出航前
明日というか月曜日は本屋を自主的に見てくるので休みます。
最近、理不尽なストレスのせいか髪の毛に白髪が目立ってきた。
前髪が少し後退しているような気がする。
そんな微妙なお年頃の騎士団相談役兼村長ガウェインは自宅の窓から外を見た。
傍らには伽奈が微笑んでいた。
年上だが見た目は幼妻である。
年下のお姉ちゃん。
何を言ってるかわからないその男の夢を勝ち取った男は窓の外に見えるテントの群れを見てため息をついた。
「つまり……だ。其処許は代官所の許可を取らずに商売をはじめたというわけかな」
ガウェインは人の良さそうな男に言った。
「商いは自由でございます。我々に課せられているのは納税の義務だけ……でございます」
ガウェインは商人のにやけヅラに拳を叩き込みたくなった。
だがそれは叶わない。
これだけ傍若無人な行いに出たということは、少なくとも商人の中では切り札があると言うことだろう。
切り札とは、帝国の偉い人から嫌がらせを許されているということである。
(あーあ、めんどくせえな。アッシュの旦那、もう帝国滅ぼしちゃえよ……)
ガウェインは思った。
アッシュなら一人でも帝都を陥落できるだろう。
だがそれは、ほぼ独立国状態のクリスタルレイクの住民の意見である。
外の商人からすれば帝国の威光がクリスタルレイクにまで及んでいると考えるのは当たり前だろう。
「まあいいだろう。続けたまえ。がんばれよ」
ガウェインは面倒になった。
口調も素に戻っている。
どうせ代官と蜘蛛が帰ってきたら自滅するだろう。
村人に危害が及ばなければガウェインが介入する権限はない。
もちろん村人に何かしようものなら生まれてきたこと後悔させるつもりだ。
だが商人はそれを勝利と受け取った。
やはり背後にある権力の前では誰もが跪くのだ。
と、すら思ったのだ。
一見すると田舎町であるクリスタルレイクの実態を知らなければそうなるのは仕方がない。
「くくく。では商売に励ませて頂きます」
先ほどの人の良さそうな顔はどこへやら、すっかり悪い顔である
「へいへい。……だが気をつけろよ」
「なにが……ですかな?」
「住民に危害を及ぼしてみろ。死んだ方がマシと思える目に遭うぞ」
ガウェインは釘を刺す。
フンスと伽奈の鼻息が荒くなった。
目の前の相手がいつでも人を殺せる相手とはつゆ知らず商人は濁った目で答える。
「ええもちろん。法には従いますとも」
(そう言う意味じゃねえんだけどなあ……)
ガウェインは思った。
だがガウェインもただのバカではない。
蜘蛛の結界を通り抜けてきているのだ。
罪を犯して野放しの悪党ではないはずだ。
「それでは失礼いたします」
商人は出て行った。
悪い顔をして。
(そのうち行方不明になるんだろうなあ……)
ガウェインは少しだけ商人に同情し、伽奈はやる気を出したのか腕をぐるぐると回した。
死亡フラグ建設。
そんな村長ガウェインが考えるのをやめたのと同じ頃、カルロスはニヤニヤとしていた。
目の前には中型の帆船が停泊している。
廃船をリニューアルした船だ。
「中型船で良かったので?」
海賊が苦笑いした。
「おう、俺たちの任務は探索と貿易だ。最低限の戦闘力と足の速さがあればいい」
「でも兄貴、化け物が出るんですよね?」
「……あのな。ここだけの話だけどな」
「はあ……」
「アッシュさんが石投げた方が強い」
「……ソウデスネ」
なにせアッシュは小枝を足場にする達人なのだ。
必殺技の一つや二つ持っているだろう。
と、海賊Aは考えるのをやめた。
「それで、どうするんです?」
「そうなあ。まずは海岸線に沿って安全に航行。先に街があるらしいからそこまで行ったら帰ってくる。期間は三日を予定している。そして次はお楽しみ、一度戻って補給したら『旅立ちの街』から真っ直ぐ行く。陸が見えたら本当の新大陸だ。予定している期間は一ヶ月だ」
「一ヶ月! 死人が出ませんか……」
長期の航海では死人が出るのは珍しくない。
三ヶ月を超えるとビタミン不足も起こすだろう。
たとえ一ヶ月でも負担は計り知れないのだ。
「いや、向こう岸までは一週間程度らしい。街があるらしいから拠点を確保したら帰ってくる」
カルロスは笑った。
海に出られるのがうれしいのだ。
「そうすると……舞台はどうするんで? アッシュさん張り切ってましたよ」
アッシュはただサーフィンで遊んでいただけではない。
ちゃんと俳優としての仕事もこなしていたのだ。
「クローディア姐さん次第だけど、海岸線の調査が終わってからだと思う」
「了解っす。それでは物資の積み込みは」
「真水に干物に油に塩に香辛料に……それと果物をたくさん積んでおけ。ネズミやら虫を食べたくないだろ?」
「ウス。了解っす」
海賊Aは元気よく答えた。
なにせネズミは単純に不味いのだ。
さらに虫である。
二人とも名前を出さなかったがGのことである。
よほどではないと食べたくない代物である。
「それとだ……」
カルロスが真顔になる。
「へい」
「親父とチェスに金を渡すなよ。酒とギャンブルに全部使っちまうからな」
「もちろんでさあ兄貴」
ギャンブル無双のカルロスとは違い、二人は弱いのだ。
しかも人に酒を驕るのが大好きなため金がいくらあっても足りない。
だから修行僧と宮仕えの経験があり、経済観念がしっかりしているカルロスが金の管理してないといけない。
地味だが使える男。
それがカルロスなのだ。
こうして出航の用意は淡々と進んでいく。
そしてカルロスは目を細める。
思えばここまで紆余曲折の多い人生だった。
ずっと根無し草の人生だった。
終の棲家と思っていたクリスタルレイクも業務拡大で出ることになった。
だがそれは今までとは違い栄誉ある仕事なのだ。
恋人であるセシルと幸せに暮らすためにも頑張らなくてはならない。
カルロスは気合を入れた。




