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ブラックコングの告白

 アッシュの顔が焚火で照らされる。

 その顔は白塗りで隈取りが施されていた。

 大きな体は遠くからでも目立つ。

 男は騎士。

 それも歴戦の勇士だ。

 味方すら恐れる最強の戦士なのだ。

 まるでアッシュのそのものである。

 だがそれは違う。

 アッシュが演じるのはアッシュではない。

 ブラックコングだ。

 男はその強面の外見とは裏腹に優しい男だった。

 戦災で焼けた村の子を引き取り、自分の子として育てていた。

 そんな男を支えた女とのラブストーリーである。

 まさに今のブラックコングを表す演目だった。

 こういう煽りはクローディアの得意技なのだ。


 アッシュはコミカルな動きで舞う。

 髪型もわざとボサボサにしている。

 今回は全体に難しい興行のため、アイリーンはヒロインではなかった。

 それが少し不満である。

 しかもアッシュがコミカルな役なのだ。

 なんだか面白くない。

 だが仕事は仕事。

 アイリーンはちゃんと娘役をこなす。

 こちらも白塗りで目と口の周りを赤く塗っている。

 こちらも道化役である。

 道化役だが、アッシュもアイリーンも並外れた運動神経を持っている。

 コミカルながらもキレッキレの動きを観客に見せた。

 あくまでコメディなのをわかっているため、動きは大きく、動作はゆっくりと、わざとらしいくらいの声を出す。

 客席からは歓声が上がったのでアイリーンは満足した。


 楽団の心配はなかった。

 当初はクローディアお抱えの楽団を連れてくる計画だったが、エルフたちは演奏の名人だった。

 なにせ何年も都市に立てこもっていたのだ。

 娯楽を追求する時間はいくらでもあった。

 だから大人は、自然となにかしらの楽器を演奏できたのだ。

 特にオデットは素晴らしかった。

 オデットが太い棹のリュート属の楽器、シタールに似た楽器の弦を大きなピックで弾く。

 ベースと三味線の中間のような楽器だった。

 普段は役立たずという印象のオデットだが、この時だけは輝いていた。

 とことん労働に向いてない性格である。

 場面に合わせて変幻自在に曲を演奏していく。

 心臓に響く曲、松明の光、そしてメイクの相乗効果で舞台は盛り上がる。

 クローディアが歌い踊る。

 今回はクローディアがヒロインだ。

 アッシュはクローディアを頭の上に持ち上げ、クルクルとまわす。

 そのたびに客席からは「もっとやれ!」と声援が上がる。


 悪役の騎士二人も顔全体を赤く塗って、その上から泥棒ヒゲを描いている。

 二人が出ただけで「引っ込めー!」と罵声が飛ぶ。

 だからわざと観客を挑発するかのようにコミカルに腰を振って挑発する。

 ちなみに二人とも、こういうタイプのヨゴレ仕事は得意である。

 その二人へアッシュが立ちはだかると客席から歓声が飛ぶ。


「やっつけろー!」


 わかったとばかりにアッシュは「どんっ!」と足を踏み鳴らす。

 カルロスが調子に乗って尻餅をつくと、どっと客席から笑い声が飛んだ。

 「ウケた」とカルロスは悪い顔をする。

 チャンバラも同じだった。

 ゆっくり、ゆっくり、動く。

 なぜなら観客の反応を待っていたからだ。


「後ろ! 後ろ!」


「受けろー!」


「そこだやれー!」


 わざと声を待って動く。

 まるでスポーツの観客席のような一体感が生まれる。

 アッシュが動くたびに口笛や歓声が上がる。

 アッシュが二人を打ち倒すと大きな歓声が上がった。


『楽しい!』


 アッシュは最高に楽しんでいた。

 もちろんアイザックやカルロス、アイリーンも楽しんでいた。

 ドラゴンたちと子どもたちも舞台に上がる。

 全て子ども役である。


 もうどうでもいいや。


 エルフの街の住民は、悪魔やドラゴンがその辺を歩いているクリスタルレイクの価値観に染まっていた。

 考えるのを放棄したのだ。

 保守的だったエルフも良い方に雑になったのだ。

 ドラゴンたちが飛び、光る。

 子どもたちも歌を歌いながら飛び跳ねる。


 そしてクライマックスがやってくる。

 クローディアがアッシュに抱きつきアッシュはクローディアを抱き上げる。

 いわゆるお姫様抱っこである。


 そして抱き上げるとアッシュは客席に向かって言った。


「兄弟! 今度はお前の番だ!」


 ブラックコングは拳を握った。

 どうせたいしたことなかろうとタカをくくっていた。

 だが完全にその思い込みは覆された。

 ブラックコングは兄弟とまで言った男の姿に胸を打たれていた。

 大きな体と顔の怖さではブラックコングも苦労している。

 だが、ブラックコングの兄弟分はそれを俳優業の武器にしている。

 その姿はブラックコングには輝いて見えた。

 ブラックコングは気合を入れた。

 そして横で子どもたちの晴れ舞台に目を輝かせていたルーシーの手を握る。

 ルーシーがブラックコングの顔を見た。

 今まで自分からは手を握ってきたこともない男の突然の行動だった。


「ルーシー、俺はうんと年上で、顔が怖くて、へそ曲がりだ」


「そんなことない。コングはいつも私を大切にしてくれた」


「ああ。俺はルーシーが大切だ。……だから結婚してくれ」


 ルーシーはブラックコングの胸に飛び込む。


「ずっと……待ってた」


「待たせて悪かった」


「ううん。……ありがとう」


 二人が抱き合った瞬間、ドラゴンのテンションは最高潮に達する。


「楽しいの♪ 楽しいの♪ 楽しいの♪」


 しったんしったんとドラゴンたちは跳ねる。

 街を幸せが包み込む。

 それは希望という名の光だった。

 ただ生きているだけだった閉塞した街に希望が戻ってきたのだ。

 外から来たのは凶悪な侵略者ではなかった。

 勇者だったのだ。


 ドラゴンの魔法によって花火が上がる。

 まるでブラックコングとルーシーを祝福するかのように。


 それを見てオデットがエンディングに向かって演奏する。

 激しく、心臓に届くビート、オデットは一心不乱に弦をかき鳴らす。

 オデットも幸せだった。

 彼氏がいないのはそのままだったが、それなりに自信のあった演奏を披露できた。

 その達成感は幸せと言ってもよかった。

 ……密かに狙っていたアイザックには、その魅力は全く届かなかったのだけが残念であったが。

 大人は心で泣き、その怒りを演奏にぶつけたのである。

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