淑女亭
淑女亭。
そこは様々な趣味を乙女が集い語り合うサロンである。
年齢云々とツッコミを入れたものの命は保障しない。
そんな緊張感あふれる場所だった。
そこにベルはオデットに連れられてやって来た。
オデットとベルは中に入る。
すると一つのテーブルにオデットはズカズカと歩いていく。
その後をベルは木箱を積んだカートを引いてついていく。
そのテーブルは女性二人だけしかいなかった。
だがその二人は眼光鋭く異様な雰囲気をまとっていた。
女性の一人がオデットに怒鳴る。
「帰えんな。オデット、このテーブルはあんたみたいなまともな人間のいる所じゃねえんだよ!」
怒鳴られたオデットは『ふっ……』と鼻で笑う。
「なにが『まとも』ですか。私は生まれ変わったのです!」
「な、なん……だと……ま、まさかオデット!!!」
ごくりと女性が生唾を飲み込んだ。
「大胸筋の素晴らしさに目覚めた私を甘く見ないでもらおう!」
「な、なんだってー!!!」
がたりと音を立てて女性二人が席を立つ。
そう、彼女たちは筋肉を愛する乙女なのだ
「あ、あんた……いったい……」
「真の筋肉を見ました……」
オデットは目を細めた。
「な、なんだって! 真の筋肉!」
「誰だ? どんな筋肉なんだ!?」
「柔らかく素早くそれでいて力強い……」
オデットはアッシュの筋肉を思い浮かべる。
すると女性二人は頭を抱えた。
「ずるいぞ! 私も見てみたい!」
「あ、私も! 私も見たい!」
するとオデットは笑う。
「ふふふふ、いいですよ。今、宿にいますので明日会いに行きましょう」
「い、いいのか?」
女性たちは期待に満ちた目をしている。
「ええ、いいですよ。ただお願いがあります」
「お願い? あまり無茶なのはやめてよ」
「いえいえ常識的なお願いですよ。ここのベルさんの計画に手を貸してもらえますか?」
二人はベルを見る。
ベルはぺこりと会釈する。
「クリスタルレイクのベルでございます。私の願いを聞いてはもらえないでしょうか?」
品のいい笑顔のベルに二人は緊張を解いた。
どう見てもあやしい人物には見えない。
クリスタルレイクで一番の不審者なのに。
「それで……お願いって?」
「ええ。まずはこれをご覧ください」
ベルは引いてきた木箱からレベッカとうり坊の服を取り出す。
ピンクや黄色でフリフリの派手な服だ。
それを見ると二人は「おおおおおッ!」と感嘆の声を上げた。
「これって動物の服?」
「こちらはドラゴン。こちらはうり坊です」
「へえ、これかわいいな。おい、みんな! これ面白いぞ!」
「マジ面白いって! みんなおいでよ!」
二人が呼びかけると他のテーブルで談笑していた女性たちも何事かとやってくる。
「やっだ、これかわいい!」
「ちょっと、マジで? もっとないの?」
他のテーブルの女性たちが別な服を求める。
するとベルはアイリーンが舞台で着ていたドレスを出す。
「これは女優さんが舞台で着たものですが」
「うおおおおおおおお! テンション上がってきたー!!!」
「この生地はどこで手に入れたああああああああ!!!」
ベルの作品は何かのスイッチを押したようだ。
お姉様方は、まるで目から怪光線を出し口から炎を吐く勢いで食いつく。
「すっげー。このデザインは新しい……」
中には素直に褒めるお姉様エルフもいたのだ。
実はこれにはベルの野望がこめられていた。
ベルはオデットを一目見たときから思っていたのだ。
『エルフってすっげえオシャレじゃね?』と。
なにせエルフたちは皆、顔の造形が異様なまでに美しいのだ。
彼女たちならベルの本気を受け止めることができる。
クローディア以外でアイリーンが恥ずかしがって着ないレベルの衣装ですら着こなせる人々なのだ。
今まさにベルの才能が枷から解き放たれようとしていた。
だがそこに異論が入る。
「ちょっと待ったー!」
「なんだよアンタ。これのどこが気にくわないんだよ!」
その場にいた女性たちがブーブーと文句を言う。
だが怒られた女性は余裕の表情だった。
女性は羊皮紙を取り出す。
「これを見てくれ」
そこにはちょい悪系の男性の服の絵が描かれていた。
「アンタ、女性だけじゃなくて男性の衣装も作れるかい? この私が思い描いていたドリイイイイイムを作れるのかい?」
ベルは「ふっ」と笑顔になると静かな声で言った。
「これなら容易いことですわ」
「おおおおおおおおおッ!」
エルフたちのテンションが上がる。
エルフたちは枯れ系、少年、そして自分のドレスなどのドリーム図案を手にベルの元へ集う。
それはまさしくカオスだった。
だがそこからは何かが……今まで世界では許されなかった種類のファッションの産声が聞こえていたのである。
断絶されていた世界が一つになった瞬間だった。
「皆さんには制作、生地の調達、そしてモデルまでもやってもらいます。私たちのドリームで世界を変えますよ」
「「えい、えい、おー!!!」」
その場にいた全員がノリノリだった。
実際、エルフたちのドリームは双方にとって驚きと新鮮さに満ちあふれていたのだ。
それが後に「レベッカ」と呼ばれる総合服飾商会の産声だったとはその場にいた誰も、後に商会の総帥に就任するベルすらも思ってなかったのである。
皆が喜ぶ中、オデットはベルに聞く。
「じゃあアッシュさんのお披露目をお願いしますね」
「はいー♪」
ベルはアッシュが返事をする前に勝手に約束してしまう。
そのもそのはず、ベルはお披露目を友人数人に会ってもらう程度だと認識していた。
そのためには土下座でも結婚でもする覚悟があった。
(ただし結婚はアイリーンに酷い目に遭わされるのでまずないだろう)
「わー、ありがとうございます! アッシュさんって俳優でもあるんですよね? 舞台もやるんですよね?」
オデットが目をキラキラさせる。
「え?」
「いえだから、舞台ですって! アッシュさんの歌聞きたいなあ。すごーくお上手なんですよね?」
「へ?」
まずい。
ベルは思った。
さすがに舞台までやることを約束するのは無理だ。
「い、いや、舞台の責任者、座長はクローディアさんですから。彼女の許可がないと私ではどうにもできません……」
「あ、はい。それは大丈夫です。クローディアさんが私を呼ぶときに使えってこれを」
それは魔法の笛だった。
小ぶりな縦笛だった。
なにせ『魔法』と思いっきり書いてあるのだから魔法の笛なのだろう。
「……ええっと、それは?」
「あ、使ってみますね」
オデットは間髪入れず笛を吹く。
笛からは『ぽよーん』という情けない音色が聞こえてくる。
「これで来ますね♪」
絶対に来る。
たとえ呼んでなくても絶対に来る。
むしろもう侵入している。
あのタヌキ、本当は一緒に来たかったのにタイミングを逃したので来るための大義名分を作ったのだ。
「あんのタヌキイイイイイイ!」
ベルはいっぱい食わされた形である。
こうしてタヌキがやってくる。
むしろもうやって来ているのだった。




