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海賊とカルロス

 男は笑顔で言った。

 刻みタバコの入ったパイプを燻らせて余裕と言った表情だった。


「このどんぶりの中へサイコロを三つ投げるんだ」


 男はサイコロ三つを一度にどんぶり目がけて投げ入れる。

 勢い余ったのかサイコロの一つがどんぶりからこぼれ落ちる。


「おっと失敗した。サイコロがどんぶりの外に出たら負け」


「おう」


 カルロスは笑顔で答えた。

 その笑顔を見て海賊たちがひそひそ話をする。


「あ、あいつ死んだわ」


「かわいそうにねえ……」


「はて?」とアイザックは首をかしげる。

 確かにカルロスはギャンブルがめっぽう強いのだが、死人を出すような荒っぽい性格ではない。

 なぜ海賊たちが怯えているのだろうか?


「もう一回振るからな」


 男はもう一度サイコロをどんぶりに投げ入れる。

 今度は全て中に収まる。

 一、三、一。


「こうやって同じ目が出たら三つ目の数字が点数になるんだ。この場合は三点。点数が多い方が勝ち。場の賭け金総取りだ」


「もちろん特殊な役があるんだろ?」


 カルロスは薄ら笑いを浮かべていた。


「三つとも同じ数字が出たら無条件で勝ち。賭け金の三倍が返ってくる。それと一、二、三は無条件で負け。賭け金の二倍額を払う。四、五、六は無条件で勝ち。場の賭け金の総額の二倍をもらえる。本来は親と子のルールがあるが、あんたらは初心者だから今回はなしでいいな?」


「ああ、いいよ」


「では賭け金を」


 カルロスは袋から大銀貨を出す。

 大銀貨。

 価値は金貨と同等。

 交換レートは銅貨四千枚で金貨一枚。

 カルロスの銀貨を見ると男の目つきが変わる。


(やはりだ)


 カルロスはほくそ笑んだ。

 この地方の物価はわからない。

 だが、店に貼ってある酒の値段からある程度推測できた。

 酒一杯、銅貨三十枚。

 そこから逆算すると行商人の一日の売上が銅貨二百枚程度だろう。

 つまり大銀貨は一般人の月収と同じ価値である。

 酒を飲んだついでの遊びにしては額が大きすぎる。

 これで金の価値がわからないと注意してくるか、それともカモと思うかで男の性根がわかるのだ。


「へ、へえ。ガッツリ遊ぶんだな。うへへへ」


 この男は後者だったようだ。

 それはカモを見る目つきだった。

 つまりいかさまを仕掛けてくるに違いない。


「おう、お前らも混ざれよ」


 男が仲間に声をかける。

 するとガラの悪そうな男たちがやって来る。

 海賊たちが睨みを利かせようとする前にカルロスが手で制する。

 海賊たちは言われるままに黙った。

 男たちはそれぞれ銀貨や銅貨を並べる。

 金貨数枚もの金を用意できるとはずいぶん金持ちだ。

 いつもいかさまで金を巻き上げているのだろう。


「じゃあ、やろうか」


 カルロスが笑うと、男はサイコロを振る。

 男の額には汗がにじんでいた。


「おりゃあ!」


 男がサイコロを振る。

 三、五、三。


「えへへ。結構いいな」


 男は笑う。

 さらに別の男もサイコロを振る。

 四、五、四。


「うへへ」


 さらに男たちが振るが四や五が次々と出る。

 そしてカルロスの番になった。


「おい、カルロス……」


 さすがのアイザックも止めようとした。

 すると「ぎぎぎぎ」という音を立てながらカルロスが振り向く。

 その顔を見てアイザックは全てをあきらめた。

 その目はいつもの草食動物のものではなかったからだ。

 カルロスは三つのサイコロを手に握る。

 アイザックがゴクリとつばを飲み込んだ。

 するとカルロスは意外な行動に出た。


「ふんッ!」


 カルロスの手からパキパキと音がした。

 そしてカルロスは男たちの目の前で手を開く。

 割れたサイコロの破片がぱらりと落ちる。

 そしてカランと小さな粒も落ちた。

 男は飲んでいた酒のジョッキをからんと落とした。


「おっとサイコロを落としちまった。俺の負けだな?」


 カルロスが笑う。


「お、おう……い、いや、あのな……」


 言い終わらないうちにカルロスは男と肩を組む。


「どうした? 顔が青いぜ? 医者に行った方がいいじゃねえか? なあ?」


 男の顔色がどんどん青くなる。

 男の仲間たちも顔が引きつっている。


「バカだなあいつら。最初にサイコロ投げた時点でいかさまはバレてんだよ……あーあ……死んだわ」


 アイザックは偏頭痛がしてくる。

 文化が違う。


「おう、アイザック、悪いが医者呼んで来てくれ。このおっちゃん具合が悪そうだからな」


「あ、あの……い、いや決してそのような……」


 青い顔をする男、睨み合う男の仲間と海賊たち。

 一触即発だということをわからないほどアイザックは愚かではない。


「お、おい、お前らいい加減に……」


 アイザックが言い終わる前にカルロスが鞘からナイフを抜き、雷の如き速さで投げた。

 ナイフは壁に突き刺さる。

 そのすぐ横には剣を抜いた男が驚いた表情で立っていた。


「それを抜いたら終わりだ」


 カルロスは警告をした。


「ちょ、おま、キャラがちげえよ! どうしたの?」


 アイザックのツッコミが止まらない。


「兄貴はいかさまを見つけるとムキになるんです。なにせ、小さいころから親父にいかさまでお小遣いを巻き上げられ続けたもんで……」


 海賊がぼそりと言うとアイザックはずるりとコケた。


(そりゃ歪むわ!)


 草食動物取扱注意。

 そして初対面の男たちは草食動物の取り扱いを知らなかった。


「うるせえ! 金を置いて行きやがれ!!!」


 全員がナイフや剣を抜いた。

 もうヤケだった。

 海賊たちは歓喜した。

 喧嘩である。

 正当防衛なので喧嘩してもいいのだ!


「「ヒャッハー!!!」」


 海賊たちが男たちへ襲いかかった。

 その顔はうれしそうだったという。


 その当時の蛮行をアイザックが後に語ったところによると、一方的な蹂躙だったという。

 ボコボコ……と言えばいいのだろうか。

 とにかく身ぐるみまで剥がされた男たちが床に倒れていた。


「ひ、ひいい! なんでもするから許してえ!!!」


 アイザックですら同情的になるほどの攻撃を加えられた男が命乞いをした。

 するとカルロスは天使のような慈愛の笑みを男たちに向けた。


「そうだなあ。なあ、タバコくれる?」


 こうして海賊たちはタバコ一樽を手に入れ喜んでいた。

 アイザックとしてはカルロスがなぜタバコを奪ったのかがわからない。

 カルロスがタバコを吸っているのを見たこともないのだ。


「おいカルロス。なんでタバコなんて脅し取ったんだ? 意味がわからねえぞ」


 アイザックもタバコを吸う習慣はないので意味がわからなかった。

 そもそもタバコは輸入品ばかりで高すぎる嗜好品なのだ。

 カルロスはニコニコしながら答えた。


「なに言ってんだよアイザック。スラムの飲み屋でタバコが流通してるんだよ。帝都じゃあんな店になんか高くて置いてねえよ。つまり、この大陸ではタバコを生産しているんだよ。陸路でタバコを仕入れられるんだぞ!」


「あ……」


「問屋で買ったら値段をつり上げられる所だったよ」


 商人に儲けのにおいをかぎつけられたらぼったくられるだろう。

 その前に商品サンプルを手に入れられたのだ。

 かなり有利である。


「これで流通ルートを作ればいくらでも稼げるぞ。こういうのは売りさばいて、大手が参入する前にさっさと手を引くのが常道だ。これから忙しくなるぜ」


 ちゃっかりいかさま賭博が金儲けに化ける姿を見てアイザックは思った。


(こいつ海賊向いてるわー……めっさ向いてるわー)


 と。

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