骸骨
動く骸骨、スケルトンが剣を振り回す。
確かに骸骨は不気味だ。
死というものを感じさせる、生理的嫌悪感もある。
土葬文化の地域ではまさに恐怖の対象だろう。
だがそこに問題があった。
アッシュたち傭兵は死体を必ず火葬にする。
ネクロマンサーにゾンビやスケルトンにされるのも可哀想であるし、野ざらしの死体は病気の発生源になる。
だから彼らはなるべく死体は焼いて埋めることにしている。
だから人間の死体というものの現実、こんなにきれいに骨が残るはずがないことを知っている。
カルロスに至ってはもっとシビアである。
死んだ海賊は海に捨てることになっている。
これはどの国のどの船でも鉄の掟として守られている。
船の上で食糧が尽きることはよくある。
そこで人間の尊厳を失わないためである。
だから死体がそのままでいること自体がありえないのだ。
二人は現実を知っている。
だから二人ともこの演出がどれだけ陳腐なものか、どれだけ死を冒涜しているか理解していた。
そう、このこけおどしは二人の男を怒らせただけだったのだ。
骸骨が剣を振り回した。
軽い。
当たり前だ。
人間から水分を含んだ水と臓器がなくなれば、3キログラムもない。
そこに1キログラムの剣の重さが加わってもたいした威力ではないのだ。
カルロスはヘロヘロの剣を受け止めると、容赦なく骸骨の膝を踏みつぶした。
骸骨はその場に倒れる。
そのまま這ってくるがカルロスは髑髏を容赦なく蹴飛ばす。
髑髏がその場に転がり骸骨は動かなくなった。
「うっわ、えげつな……」
アッシュはそう言いながら聖属性を附加した拳で骸骨を殴る。
骸骨は一撃で灰になり崩れ落ちた。
こちらも容赦がない。
「アッシュさん。こりゃネクロマンサーがいますよね」
「いるだろうなあ」
アッシュはボキリボキリと指を鳴らしながらゆっくりと進む。
途中、カルロスの倒した骸骨を見つけると執拗に踏みつぶしていく。
アッシュに踏みつぶされた骸骨は次々と灰になる。
「頭にくるな」
珍しくアッシュが不機嫌な声で言った。
「ええ。頭にきますね」
カルロスも不機嫌だった。
カルロスは攻撃してきた骸骨をサーベルで斬りつける。
刃が首の骨に突き刺さると、その部分から黒い灰になる。
悪魔がケーキの代金として払ったサーベルである。
アッシュの拳のように一撃で全てが灰になるわけではないが、それでもアンデッド相手には絶大な威力を発揮した。
カルロスは骸骨の戦士を次々と斬り捨てていく。
いや、それは剣士の華麗な戦いを表現する言葉だろう。
実際はえげつなかった。
サーベルのナックルガードが骸骨にめり込み、ローキックや関節蹴りが容赦なく脚部を破壊していく。
肋骨を掴み振り回し、その流れで肘を落とす。
その合間に剣で斬りつける。
それはまさに喧嘩殺法。
一撃必殺を理想と掲げる騎士の剣術とは違う、騎士たちが『下品』と評するだけの荒々しい剣だった。
「さあって、さっさとネクロマンサーを捕まえてボコボコにしましょうか」
カルロスがコキコキと首を鳴らした。
なんだかイラついている。
「そうだな」
アッシュも指をボキボキと鳴らした。
やはりイラついている。
二人ともネクロマンサーが嫌いなのだ。
ゼインと同じようにネクロマンサーはおおむね嫌われている。
敵はもちろん、味方にも忌み嫌われている。
それは死体をもてあそぶことを人間は本能的に嫌がる習性があることも影響している。
だが一番の原因は、知り合いの死体がもてあそばれたら普通の人間なら一生恨むことだろう。
心の広いアッシュですら許さないだろう。
例え戦術であったとしても、死体を扱う魔術に遭遇したほぼ全ての人間は、ネクロマンサーに恨みを持つだろう。
それほどまでに彼らの魔術は人間のタブーに触れるのだ。
つまり彼らの魔術はその性質上、非常に恨みを買いやすいのである。
視点を変えれば職業差別にも思えるが、こればっかりは仕方ない。
「カクカクカクカク!」
アッシュたちが進んでいくと、あごを打ち鳴らす骸骨が見えた。
その前には大砲。大砲の砲門がアッシュたちに向いていたのだ。
「お前ら止まれ。それ以上近づいたらコイツをぶっ放すぞ!」
骸骨は一生懸命そう言っているようだった。
だがアッシュは止まらない。
そのままスタスタと歩いて行く。
仕方なく骸骨は大砲の導火線に火をつけた。
爆発音が響き、鉄球が発射される。
「ふんッ!」
アッシュは手を払った。
裏拳が鉄球にめり込み、はじき返される。
鉄球は砲手の骸骨のいた方向へ飛んでいき、全てを破壊していく。
もちろん骸骨も大砲もぐちゃぐちゃに壊れる。
その場にいた他の骸骨も打ち返された鉄球の大破壊に巻き込まれる。
一瞬で破壊された骸骨たちがバラバラになってその場に散らばる。
「いや……無理だろ。どうやってこの化け物と戦えってんだよ!」
表情筋がなく、表情を作れないはずの骸骨たちは渋い顔をした。
その時の骸骨たちに感情が存在したのかは定かではない。
なぜならアッシュが全てを灰にしてしまったから。
理不尽な無双が終わり、二人は最奥に到着する。
「……なんじゃこれ?」
そこにネクロマンサーはいなかった。
だがおかしなものがあった。
カルロスたちの船の衝角が刺ささり、水が浸入してきた船底。
そのさらに底一面に硬いものがへばりついていたのだ。
赤くて硬い物体だ。
一体化しているとも言える。
試しにアッシュはその何か、すでに床の一部とかしている謎の物体を殴ってみた。
硬い。
ごんっと音とともに拳が弾かれる。
「ダメだ。助走をつければ壊せるかもしれないけど……」
「うーん……そいつも気になりますがネクロマンサーはどこに行ったんでしょうねえ?」
謎は深まる。
「とりあえず船に戻って衝角抜いて船を沈めましょう……」
そこまで言った瞬間、船が揺れた。
「な、な、な!」
おっとっと、とカルロスはバランスを取る。
刺さっていた衝角が外れていく。
「し、浸水す……しない?」
水は少ししか入ってこなかった。
むしろ不思議なことに亀裂から光が漏れている。
「もしかして浮上したのか……」
アッシュがつぶやいた。
その頃、船は大騒ぎだった。
ひっくり返るほどではなかったが、いきなり船が押し戻された。
それが船の浮上によるものだと気づいたときには、すでに『それ』が出現していた。
海賊たちはゴクリとつばを飲み込んだ。
なにせ『それ』はカニだったのだ。
いや正確にはカニではなかった。
南国の海には似つかわしくないその姿。
カニと言うには少し不格好なフォルム。
カニは足が10本。
だがそれは8本。
大きな甲羅にトゲがついている。
そう、それはヤドカリの仲間。
巨大なタラバガニだった。




