ブラックコング
アイリーンたちが文字通り新たな舞台に立つことが決まった裏で、セシルたちは商人と会っていた。
珍しい種苗、クリスとカラスたちのバッグの販路拡大、酒や食料の大量買い付けである。
さらに新しい服飾のブランド立ち上げの話まである。
もはや額が大きすぎて瑠衣やアイリーンの伝手だけでは扱いきれない額に膨らんでいたのだ。
さらに外国通貨での支払いもあるため、造幣局に伝手のある両替商と相談をしなければならなかったのだ。
とは言ってもそのクラスの商人になると、セシルでもいきなり呼び出すというわけにはいかない。
セシルが不用意に呼び出そうものなら、兄たちの派閥が大騒ぎするのだ。
だからまずは、セシルの派閥の商人と話を詰めてその商人から話を持っていってもらうしかない。
権力の頂点付近にいることのなんたる面倒くささか。
場にはセシルとクリス、護衛にガウェインがいた。
当初は瑠衣も呼ぶつもりだったが、商人どうしの派閥やらがあって面倒なので外れてもらっている。
今回は純粋にセシルの御用商人をクリスタルレイクに呼び寄せた。
アッシュの屋敷を勝手に使っての会談である。
クリスは緊張でぶるっと震えた。
クリスタルレイクに住む全ての悪魔と友人関係にあるクリスだが、人間相手にはまだ緊張するのだ。
セシルは緊張するクリスに優しく言った。
「私の知り合いの中でも一番善良なやつを呼んだから安心していいよ」
「へえ、商人でも善人っているんだ……えっと商人の名前はなんだっけ」
「『ブラックコング』デービットだ」
オラオラ系である。
「ブラックコング?」
「うん。ハゲ頭にひげ面でね。顔はアッシュ殿みたいな感じだけど中は善良だよ。なんというか本山や司教なんかと比べてもより聖人に近いかな」
「えー……」
正直イメージがつかめない。
クリスが困っていると幽霊メイドのメグがやってくる。
「お客様が到着されました」
本来は商人の方が待つ立場なのだが、急に呼び出したのはセシルだ。
この場合は問題にはならない。
ちなみに幽霊が普通に働いているがツッコミを入れるものは誰もいない。
ツッコミを入れてはいけない空気をわざと作ったのだ。
人とか人外とかはもはやどうでもいいほどクリスタルレイクは慢性的な人材不足なのである。
セシルはメグに言った。
「通してくれ」
するとしばらくして男が入ってくる。
趣味の悪い黒いシャツに金のネックレス、全ての指に悪趣味な宝石が光る指輪をはめたひげ面で坊主頭の中年男。
愛人が10人はいそうな顔だ。
その横には秘書と思われる女性がいる。
大人の女性だ。
セシルのような偽物の大人の女性ではない。
本物の大人の女性だ。
絶対に愛人に違いない。
クリスは確信した。
「急に呼び出して悪かったな。儲け話だから勘弁してくれ」
セシルは気安くそう言った。
すると男は「ガーッハッハッハ!」と悪そうな声で笑った。
どう見ても悪役である。
「セシル様よー。このブラックコングを呼び出したんだ、ただの儲け話じゃないんだろう? ガハハハハ!」
どう見ても悪人である。
「そうだね。ところで君のお子さま軍団は元気かい?」
「うん? お子さま軍団?」
クリスは首をかしげる。
愛人との間に子どもがたくさんいるのだろうか?
「彼はね戦災孤児や親に売られた子どもたちを引き取って育ててるんだ」
「おいおい、セシル様よお。俺はなにも慈善事業でやってるんじゃねえ。なにせ俺はブラックコングだからな!!!」
ハゲ入道が悪い声を出す。
「学校を作って手に職をつけさせてるんだ」
「俺様に買われたからには儲けさせてもらわねえとな!」
ブラックコングは魔王のように手を広げて笑う。
「それで成人したらブラックコング商会の幹部候補として雇ってるんだ。まあ自分の子ども扱いだよね。けっこう給料いいらしいよ」
「俺は奴隷を一生手放さねえぜ!」
もはや本性はばれているがそれでも無理して笑う。
それがブラックコングである。
「彼はマメだからねえ。夜寝られなかった子に添い寝してあげたり絵本を読んであげたり。オネショの始末もしてあげるんだよねえ」
「ブラックコングは子どもを洗脳して縛るんだぜー!!!」
いくらなんでも、もう無理である。
「そこにいる秘書のルーシーも彼に育てられたんだよ。『おじさんのおよめさんになるー』を狙って頑張ってるんだよ」
「ガハハハハ! 俺好みの女を育て上げる! それがこのブラックコング様だぜ!」
「うん。なんとなくわかった。このおっちゃんめちゃくちゃいい人だわ」
クリスが言うとブラックコングはつるつるの頭をかいた。
クリスは白髪が目立ってきたガウェインをハゲ呼ばわりしたことを少しだけ反省した。
「それでセシル様よお。俺になんの用だ」
礼儀はない。
だがその態度は悪そうに見せるためだとわかると怖くない。
逆に無理をしているところがクリスには面白く感じた。
「ああ、これを見てくれ」
セシルはアイリーンが送ってきた通貨を置く。
「見たことのない貨幣だな」
「新大陸の貨幣だ」
セシルは白塗りの顔でニコニコとした。
「おい、セイル様よお。こいつは額面以上の価値があるってのはわかっているのかい?」
「知ってるよー。金の含有量、銀細工の腕、鋳造方法、それで相手の文明レベルがわかる」
「それを俺に任せるってか?」
「うん。ブラックコング、君なら両替商にも顔が利くだろ?」
「中央にはどう報告するんだ?」
「ちゃんと代官がサンプルを送ってるよ。それにね、表立ってクリスタルレイクに嫌がらせはできないよ。ノーマンを退治した英雄がここにはいる。おっと悪い。紹介するよ。我が騎士団団長夫人のクリス・クラークだ」
「おお? おい、セシルさんよう……俺は借金のカタにガキをどうこうするやつは許しちゃおけねえっていつも……」
もう善人を隠しきれなくなっている。
「違うよ。恋愛結婚だ。それにクリスは今話題のコイツを作ってる工房の責任者だ」
ドンッとセシルはバッグを置く。
秘書のルーシーの目が輝く。
「あ? お、おい、それ手に入らないやつ! ルーシーに買ってやろうとしたら手に入らなかったやつ!」
もう完全に正体を隠せなくなったブラックコングが驚く。
「そう。生産量を増やすのは簡単なんだけど、販路が弱いんだよねえ」
「はあ? わざと絞ってたんじゃねえのか?」
「違うよ。クリスタルレイクは敵が多いんだよ。父上とかね。それで販路が弱いんだよ」
セシルの言葉を聞いてブラックコングはにやあっと笑う。
「ほう……面白そうじゃねえか」
「だろ? なあクリスも面白いと思うだろ?」
「私はバッグと旦那のことまでしか考えられないよ」
「あとでバッグを一つブラックコングに用意してあげてくれるかな」
「了解。カラスたちに言っておく」
「カラス?」
ブラックコングが聞いた。
するとセシルとクリスはクスクスと笑う。
「最高の職人集団だ……よ?」
「なんだそれ?」
「秘密♪」
なにせ「悪魔でーす」とは言えないのだ。
「そうそう。君らにはこれをあげるよ」
セシルが割り符を出す。
「なんだこれ?」
「うん。新大陸でクローディア一座が公演をやるんだ。私も行きたかったけど、この通り仕事でね。特別ゲスト用の最上の席だよ」
秘書のルーシーが目を輝かせる。
それを見てブラックコングがやれやれといった顔をした。
これで新大陸へ一組が招待されたのである。
ちなみにセシルもクリスも気づいてなかった。
それがドラゴンの好物である結婚に今一歩踏み出せないカップルであることに。




