タヌキは箱から出られない
アッシュは小さな箱を開けていた。
いつの間にか紛れ込んでいたこの箱。
夜になると女の泣き声がするのだ。
怖がった海賊たちがアッシュに泣きついてきたのだ。
ブルブルと震える海賊たちとアイリーンが見守る中、アッシュは箱を開けた。
中は空間が広がっている。
小さな箱なのに中にはアッシュの部屋くらいの大きさだったのだ。
――シクシクシクシク。
女性の泣き声がする。
――シクシクシクシク。
だが恐怖など一切なかった。
アッシュにはその声の主が誰かすぐにわかったからだ。
「あー……おばちゃん……いる?」
「……ふえ?」
(やはりか……)
アッシュは思った。
「アッシュ。なにがいるんだ?」
アイリーンがのぞき込む。
すると中からタヌキの顔が見えた。
「うわあああああああん! 出してー! おばちゃん、入ったはいいけど出られなくなっちゃったー!」
どうやら出口を作り忘れた模様。
アイリーンは無表情で箱の中に手を突っ込んだ。
少し怒っている。
そしてむんずとタヌキのヒゲをつかむと容赦なく引っ張る。
やはり怒っているようだ。
「ちょ、痛い! 痛いから! やめ、痛いって! ねえやめてえええええええ!」
それでもアイリーンは容赦なくヒゲを引っ張る。
本気で引っ張る。
日頃のフラストレーションを解消するかのように引っ張る。
そして『すぽん』という音とともにタヌキが引っ張り出されたのである。
「ひ、ひぐ。痛い。マジで痛い!」
タヌキが悶絶する。
「叔母上……いいかげんにしてください」
「あら、『叔母上』なの? 家族扱いなの? もー、アイリーンちゃんのハ・ズ・カ・シ・ガ・リ・屋さん♪ うっふん♪」
ぎゅむ。
容赦なくヒゲ引っ張り攻撃。
「うんぎゃああああああああああッ!」
こうなることをわかっていてやるクローディアも相当図太い。
だがさすがにダメージが蓄積したのかヒゲを引っ張らせないように女性の姿になる。
うにゅううううん。
「ふう……ひどい目にあった……入ったはいいけど出られなくなったわ……」
「なにをやっているんだ……」
アイリーンは腕を組んで憮然としている。
アッシュはというとアイリーンとクローディアの間で腕を組んで立っていた。
二人に圧力を加えられたクローディアは逆ギレする。
「だってー! みんな遊びに行くって言ってたからー、急いで箱の中に部屋を作って荷物に紛れたのはいいんだけど、中から箱を開けられなくなっちゃったのよー!」
さすが勘で魔法を使う女である。
言っている事がメチャクチャである。
ちなみにタヌキモードならヒゲを引っ張られているところだが、この姿ではさすがのアイリーンも攻撃を加えるのをためらっている。
「まあいい、わかった……それはそれでいい。叔母上、なんで来たんだ?」
「女優が来たんだから舞台に決まっているでしょうが」
その時、ようやく海賊たちはタヌキのお化けがクローディア・リーガンだと知ったのだ。
「あ、あ、あ、クローディア……リーガン……様」
どうやらファンだったらしい。
「はーい♪」
クローディアは無駄な色気を出す。
中身は化け物とわかっているのに海賊たちは鼻の下を伸ばした。
「あ、あ、あ、あのファンです」
「あら、ありがとう」
全力の営業スマイル。
海賊たちはデレッデレである。
「そうそう。ファンのお兄さんたち」
クローディアが笑顔のままで近づく。
「正体を他言したら燃やすから♪」
笑顔である。
「ほえ?」
「骨も残さないから♪」
ずううううううん。
笑顔からまるで怒ったアッシュのような本能に訴えかける恐怖が伝わってくる。
「は、はい」
「いい子いい子。飴ちゃん食べる」
クローディアは飴を取り出す。
その美しい顔から圧力が漏れ出しながら。
すると子どもの声がする。
「おばちゃん! 飴ちゃんください!」
いつの間にかレベッカが来ていた。
飴のにおいをかぎつけたらしい。
「はいはい、いい子ちゃん。飴ちゃんあげる。アッシュちゃん渡してくれる」
「あ、はい」
アッシュはクローディアから飴を受け取るとレベッカに飴を渡す。
面倒だが悪魔であるクローディアがレベッカに触れてしまうとレベッカが死んでしまうかもしれないのだ。
「ありがとう♪」
アッシュから飴をもらうとニコニコしながらレベッカは飴を食べる。
コロコロと口の中で転がす。
その姿を見てようやく海賊たちは一息ついた。
「まったく、クリスタルレイクに来てから、もう一生分驚きましたぜ」
「うむ、私も驚きすぎて異常な状況になれてしまったな」
あまり驚かないでどっしりと構えているのはアッシュぐらいだろう。
「それでなにをするというのだ?」
「女優のやることはただ一つ。舞台よー!」
「ほう。いいですね」
主演クラスの俳優であるアッシュがノリノリに言った。
アイリーンは少しだけ面白そうだと思った。
それにアッシュの格好いいところが見られるのはうれしい。
それに『旅立ちの街』は全体的にしょぼくれた街である。
ぱーっと盛り上げたかったのだ。
「酒に、酒に、酒……とにかく酒を持ってきて考えるのよー!!!」
ちなみにクローディアに物語を生み出す能力はない。
だから単に酒が飲みたいだけだ。
ちなみにレベッカは飴をもらって満足したのかアッシュにゴロゴロと喉を鳴らしながらスリスリしている。
アイリーンはというと荷物の中から酒の入った瓶を出しクローディアの前に置く。
「叔母上、飲んでくれ」
「なになに? ここのお酒? いっただっきまーす♪」
クローディアは瓶の蓋を外すと、酒をひしゃくですくう。
そして酒を口に含む。
そしてその表情を絶望に変えた。
「まじゅい……なにこの薄いの。香りもひどい……」
酒浸りのタヌキが言うのだから確定である。
やはりここの酒は不味い。
それがエルフの文化というのではなく、限られた資源がそうさせたのだ。
「やはり……まずいか……」
「うーん……アイリーン、オデットに聞いたらどうだろう? それと酒と食料を大至急送ってもらおう」
やはりと納得するアイリーンにアッシュがまともな意見を言った。
「そうだな。それでどうする?」
「うん、劇場のスタッフも呼んでお祭りを開こう。うちの村の商品を知ってもらうんだ」
だんだんとアッシュも全体を理解してきた。
ただ村で農業に精を出せばいいというわけではない。
加工して付加価値をつけた商品を売って売って売りまくるのだ。
「アッシュ……やっぱかっこいい……」
アイリーンはアッシュの腕に抱きついた。
「あー、レベッカもー♪」
アイリーンにもレベッカはスリスリした。




