そしてブラックコングは仲間になった
芋、芋、芋。
芋の山。
山積みの芋が踊る。
アッシュやアイリーンたちは目を輝かせる。
もちろんレベッカも目を輝かせている。
「うわーいお芋さん♪」
「な? 簡単だったろ? 悪の中の悪。この帝国一の悪徳商人ブラアアアアアアック、クォングゥ様にかかれば芋の入手なんぞ容易いことだぜ! 泣き叫ぶ連中からむしり取ってくれたぜー!」
「ガーッハッハッハ!」とブラックコングが笑う。
すると小さな女の子がニコニコしながら言った。
「あのね、ぱぱがお芋さんと他の食料と交換したの」
小さな女の子が「むふー」と鼻息を荒くした。
「コングはすごいんだよー!」
男の子が追随する。
「こんぐだいすきー」
小さな男の子がわけもわからず喜んだ。
このハゲ入道、ちゃんと父親をしているようだ。
自慢の父親らしい。
だがその内容はごく普通の取引である。
聖人には少し足りない。
「次も買う約束をしたの。エルフさん喜んでたって」
やはりいい人だった。
全員の暖かい視線がブラックコング(笑)にそそがれる。
まだ売れるかどうかもわからないものを定期買い付けの約束である。
よほどの自信があるかお人好しのどちらかだろう。
両方なのかもしれない。
「ルーシー……俺のイメージが崩れる前に助けてくれ」
※そんなイメージは存在しない。
「はい……」
ルーシーは女の子の前に行くとしゃがむ。
「ダメでしょ。パパは怖ーい商人さんって言ったでしょ」
「そうだっけー? ままー、なんで怖ーい商人さんの?」
ルーシーはママらしい。
「パパはとっても恥ずかしがり屋さんなの。だから怖い人って自分で思い込まないと恥ずかしくて人前に出られないの」
「おーいルーシー……」
「そうなのー?」
「そうなの。だからパパの前ではパパは悪い人だっていうことにしてね」
「あのールーシーさん」
「はーい♪」
ブラックコングは完全スルーである。
「ちょっとお前らー。少しは俺の話を聞いてー」
アッシュもアイリーンも暖かい目でブラックコングを見ていた。
このオッサンと子どもと秘書を見ているとなんだかなごむ。
しかもどさくさ紛れにパパ、ママである。
完全に幸せ大家族である。
もうお前ら結婚しちゃえよ。
その場にいた全員が思った。
そんな和やかな雰囲気の中、拍手が鳴る。
ニコニコと微笑む男装の麗人が手を叩いていた。
瑠衣である。
瑠衣は機嫌がとてもいい。
ブラックコングへ尊敬の眼差しすら向けている。
「ブラックコングさん。感動しましたわ!」
この蜘蛛。大の子ども好きである。
善意で何人も子どもを育てているほどなのだ。
「は、はあ」
ブラックコングが頭をかく。
このハゲ入道。
微妙に本性が漏れ出している。
「そうじゃなくて、なんだガハハハハ! このワル中のワル。ブラックコング様によお」
今さら繕っても遅い。
「感動しました。私にも血のつながらない息子がいるんですが。ママと呼んでくれないのです。ぜひ秘訣を!」
瑠衣は本気で言っていた。
ブラックコングとルーシーは思った。
若くてきれいな母親だから照れているんじゃないかと。
おおむね間違ってない。
アッシュたちも同じ感想である。
「えーっと……話し合えばいいんじゃないのかなあ……」
この人間の家庭なら当てはまったであろうアドバイスが間違っている。
だがそれをブラックコングたちが知る機会はない。
「そうですか。よく話合ってみます」
このアドバスが元で苦労人エドモンドがこれでまた苦労するのだがそれはまた別の話である。
「そう言うことで兄弟に芋を持ってきた。さっさとガキどもにケーキを作りやがれ!」
本音が駄々漏れている。
あと少しで倒せそうだ。
「おう……コング。大丈夫か?」
アッシュだけは心配している。
「兄弟。わかってくれるのはお前だけだぜ!」
ぽんぽんっとアッシュはコングの背中を叩く。
レベッカもぽんぽんっとコングの背中を叩いた。
「……お前ら」
妙な友情発生中。
「コング、お前の犠牲は無駄にしない」
「お、おう」
「行くぞみんな! パイを作るんだ!」
それからのアッシュたちは凄まじかった。
鬼神の如き働きでパイを焼いていく。
瑠衣に捕まったカルロスと海賊たちも手伝いに回される。
水晶の村から来た筋肉と黒き巨猿。
……と噂されることになる職人たちがパイを焼き上げる。
ベルとアイザックも戦力である。
カルロスはホールスタッフとして前線の管理をし、海賊たちも皿を運ぶ。
ドラゴンたちは歌って踊って応援し、たまに卵を割るお手伝いをする。
眠くなったら子どもたちと一緒に寝る。
オデットと瑠衣たちは外で混雑をさばいていく。
そしてアイリーンは死んだ目で卵を割っていた。
全員がそれぞれの全力で奮闘したのだ。
こうして全ての注文を片付けたアッシュたち。
さすがの彼らも床に倒れていた。
これならまだゼインや本山と戦う方がマシである。
「疲れた……このままこの生活が続いたら誰かが倒れますよ……」
アイザックがもっともなことを言う。
なにせ団長でもへたばる忙しさなのだ。
「まあな。さすがにこれで終わりにしよう」
「ああ。今回は俺が悪かった」
アッシュは起きると頭を下げる。
「まったくですよー」
オデットがそう言った瞬間、アイリーンがオデットの長い両耳を引っ張る。
「一番悪いのはオデットだと聞いているけどなあ……悪い子の耳はこれかぁ?」
「ひゃーん。ひ、引っ張らないでー。冗談です、ほんの出来心だったんですってー。和ませようと思っただけなんですってー」
「アッシュにごめんなさいは?」
「あ、アッシュさまー。ごめんなさああああい」
「まあいいよ。でも、オデット。みんなにもごめんなさいしてね」
「ごめんなさああああああい!」
謝ったのでアイリーンはオデットを解放する。
「それにしても、コイツがこんなに流行るとはなあ。確かに美味いが、甘味でこんなパニックになるものなのか?」
ブラックコングがケーキを食べながら言った。
このハゲ入道。
明らかに甘党である。
それにオデットが答える。
「私たちはずうっと抑圧されてきたんです。物資は入らない、漁も採集も命がけ、配給制に結婚禁止。甘いお菓子だってさすがに誕生日だけってことはないけど、年に何度も食べられなかったんです。そこにアッシュ様が現れた。もう暴動が起こってもおかしくありませんね」
「なるほどな……わかったぜ」
ブラックコングが胸を叩いた。
「このワル中のワル。ブラックコング様がこの街を支配してやろう!」
※お菓子で。
こうしてアッシュたちは陸の補給路を得たのである。
そして陸の補給路の後は海なのである。




