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波乗りアッシュさん

 灰琥珀。

 超高級なお香の材料である。

 実は鯨の結石で脂肪の塊である。

 油なので水に浮き、海を漂いどこかの海岸に辿り着く。

 そして価値のわかる人間によって拾われたときにだけ流通する、超絶レアアイテムである。

 それが海岸に漂着したゴミと同じ場所に捨てられていた。

 アイリーンとアッシュは「やっぱりゴミなんだな」と納得し、ブラックコングは顔を青くした。


「……お前らエルフは正気なのか?」


 そんなコングに対して線の細い妖精のような美少女。

 中身は残念を極めたダメ娘、オデットが花のような笑顔で答える。


「だって、食べられませんもの。金なんかあってもお腹がふくれません!」


 実に明快な答えである。


「それで売ることはできるか?」


 一緒に来ていたアイリーンが聞いた。

 横には貿易商枠でカルロスがいる。

 さすがのベルでもここまではフォローできない。


「売ることはできるが全部を売るのは無理だ。こいつを全部さばいたら値崩れ起こして、薬種問屋の組合と全面戦争になるけどな」


 同じ重量で金の八倍の価値がある品を値崩れさせたら確実に殺し合いが始まる。


「加工して香水を作るってのはどうですか?」


 化粧品全般に対して「ベルに使えって言われたから使う」という雑な認識のアイリーンの代わりにカルロスが言った。


「化粧品組合と血みどろの抗争になる。それこそ本当の殺し合いだ。殺し屋を差し向けられるだけじゃねえ。職人の引き抜きに倉庫への放火、クリスタルレイクの住民の誘拐、一番最悪なのはこの街を焼き払う……とかだな。生きるためだったら人間ってのはなんでもやるぜ。俺はガキどもに危険が及びそうになったらすぐに手を引くからな」


 誰も反論はしない。

 悪魔たちに守られているからクリスタルレイクは安全だが、敵が悪魔や神族と手を組んだら守り切れないだろう。

 金では命は買えない。

 ブラックコングにも守りたいものはあるのだ。


「まあ……殺されない程度に時間をかけて流通させるしかないな」


「そうか」


 どうにも楽に金を稼ぐことはできないようだ。

 アイリーンとしては早くアッシュと田舎暮らしを満喫したい。

 適当に農家をやりながら、片手間でケーキ職人、たまに俳優をやってレベッカとのんびり暮らしたいのだ。

 それを王位継承だとか新大陸だとか面倒な高級品だとか寄ってたかって邪魔をするのだ。

 だんだんとアイリーンは腹が立ってきた。

 そんな、顔をふくらせるアイリーンを見てアッシュは笑う。


「アイリーン。せっかくだから遊ぼう」


「うん!」


 するとカルロスがニヤニヤする。


「アッシュさん。遊びならノーマンの遊びをやりませんか?」


「ノーマンの?」


 カルロスは今までにない悪い顔をしている。


「ええ、楽しいですよ。つうわけで持ってきてくれ」


「兄貴、了解っす」


 海賊たちもニヤニヤしていた。

 海賊たちが荷物を持ってくる。

 それは変な形の板だった。


「……カルロス。なんだそれ?」


 アイリーンは目を点にした。


「波乗りですよー。オデットさん、ここってちょっとでも入ったら危ないですか?」


「ええ、港から遠くなければたぶん……安全ですけど……いえ、ごめんなさい。わかりません。入るなって言われ続けてたので」


「サメはいなそうなんだけどなあ……」


 カルロスはそう言うと服を脱ぎ腰巻き一丁になる。


「ちょっくら見てきまーす」


 そう言うと板に腹ばいになって器用に進んでいく。

 どうやら波に乗っているらしい。

 そしてカルロスは波に乗って海の上を滑っていた。


「ノーマンの遊びらしいです。密輸のついでに教えてもらったらみんな真似しはじめたんです」


 海賊は「しかたねえな」と苦笑いしていた。

 アッシュはうずうずとした。


「やるか?」


 アイリーンも目を輝かせている。


「う……うん。やる!」


 アッシュも目を輝かせている。

 二人とも運動神経がいいので、こういう遊びが好きなのだ。


「じゃあ私は下着を取ってくる。先に遊んでてくれ」


 アイリーンはオデットを連れて宿に戻る。

 アッシュは女性陣が見えなくなったのを確認すると一気に服を脱ぐ。

 アッシュも腰巻き一丁になった。

 その腰巻きと表現するよりはフンドシと表現すべきものである。

 アッシュは海賊から板を受け取ると海に突撃する。

 その目は輝いていた。

 年齢のわりに普段は落ち着いているアッシュが、レベッカがいない状態でここまではっちゃけるのは珍しいのである。

 運動神経の塊であるアッシュはなんとなく理解していた。

 カルロスのやっている遊びは筋力ではないと。

 アッシュはカルロスの真似をして沖に出る。

 カルロスは器用に休んでいた。

 アッシュはまずは休むのだと理解した。

 水面を漂う小枝が見えた。

 それを足場にして立った。


「おーい、そこの達人。重さを消せば小枝を足場にできるじゃないですからねー。それは伝説クラスの技で普通できないですからねー」


 カルロスがツッコミを入れた。

 それはアッシュしかできない。

 だがアッシュの所までは声は届かなかった。

 アッシュは足場の小枝から、板を小脇に抱えて走り出す。

 水面を走る走る走る。


「おーい、それ噂に聞く忍者マスターとかの技ですからねー。普通の人間はできませんからねえ」


 アッシュには聞こえていない。

 そもそも忍者扱いされるのはカルロスの方が先である。

 アッシュは水面を走り加速すると飛び上がり板の上に乗る。

 そして来た大波を滑っていく。

 それはどこまでも勇壮だったという。


「人類にできる技でお願いしまーす」


 一応アッシュは人類である。

 だがここまで来ると、もうツッコむのも面倒である。

 陸で見ていた海賊たちもツボにはまって笑い転げていた。

 アッシュは年齢相応の顔で滑る。

 合流したアイリーンたちもアッシュの技を見て拍手をしていた。

 さらに街の住民たちもアッシュを見にやって来た。


 もはやアッシュたちはすっかり街の名物であった。


 エルフの若い男性たちも負けじと適当な板を手に海に入る。

 自分たちにできる範囲で真似をする。

 アッシュには流行を作り出したことの自覚はなかった。


 ブラックコングは思った。

 とんでもない連中と関わったなあと。

後々のフラグです。

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