かにパーティ
港に着くと、一行はとりあえずカニは瑠衣に見てもらった。
「知らない種族ですね。やはり我々悪魔とは違うような気がします」
「瑠衣殿、つまりカニは……」
アイリーンに瑠衣は微笑む。
「野生動物ですね」
だが、アッシュとカルロスからしたら納得できない。
「野生動物に魔法が使えるんですか?」
カルロスがまず反論し、アッシュも追随する。
「死霊魔法の術式はかなり複雑なはず。自然発生した死霊を操るだけでも相当な計算が必要だ」
「そうですね! 壊すのは簡単なのに作るのは難しい。究極の無駄。それが死霊魔法です」
評価が辛口である。
でも仕方がない。
それが嫌われ者の運命である。
どんなに進んだ世界でも、死体をもてあそぶ技術は尊敬されないだろう。
「そうですねえ」
「うーん」と瑠衣は考える。
するとカニの方へ寄っていく。
そして目を細めて観察する。
するとぽつりとつぶやいた。
「お腹の所に術式が描かれているようですね」
「術式?」
アッシュも見る。
「ええ。あら、これは中々の圧縮率。見事な術です」
「どういうこと?」
さすがに技術の深いところになるとアッシュもわからない。
「えーっと、人造の神経をこの術式と脳に繋いだようです。さらに脳にこの術式専用の演算魔法を直接焼き付けてます。それが原因でカニが自由に死霊魔法を使えていたようですね」
「つまり……」
「実験動物です。廃棄されたものが大きくなったのか、それとも意図的に放流されたのか……」
「やはり食用にはならないか……」
アッシュがぽつりとつぶやいた。
すると瑠衣は小首を傾げる。
「食べられますよ」
これにはアイリーンと一緒に大人しく聞いていたレベッカが喜んだ。
「かにー♪」
レベッカが喜ぶと、いきなり子ドラゴンたちも現れる。
ベルも一緒になにもない空間に出現した。
「「かにー!」」
ベルもドラゴンも一緒になって喜ぶ。
いきなり現れたことについてはもうスルーである。
「じょーおーさま。かにさん!」
しったんしったんと緑色のドラゴンがはねる。
「かにパーティです!」
レベッカが尻尾を振る。
ここで問題があった。
アイリーンが瑠衣にたずねた。
「瑠衣殿、ドラゴンにカニを食べさせても大丈夫なのかな?」
「……そうですね。犬はまれに死んでしまうらしいですが、ドラゴンは寂しくさせなければ死にませんから、大丈夫かと」
「うおおおおおおぉ」
レベッカの目が輝いている。
「それで……瑠衣殿、カニに毒などは……?」
一応確認である。
「ございません。食中毒も問題ないようです」
「「うわあああああい!」」
レベッカは喜ぶ。
他の子たちも喜んだ。
もうこれは断ることはできないだろう。
「よし、アッシュ……頼めるか」
「もちろん!」
アッシュも喜んだ。
アッシュは大忙しだった。
カニパーティである。
超巨大なカニの解体である。
それに大砲を受けても傷一つつかないカニを解体できるのはアッシュだけだったのだ。
アッシュは包丁代わりにチェーンソーを振るう。
『ぎゅいいいいん』とか『ドドドドドド』という音が響いてるが気にしたら負けだろう。
食べられない部位はキレイに取り除き、外せる殻はこの時点でも外していく。
アイザックとカルロスはゴミの仕分けを手伝う。
アイザックは甲羅を見ていた。
「どうした?」
「いや、これって強度に比べて軽いよな?」
カルロスは嫌な予感がした。
「盾や鎧にしたらどうだろうか?」
「やっぱり言うと思った! お前、最近手段を選ばないよな! いや良いアイデアだと思うけどさ」
「そうか?」
アイザックはニヤニヤしている。
「茹でてから乾燥させるか。軽くて銃弾を跳ね返す鎧ができるぞ」
「よう兄ちゃん。面白そうな話をしてるな」
それはエプロンをしたゴリラだった。
スキンヘッドに三角巾を被り、手袋をしている。
デッサンの狂った猫の絵が刺繍されたエプロンをするその男。
誰を隠そうブラックコングである。
というか、最近隠すのをあきらめてきた。
ちなみにエプロンはルーシーと子どもたちの手作りで彼のお気に入りである。
「ああ。コングさん」
クリスタルレイクで一番愛想のいい男、カルロスがニコッと笑った。
「どうした若者。カニの殻をどうするって?」
「いえね。これをアイザックと鎧とか盾に加工できないかって話してたんです」
「ほう、面白そうだな。一口乗せてくれ」
「いいんですか? っていうか、この間から大丈夫なんですか? 寄付の大判振る舞いをしてるようですが……」
「寄付じゃねえ、商売だ」
「はあ……」
ブラックコングはため息をついた。
「地図だ」
「へ?」
「代官の姉ちゃんと地図作成の契約をした。それで、帝国からうちの商会にうなるほどの金を下賜された」
「へえ……大丈夫なんですか? 他の商会の嫉妬とか」
「地図の組合には仕事を回す。冒険家は海軍がバックにいるから文句は言わねえ。教会は俺の味方だし、帝国側も俺に金を渡したら全て慈善活動に消えるのをよく知っている。補助金代わりだろうな。商人の方も自分の狩り場を荒らされたりしなけりゃあ、俺を消そうなんて奴はいねえ。孤児や寡婦のために自分たちの財産を国に取られることになるからな。と、いうわけで俺がこの仕事を受けちまった方が四方丸く収まるんだわ」
「よッ、聖人!」
アイザックが、からかった。
「ま、まあ、俺はワルだから。それを見越して手を打ったのさ」
ブラックコングはゆでだこになる。
恥ずかしがり屋である。
カルロスが続ける。
「それで、コングさん、職人に伝手があるんですか」
「いや、職人じゃねえけど……まあ楽しみにしてくれ」
「はあ……」
なんだか話が変な方向に転んだ。
その間もアッシュはカニを解体し、三人はゴミを分別していく。
そして小さくしてからボイルする。
本当は丸ごと茹でたいところだが、大きさのせいでそれは不可能だった。
楽しい楽しいカニパーティはすぐそこまで近づいていた。
そして広場ではアイリーンがスピーチをする。
「今日はカニパーティへご来場いただきありがとうございます。我々、クリスタルレイクは、お互いを理解し、あなた方エルフとの友情をもっと深めたいと思っている。これからも、共に歩もう!」
「うおおおおおッ!」
別にアイリーンのスピーチに感動したわけではない。
タダ酒に無料の料理なのだ。
すでにアッシュの料理の噂は街に広がっていた。
例えカニであっても美味に違いないのだ。
試す価値はある。
次々と酒と料理が運ばれてくる。
タヌキはクローディアの方の姿で舞台に上がる。
歌と芝居のモードだ。
エルフたちも息を呑んだ。
今のクローディアはタヌキではない。
それにだらしなく酒を飲んでいる酔っ払いでもない。
歌姫で女優。
それが今のクローディア・リーガンである。
美形が多く、美人を見慣れているエルフたちも息を呑んだ。
女性たちまでもが艶やかなクローディアに魅入っていた。
クローディアは全身全霊で歌った。
ちなみに……その日のうちにファンクラブが結成された。
そして歌の最中にも料理が次々と運ばれてくる。
エルフたちは久しぶりに心の底から笑った。
本当に久しぶりに、不安を感じずに心の底から大笑いした。
レベッカたちもエルフたちの幸せを感じ跳ね回っていた。
「「楽しいの! 楽しいの! 楽しいの! 楽しいの!」」
ドラゴンのテンションはどこまでも上がり、レベッカたちは光り輝いた。
いつしか暗くなった夜空に花火が上がった。
それはレベッカたちの魔法。
それを見てエルフたちは心の底から安堵した。
世界はまだ自分たちを見捨ててなかったのだと。




