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お芋さんパニック 前編

 アイリーンが異変に気づいたのはレベッカからミルクのニオイがしたときだった。

 レベッカは目を合わせようとしない。

 抱っこして撫でると尻尾はふりふりしているが目だけは合わせようとしないのだ。


「どうしたのかなー? かわいいレベッカは。お口からミルクの甘ーいニオイがしてるぞー」


 異変を察知したアイリーンは猫なで声でレベッカに言った。

 レベッカがビクッとする。


「な、内緒です」


 レベッカは尻尾を振りながら背を向けた。

 アイリーンはレベッカの首をこちょこちょする。


「やーん♪」


「ほれほれ、教えろー♪」


「や、やーん内緒なのー♪」


 ほぼこれだけで犯人とやったことが推測できるのだが、アッシュは基本的に無害なので大事にはならないだろうとアイリーンはタカをくくっていた。

 だからアイリーンはレベッカと遊ぶ。


「内緒なのかー。そっかー、ほれほれうりうり」


「やあーん♪」


 うりうりなでなで。


「もー。いうからー♪」


 レベッカは尻尾をブンブンと振っていた。

 やはり子どもの口は軽い。


「あのね、にいたんがケーキ屋さんはじめたの。さっきアイザックにいたんと行ったら内緒だよってケーキくれたのー♪」


 やはりである。

 アイリーンはふふふっと笑う。


「それでアイザックは?」


「えっとね。いったん戻ってから手伝いに行くの」


「ふーん、そっかー。じゃあさー、レベッカも一緒にお手伝いしに行く?」


 アイリーンは優しく微笑む。

 なあにアッシュの手伝いはなれている。

 そんなアイリーンにレベッカは元気よく返事する。


「あい!」


「よし行こう!」


 アイリーンはレベッカを抱っこすると部屋を出る。

 するとベルと目が合った。

 アイリーンは無言になる。

 ベルも無言だった。

 ただベルにひっついたドラゴンたちがピコピコと手を尻尾を振っていた。

 しっぽふりふり。


「……行くか?」


 アイリーンは無言に圧力に押されて言う。

 そもそも最初から連れていくつもりだったのに。


「みなさーん! ケーキですよー!」


 ベルがそう言うとドラゴンたちが目を輝かせる。


「「ケーキ!」」


 ドラゴンたちは大きく尻尾を振った。

 一行はレベッカの案内で淑女亭に向かう。

 そして辿り着いたアイリーンは一言。


「なにがあった……」


 それは美形の群れだった。

 美形だらけのエルフ、特に若い女性を中心とした集団が淑女亭へと列を作っていたのだ。

 アイリーンが呆然としていると看板を持ったオデットが一生懸命声を出していた。


「ただいまケーキの待ち時間は二時間です! 今必死に焼いてますからー!」


 オデットは明らかに疲れた顔をしていた。

 そんなオデットがアイリーンたちに気づいた。


「うわーん! みなさーん! たすけてー!」


 泣きながら走ってくる。

 そしてアイリーンの前でコケる。

 様式美である。


「ど、どうしてこうなった!」


 アイリーンはオデットを起こすと聞いた。

 どう考えても原因はアッシュだ。

 だが、なぜこうなったのかが全くわからない。


「スイートなお芋さんが……スイートなお芋さんが……」


 オデットはうわごとのように繰り返す。

 少しだけ冷静になったアイリーンは淑女亭から甘いにおいが漂ってくるのに気づいた。


「ほう……これは……食欲を刺激する香りだな」


「お芋さんのパイを作ったんです」


「芋は主食だろう」


 アッシュと同じことをアイリーンは言った。

 クリスタルレイクでは芋はふかすか、ゆでるか、スープに入れるものである。


「こちらにはお菓子に使える甘い芋があるんです」


「……甘いパイを作ったのか」


「ええ、こちらの果物まで使いこなされてます。本当にケーキ屋さんだったんですねえ……」


「悪魔を支配するほどの天才的……な職人だ」


 えっへんとアイリーンは胸を張った。


「その天才がちょっと作ったらこの騒ぎなんですー!」


 オデットは頭を抱える。

 涙目である。


「わかった。手伝うから泣くな!」


 アイリーンたちはオデットを慰めながら淑女亭に入った。

 中は女性客であふれていた。

 皆、パイを食べている。

 レベッカとドラゴンたちが目を輝かせる。


「うわー! おいしそうー♪」


 ドラゴンたちが尻尾をブンブン振る。


「あまいんだよー♪」


 レベッカは自分が褒められたように、にへらあっと笑った。

 するとドラゴンたちはさらに激しく尻尾を振る。


「「ケーキさん!」」


 するとレベッカがシャキーンとする。


「みんな! 手伝うよー!」


「「あーい!」」


 ドラゴンたちのお手伝いが決まったところでアイリーンたちは厨房に入る。

 すると鬼気迫る表情のアッシュとアイザックがいた。


「……うむ。あとは専門家に任せよう。撤退するぞベル!」


 アイリーンは逃げ出した。


「無理ですアイリーン様」


 だが現実に回り込まれてしまった。

 もちろん様式美の冗談である。


「うむ、アッシュ! 手伝うぞ」


「おう、悪い!」


「みんな悪魔と商売するときと同じだ! えーっと……ドラゴンたちはとりあえず待ってて」


 火や刃物を使うので危ない。

 なにか手伝えることがあれば手伝ってもらう。

 それまでは保留である。


「「あい!」」


 シャキーン!

 とりあえずレベッカやドラゴンたちは準備体操をする。

 やる気満々である。

 アイリーンたちも何度も修羅場をくくった身。

(ケーキの製造・販売的な意味で)

 良く訓練された兵なのである。

(果実のカットなどの調理的な意味で)


「よし! ベル、調理の手伝いを頼む」


「は!」


「オデットは引き続き外でお客を頼む」


「はい!」


「……私は卵を割る」


 アイリーンにはまだ本格的な調理は難しい。


「あ! 手伝います!」


 レベッカも卵は割れるのだ。


「みんなもお手伝いする?」


「「あい!」」


 ドラゴンたちも卵割り要員になったのである。


 そのころ、クリスタルレイク……


「へもへもへもへもー!!!」


 訳:瑠衣様、お菓子のにおいがしました。


 蜘蛛が瑠衣の元へ走ってきた。


「あら? そうなんですか?」


 瑠衣がおっとりとした声で聞いた。


「へもへもへもへもー!」


 訳:お菓子センサー検知。新大陸の方から芋とミルクが検知されました!


 別の蜘蛛も走ってくる。


「あらら。アッシュ様の新作でしょうか?」


 瑠衣の言葉を聞いて蜘蛛たちの間に衝撃が走る。


「へも……へも……」


 訳:新作……だと……

 蜘蛛たちはテレパシーで仲間にそれを伝える。

 新作ケーキの噂は一瞬で蜘蛛たちの間に広がった。

 蜘蛛たちは瑠衣の元に集まり新作ケーキを寄こせと要求する。

 瑠衣も「ダメです」とは言えない状態になったのだ。


「わかりました! 新大陸に行きますよ!」


 こうして蜘蛛軍団、それに噂を聞きつけたカラスたちも旅立ちの街にやってくるのだった。

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