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イカさん

 アッシュの達人芸が話題となり、海岸のイメージは良くなった。

 海に出ると何者かに攻撃されるとの噂で海に出なくなっていたのだ。

 それをアッシュたちのサーフィンが変えた。

(アッシュの達人芸がはたしてサーフィンと言えるのかは別として)

 アイリーンやオデット、さらに小さなドラゴンたちまでもが遊んでいるのを見て、住民たちも海に明るい印象を持った。

 少なくともアッシュの遊んでいた辺りまでは安全だと判断されたのか、すぐに釣りや素潜り漁と網漁が解禁された。

 かなり長い期間、漁が禁止されていたようで、魚は豊富に存在していた。

 どこでも豊漁で街の住民たちの顔は希望に溢れていた。

 良くも悪くもアッシュたちの存在が刺激となったようだ。


 アイリーンたちは魚を見ていた。

 旅立ちの街からクリスタルレイクまで約半日、足の速い油の多い魚は腐ってしまう。

 したがって輸送するのは干物である。

 干物にさえすれば帝都までも運ぶことが可能になる。

 だからこそ獲れる魚種を見る必要があった。

 帝国では庶民は主に川魚を食べている。

 これは港町の少なさが影響している。

 だがアイリーンのような貴族は海の魚を食べている。

 その方が上品とされているのだ。

 アイリーンが川魚やザリガニ、淡水の巻き貝が苦手なのはこの辺の事情からである。

(ただし最近ではアイリーンも貝類以外は食べられるようになった)

 だがそれでもアイリーンは目を輝かせていた。

 クリスタルレイクでは手に入らなかった海のお魚である。

 それも干物。

 アイリーンはアッシュの料理に不満はない。

 むしろ帝都よりも美味しい。

 それに彼の手作りである。

 文句を言う気などない。

 だがそれでも海の魚の干物は別格なのだ。

 マスは美味しい。

 ナマズも美味しい。

 ウナギも美味しい。

 ザリガニも悔しいことに美味しい。

 川エビも美味しかった。

 だが海の魚は別格なのだ。


 アイリーンは思わずスキップしていた。

 アジにカツオに鯛にヒラメ。

 お魚パラダイスがそこに広がっているのだ。

 そんなアイリーンにアッシュ、アイザック、カルロスがついてきている。

 やはり料理の心得がある人間が側にいると安定性が違うのだ。

 ブラックコングも一緒についてきている。

 子どもたちはベルとルーシーが預かっている。

 こういった仕入れは子どもにはひどく退屈で、遊びだしたら市場の邪魔にもなるからだ。


「……なぜこうなった」


 アイリーンは落ち込んでいた。

 そんなアイリーンの肩をアッシュがぽんっと叩いた。

 アイリーンが落ち込むのも当然だった。

 アイリーンの見知ったお魚はほとんどいない。

 カラフルなお魚ばかりだった。

 一緒に来ていたカルロスが笑う。


「ありゃー。ノーマンと同じような魚ですね。ああ、でもアイリーン様、イカはありますよ」


 バーテンダーでもあるアイザックがそれに続く。


「イカの干物を作りましょう。上品な店用じゃないですが、つまみとしてはいけますよ」


「ああ、そうだな……」


 アイリーンは肩を落としていた。

 イカは嫌いではない。

 でもそれだけではアイリーンの心を満たしてくれないのだ。

 そんな一行を見てオデットはドン引きしていた。


「こ、これを食べるんですか?」


「だって捕まえたんだろ?」


 アイリーンは「何を言ってるんだコイツ?」という顔をしていた。


「これは廃棄する分ですよ」


 オデットへ「なに言ってるのお前」という冷たい視線が集まった。


「いや、イカは美味しいだろ?」


「……こんな足がたくさんあるのを食べるんですか?」


「貝くらい食べるだろ? 似たようなものだろ?」


「うわ! 貝が食べられなくなるでしょが!」


 オデットが抗議した。

 この噛み合わないやりとりは仕方がない。

 分類法が違うのだ。

 アイリーンの世界ではタコやイカは貝の仲間である。

 一方、オデットの方は別の生き物である。

 共通しているのは鯨が魚に分類されているくらいだろう。


「だからイカは美味しいっていってるだろ。それに……そっちのカゴにはトビウオまで入っているだろ。なんでそれまで捨てるんだ?」


 クルーガーではトビウオの干物を砕いてスープベースにする。

 貴族用の高級出汁である。


「……こんな気持ち悪いの捨てるに決まってるでしょう!」


 オデットは気持ち悪いという顔をしていた。

 カルチャーショックである。

 アイリーンとアッシュ、それにアイザックが傾く。


「なんですか、その顔」


 オデットが抗議する。

 文化の違いを埋めるのは難しい。

 若い衆が文化の違いで揉めている中、大人は素早かった。


「おう、そこのカゴの中の品、全部売ってくれ」


 ブラックコングである。


「おい、コング、生で買っても腐っちまうぞ」


 アイザックが親しげに言った。

 もうすでに男たちはダチ公。

 あだ名で呼ぶ間柄である。

 ブラックコング。恐ろしいまでの人間力である。


「なに言ってんだよ。練習用に決まってるだろ。お前ら調理法知ってるだろ?」


「ああ、もちろん」


 アッシュが胸を叩く。


「じゃあ街の連中に教えてくれ。加工できるようになったらいくらでも買ってやる」


 ブラックコングのその発言にアイザックが異論を挟む。


「乾物問屋の殺し屋がやってくるんじゃないか?」


「俺はもともとは乾物の小商いから成り上がった男だ。乾物問屋組合は身内だ。この手の消耗品は街一つ分くらい増えたって値段には反映されん。イカも同じだ。もともと数が取れるから値段は変わらん」


 はじめてブラックコングが頼もしい。

 それを見てオデットはつぶやいた。


「外の人ってワイルド……」


 オデットはまだ受け入れていなかった。


 そして次の日……


「まったく、イカの美味しさをわからんとは」


 プリプリ怒りながらアイリーンは網でイカを焼いていた。

 アッシュの作った一夜干しである。


「アイリーン様。一夜干しを焼きながら怒らないでください」


 ベルが呆れている。

 今回の調理係はアイリーンである。

 アイリーンはお嬢様である。

 だが武官としての教育を受けているため、こういう携帯食料の調理は得意である。

 だんだんといいニオイがしてくる。


「やっぱりイカはいいですねえ」


 瑠衣がニコニコする。


「アイリーンお姉ちゃん! いいニオイです!」


 レベッカは目を輝かせる。


「「いいニオイ!」」


 ドラゴンたちも喜ぶ。


「どうだオデット! これがイカだ!」


 アイリーンは「あははっ」と笑う。


「確かに……貝を焼いたときのようなにおいですね」


 オデットは悔しそうだ。


「ほい焼けた。あとは塩と香辛料で味を調えて……ほれ食べろ」


 アイリーンはオデットへイカを差し出す。


「はい、良い子ちゃんの分」


 ドラゴンたちにも配り、自分たちにも配る。


「本当に……美味しいのですね?」


 オデットが確認する。

 するとアイリーンはイカをもぐもぐと食べる。

 それを見てオデットはイカを口に入れる。


「……美味しい。貝とはまた違いますが……これは美味しいです」


「だろ?」


 ドラゴンたちも大喜びしている。


「あまーい。美味しい!」


 しったんしったんと跳ねる。


「だろう?」


 アイリーンはニコニコとしていた。


「もっとカラカラになるまで干したり、団子にしたり、スープの出汁にもなるぞ」


 アイリーンが笑う。


「捨てるものが金になる。それにこの辺りはしばらくしたら外の人間が殺到するだろう。今のうちに帝国の料理を覚えておけばいくらでも稼げるぞ」


「……なるほど」


 オデットはイカを見ていた。

 淑女亭に持ち込んで広めるべきだ。

 オデットはそう感じていた。

 なにせこの世界で最速の情報網は女子のネットワークなのだから。

ドラゴンはイカを食べても平気です。

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