔には見えない。

 実に緊張感のない会話である。

 だがそれがパトリックの頭から『後進国』であるという弱みが消したのである。


 話し合いが始まる。

 ノーマン側は終始穏やかに話を進める。

 逆に帝国側は勇ましかった。

 なぜなら技術差を見せられて動揺していたのだ。

 それに帝国側は勘違いをしていた。

 勝利したのは帝国側だと思っていたのだ。

 あの戦いで生き残った者たちの証言も都合のいいように解釈していた。

 その点ではパトリックだけが真実に近いところにいた。

 なんだかよくわからないうちにノーマンは全滅していた。

 それが真実である。

 それをノーマン側は知っていたのだ。

 だからクルーガー側は中身のない勇ましい演説をし、ノーマン側は余裕のある態度でのらりくらりと国境線の話をし続けていた。

 これは負け戦だ。

 パトリックは冷静にやりとりを見つめていた。

 あまり賢くないパトリックにもノーマンの意図はわかった。

 ノーマンの目的はこのまま軍を引かせることだ。

 賠償金も新大陸も次の戦争で決めよう。

 それで終わらせることだ。

 ノーマンにはもう戦争をする余力はない。

 だがクルーガー帝国にも戦争をする余力がないことを知っているのだ。

 お互いに冬を越せるうちに休戦しようということである。

 そして技術差の開いた次の戦争にクルーガーが勝てるわけがない。

 ここにクルーガーの滅亡は決定するのだ。

 5年、いや3年、もしかすると来年にはクルーガー帝国は存在してないだろう。

 そう思ったらパトリックは急にバカらしくなった。


「く、く、く、く、く……」


 自然と口から笑いが漏れる。

 だったら娘のために一肌脱ごうじゃないか。

 これには、帝国はノーマンを討ち滅ぼすだろうと大口を叩いてた外務大臣も黙ってパトリックを見つめた。


「パトリック卿、いかがなされた?」


 パトリックはどうせ滅亡するなら話を盛ってやろうと思った。


「大臣閣下。やめましょう、クリスタルレイクはもはや自由都市。我々の好きにはできませぬ」


 ちなみにこれはクリスタルレイクを知る一部の人間の間では定説だったが、パトリックの発言はただの口から出任せである。

 たまたま当っただけなのだ。


「……ぱ、パトリック卿、お、お主なにを!」


 外務大臣が声を上げるがパトリックは気にしない。


「ドラゴンの加護は第三皇子セシル様にあり!」


 パトリックがまたもや出任せを言った。

 かなり惜しい。


「ノーマンの方々はわかっておられよう! あの戦いで見た光、あれは神の槍とも言うべき攻撃でした。それを成したのは誰か? クリスタルレイクを守るドラゴンの力です!」


 またもや惜しい。

 ガスコンが「惜しいよね?」という顔をしてゲイツの袖を引っ張っていた。

 無表情の二人組もさすがにこれには目を丸くしている。


「ノーマン、それにクルーガーの皆様、あなた方がクリスタルレイクを友として扱うのなら神の槍が再び降り注ぐことはないでしょう。そして両国の間にはクリスタルレイクとその傘下の新大陸が横たわっております。どうでしょうか? お互いの緩衝地帯として見守っては!」


 パトリックはここを盛った。

 だが正解である。

 そしてそれを面白く思わない者がいた。


「家畜のくせに小賢しいことだ。褒めてやろう」


 金髪の若い男が手を叩いた。


「ギース将軍、いったい……」


 ギースと呼ばれた男が立ち上がる。

 男は20代そこそこだ。

 それにも関わらず将軍だというのだ。


「嗚呼……我々が何年、いや何百年にわたり二国を争わせてきたのかわかるか? その努力を水の泡にされては困るのだよ」


 その時だった。

 パトリックはひょいっと襟をくわえられた。

 何事かとパトリックが見ると、蜘蛛がパトリックの襟をくわえて走る。


「え? ちょっと、なに……」


「ゲイツ隊長! それがしが、殿(しんがり)を勤めます!」


 ガスコンはそう言うと煙に包まれた。

 煙の中から熊のように巨大なタヌキが現れる。ガスコンの正体である。

 そんな異常事態に目も向けずギースは演説を続ける。


「もともと全員死んでもらうつもりだった……が、まさか家畜どもが、薄汚い悪魔まで連れてくるとはな……」


 くっくっくとギースは笑う。


「きゃん!」


 ガスコンが迫力の無い声で吠えると、ガスコンの周りに火の玉がポツ、ポツと出現する。

 するとギースは上着を放り捨てた。

 ギースの背中からは羽が生えていた。


「神に逆らう愚か者よ!」


 そう言うとギースは手を突き出した。

 クルーガーもノーマンも関係なく吹き飛んでいく。

 次々と窓を突き破り外へ落下していく。

 そんな中、ガスコンが炎を発射する。

 火の玉がギース目がけて飛び、そして爆発する。


「くだらぬ攻撃だ」


 ガスコンはすぐに踵を返し、撤退する。

 ギースは今度はガスコンに手を突き出す。

 その背中目がけて、建物から剥がれ落ちた瓦礫が飛ぶ。

 ガスコンに突き刺さる寸前、瓦礫を炎が包む。

 カラスの姿になったケンが火を吐いたのだ。


「逃げるぞ!」


 ケンがガスコンをくわえる。

 そしてパトトリックたちの元へ飛ぶ。

 一方、パトリックたちは光に包まれていた。


「クリスタルレイクへのショートカットを使います」


 蜘蛛の姿になったゲイツが言った。

 そして次の瞬間、パトリックはぐんっという音と共に落下した。

 パトリックは加速する。

 悲鳴の一つも出せないほどに。

 顔の肉がたわみ、風圧で揺れる。

 ありえない。

 絶対に死ぬ。

 パトリックは一生分の恐怖を味わっていた。

 そしてスポンッという気持ちのいい音がし、外に放り出される。

 パトリックは尻から落ち、バウンドする。

 そして空中で回転しながら水の中へ落ちた。


「ほが! ほが!」


 パトリックはもがいた。

 それこそ死ぬ気でもがいた。

 すると声が聞こえてくる。


「おい! 誰か湖に落ちたぞ!」


「だからショートカットで遊ぶなと言っただろうが!」


 それは懐かしい声だった。

 娘アイリーンの声だったのだ。


「遊んでいたのはタヌキたちです」


「もう、あの連中は! 助けるぞ」


 半死半生、特に精神がすり減ったパトリックが村人たちに助け出される。

 蜘蛛やタヌキ、カラスたちも後ろに続く。

 正気に戻ったパトリックが見たもの。

 それは幻覚などではない。

 クリスタルレイクだった。

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