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筋肉の領地

 村はやたらと厳重に防御されていた。

 馬止めの杭が並び、物見櫓(ものみやぐら)には弓兵が見張っていた。

 まだかなり距離があるというのに弓兵はアイリーン一行に気づくと弓を引く。

 それに気づいたオデットが手を振る。


「オデットです! 今帰りました!」


 この距離で弓兵はオデットの声と顔がわかった。

 すぐにオデットの帰還が村中に知れ渡る。

 アイリーン一行が村に着くころには出迎えと見せかけた戦闘員の配置と、非戦闘員の避難は終わっていた。

 露骨なまでに信用されていない。

 だがアイリーンとしては想定の範囲内だ。

 自分が彼らの立場だったら同じことをしただろう。

 使者への脅迫や魔術での洗脳を疑わないわけにはいかない。

 たとえアイリーンがそういう下衆な手段が嫌いでも相手にそれを信用させるのは難しいのだ。

 村の入り口には案内をするために槍を持った村の若い衆が集まっていた。

 アイリーンはにこりと微笑みながら手を振る。

 そしてアイザックが『休め』の姿勢から威厳のある声を出した。


「こちらはクリスタルレイクの代官アイリーン様である。我らは『約束の村』への交渉に参った。取り次ぎをお願いする!」


 やる気さえ出せば育ちのいいアイザックは地位に見合った態度を取ることができる。

 アッシュもカルロスもクローディアの特訓で気品を身につけていた。

 それは交渉において強い武器になる。

 この場合もそうだった。

 エルフの若い衆はアイザック、カルロス、それにアッシュの放つ気配に押されていた。

 堅苦しいが偉そうには感じない。

 だが断ることができない、なんとも言えない威圧感があった。


「は、はあ……村長どうしましょう?」


 若い衆のリーダーと思われる男性が村に戻る。

 聞きに言ったのだ

 すると若い男がやってくる。


「お父様!」


 オデットが若い男の胸に飛び込む。


(お父様!?)


 アイリーンは心の中ではツッコミでいっぱいだったが笑顔を崩さなかった。

 オデットの父はどう見ても若い。

 どう見ても20代前半。

 10代後半くらいの見た目であるオデットの兄と言われた方がしっくりくる見た目だ。

 たしかにエルフは長寿種でいつまでも若いとは聞いていたが、これはいくらなんでも若すぎである。

 おそらく瑠衣と同じく見た目通りの年齢ではないだろう。

 それだけはよくわかった。


「お父様。世界の果ての先、クリスタルレイクの村のお代官様です」


「そうですか。私はユーゴ。『約束の村』の村長を務めさせて頂いてます」


 アイリーンはにこやかにユーゴに手を差し出す。

 だがユーゴは握手の概念がないのか、それとも別の原因でか手を取ることはなかった。

 敵対心があるようには見えないのでアイリーンは笑顔を絶やさないまま手を下げた。


「村長と言うことは国が存在する……ということでしょうか?」


 オデットに聞いても要を得なかった部分だ。


「国……一応存在しますが統治は辺境までは及んでいません。海沿いの街まで行けばある程度は影響があるという程度でしょう」


「なるほど。では我々との交易も自由と言うことですな」


「禁止するものはおりませんな。我々以外は……」


 やけにガードが堅い。

 たとえ保守的な村だとしても、ここまで頑ななのも珍しい。

 なにか原因があるのだろう。

 だからアイリーンはベルに命じる。

 奥の手だ。


「ベル。うり坊を出せ」


「はい。はいはい。うり坊ちゃん出てきまちょうねえ♪」


 猫なで声でそう言うとベルはケージに入ったうり坊を出す。


「贈り物だ」


 アイリーンは笑う。


「それはなんですかな?」


 村長は鼻で笑う。


(ああそうだ。笑え。すぐに笑えなくなる)


 アイリーンは今度は悪い顔を隠さなかった。


「レベッカ。ケージから出したら魔法を解いてくれ」


「あい!!!」


 レベッカが荷物の陰から出てきた。

 するとエルフたちが驚愕の表情に変わった。

 それを不思議に思いながらもアイリーンはうり坊をケージから出す。


「イノシシさん大きくなーれー!」


 レベッカがそう言うとイノシシがぐんぐんと大きくなっていく。


「な、な、な、な、な……」


 アイリーンはエグい角度に口角を上げる。


「樹海で逮捕した。そちらの村が厳重に警備をしている原因はこれだろう?」


 どんどん大きくなるイノシシを見て、村長は叫ぶ。


「や、やめてくれ! 村がなくなってしまう! 頼む。あなた方を信用する!」


 するとアイリーンはレベッカにお願いする。


「レベッカ、小さくしてやってくれ」


「あい!」


 レベッカはシャキーンと真面目な顔をする。


「小さくなーれー!」


 今度はどんどんイノシシが小さくなり、そして元のうり坊に戻った。


「と、いうわけだ。我々の手土産は気に入ってもらえたかな?」


 アイリーンは満面の笑みで言った。

 すると村長が地面に膝をついた。


「ドラゴンライダーの縁者の方とは知らずにご無礼を。平にご容赦を」


 村長はそのまま平伏する。

 さらに村の男衆の半分もその場で平伏した。


「あのお父様、これはいったい?」


 オデットが慌てる。

 若い衆の半分も慌てていた。


「私もただの昔話だと思っていた……まさか王が帰還なされるとは……」


「王って、中央は海を渡れないから辺境には来れない……」


「そちらではない。神話の時代にこの地を去った真の王だ」


「真の王……」


 オデットは呆然としている。

 アッシュは首をかしげた。

 計算が合わない。

 クルーガー帝国よりこの地は古いはずだ。

 なのにドラゴンライダーを知っている。

 いったいドラゴンライダーとはなんだろうか?


「我ら『約束の村』の一堂、喜んで旗下に入りましょう」


 ここまで言われたらアイリーンも偉そうにはできない。

 真実を話す。


「ドラゴンライダーはそこのアッシュだ。悪魔が霊的にこの地はドラゴンライダーのものだと言ったが詳しい話を聞かせて欲しい」


「は! では我が家にお越しください」


 村長の家は木造のログハウスだった。

 クリスタルレイクでは石造りの家の方が主流であり、木造であるログハウスは趣味の世界というのが一般的な認識である。

 そんな家だがアッシュはじいっと木の組み合わせ部分を見る。


「へー。こうやって積んでるんだ」


 アッシュの場合、ちょっとしたDIY感覚で作りかねないのが恐ろしい。

 それに対抗して蜘蛛たちもログハウスを作り始め、村中がログハウスだらけにされてしまうのだ。

 決して悪いことではないが、きっと管理の手が及ばなくなる。

 だからアイリーンはアッシュの背中を押した。


「行くぞアッシュ」


「いや仕組みを……」


「いいから行くぞ!」


「そんなー……」


 名残惜しそうである。

 やはり家を建てようとしていた。

 編み物や料理の延長線上で家を建てようとしていた。

 アイリーンはぐいぐいとアッシュを押しながら村長に屋敷に入る。

 屋敷に入ると村長が羊皮紙製を広げた。

 地図である。


「これが世界の地図です」


 縮尺こそ不明だが海と森に囲まれた世界がそこには描いてあった。


「かなり前からこの海を国は渡れなくなりました。ですから海よりこちら側は中央の統治を受けておりません」


「渡れない? なぜだ?」


「化け物がいるのです。森にはイノシシ、平地にも、そして海……そのせいで各地方はバラバラになっております」


 村長はチラチラとアッシュを見る。

 アッシュはやや遅れて言った。


「俺がやるの?」


 こくんこくんこくん。

 その場にいた村人全員が首を縦に振る。

 だがこれに反対するものがいた。


「いやアッシュだけに負担をかけるわけにはいかない」


 アイリーンは否定した。

 彼氏に危険なことをさせたくない。


「いいや。やるよ」


 思い直したアッシュは即答した。

 困っている人がいて自分が解決する力がある。

 それで充分だった。


「にいたんすごい♪」


 レベッカはわけがわからず大喜びする。


(アッシュなら化け物退治もなんなくこなすだろうけど……でもアッシュは便利屋じゃないんだぞ)


 アイリーンは少しだけ面白くなかった。

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