海戦
アイザックが勝利を収めたころ、カルロスは黙っていた。
船はゆっくりとノーマンの軍艦へ近づいていく。
「なんで動かない?」
アッシュが聞いた。
アイリーンもコクコクと首を縦に振る。
すると海賊が小声で言った。
「海戦ってのは両サイドを向けたがるんです。両側に大砲が集中してますからね。向こうさんが横を向こうとしたら戦闘開始です。実は商船で攻撃してこないって可能性もありますからね……まあ相手はあの通り戦艦なんで戦いにならんってのはまずありえませんが」
「……そもそも勝てるのか? やっぱりアッシュに沈めてもらった方がいいんじゃないか?」
アイリーンが聞いた。
もっともな疑問である。
「そりゃ、真正面から近づいて撃ち合ったら沈みますね。でも兄貴ならやってくれるんじゃないですかね?」
その時、ノーマンの船が動いた。
ゆっくりと旋回し砲台のある側面を向ける。
「攻撃するようですね……つか帆が開いてねえな……どういうことだ?」
アイリーンが焦る。
「おい、こちらも動かないと手遅れになるぞ」
「問題ねえっす。こちらは向こうさんより足が速いですし、それにカルロスの兄貴ならどうにかしてくれると思いますよ」
ずいぶん信頼されてるらしい。
「なにせ兄貴は3歳のころからノーマンの船沈めてましたし」
『のーまんぶっころちゅ!』
小さいカルロスがナイフを振り回しながらそう言うのを想像してアイリーンは思わず「うっ」と目頭を押さえた。
そりゃ家出の一つもするだろう。
「壮絶だな……」
子どものころに傭兵団に売られたアッシュも自分を棚に置いて言った。
「そうっすかねえ……兄貴は海の男だと思うんですけどねえ」
海賊はポリポリと頭を掻いた。
すると場の空気が変わった。
張り詰めた空気はカルロスから発せられていた。
「お前ら風が吹くぞ! 準備しろ!」
カルロスが怒鳴った。
海賊たちは血相を変えて帆を張る。
すると本当に風が吹いてくる。
「兄貴は風を読むんです」
猛烈な勢いで船が旋回をはじめる。
無茶な操作に船が揺れ、アッシュはアイリーンを抱きしめる。
アイリーンの方はレベッカを抱きしめている。
「きゃーん! もっと! もっと!」
今まで大人しかったレベッカが喜ぶ。
尻尾が激しく振れる。
「てめえらわかってるな。斜めに回り込め」
「「へい!」」
ごつりと重い音を立てながら船は突き進む。
「側面からお互いに一斉射撃をすれば両方に全ての大砲が当たるので、砲門の多い方が勝ちます。相手が前かケツなら相手の攻撃はほとんど当りませんが、こちらの最大火力も当たらず無駄が多いっす。斜めなら一方的に8割の火力で蹂躙できるっす」
「普通は対策してるだろ?」
「すぐに正面向きますからね。集団の大海戦なら斜めに入るのは意味がないっす。でもタイマンなら先制攻撃はなによりも有利なんですよ。そのまま動きを止められますからね」
「あー……あれか、一対一だと投げ技や関節技の方が強いけど、集団の乱戦だと敵味方のサポートがあるから打撃技が重要になってくるって」
アッシュの言葉に海賊が笑う。
「似てますね。船の投げ技もあるっすよ。まあ見ててください」
海賊の男がそう言った瞬間、ノーマンの船から爆発音が響く。
大砲の発射だろう。
カルロスの船には大砲は届かなかったが水しぶきが船に打ち付けられ、船が揺れる。
「うっわ、バカだ。バカがいる!」
海賊は指をさしながらゲラゲラと笑った。
「先に攻撃するのがバカなのか?」
「ええ、射程距離外からあんなバカスカ撃ちやがって。ほら、見てください。火薬の煙で前が見えなくなってやがります」
確かに煙は激しかった。
相手の船が煙に包まれている。
「オラァッ、甲板員! 海水被ったぞ早く捨てろ!」
カルロスの怒鳴り声が響く。
「おっと、俺は掃除に向かいます」
海賊はデッキブラシを持って走る。
侵入した海水はマメに捨てる必要があるのだ。
「よし、撃て!」
射程距離ギリギリでカルロスは叫ぶ。
伝達員が走り、砲手に命令を伝える。
ドカーンという派手な音がする。
攻城戦よりも口径の小さな大砲が火花を上げる。
白い煙と火薬のにおいがあたりにまき散らされる。
鉄の砲弾がノーマンの船に当り鉄板の補強ごと船のフレームを破壊していく。
そしてここからカルロスのヤバさが発揮される。
「と・つ・げ・き♪」
クルー全員が「は?」という顔をした。
だがすぐにカルロスの本性を知っている海賊たちは正気に戻る。
「「ラムで突撃! 野郎ども剣を抜いて待機!」」
デッキブラシを投げ捨てた甲板員の海賊がアッシュたちのところに走ってくる。
「今から船で体当たりしてから橋を架けて殴り込みます! お客人は中にいてください」
レベッカは目を丸くしていた。
ダイナミックすぎる展開に処理が追いついていないのかもしれない。
「レベッカ下に行こうな」
アイリーンもまた処理が追いついてなかった。
文化が違いすぎる。
だがアッシュは冷静だった。
「俺も出る」
「へい。わかりやした……でも大丈夫ですぜ?」
「いや……あの船からアンデッドのニオイがする」
そう言うとアッシュは仮面を被った。
アイリーンたちが客室に避難するとアッシュは剣を抜いた。
なんとなく最初からそう感じていた。
あの船からは生者ではなく死者の気配がしていたのだ。
「うははははは! 突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃ぃッ!」
カルロスが叫ぶ。
「あー……兄貴は、ラムでの突撃になると性格が変わるんすよ」
ラム、衝角は船の船首の下側についたでっぱりである。
そこを槍代わりに突撃して沈めるのが太古からの戦術であり、船の投げ技である。
「あー……放っておいた方がいいかな?」
「ええ。兄貴はアレやった後は死にたいって言い出して落ち込むんで、なるべくそっとしてやってください」
黒歴史に直結する行動らしい。
その直後、大砲が甲板に向かってくるのが見えた。
ノーマン船が打ち返したものが、アッシュたちの船に届いたらしい。
アッシュは走る。
そして放物線を描きながらやってくる砲弾へ剣を振りかぶった。
「ふんッ!」
筋肉が軋む。
アッシュの剣が砲弾にぶち当たる。
アッシュの足下の板が割れ、数センチほど沈む。
アッシュは剣を振り抜く。
打ち返された砲弾は真っ直ぐ進み、ノーマン船に直撃する。
砲弾は砕けた破片をまき散らしながら船を貫通し大穴を開けた。
「うっわぁ……化け物っすね」
甲板員の海賊は苦笑いした。
もう笑うしかない。
そして次の瞬間、木材の奥から響く破壊音がし、船が激しく揺れる。
その揺れにアッシュも壁をつかむ。
「ぐッ!」
「よし、突き刺さった。橋を架けて乗り込みますよ!」
アッシュは板を持った海賊たちから板を横取りする。
アッシュが一人で運んだ方が早いのだ。
アッシュは板を置くとノーマン船に乗り込む。
「アッシュさん俺もお供します」
アッシュが横を見るとニコニコと笑顔をたずさえたカルロスがいた。
(いつの間に?)
それはアッシュがあせるほどの早業だった。
カルロスは笑顔のまま海軍支給のサーベルを抜く。
しかも両手に持っていた。
よく知っている友人の豹変ぶりに、アッシュも思わず冷や汗を流した。
「来ましたぜ! アッシュさん!」
ワラワラと何かがやってくる。
それを見たとき、アッシュは確信した。
(アンデッドだ)
それはノーマン海軍の制服を着た骸骨の群れだった。
アッシュは拳を振り上げる。
カルロスも人が変わったような表情で突っ込んで行った。




