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タラバガニ、サーフィン、聖騎士

 海賊たちは巨大なタラバガニを見ていた。

 タラバガニは海賊たちを見下ろしていた。

 タラバガニは勝ち誇っていた。

 タラバガニは正確にはカニではない。

 だがこの世界はまだそこまで分類学が進んでいないため、タラバガニはカニの仲間とされている。

 このカニの扱いが問題だった。

 カニはエルフたちにとっては恐怖の対象だ。

 なにせ海に出ることに恐怖を感じるほどに暴れ回ったのだ。

 そして、アンデッドにされてしまったノーマン人も一般的にカニを食さない。

 もともとノーマンではカニやエビは虫の仲間と分類されていて、ゲテモノ扱いである。

 逆にイナゴなどの虫も平気で食べるクルーガーではカニは高級食材である。

 なので漁師は昔からクルーガー帝国にカニやイカを密輸出して生計を立てている。

 そしてカルロスの船の乗組員はオデットを除いてはカニを食材だと思っているのだ。

 そう、その時船からタラバガニを見ていた全員が「美味しそう」という感想を持ったのである。

 この反応にタラバガニは戸惑った。


 いつもと反応が違う。


 エルフはカニそのものを恐れている。

 ノーマン人からすれば巨大な蜘蛛と遭遇したようなものだ。

 だがクルーガー人は違った。

 クルーガー人たちはじゅるりとよだれを垂らした。

 焦るタラバガニ。

 捕食者と生け贄の関係が逆転し、戦場を妙な緊張と静寂が包み込んだ。

 そこにアイリーンがやって来る。


「どうした? いきなり静かになって。もう戦闘が終わったのか? ……カニ♪」


 アイリーン、それにレベッカ目をキラキラと輝かせた。


「タラバガニ!」


 タラバガニは深海に住むカニである。

 めったに獲れず、その美しくない姿から昔は捨てられていた。

 だが最近になって美味しいことが判明し、幻の超高級食材としてごく少量が出回っているのだ。

 アイリーンのような新興貴族には手の出ない憧れの食材なのである。

 食い意地の張ったアイリーンも絵では見たことがあるが実物を見るのは初めてである。


「アイリーン姉たん!」


 しゃきーん!


「わかってるレベッカ!」


 しゃきーん!

 アイリーンが手を天に掲げる。

 そして大きく振り下ろした。


「ものども! タラバガニを討ち取れ!」


「「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」


 海賊たちが雄叫びを上げた。

 タラバガニは思わずビクゥッ!とした。

 それほどの裂帛の気合だった。


(え? なんで? どうしていつもとノリが違うの?)


 タラバガニは焦った。焦りまくった。

 なにが悪かったのかもわからなかった。

 あえて言えば、なんでも節操なく食べる民族に遭遇してしまったこと。それが一番悪かったのだ。


 まず鍋派の砲手がススを落としている最中の大砲をかっぱらった。


「お、おい。お前ら、中にアッシュとカルロスが……」


「ヒャッハー!」


 アイリーンの言葉を無視して容赦なく一斉射撃。

 タラバガニの背負った船の中にアッシュとカルロスがいることなど完全に忘れて。


 そしてその頃、アッシュとカルロスは……船の壁を蹴飛ばしていた、


「ふん!」


 アッシュキック。

 木の壁が吹き飛び、大砲よりも大きな穴がそこにできた。


「この板でいいか?」


 アッシュはカルロスに板を渡す。


「アッシュさん、OKです!」


 二人は突如浮上する船に違和感を感じ、すぐに離脱することを選択した。

 この辺の判断の速さはさすがに超一流の傭兵とエリート海賊である。

 どうしてもアイザックではこうはいかない。

 アイザックならば最後まで戦っただろう。

 これは決してアイザックが無能なのではなく、あくまでバックボーンから生じた価値観の違いである。

 アイザックは弱きものを助けるためなら命を差し出すのをいとわない。

 それが騎士の文化であり、アイザックはそう育てられたのだ。

 だから、クリスやオデットに危険が迫れば自分が矢面に立った。

 これがカルロスなら、石でも投げて自分に注意を引きながら、自分も逃げただろう。

 これはどちらが正しいというものではない。

 確実に逃がすならアイザックの方が正しいし、自分の安全を優先するならカルロスの方が正しいのだ。

 選択の差異は育てられ方、育てられた環境のバックボーンの違いなのである。

 だからカルロスはどこまでも学んでも真の騎士になることはできない。

 どうしても(まが)い物なのだ。

 だがカルロスはそれに無自覚だった。

 この時も逃げる算段をしていたのだ。


「波に乗って逃げますよ。サメが見えたら手足を引っ込めてください。ウミガメと間違われて噛まれますから」


「わかった……ところでサメって何?」


 アッシュはあまり海は詳しくない。

 だからカルロスはあえて勘違いを誘発する説明をした。


「えっと……(ワニ)です」


「あー……ワニ、あの噛んでくる」


 微妙に噛み合ってない台詞だったが、だいたい伝わった。


「じゃあ行こう!」


「はい!」


 二人は各々板に乗り、アッシュの空けた穴から外に飛び出す。

 そして、ちょうどタラバガニの浮上でできた波に乗る。

 それはビッグウェーブだった。

 波の間を二人は滑っていく。

 すると爆発音が波の中へ響いてくる。


「あの野郎ども、バカスカ撃ちやがって!」


「なにか様子がおかしいぞ!」


 滑っていた波から赤いものが見えた。

 二人はその赤くてゴツゴツしたものを滑って行く。


「ちょっと待て、これって……」


 アッシュが滑りながら言った。


「「カニだ!」」


 二人の声がハモる。


「カルロス! 飛ぶぞ!」


「わかりました!」


 アッシュもカルロスも板を掴み重心を低くした。

 サーフィンからスノーボードのようになりながら、蟹の甲羅を滑り勢いを増す。


「ふんが!」


「おりゃ!」


 そして板をつかみながら二人は飛んだ。

 スピードがつきすぎたのか、勢いが余り、空中でクルクルと回転する。

 その時、目を血張らせながらタラバガニと戦っていた海賊とアイリーンたちは見た。

 蟹の甲羅から滑ったと思ったら美しい回転を見せながら降りてくる二人を。


「にいたんすっごーい!!!」


 レベッカが喜んだ。

 そしてアッシュとカルロスを見たその場にいた全員が思った。


(……楽しそう!)


 それはブームの胎動だった。

 アッシュとカルロスでなければ命がけの行動だが、危険なスポーツは常にいい年した男の子の心をつかんで離さないのだ。

 アッシュは空中で美しいムーブをキメながら、敵を見ていた。

 敵は巨大なカニだった。

 少なくともアッシュはカニだと思った。

 タラバガニがヤドカリの仲間であることは、アッシュにはどうでもいいことだった。


(なるほど。あれがネクロマンサーか……)


 アッシュは波を蹴り、空中で軌道を変化させた。

 そしてタラバガニに蹴りを浴びせる。

 ノーマン軍を絶滅させた攻撃がタラバカニに襲いかかる。

 ゴスリと重い音がした。

 だが甲羅には傷がついていない。

 如何にアッシュが達人と言えども、水を足場にしたのでは、硬い外骨格を持つ巨大怪獣を屠るだけに充分な攻撃が繰り出せなかったのだ。


「アッシュさん! あのカニがたぶんネクロマンサーです。俺が弱体化します!」


 カルロスが叫んだ。

 カルロスも修行僧の訓練を積んだ身。

 ネクロマンサー相手の戦い方は一応は知っている。

 ただアッシュが強すぎてゼイン戦では実力を発揮できなかっただけだ。

 カルロスは板をつかむと、アッシュの攻撃で生じた波に乗り、滑りながら聖言を唱える。


「神よ、精霊よ。自然の理に反する暗黒の呪法を解放せよ!」


 この時、カルロスには自覚はなかった。

 悪魔たちと過ごした日々。

 それはカルロスの僧侶としての資質を飛躍的に伸ばしていた。

 アイザックのように組み手などの訓練で得た力ではない。

 それは悪魔の死生観と、神への理解にある。

 悪魔は神の対極にある存在ではなかった。

 自分たちと同じ生物でしかなかったことをカルロスは理解した。

 これほどの理解をしているのは帝国でもごく僅かな人間だけである。

 価値観の変化により、より論理的に、より合理的にカルロスは神聖魔法を理解した。

 神聖魔法を儀式ではなく、技術として自分の中で再構築したのだ。

 そしてそれは器用貧乏であるカルロスのかなり遅れた才能の開花だった。

 それは僧侶(クレリック)でも武僧(モンク)でも騎士でも海賊でもなかった。

 聖騎士(パラディン)への才能の開花だったのだ。


「アッシュさん! 暗黒魔法を解きながら、同時進行で結界を張ります! 相手の動きが止まったら攻撃してください!」


 カルロスはネクロマンサーの呪いを解呪しながら、場を清める。

 船に残された骸骨たちが次々と消滅していき、場が清められていく。

 そしてタラバガニの動きが止まった。


「おりゃあああああああああッ!」


 アッシュは足場もない水の上を重さを消して走る。

 水しぶきが上がり、火薬の爆発音の如き轟音がする。


「ふんッ!」


 アッシュはまた蟹の甲羅に乗る。

 前はこれが何かわからなかったが、全体を見た今なら断言できる。

 これは破壊する目標だ。

 アッシュは拳を振りかぶった。


「にいたん! がんばれ!」


「ふんッ!」


 レベッカの応援に応えるかのようにアッシュの拳が炸裂した。

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