アイザックとカルロスの出会い
アイザックとカルロスが出会ったのは騎士学校の入学式の直後だった。
なにせ騎士学校の大半は騎士の家系の生まれである。
騎士とはどういうものかをわかっている。
したがって髪型も騎士風と言われる後ろで髪を結ったものばかりである。
そんな中に修行僧のように髪を丸刈りにした生徒がポツンと佇んでいたのだ。
どうしても浮いてしまっている。
(面白い)
アイザックはニヤニヤしながら坊主頭の生徒に近づく。
からかおうとは思っていない。
あくまで興味本位だった。
良く見ると少年は、騎士学校の制服を着ていなかった。
本当に修行僧の服装である。
(やはり面白そうなやつだ)
「よう、俺はアイザック。よろしく」
少年は拝みながら頭を下げた。
修行僧の仕草だ。
「私はカルロス。よろしくお願いします」
態度が硬い。
アイザックはズカズカと踏み込む。
「お前、修行僧だろ? どうして騎士学校になんか来たんだ?」
騎士は公務員である。
安定はしているが騎士の家系でもない限りは騎士学校に入学することはない。
「実家が嫌で出家したのですが連れ戻されて、しかたなく騎士学校に逃げ込みました。騎士学校なら連れ戻されませんから」
騎士学校は国から給料が支払われるため、学業の怠慢や過度の非行などの除籍以外では退学させるのは困難である。
アイザックはニヤニヤとしていた。
つまらない学生生活だと思っていたが、面白そうなやつを見つけた。
真面目そうだから悪い遊びを教えてやろうと。
アイザックは「フヒヒ」っと笑った。
今は上品に振舞っているが、このころのアイザックは、わざとアウトローを気取るところがあった。
「そうか。たいへんだったな。制服はまだ支給されてないのか?」
「ええ。私の入学は想定外でしたので。一週間ほどかかるかと」
チンピラっぽくポケットに手を突っ込むアイザック。
そんなチンピラと話している最中も背筋を伸ばしているカルロス。
まだ二人はお互いの本性を知らなかった。
騎士学校では学ぶことが多い。
戦術、戦略、治療術、馬術、剣術、槍術、ハルバードや鎚、武器防具の手入れ、行進、ラッパや太鼓、家紋も必修だ。
必修科目が終わると、各自の希望で科学や歴史学を学ぶ、中央や上級貴族の騎士を務める名家では詩やダンス、会計学も学ぶ。
軍や帝都中央騎士団のトップを目指すなら作戦や上級戦略、法律や政治学を学ぶ。
なかなか本格的な学校である。
そんな学校でもやはり実体は体育会系である。
最初の授業は剣の実習なのだ。
おのおの支給された運動着に着替えグラウンドに出る。
カルロスだけは修行僧の格好である。
やはり目立っていた。
そんなカルロスにアイザックはニヤニヤ笑いながらつきまとっている。
「カルロス。お前、剣術は得意か……って本山は武僧ってもいるのか」
「私は回復魔術が専門です。暴力は専門外です」
「そうか」
アイザックはカルロスの手を取る。
指の付け根の皮、特に小指側が厚く硬くなっている。
「これ剣ダコだろ?」
アイザックはにやあっと笑った。
「……ち、違いますよ」
カルロスは目をそらす。
すると教官が怒鳴る。
「そこのお前ら! 前に出ろ!」
「あらら♪ 怒られちゃったー♪ 行こうぜ」
アイザックとカルロスは前に出る。
すると筋肉質の教官はカルロスを睨む。
「貴様。僧侶か?」
「元本山の修行僧です」
「剣の経験は?」
「初心者です」
「そうか。そこのにやけ顔。お前は下がれ」
「相棒を置いて、ですか? 教官殿」
「いいから下がれ、クラーク家の問題児」
アイザックは一瞬顔を歪めたが素直に下がる。
教官はカルロスを見下ろした。
背の低いカルロスは本当に子どものように見える。
「おい、貴様。これから試験をする」
「はい」
「試験に合格できなければ除籍だ。おい、そこのでくの坊! 前に出ろ!」
教官は体の大きい少年を呼ぶ。
「はい!」
「貴様、剣の腕は!」
「父に習っております!」
「わかった。こいつと闘え」
「はい!」
教官は木剣を少年へ投げ渡す。
普通の両手持ちの木剣だ。
「お前はこれだ」
教官はカルロスに一回り小さい剣を投げ渡す。
それを見たカルロスは露骨に嫌な顔をする。
「……教官殿」
「お前の剣を見せてみろ。それではお前らそこと、そこに立て」
教官は指をさす。
勝利を確信した少年は自分の剣を両手に持ち正眼に構える。
それに対してカルロスはテキトーだった。
剣を肩に置いていた。
「貴様はそれでいいのか」
「初心者ですので」
カルロスは表情を変えない。
「わかった。では……はじめ!」
「いやああああああああああ!」
少年が剣を振りかぶる。
剣線はカルロスの肩口を捕らえていた。
手加減一切なしである。
だがそこにはすでにカルロスの姿はなかった。
剣は空を切る。
「え……」
次の瞬間、鈍い音が響いた。
そして少年の膝の内側、その横へカルロスの蹴りがめり込んでいた。
カルロスは剣術ではありえない軽やかなステップで剣をよけていたのだ。
一瞬、少年の動きが止まる。
だが、少年も厳しい訓練を積んできた候補生、痛みをこらえてサイドに回ったカルロスへ斬りかかる。
その瞬間だった。
がくっと少年の膝が落ちる。
少年はローキックの恐ろしさを知らなかったのだ。
少年の足はピクピクと痙攣しどんなに命じても動かない。
「くッ……」
それでも少年は立ち上がろうとした。
それをカルロスは足蹴にし、首に剣を突き立てる。
教官は頭をポリポリと掻いた。
「それが海軍剣術か。下品なことこの上ないな……」
「失礼いたしました。そういう家の生まれですので」
「いや今の言葉は俺が悪かった。許してくれ」
教官はカルロスに謝罪すると真面目な顔で他の候補生に向かって大声で言った。
「候補生諸君! 百剣のガウェインの例を出すまでもなく世の中には理合いの異なる剣術がたくさんあるから気をつけろ。なめてかかったらこうなる。わかったな!」
「「はい! 教官殿」」
カルロスと少年以外の全員が元気よく答える。
カルロスだけが露骨に嫌な顔をしている。
「教官殿。あまりに彼の扱いがひどいのでは?」
一応、カルロスは反論する。
それに教官は豪快に笑いながら答えた。
「実家から根性をたたき直して欲しいと言われている。これで少しは反省するだろう」
カルロスはため息をつき、アイザックは「面白くなってきたぜ」とニヤニヤする。
カルロスはこれから当然のように起こるイベントに頭が痛くなった。
そのイベントとは……
それは昼休みに起こった。
騎士学校は体育会系である。
なにせ、さんざん運動をしたにも関わらず昼休みにもグラウンドでは様々なスポーツが行われているほどだ。
そのスポーツに興じる候補生たちの一方で、木剣や角材を持った体格の良い集団がカルロスを囲んでいた。
もちろんカルロスをリンチするためである。
「おい、ガイ様に恥をかかせたらしいな」
「生意気だぞてめえ」
どこの世界でもこういった連中はいるのだ。
だがカルロスは幼少からこういった連中に囲まれてきたのだ。
なんの威嚇にもならない。
一人がカルロスの胸倉をつかむ。
なにせカルロスは細くて背が小さい草食動物なのだ。
自分より弱いと勘違いしても仕方がないだろう。
だが人間は素手ではたいていの野生動物に瞬殺される生き物なのだ。
それは早かった。
胸倉を掴んだ瞬間、カルロスの肘が顔にめり込んでいた。
「えぼ?」
鼻血が飛び胸倉を掴んでいた手から力が抜けた。
全員が何が起こったかわからなかった瞬間、もうすでにカルロスは逃げのモーションに入っていた。
「て、てめえ、なにをしやが……って、逃げた!」
カルロスは逃げ出した。
この判断は正しい。
安全地帯さえあれば。
だが残念なことにここは学舎。
安全地帯などないのだ。
そして少年とは残酷なもの。
面白がってリンチに加わる生徒は増え、カルロスを追う生徒も増えていく。
さすがのカルロスも逃げ切れず中庭の隅に追い込まれる。
「ようやく追い込んだぞ。てめえ正々堂々と闘え」
正々堂々とはいつから大勢でリンチをすることになったのだろうか?
カルロスは腹が立ってきた。
そんな絶体絶命のカルロスへ救いの神が舞い降りる。
「オラオラ! テメエら情けねえことやってんじゃねえぞ! このアイザック・クラークが相棒へ助太刀するぜ!」
アイザックである。
目が輝いている。
大人になってからはなりを潜めたが、アイザックはもめ事が大好物なのだ。
アイザックは一番獰猛そうな顔をした少年に飛び蹴りをする。
どっすんと音を立て少年が尻餅をついた。
「て、テメエ! 海軍野郎をかばうのかよ!」
「うるせえ! 騎士が数の少ない方について何が悪い!」
アイザックは問答無用で近くにいた連中を殴りつける。
カルロスも立ちはだかる連中を殴りつけていく。
「てめえざけんな!」
「くそ捕まえろ!」
アイザックは怒鳴る。
「絶対捕まるな! とにかく殴って殴って殴れ!」
「わかったよ!」
十分ほどが経ち、喧嘩は続いていた。
集まった半分が地面にキスをし、さすがの二人も無傷とはいかず顔が腫れていた。
「口の中切れたぞ、クッソ、飯が不味くなる」
グルメのアイザックが血の混じったつばを吐いた。
「俺の方は夜になったら顔が腫れるぞ。ふざけんな」
カルロスも顔にアザができていた。
二人は息が切れ足も止まる。
だが心が折れたのは暴漢たちの方である。
「マジかよ……たった二人で十人以上殴り倒しやがった……」
その膝は震えていた。
完全に心は折れていた。
面白半分で参加した連中の半分はすでに逃げてしまっていた。
そんな彼らにもようやく救いの神がやって来た。
「おうし、終わりだ」
教官である。
教官の姿を見たアイザックが怒鳴る。
「遅えぞハゲ!」
「いやあ、お前ら頑張ってたから邪魔しちゃ悪いなあと思ってな」
「ざけんな!」
さすがにこれにはカルロスも怒鳴った。
「あー、はいはい。このままだとお前らが誰か殺しちゃうから止めてやるからなー。ようっし、負け犬諸君。お前らは始末書な」
「だってコイツは海軍野郎」
「今は騎士の候補生だ。それにわかっただろ? 海軍なめてると死ぬぞ」
その顔は冷酷そのものだったという。
教官は負け犬たちを連行していった。
二人はその場にへたり込む。
「わざとだな。クソが!」
アイザックが忌々しいとばかりに吐き捨てた。
「だな……」
カルロスはあきれ果てていた。
これでは実家と同じではないか。
「次は勝つぞ」
アイザックが言った。
「次があるのかよ」
「ああ、絶対にある。だから海軍の剣術を教えろ」
「悪い。俺は剣術よりナイフのが得意だ」
カルロスは自分を『私』と言わなくなっていた。
「それでいい。次までに俺が作戦を考える。わかったな相棒」
「……わかったよ相棒。頼りにしてるぜ」
こうして二人は友達になった。
この数年後に事件を起こし、二人はエリートコースを滑り落ちてアイリーンに拾われることになるのである。




