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野外公演に向かって

 ブラックコングと合流したアッシュたちは俳優としての活動に移った。

 いつも適当、クリスタルレイクの珍獣クローディアも舞台となれば真剣になる。

 今回はクリスタルレイク最強の土建集団である蜘蛛の作った劇場ではない。

 広場での公演、しかも夜、焚火で照らす中での舞台である。

 出演するメンバーは広場に集まっていた。


「はい。広場での演技は、とにかく腹からの大声を出すこと。体の動きで演技をしてね。と言っても、舞台よりも大きな動きをすること。劇場よりも少しわざとらしいくらいでいいわ」


「「はい!」」


 普段はヒゲをつかまれたりしているタヌキだが、こと演技においては全幅の信頼を置かれている。

 なにせ実績のある女優なのだ。

 たとえクリスタルレイクではタヌキの姿でアイリーンのおやつを盗み食いしてようとも、演技者としては破格の実力を持っているのだ。


「それと動きは遅くして。具体的に言うと、お客さんからの反応を待って動く感じでいいわ」


「お客さんからの反応?」


 アイリーンが聞いた。

 アイリーンは服装こそいつもの軍服だが、ちゃんと化粧をしていた。

 感性が少年っぽいアイリーンと言えども一応は女の子なのだ。


「そう。大衆演劇ってのはね、野次や声援が飛ぶの。その声と一緒になって動く。それが重要よ」


「それに必要なのがこの格好ですか!」


 炭で泥棒ヒゲを描かれたカルロスが言った。


「そうよ。当日は夜に焚火で舞台を照らして、それじゃ顔が見えないから、ヒゲだけじゃなくて顔も白塗りにして隈取りも入れるわ」


「マジですか?」


「マジです。外でやるっては難しいの。それこそ先人が、いろいろやりまくってあらゆる手を試したの。その神髄を見せるわ。はい、アッシュちゃん台本読んで」


 アッシュは肩に登っていたレベッカをベルに渡す。

 ベルはレベッカを抱っこしながら頬ずりした。

 そしてアッシュは声を出す。


「はい。『君は俺の希望だ。愛する人よ』」


 アッシュの声は外でもよく通る。

 だがクローディアはそれでは満足しない。


「うん、劇場だったら合格点。でも屋外だと不合格。原因はわかる?」


 アッシュは考える。

 すると指をさした。


「あの辺が席の最後列で……さらにその後ろに立ち見がいるから……かな?」


「うん、よろしい。アッシュちゃんわかってるじゃない。いい子いい子」


 クローディアは一生懸命手を伸ばしてアッシュの頭をなでる。

 頭をなでられたことのないアッシュはひたすら困惑する。

 顔も真っ赤だ。これは相当恥ずかしい。

 不死身の傭兵と言われたアッシュも悠久の時を生きてきたタヌキの前では形無しである。


「わかった? 声を届かせる。それが第一目標。セリフが聞こえない劇は最低よ」


「じゃあどうするんですか?」


 アイザックが聞いた。

 アイザックも泥棒ヒゲである。

 それでいながら真面目な顔なのでアイリーンが「ぷっ」と吹きだした。


「それは歌よ」


「歌? 歌のパートは……」


「違うの。聞きやすいように(ふし)をつけるの。きーみはーおーれのぉーきーぼーおーだー。あーいするぅーひとーよー」


 クローディアは軽く歌う。

 確かに聞きやすい。


「ふむ……なるほど……そういうことだったのか」


「そう、地方によっては逆に聞きにくくなるほど節をつける舞台もあるけど、それはいいわ。今回は現実は考えないで。節をつけることによって細かい部分が逆に聞こえにくくなるけど、それは大きな体の動きでカバーして」


「むう……今回は難しいな……」


 アイリーンが腕を組む。


「そう、演技ってのは難しくて奥深いの。でも楽しくて人を幸せにするの。わかったら各自稽古。ドラゴンちゃんとお子ちゃま軍団は私と一緒に稽古ですよ」


「「あーい!」」


 ドラゴンや子どもたちはクローディアの方へ走って行く。

 ドラゴンはクリスタルレイクの子ドラゴン軍団だが、子どもたちはブラックコングのところの子どもたちである。

 ベルとレベッカもクローディアの元へ向かう。

 ちなみにベルは参加しない。

 保母さんとして後方でバックアップするのだ。

 ちなみに子どもたちは、子どもたちだからこそクローディアの本当の姿を見抜いていた。


「タヌキのおばちゃーん♪」


 すでになついている。


(ちなみに子ども好きの蜘蛛である瑠衣もすでに子ども軍団になつかれている。伽奈も村の子どもたちに綺麗なお姉さんとしてなつかれている。どうやら大抵の悪魔は子どもが好きなようだ)


「はいはい。まずは飴ちゃんお食べなさい」


 クローディアは飴を配る。

 もちろんドラゴンちゃんにも飴を配る。

 種族の違うクローディアにとっては、人間の子どもも、ドラゴンの子どもも違いはない。

 どちらも可愛いのだ。


「「ありがとう!」」


 お子さま軍団はニコニコとした。

 もちろんすぐに飴を放り込む。

 こういう時の子どもは素早い。


「はい。じゃあ飴ちゃん食べながら聞いてね。はーい、お歌が好きな子は手を上げて」


 全員が手を上げる。

 みんな歌うのが好きなようだ。


「よかったー! じゃあ、飴ちゃん食べたらみんなでお歌の練習しようね」


 全員が両手を上げた。

 楽しいお遊戯のはじまりである。

 飴を食べ終わるとクローディアは歌う。

 そして歌っている途中で言った。


「はい。みんなも一緒に」


 レベッカたちドラゴンちゃんも含めて子どもというのは歌が下手である。

 調子外れに、音程外し、楽譜を無視して歌を勝手に作る、声の強弱で音程を取るなんていうのは当たり前である。

 それなのに楽しそうに見える。

 それは大人にはできないことだろう。

 子どもたちは歌う。

 大きな声で。

 子ドラゴンたちは歌いながら輝く。

 楽しいのだ。

 レベッカもニコニコしながら歌っている。

 尻尾を振りながら歌う。

 それを見たアイリーンがつぶやいた。


「あれ……まずくないか……?」


 ぽんっとアッシュがアイリーンの肩を叩く。

 そして首を振る。


「もう……誰も止められない」


「……アッシュ……タヌキがやりたい放題だ……」


 たいていの場合、タヌキの被害者はアイリーンである。

 チーズを取られて、酒を盗まれ、振り回される。

 だからアイリーンはアッシュの胸に飛び込んだ。

 アッシュは「よしよし」とアイリーンの頭をなでる。

 アッシュもアイリーンもぽんぽこ仲良し村の住民だと思われるほどド健全なおつきあいをしているが、それなりに前に進んでいるのだ。

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