表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/254

鑑定コングさん

 アイリーンは顔を真っ赤にして雷を落とした。


「金ではなく物々交換だと! なにを考えてるんだ!」


 アッシュは芋のパイの値段を決めていなかった。

 悪魔たちとも物々交換だったので、なんとなくそのままのノリでケーキを配ってしまったのだ。

 アイリーンが怒るのも当然である。

 アッシュはお人好しすぎたのだ。

 物に対する価値観がまるっきり違う悪魔との取引だからこそ、物々交換が成立したのだ。

 悪魔にとっては有毒なゴミでも、人間にとっては高級品なのだ。

 だが人間と生態がほぼ同じエルフ相手では「お気持ちだけ」とはいかないのだ。

 ちなみにアイリーンが雷を落とした相手はオデットである。

 アイリーンも善良なアッシュを怒る気にはならないのだ。


「まったく……こんなキノコばかりなんて……」


 アイリーンは膝を落とした。

 エルフが持ってきたのはキノコの山だった。

 この近辺でたくさん採れるキノコらしい。

 さらに栗やら草やら、しなびた木の根やらと価値がよくわからない品々ばかりである。


「一応コングに見てもらうが……これではなあ……」


 これが武具ならばだいたいの価値がわかっただろう。

 だが、さすがのアイリーンでもキノコまでは詳しくない。

 ここ数日の厳しい労働の対価がこれだと思うと泣けてきた。

 ブツブツと文句を言う。

 主にオデットに向けて。

 オデットは「しゅみませーん」とひたすら謝っていた。

 かなり空気が悪い状態である。

 そんな中、ブラックコングたちがやって来たのだ。


「おう兄弟、来てやったぜ」


 涙目のアイリーンはキノコをそっと差し出す。

 なにせあの食い意地の張ったタヌキも「まずい」と言ってはき出したキノコだ。

 エルフが食べている品なので毒はないだろうが値段などつかないだろう。


「うん?」


「コング。そのキノコは苦くてまずいのだ……金にはならないだろうが一応鑑定してくれ」


 アイリーンがキノコを渡す。


「あー、その辺に生えてるキノコですねえ。まずいんですけどこれしか食べるものがなかったんですよねえ」


 オデットはのんきな声を出す。

 キノコを手に取るとブラックコングの表情が固まった。


「うん?」


 ブラックコングは首をひねった。


「ううん?」


 もう一度小首を傾げる。

 ハゲ入道なのにその仕草は小動物のようだった。


「あー……悪い……俺だけだと鑑定できない。ちょっと待ってくれ。おーいルーシー。コイツを見てくれ」


「はい」


 口数の少ない金髪の才女がキノコを見る。

 においをかぐ。


「旦那様。これはもしかして」


「だよなあ?」


「アイリーン様、それと皆様。ナイフを抜きます。ご無礼をお許しください」


 誰も気にしないのにルーシーは生真面目にもそう言った。

 貴族相手の交渉になれているのだろう。

 ルーシーはキノコの柄の部分を薄くナイフでそぎ落とす。

 すると口に入れた。


「苦い」


 ルーシーは無表情であったが、やはり相当まずかったらしい。


「旦那様。これはやはり……」


「やはりか。えーっと、姉ちゃん。ルーシーは薬師でもあるんだ」


 涙目のアイリーンがブラックコングを見た。


「薬師?」


「ああ、それでな。コイツなんだけどな」


「く、薬なのか!」


 アイリーンはがっついた。

 まさかのホームランである。


「いやあ……でもなあ文献にある色が違うんだよなあ。なあルーシー?」


「はい。帝都のアカデミーの薬学者に鑑定を依頼しないと断言ができませんが、おそらくワナップかと」


 聞いたことがない。

 アイリーンもアッシュも目を点にする。


「絶滅種です。私も干した物しか見たことはありません。味も文献で知っているだけです」


「だよなあ? 俺も干したのを見たことしかねえ」


「ぜ、絶滅種?」


「妊婦や病人の滋養強壮に効果があるらしく、今から100年ほど前に乱獲により絶滅したと文献にあります」


「じゃあなんでタヌキは知らなかったんだ?」


 アイリーンは不思議でしかたがない。


「ほら、おばちゃんは……演劇以外だと全てうろ覚えじゃないか……」


「あー……そういうことか」


 圧倒的信頼のなさである。


「瑠衣殿に聞けばよかったー!」


「いえいえ。私だってわかりませんよ」


 瑠衣がいつの間にかそこに現れる。

 ブラックコングとルーシーはビクッとしたがアッシュとアイリーンは慣れっこである。


「手に入らないほど希少な薬草は研究の対象にならないのです。安定的な供給がされませんから」


 蜘蛛たちは優秀だが、やはり合理的すぎるのだ。


「それでも伝説の薬ってやつには価値があるのさぁ。俺なら死にかけたらそこの姉ちゃんに治してもらうがな」


 ブラックコングが軽口を叩いた。

 瑠衣は「ふふ♪」っと笑う。

 するとルーシーがブラックコングの後ろに立つ。

 そして尻を思いっきりつねった。

 無表情のまま。


「ほぐらっぱー! なにするんだよルーシー!」


 ブラックコングは尻を押さえている。


「知りません!」


 ぷいっとルーシーは顔を背ける。

 それを見てアッシュとアイリーンは「もうお前ら結婚しちゃえよー」と温かい目をした。

 自分たちを棚に上げて。


「イテテテ。まったくルーシーは昔からいたずらっ子だな。それで他のものも見てやるぜ」


「あ、ああ。見てくれ」


「この草は……ルーシー。わかるか?」


「薬草ですね。数が多いの持って帰って仕分けいたします」


「この萎びた根っことかは捨てていいな?」


 アイリーンは萎びた根っこを取り上げる。

 明らかにゴミである。

 だがルーシーはそれを見て目を見開く。


「ニンジンです」


「ええ。まずいニンジンです」


 オデットは嫌そうな顔をした。

 まずいらしい。


「いえ、そっちではなく、薬草のニンジンです」


「薬用?」


 アイリーンもアッシュも目を点にする。


「ええ。あまりに高価なため、皇族か、一部の貴族でもないと使えない薬です」


「高いのか?」


「値段がつけられません」


「まずくてイノシシも食べないので森の中にいくらでも生えてますよ。なにせ採集できませんでしたから……」


 そうなるとゴミのような物でも気になってくる。


「じゃあこれは?」


 アッシュはゴミだと思ってた石を渡す。

 それを見たブラックコングは今度こそ固まる。


「お、おひ……兄弟……」


 驚きすぎて声が裏返る。

 よほどのものらしい。


「灰琥珀です……」


 ルーシーはそう言いながら目を見張る。

 アイリーンは口を開けている。

 よくわからないらしい。


「大きな魚の……いえ、やめておきましょう。とにかく海岸に漂着する超高級香水の原料です」


 ルーシーが言った。

 アッシュはアイリーンを見る。

 アイリーンは胸を張る。


「香水の中のことはわからん」


 確かにそうだなとアッシュは納得した。

 考えるのをやめたとも言う。


「それで……いかほどするのかな」


「等級にもよりますが、おおむね同じ重さの金の8倍と考えればわかりやすいかと」


「……」


 アイリーンは黙った。

 もうよくわからなかったのである。


「帝国では産地がないので高価なのです」


「えーっと、皆さん」


 ここでオデットが手をあげる。


「なんだオデット」


 考えるのをやめたアイリーンがオデットに反応した。


「これなんですけど、海岸にたくさん落ちてますけど」


「……マジで?」


 ブラックコングも驚きっぱなしである。


「はい。だって食べ物すらままならない状態でしたので生存に関係ないものは後回しでしたから」


 オデットは明るくそう言った。

 今度こそ全員が黙った。

 全員が考えるのをやめたのである。

 特にアッシュたちが来る前の新大陸の生活とかそういうものを。

 あまりにも悲惨すぎて。

追記

※きのこは創作です。ワンナップ……いえなんでもないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
元々内陸だったから計り知れない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ