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深夜のケーキ屋さん 前編

 それは深夜のことだった。

 騎士たちは与えられた部屋で休んでいた。

 規則上は交替で夜通しアイリーンを守らなければならないのだが、クリスタルレイクにノーマン軍がいるという情報もなければ村に危険があるような気もしない。

 それに宿泊しているのは傭兵アッシュの屋敷である。さらにドラゴンとアークデーモンまでいるのだ。

 彼らが守る必要が全くないのだ。それに万が一アッシュが敵に回ったとしたら直人である騎士になすすべはない。

 彼らにできることはないのだ。

 そのため騎士たちは開き直って夜は休むことにしたのだ。

 もちろんアイリーン公認の行動である。

 だが彼らは失念していた。

 この屋敷も家主も住んでいる連中も普通ではないことを。

 アッシュのお腹で上で寝ていたレベッカが目をぱちりと開けた。

 尻尾をブンブンと振る。


「誰か来ました!」


 深夜である。

 人間だとしたら明らかに不審者である。

 だが人間が大好きなレベッカは警戒心に欠けていたし、常識もまだよくわかっていなかった。

 レベッカはアッシュのお腹からそっと降りるとベッドから飛び降りた。

 普段ならアッシュは異変を感じて飛び起きるはずだが果樹園で手に入れたフルーツで倒れるまで全力でケーキを作り満足げな表情で泥のように眠っていた。

 そしてそのまま玄関へ向かう。

 だが途中でレベッカはピタッと立ち止まった。

 アイリーンに言われていたことを思い出したのだ。


「家に誰かが来てもドアを開けちゃダメ。まず誰かに知らせなさい」


 レベッカは言われたとおり誰かを探すことに決めた。

 すると廊下の奥でモップ掛けをする幽霊を見つける。

 レベッカは目をキラキラさせて幽霊に近づく。


「幽霊さん。幽霊さん。誰か来ましたよ♪」


 これに焦ったのが幽霊である。

 暇つぶしにモップ掛けをしていたらあの怖い男と一緒にいたドラゴンに見つかってしまったのだ。

 それも姿が見えないようにしていたのにもかかわらずだ。

 幽霊は顔を引きつらせながら聞いた。


「み、見えるの?」


「あい!」


 レベッカは元気よく答える。


「あ、あら、そう。それでなんだっけ?」


「誰か来ました。アイリーンお姉ちゃんが人が来たら誰かに知らせなさいって言ってました」


 レベッカはふふんっと得意げな様子だった。

 一方、幽霊の方は困った。

 確かにこの幽霊は元メイドだが、幽霊に接客をしろというのは不可能な話である。

 かと言ってこのドラゴンを泣かせでもしたら今度こそアッシュに消滅させられかねない。

 ヘマをするわけにはいかないのだ。


「えっと……お姉ちゃん幽霊だから別の誰かに頼んで……」


 ドラゴンの尻尾の揺れがピタリと止まる。

 明らかにテンションが下がっている。

 まずい!

 幽霊は焦る。


「え……っと、お姉ちゃんと誰か起こしに行こうっか」


 幽霊はレベッカに手を差し出す。

 手を繋ごうという意味である。


「あい!」


 レベッカは差し出された手を握る。

 機嫌が良くなったのか尻尾がピコピコと揺れていた。

 そのとき幽霊は必死に考えていた。

 アッシュを起こして攻撃されるのは避けたい。

 かといって他の住民にとてつもない魔力を持つ存在がいたので逃げ回っていたのだ。

 女性と男性がいるというくらいしか把握してない。

 幽霊はとりあえず女性陣は危険性が高いと判断し、比較的危険性が低い思われる騎士二人を起こすことに決めた。


「じゃあ一緒にお兄さんたちのところに行こうね」


「あい」


 こうしてドラゴンと幽霊は手を繋いで騎士の泊まってる部屋に向かった。

 騎士の部屋に入るとレベッカが手を離して寝ている騎士たちに突撃する。


「起きてくださーい! お客さんですよー!」


 ぽんぽんとレベッカが騎士の一人をゆする。

 騎士は夜中に敵襲があってもすぐに起きて任務に就けるように訓練されている。

 ゆえに寝起きがいい。

 レベッカに揺すられた騎士はぱちっと目を開ける。

 そして騎士が見たものは……半透明に透ける幽霊だった。


「んぎゃああああああああああああああ!」


 これは卑怯である。

 いくら騎士と言えどもアンデッド狩りをしていたアッシュとは違い怪奇現象になれているはずがない。

 しかも寝起きである。

 さらに言えばアークデーモンに脅されたばかりである。

 寝起きに幽霊を見てしまったのだ。これは焦る。


「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊!」


 騎士の一人が腰を抜かした。

 するともう一人が欠伸をしながら起き上がる。


「なんだよアイザック。うるせえな……」


「カルロス! ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊……」


「ああ? ……まったく。……えっ?」


 カルロスが固まる。

 アイザックとは違いこちらは悲鳴を上げる余裕もなかったらしい。


「あのね。あのね。お客さん来てますよー」


 空気を読まないレベッカは尻尾を振りながら大騒ぎしてる。


「あ、ああ。あの幽霊さんかな?」


 カルロスが聞き返した。

 ガチガチを歯を鳴らし、手は震えている。


「違いますよー。幽霊さんはメイドさんですよ」


 レベッカによる幽霊認定それがトドメだった。

 カルロスの黒目がぐるんと上を向き、そしてカルロスは失神した。


「か、カルロス死ぬなー!」


「死ぬなー♪」


 意味がわかってないレベッカが真似をした。

 さてこの収拾のつかない状況は数秒後に好転する。


「うるさいぞ。なんだお前ら」


「もー、なんですか! これだから男の子は」


 アイリーンとベルが怒りながらずかずかと部屋に入ってくる。

 そしてアイリーン、ベルがメイドに遭遇する。


「んん? メグか?」


 アイリーンが額に皺を寄せる。


「あらメグ……その姿」


 ベルは驚いたように口に手を当てる。


「お、お、お、お、お嬢様ぁー! お懐かしゅうございます」


 幽霊が二人の手を握る。


「え、え、え、なんで? どうしたそのなりは?」


「そうですよ! なんでメグが幽霊になってるんですか?」


「町が襲撃されたときに逃げ遅れてしまいました。それで気づいたらこの姿になってしまいました。おそらく死んだのだと思うのですが記憶がありません」


 メグが悲しそうに言うとアイリーンも表情を曇らせた。


「そうか……それは残念だ……」


「それで今までやってきた連中を脅かして追い出してきたんですけど、あの悪魔のような顔をした大男に消滅させられそうになりましてこうして逃げ隠れしていた次第でございます」


「お、おう。あのなメグ。アッシュ殿はちゃんと話をすれば優しい御仁だ。私からもよく言っておくから安心しろ」


「アイリーン様ありがとうございます!」


 ベルは「アイリーン様、ようございました」と涙を拭いている。

 三人だけの世界を作る娘たちに今度はレベッカが近づいてアイリーンのすそを引っ張る。


「あのね、あのね。アイリーンお姉ちゃん」


「おお、どうしたレベッカ」


 アイリーンはしゃがみ込んでレベッカと同じ視線にする。


「あのね。お客さんが来てるの。それで幽霊さんと騎士さんを起こしに来たの」


 レベッカは「ちゃんとできたよ」という期待に満ちた顔をした。


「いい子だなあ。ちゃんとできたねー」


 アイリーンはレベッカの頭をなでなでする。


「えへへへへ」


 レベッカは尻尾をふりふりしている。


「それじゃあ夜中の来訪者に会いに行くか。お前ら着いてこい」


 アイリーンは騎士に指示を出す。


「はっ!」


 こうして一行は深夜の来訪者に会いに玄関へ行くことになったのだ。

 玄関は静まりかえっていた。

 気配はない。


「本当に誰か来たのか」


 念のためアイリーンがレベッカに聞く。


「あい」


「じゃあアイザック。ドアを開けろ」


「はっ! ……って俺ですか!」


「うむ」


「酷いですよー」


 アイザックは恐る恐る玄関ドアを開ける。

 ドアを開けると確かに人影が見えた。


「何者だ?」


 アイリーンが声をかけると人影が近づいてくる。


「ぎ、ぎぎぎぎ。ぎ、ぎぎぎぎ」


 アイリーンたち、レベッカ以外は驚愕のあまり全員がその場で固まった。

 それは人ではなかった。

 それは人の形をした触手だった。

 それは触手の真ん中に目がある恐怖を覚えるような生き物だった。

次回、幽霊さん大活躍。


感想のお返事できずにすみません。

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