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陰謀とお芋さん

 ブラックコングたちが公演に招待されたころ、カルロスと海賊たちはようやく目的を遂行しようとしていた。

 探検は常にスピード勝負である。

 港は確保した。

 次は船の確保である。

 街の有力者たちは「船乗りもいないし」と廃棄された船を譲ってもらえることになった。

 放置してあるものは好きに使っていいとのことである。

 案内された砂浜ではいくつもの船が放置されていた。

 その中の一つを見てカルロスは驚いた。


「最悪人力も覚悟したけど……これは……」


 技術的な差がある可能性は考慮していたがそれは杞憂だった。

 ほぼ同じような技術である。

 その船は大型の戦列艦だった。

 いや大型すぎる。


「兄貴……大砲が四層もある……150門ですかね……」


 その船は大砲が縦四列もあった。

 大砲が二層の船のほうが安価でありながら機動性や操作性が高い。

 物資の積載量も無駄がなく、それ以上の大きい船でもたいして変わらないのだ。

 こんな化け物のような船を作るくらいなら二層艦をたくさん作って挟み撃ちにした方がよほど強くて経済的なのだ。


「エルフはいったいなにと戦っていたんだ……」


 カルロスはつぶやく。

 船はぐちゃぐちゃに潰されていた。

 大砲で穴が空いたとかではない。

 まるで大きな何かに何度も殴られたかのような有様だった。


「アッシュの旦那とか?」


「ぶーっ!」


 海賊に言われてカルロスは吹き出す。


「いやお前、それは洒落にならねえって!」


 アッシュなら可能であるのが生々しい。

 海の上を普通に走って蹴りでも入れたらこうなる。

 当たり前のようにやりそうである。


「ですよねー♪」


「それはいいとして使えそうな船はあるか? できれば足が速くて小回りが利いて積載量が多いやつ」


「無茶言わんでください。普通の二層っすね」


「ああ、船を手に入れて大砲積んだら、親父たち呼んで海図を作って急いで海に出るぞ。帝都の商人より速く覇権を握るんだ」


 カルロスの言葉にはいくつかの理由があった。

 この大陸はアッシュの領地だ。

 とは言ってもドラゴンライダーであるアッシュの存在は知られていない。

 欲深いクルーガーやノーマンが領有権を主張し出す前にアッシュのものにしてしまう。

 敵対はしない。

 ただアッシュの存在を世界に宣伝するだけだ。

 それが作戦である。

 実際、約束の村も旅立ちの村もアッシュの傘下に加わることに乗り気である。

 味方として取り込むか、敵として葬るか。

 それとも中立を決めこんで様子を見るか。

 アッシュへの反応を見れば敵が狡猾な蛇かただのバカかはわかるだろう。


「マジで兄貴たちは帝都に戦いを挑むんですかい?」


「いや、実はもう交戦状態だ。皇帝を倒しても俺たちに統治する力はねえ。今後はセシル次第だな」


「兄貴……第三皇子を呼び捨てっすか……マジでパネエっす!」


 海賊はカルロスを憧れの目で見る。

 まさかカルロスも「それ俺の女」とは言えず苦笑いした。


「船大工を呼んでくれ。どうにもならんようだったら別の手を考えるぞ」


 アイザックは海賊に指示をした。

 そして半日後、奇跡的に無傷の船が見つかるのだった。

 これを改造し、大海原を探検する。

 それが海賊の浪漫なのだ。


 そんな……カルロスたちの努力の一方で恐ろしい陰謀が動いていた。

 それは今まさに乙女の憩いの場、淑女亭で起こっていた。

 淑女亭の厨房でオデットが小声で言った。


「一応、男子禁制ってことになってるんですからね。本当にできるんですか? できなかったら私、怒られちゃいますよ。筋肉触らせてください」


 ぶつくさと文句を言いばがら欲望も全開である。

 だがそれを言われた大男はコクコクと頷く。


「大丈夫。小麦粉も砂糖も届いたし、蜂蜜もあるし。果物は森で取ってきたし」


 もちろんアッシュである。

 ちなみに筋肉は触らせない。

 アッシュは悩んでいた。

 面白そうな果実が手に入ったのに、お菓子を作る物資がない。

 しかもしばらくはここで芝居をすることになった。

 そこである思いが頭をよぎっていた。

 お菓子を作りたい。

 お菓子を作って頭を空っぽにして集中したい。

 なにか間違っているがアッシュはとうとうお菓子作りに手を染めたのだ。


「それでなにを作られるんですか?」


「うん。おいしそうな実がたくさん手に入ったからパイを焼こうかなと」


「いいですねえ。もうパイなんて何年も食べてませんよ」


「甘いのを作ってやるぞ」


「ふふふふふ。それじゃあお芋が必要ですね?」


 アッシュは目を丸くした。


「お芋?」


「はい。お芋さん」


 芋のパイではおかずである。


「芋じゃ甘くないだろ?」


「えー? おいしんですよ。えっとこの辺に……」


 オデットはガサゴソと厨房を漁る。

 すると紫色の芋を取り出す。


「はいこれ。お芋さん」


 アッシュは目を丸くする。


「芋?」


「芋ですよ」


 それはいわゆるサツマイモなのだがアッシュは見たことのない品種だった。


「熱を加えると甘くなるんです。えっと、この辺に干したやつが……」


 さらにオデットは厨房を漁る。

 すると干し芋の束を発見した。


「はい」


 オデットがアッシュに干し芋を差し出す。

 アッシュはそれを受け取る。


「えーっと……」


「そのまま食べるんですよ」


 そう言うとオデットはガシガシと干し芋をかじる。

 アッシュも干し芋をかじる。


(甘い!)


 アッシュはその場で固まる。

 おいしい。

 自分はなぜこんなおいしいものを見逃したのだろうか?

 自問自答した。


「お芋さんは焼いても、ふかしても、ゆでても、おいしいんですよ」


「ってことはケーキにするときはゆでてペーストにするのか」


「土鍋に放り込んで焼いた方が甘いですよ」


 アッシュの目が輝く。

 それは成層圏から攻撃を仕掛けたときと同じ目だった。

 そう、アッシュのブレーキは壊れた。

 完全に暴走する職人モードである。


「……オデット」


「はい?」


「感動した!」


 アッシュはそう言うと怒濤の勢いで調理をはじめた。

 そこからのアッシュは凄まじかった。

 オデットに続きを聞く必要はなかった。

 芋を焼き、潰し、牛乳を入れ砂糖も入れて混ぜる。

 それを煮詰めて芋餡を作る。

 レンズ豆の餡子の要領である。

 そしてタルト生地を作り作った芋餡を載せる。

 さらにフルーツを並べてパイを作る。

 卵黄を塗ってオーブンで焼く。

 焼き上がったらその辺にあった果物のジャムを塗ってできあがりである。


「できたー!」


 アッシュは小躍りする。

 物資の在庫の関係でバターなどが少ししか使えなかったがそでも見た目は悪くない。


「……アッシュ様って……器用なんですね」


「ケーキ職人ですから!」


「……えっと俳優さんですよね?」


 オデットもよくわかっていない。


「農家で、夜ケーキ職人やってて、たまに俳優やってる元傭兵で、レベッカの保護者です」


「全く意味がわかりません」


 そう言われてもアッシュもよくわからない。

 まったくわからない。


「とりあえず、私が理解すれば良いのは筋肉ですね」


 オデットは考えるのをやめた。


「だいたい合ってる」


 合ってるらしい。


「それで……それは?」


「食べて味見してくれ」


「は、はい!」


 オデットは切り分けられた自分の知っているパイとはずいぶん違うものになったそれを口に入れる。

 なんとも甘く、上品で、それでいて気取った所のない味だった。


「……アッシュさん」


「お、おう。どうだった?」


 アッシュは少し緊張する。


「アッシュさん……」


「お、おう……」


「結婚してください!」


 オデットが叫ぶ。

 その目は本気だった。


「筋肉でお菓子が作れて俳優なんてずるい! アイリーン様ずるい! 私もこれ欲しい!」


 言っていることがメチャクチャである。

 オデットは地団駄を踏む。


「ずるいずるいずるーい! もう……こうなったら……」


 オデットの目が光る。

 アッシュが珍しくビクッとする。

 そしてオデットはパイを強奪して厨房から踊り出る。


「ヒャッハー! お姉様がたー! おいしいものがありますよーっと!」


「「キャーッ!」」


 お姉様方の黄色い声が厨房まで響いた。

 こうしてアッシュの新作は一瞬で街に広まったのである。

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