子ドラゴンさんたちがやってきた
旅立ちの村の宿。
アイリーンは自分の部屋で完成した地図を眺めていた。
かなりのできばえである。
なにせ街道を敷いてしまった。
正確には悪魔たちが面白がって街道を勝手に敷いてしまった。
あとは地図作成のノウハウを豊富に持つ海賊たちに任せればクオリティの高い地図のできあがりである。
このまま帝都に提出すれば、代官として名をあげることができるだろう。
とは言ってもアイリーンは名誉には興味がない。
代官の職務を淡々とこなしているだけだ。
代官の給料は代理している支配領地の税収の一割。
その分の仕事はしようというだけである。
さらにアイリーンはクリスタルレイクと自由都市扱いである『約束の村』、それに『旅立ちの街』との間に通商協定を結んだ。
とりあえずは関税や重量税などの難しい取り決めはせず、街道の通行料をアイリーンの代官所が徴収するだけになった。
その代わりクリスタルレイクの住民たちや犬人、エルフたちを街道の警備に雇った。
安全は金になるのだ。
完璧な仕事だ。
アイリーンは自画自賛ながらも「ふふん」と笑った。
これで数日は遊んでいられる。
アッシュと遊べるのだ。
アイリーンはにへらーっとだらしない顔で微笑んだ。
そんなアイリーンの部屋にバタバタとした足音が聞こえてくる。
誰かが走って来たのだろうか。
アイリーンは嫌な予感がした。
ようやく遊べるというのに誰だろうか?
またタヌキがなにかやらかしたのだろうか?
「アイリーン様、たいへんです!」
来たのはアイザックだった。
「なんだお前、私はアッシュと遊ぶんだからな!!!」
本音である。
「わけのわからないことを言わないでください。たいへんなんですよ! クリスタルレイクの子ドラゴンたちが消えました!」
アイリーンは一瞬意味がわからなかったのか首をかしげた。
次の瞬間、ワナワナと震える。
「一大事ではないか!」
「だからそう言ってるでしょうが!」
子どもが行方不明である。
それだけでも一大事である。
「それで今どうなってる?」
「村人が探し回っているそうです。子ドラゴンたちがこちらに来てるかもしれないので探して欲しいそうです」
「そうだな。レベッカがなにかを知っているかもしれない。今連れてこよう!」
アイリーンがそう言った瞬間だった。
「あらー♪ みんなママの所に来てくれたのねー♪」
「「あーい♪ べるままー♪」」
ピタッとアイリーンの動きが止まった。
「みんなお菓子食べますかー?」
「「あーい♪」」
ずるっとアイリーンがコケる。
いる。
絶対にいる。
ドラゴンたちはここに来ている。
アイリーンは立ち直ると勢いよくドアを開ける。
「だらあああああああッ! ベルゥッ! なにしとんじゃあああ!」
アイリーンはズカズカと廊下に出るとベルの部屋のドアを蹴破る。
「はううううううん♪ しあわせー♪」
中では鼻血を流したベルが子ドラゴンたちにスリスリされて悶絶していた。
アイリーンはだめだコイツと呆然と立ち尽くす。
「べるままー♪ だいすきー♪」
「私もだいすきー♪」
スリスリ。
その光景を見ながらアイリーンは言った。
「アイザック……一番早い便で手紙出してくれるか?」
「……かしこまりました」
半日後、子ドラゴンたちの安否が早馬でもたらされてクリスタルレイクの住民は安堵することになる。
それとは別にアイリーンは子ドラゴンたちを別室に連れてくる。
レベッカも一応責任者として連れてくる。
アッシュに連れられて部屋に入るとレベッカは目を丸くした。
「あれー? みんなどうしたのー?」
レベッカは首をかしげる。
ベルは鼻血を流しながらそれを母親のような眼差しでながめていた。
「あ、じょーおーさまー♪」
ドラゴンたちは一斉に尻尾を振った。
おしりふりふり。
ベルの鼻血が飛ぶ。
「あのねー、じょーおーさまー。幸せのにおいがしたのー♪」
緑色のドラゴンがおっとりした口調で言うとレベッカは尻尾をふりふりする。
その表情は上機嫌にニコニコとしている。
「そうねー。あのね、あのね、ここで結婚式がはじまるのー♪」
「そうなのー♪」
「あとねー、クローディアちゃんがお芝居をここでやるって!」
レベッカは尻尾を激しく振る。
「おおおおおおー!」
ドラゴンたちは尻尾をブンブンと振った。
「お芝居やりたーい!」
「踊るのー!」
「お歌ー歌うのー♪」
ドラゴンたちはクルクルとまわる。
レベッカもクルクルと回った。
アッシュもアイリーンもその横で幸せそうな顔で悶絶するベルをスルーする。
もう慣れっこである。
「みんなでお芝居します!」
シャキーン。
レベッカは手をあげた。
「お、おう……」
アッシュはなんとなく流される。
するとレベッカは目を輝かせる。
「にいたんも一緒にお芝居します!」
「「おおー!」」
子ドラゴンたちはぴょこんとはねた。
話は勝手に大きくなったが、だいたい間違ってない。
なにせアッシュは今やクローディア一座の看板俳優である。
出ないわけにはいかないだろう。
「アイリーンお姉ちゃんもお芝居……しますか?」
レベッカは首をかしげた。
アイリーンはレベッカに見つめられる。
「い、いやね。私はクリスタルレイクの代官として来てるから……」
じいいいいいいいいッ。
アイリーンは冷や汗を流す。
「だめ?」
じいいいいいいいいッ。
子ドラゴンの視線までアイリーンに集まる。
おまけにベルまで一緒になって見つめる。
「うっ!」
「アイリーン様。やりましょう? かわいい衣装作りますからー」
ベルはうるうると目を潤ませる。
だが口はにへらあっと笑っていた。
「それが目的かーい!!!」
「かわいい娘さんにかわいい衣装を着せたい! なにが間違っていますかー!!!」
ベルがくわっと目を見開く。
「こいつ開き直ったぞ! アッシュ助けてー!」
アイリーンは涙目でアッシュの方に助けを求めた。
だがアッシュは少し赤くなりながら言った。
「俺もアイリーンのかわいい衣装見たい」
かなり照れている。
するとアイリーンはふっと笑った。
「よしやるぞ!」
もうアイリーンはノリノリである。
目が輝いている。
「彼氏に言われてあっさり手の平返した!」
ベルはツッコミを入れながらも喜んでいたのであった。
「しょうがないアイリーンお姉ちゃんですねー」
ドラゴンにそう言いながら。
「アイリーンお姉ちゃん、かわいいのです!」
レベッカは鼻息を荒くしていた。
そんな彼らが笑い合う中、タヌキは部屋の外からそれを眺めていた。
そして同じくのぞき見していたオデットと無言で握手をしたのだった。
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