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帰還

 船がカニを運んでいた。

 初めての探索は謎だらけ、よくわからないまま終わった。

 目的地は壊滅。

 アイザックは背中を負傷。

 ギリギリ笑いごとですむケガだった。

 ちなみにアイザックはオデットをかばって一人で戦いを挑んだ件は、海賊たちに最大限の賛辞を受けた。

 やはり男という生き物はこういう男らしいエピソードに憧れているのだ。

 今ではアイザックも『兄貴』扱いである。

 アッシュパンチの一撃で硬い甲羅を割られたタラバガニは、さすがに大きすぎて、その場で解体というわけにはいかなかった。

 だからノーマン船を拿捕する代わりに戦利品として持ち帰られた。

 本来だったら優先するのはタラバガニではなく、ノーマンの船だろう。

 それはアイリーンもわかっている。

 わかっているがどうしようもなかった。

 だって、みんなカニが好きなのだ。

 主に食料として。

 アイリーンとてその民意には逆らうことはできない。

 それと自分の食欲にも逆らう気はない。


「少し……残酷な気がしますね。ここまで大きくなったのに」


 アイザックは碇の鎖でグルグル巻きにされて引き回されるカニを見て言った。


「それは違うかも」


 アッシュが珍しく反論した。


「あれだけ大きいと食べる量も多いんだ。あのカニがいなくなることによって、他の生き物が生きながらえることができる。ここも魚も豊富な漁場になるだろうな」


「なるほど……」


 アッシュは知識が偏っているが、決してバカではない。

 その言葉には説得力がある。


「それよりも問題なのはカニがどうやってネクロマンサーになってノーマンの船を滅ぼしたのか……だ」


「どう考えても人間……じゃないですね」


 三角帽を被ったカルロスが言った。

 今はキャプテンの時間らしい。


「ま、風がやたら良かったんで、そろそろ『旅立ちの街』に着きます。着いたら、瑠衣さんとクローディアさんに聞きましょう。俺たちよりはマシな話が聞けるでしょう」


 なにせアイリーンたちには、そこまでの知識はない。

 聞いたこともない事例だ。

 それにこう言っては何だが、弱すぎるのだ。

 芋虫の時にはアイザックは危うく死にかけた。

 そこから考えると蟹たちは悪魔ではないのだろう。

 やはりわからない。

 だから、人間よりはまともな知識を持っている悪魔に聞くしかないのだ。

 ただし、その悪魔たちも自分のたちの趣味の領域にしか興味がないので、欲しい答えが聞けるとは限らない。

 演劇しか頭にないタヌキは論外として、比較的常識的に見える瑠衣ですらも根本が人間とは違う。

 過信はできない。


「街が見えてきました!」


 海賊が叫んだ。


「ただいまー♪」


 レベッカが手を振った。



 そのころ、街では異変が起っていた。

 とは言っても巨大なタラバガニと比べたら、なんということはない。

 最強の商人ブラックコングがやって来たのだ。

 そしてブラックコングはタヌキと会ってしまった。

 それはタヌキがまずい酒に飽きてしまい、人型になって食べ物を求めて彷徨っていたときに起った。

 タヌキは飢えていた。

 酒がない。

 不味い酒はあるが、あれは酒であって酒ではない。

 このままでは死んでしまう。

 そう思ったとき、タヌキの鼻を酒のにおいがくすぐった。

 葡萄と樽の芳醇な香り。

 ここの限りなく真水に近い謎の飲み物ではない。

 完成された酒だ。

 そして肴のにおいもした。

 このにおいはチーズだ。

 クリスタルレイクでは、アイリーンが自分の部屋に隠している高級品だ。

 なにせアイリーンはチーズを勝手に食べるとヒゲを引っ張って来る。

 ケチである。

 やたら食い意地が張っているのは初代皇帝、タヌキの夫のジョニーの血だろう。

 そんなケチなアイリーンはいない。

 つまり近づいてくるチーズはタヌキのものなのだ。

 タヌキは走った。

 帝都の看板女優クローディア・リーガンの姿で走った。

 酒、食事、演劇、たまに甥っ子と姪っ子のことを考える、この本能に忠実な生き物は一生懸命走った。

 すると馬車の大群、キャラバンが見えてきた。

 戦闘の馬車に乗るのは色黒で頭を剃った大男。

 帝都の聖人、ブラックコングである。


「ぐはははは、食料を持ってきたぜ! エルフどものケツの毛まで抜いてやるからな!」


 ほぼ慈善事業である。


「ぬいてやるからなー!」


 後ろで、お子さま部隊がきゃっきゃと喜んだ。

 タヌキは、今は絶世の美女クローディアが涙を流しながら馬車へ走って行く。


「おさけー!」


 ブラックコングは親指を立てた。

 もう何も言うな。

 コイツを飲め。

 その目は雄弁に語っていた。

 街の入り口に辿り着いたブラックコングはクローディアを見かけて酒を投げ渡す。


「そこの美しい姉ちゃん、俺と一杯どうだ?」


 もちろんクローディアは大喜びである。

 だがそこに異変が起った。

 ブラックコングの後ろに自分の髪を一房くわえた女が現れたのだ。

 クローディアは固まった。

 その長い生の中でクローディアは知っていた。

 触ったらまずい。

 その女はブラックコングの頭をがっしりと片手で掴んだ。


「あ、あの、ルーシーさん……結構痛いんですが……」


「旦那様」


 にっこり。

 それは迫力のある笑顔だった。

 だからコソコソとクローディアは逃げ出した。

 あんなのと戦う気はない。

 そしてブラックコングへ向かって親指を立てた。

 グッドラック。


「いや、姉ちゃん助け……お、おい、ルーシー、や、やめ、らめ、ひぎゃああああああああああ!」


 そんなタヌキとブラックコングの元に船が帰還したとの一報が入ったのは、ブラックコングへのお仕置きが終わったあとのことだった。

 ブラックコングは飲んでいた。

 タヌキフォームのクローディアと。

 この二人、なんだか波長が合うらしい。

 ブラックコング35歳。

 すっかり中身はオッサンだった。

 タヌキ、年齢不詳。

 中身はまさしく永遠のオッサンだった。


「俺ね、結婚しようと思ってるんですけどね、相手がすっげー年下なの」


 ゆでだこになったブラックコングが愚痴る。

 タヌキは、ぽんっと肩を叩いた。


「優しいなあ、あんた」


 タヌキは酒を勧める。

 ブラックコングの持ってきた酒だ。


「おう、すまねえ!」


 そんな楽しい酒を飲んでいた二人の元へ騒がしい声が聞こえてくる。


「船が帰ってきたってよ!」


「マジか!」


「しかもあの化け物を狩ってきたってよ」


「おい、マジかよ……外の世界の連中ってのはどんだけ強いんだよ……」


「まったく恐ろしいぜ……」


 そんな声が聞こえてくるとブラックコングは言う。


「兄弟が帰ってきたか……おっとすまねえ。俺は行くぜ。これは男と男の友情のことだからな」


 するとタヌキがピルピルと手を振った。


「え? 船に甥っ子が乗ってる? そりゃすげえ。一緒に行くか」


 タヌキは手を振る。

 クリスタルレイクの住民でもないのに、なぜか言葉が通じているブラックコングは建物を出た。

 そして彼らは港で見た。

 巨大なタラバガニを。

 ブラックコングは口を開けっ放しにして驚き、タヌキはよだれを垂らした。

 ボイルに蟹ミソ、焼いても美味。

 鍋もスープも煮込んでも、グラタンパスタにムースを作ってパンと一緒に。

 お酒お酒お酒おさけおさけおさけおさけ……

 すでにタヌキの頭の中は蟹料理と酒でいっぱいだった。

 やはり、タヌキの知識は役に立たなかったのである。

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