幸せの予感
レベッカはアッシュとアイリーン、二人とお散歩していた。
アッシュが歩くすぐ後ろを二足歩行でちょこちょこと付いてくる。
本来ならレベッカは四足歩行で前足が器用にできている。
だが最近のレベッカは二足歩行で動くことが多い。
人間と暮らしているとその方が都合がいいのだ。
アッシュにひっつく時は特にそうなのだ。
レベッカはととととっと歩いてくる。
そしてジャンプ。
先を歩くアッシュへ飛びつく。
ばふっ。
「んー、どうしたレベッカ?」
「だっこ」
「ほいほい」
そう言うとアッシュは腰に飛びついたレベッカへ腕を差し出す。
するとレベッカはひょこひょことアッシュの腕へつたっていき、アッシュの腕にぎゅうっとしがみつく。
アッシュはレベッカのしがみついた腕を自分の胸の前に持ってきてレベッカを抱っこした。
いつもの光景を見てアイリーンはクスクスと笑う。
いつもレベッカの『ひっつき虫』を見て笑っているが、今回もツボにはまったのかクスクスと笑っていた。
「うん、どうした?」
アッシュが聞くとプーッとアイリーンは吹きだした。
やはり二人は面白い。
「い、いや、な、あまりにも息が合っていて微笑ましくてな」
「うん?」
アッシュはわかっていなかった。
だがアイリーンだけではなく周囲はみんなわかっていた。
なぜなら、若いエルフの女性たちがニコニコしながら近づいてきたのだ。
彼女らはレベッカに話しかける。
「こんにちはーレベッカちゃん♪」
「あい! こんにちは!」
「シュタッ!」とレベッカが手をあげて挨拶する。
すると女性たちは「キャー! かわいい」と黄色い声を上げた。
実はアッシュたちのお散歩はすっかり有名になっていた。
なにせドラゴンという珍しい生き物を連れてのお散歩なのだ。
目立たないはずがない。
あっという間に街の名物になってしまったのだ。
レベッカも知らない人とはいえチヤホヤしてくれるので素直に喜んでいた。
「レベッカちゃん。良い子ねー」
なでなでされるとレベッカはうれしそうに顔を上げた。
尻尾もぴるぴると振っている。
でもアッシュたちに撫でられるよりは反応が鈍かった。
やはり家族とそれ以外では微妙に反応が違う。
それからどこに行ってもレベッカはちやほやされる。
黄色い声を受けながらなで回される。
そして宿に帰るころにはこくりこくりと船を漕いでいた。
すっかり疲れてしまったのだ。
「ねんこしような。良い子良い子」
アッシュは笑いながらレベッカをベッドに置く。
そのままレベッカは寝息を立てた。
「うーん……張り切りすぎたな……」
アッシュは苦笑いした。
アイリーンも腕を組んで考える。
「クリスタルレイクは村人全員が親戚みたいなものだからな……今までは気を使わなくてすんだのだろうな。でもアッシュ、知らない人になれさせねばならんぞ。クリスタルレイクにはこれから客がたくさん来る。客が来ている間、外に出せないなんていうのはかわいそうだからな」
「うんうん」とアイリーンは自分で言いながら納得する。
アッシュも異論はない。
レベッカやドラゴンたちがその辺を歩いていても誰もツッコミを入れない空気を作るのだ。
そのためにはレベッカ自身が知らない人になれないといけない。
どうどうとその辺を歩いて誰もツッコミを入れない。
むしろ「この生き物なに?」などと言えば白い目で見られる空気を作るのだ。
かなりの力技であるがこれが一番誰にとっても幸せなのだ。
そんな恋人のはずなのだが、どうにも色気のない二人は見つめ合う。
そしてアイリーンは言った。
「さてと、そろそろ物資が来るだろう。アッシュ、手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
やはり色気はない。
どうにもこの二人の間には色気というものがない。
他人が見たら不安になる関係だが二人はなにも考えてなかった。
なんとなく居心地が良かったのだ。
外に出ると荷馬車が到着していた。
クリスタルレイクから物資が到着したのだ。
アッシュたちが荷馬車の方へ行くとオデットが近づいてきた。
「アイリーン様! すごいです! こんなにいっぱいの食料が!」
オデットは喜んでいる。
生活必需品の輸送なのにずいぶんテンションが高い。
「そんなに驚くことなのか?」
アッシュが素朴な疑問を口にする。
聞いた話を総合すると、酒が薄く料理もまずいだけだ。
「ええー。これで結婚もできますからね!」
オデットが不思議な言葉を口にする。
「結婚? なにか関係あるのか?」
「そりゃ、今までは口減らしのために結婚が禁止されてましたから」
壮絶な言葉がオデットから出てくる。
「ほえ?」
アイリーンも目を丸くする。
「だって耕作地も少ないですし、森での採集もイノシシのせいで命がけ、海は化け物が出て漁に出られない。そうすると人口を抑制するしかないですからねえ」
悪手ここに極まれり。
「つまり君らエルフは子を産まないことで食料の消費を抑えていたと……?」
アイリーンは震えていた。
いやねえよという事態が目の前で起こっていたのだ。
「まあそうですね。もちろん酒を薄めたりとか日々の小さい努力はしてましたけど。さいわい皆さんがイノシシを無害化してくれたので今は食料の配給はなくなりましたけど」
配給制だったらしい。
もう限界である。
「今回の取引で結婚も子作りも解禁でしょうねえ。ベビーラッシュが始まりますよ!!!」
オデットは「ひゃっほー!」と飛び上がった。
本当に絶滅寸前だったらしい。
「アッシュ……我々はヤバい連中に関わってしまったのではないだろうか?」
アイリーンが遠い目をして言った。
「まあ……良いことをしたってことで……いいんじゃないか」
アッシュも珍しく遠い目をしていた。
このあとアイリーンの懐に物資を右から左に移しただけで一財産どころではない富が入ってくる。
だが、その適当すぎる金銭感覚のせいで富が貯まりまくってアイザックやカルロスたちが苦労をするのだが、それはまた別の話である。
さて、そのころクリスタルレイク。
子ドラゴンたちは空を眺めていた。
「あっちの方から幸せのにおいがする」
緑色の子ドラゴンが言った。
「あのね、じょーおーさまが遊びに行った方なの」
黄色のドラゴンがおっとりした声で言った。
「じゃあ行く子ー?」
水色のドラゴンがきゅっと首をかしげた。
「「あーい!!!」」
子ドラゴン全員が手をあげた。
「では行きます!」
最初の緑色のドラゴンが言った。
どうやら意志は決まったらしい。
「みんな行くよー!」
緑色のドラゴンがぴょこんと跳ねる。
「「あーい!!!」」
そしてドラゴンたちは一瞬で消えた。




