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タヌキと筋肉の彼女

 風邪でもないのにアイリーンは頭痛がしていた。

 原因はわかっている。

 新聞の見出しである。


『帝都で肉体派ブーム到来、若者がこぞって体を鍛え出す』


 クローディアの言っていたことは本当だった。

 初めて会ったときからわかっていた。

 アッシュは目立つ男である。

 長身、極限まで鍛えられた肉体、一睨みされただけで死ぬかと思うほど怖い顔。

 これまでの帝国の美男子像にこそ当てはまらないが野性的な魅力を持っていた。

 アイリーンだけが知っていたその魅力にとうとう気づきやがったのだ。

 世界がアイリーンに追いついてしまったのだ。

 アイリーンは焦った。

 「ふははは! とうとう我に追いついたな!」と悪代官ごっこをする余裕もなかった。

 なにせアッシュの筋肉は新大陸のエルフまで虜にしたのだ。

 あの細くて小さくて触ったら壊れてしまいそうなほどの儚い少女はアッシュにぞっこんだ。


(このままではいけない)


 そうアイリーンは思った。

 取られてしまう。

 エルフの美しさも驚異だが、人類側からもとてつもない美女がやってくるに違いない。

 なんと言っても表向きアッシュはクローディアの甥っ子ということになっている。

 それだけでもクローディアと縁を繋ぎたい女優たちは山ほどいる。


(完全に失敗した!)


 いやアッシュのお披露目としては完璧だった。

 皇帝への脅しの効果も計り知れない。

 ドラゴンを解放する時にもプラスに働くだろう。

 だがアイリーン個人としては失敗だった。

 確実に悪い虫がたかる。

 どうにかしなければ。


 ……と、ヤンデレの波動を発するアイリーンだった。


 さて、そんなアイリーンとは別にこの状況をほくそ笑んでいるものがあった。

 化けタヌキの花子ことクローディア・リーガンである。

 クローディアはタヌキの姿で屋敷をフラフラしていた。

 なにせかわいい甥っ子が認められたのだ。

 正確に言えば旦那の正妻の末裔であるのだが細かいことは気にしない。

 とにかく世間に家族が認められたのだ。

 うれしくないはずがない。

 思わずワインを空けてしまう。

 一気飲みしてしまう。

 アイリーンの隠してる食べ物を片っ端から食べてしまう。

 そんなクローディアに背後から近づくものがあった。

 その者はクローディアの背後に立つとむんずとヒゲを引っ張った。


「いだだだだだだ! なに!? いだだだだだ!」


 それはアイリーンだった。

 アイリーンは怒ってはいない。

 だが目が、目が恐ろしかった。


「ちょっとチーズ勝手に食べたのは悪かったから!」


 クローディアは謝る。

 だがアイリーンの目的は違っていた。

 その目は語っていたのだ。

 「アッシュを取られないようにしろ」と。


「わかった! わかったから! アイリーンちゃんにも本気で演技を教えるから!」


 それを聞いてアイリーンはコクコクとうなずく。

 でもクローディアは思うのだ。

 今さら女優なんかがアプローチをかけても遅いのだ。

 誰にも愛されなかったアッシュを救ったのはアイリーンである。

 アイリーンのライバルになり得るのはレベッカくらいだろう。

 ただしレベッカは恋人ではなく娘や妹だが。

 だからアイリーンの心配は全くの杞憂である。


 そもそもアッシュが帝都の誘惑に負けるはずがない。

 帝都のきらびやかな世界も誘惑が多いが、傭兵の世界も誘惑が多い。

 その誘惑になびかなかったのだ。

 身を持ち崩す性格ではないのだ。


 だがアイリーンにそれを言っても始まらない。

 クリスは結婚したがアイリーンとセシル。

 残り二人は厄介なのである。

 アイリーンをなだめながらクローディアは考える。

 どうやって二人を女性らしくするか。

 それが問題だ。


 するとクローディアの目に線の細い女性が映った。

 オデットだ。

 オデットはポチに案内されて食堂にやって来たのだ。

 クローディアはピンとこなかった。

 確かに美しい。

 儚く、もろく、淡い色の女性だ。

 絵画にしたら名作になるだろう。

 だがクローディアは女優だった。

 アイリーンもセシルもクリスも筋力がある。

 クローディアも細いように見えるが、長年の鍛錬で自身も首や腹筋、胸の筋肉が発達している。

 三人とも体力があるのだ。

 その点、オデットは細すぎる。

 体を動かすのは苦手に違いない。

 舞台向きではない。

 残念である。


「うーん……」


 クローディアは微妙な顔をした。

 するとオデットと目が合う。

 オデットは「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた。


「んー?」


 クローディアは首をかしげた。


「ひいいッ!」


 クローディアは最強クラスの魔道士でもある。

 だがそれだけの実力があっても恐れられることはまれだ。

 タヌキの姿でも「変な生き物」と思われる程度だ。

 そう言う意味では悪魔基準においてクローディアは美形ではない。


「ちょっと、そこのかわいい子」


 クローディアは声をかける。


「ひ! しゃ、しゃべった!」


 なぜか全力で怯える。


「なんで怯えてるの?」


「だ、だって……やろうと思えば樹海を焼き尽くすことができますよね?」


 できるかと言われればできる。

 だがやらない。

 そんな時間があったら演劇の練習をする。

 クローディアはアイリーンの方を向いた。


「もしかしてあの娘、魔力が見えてね? 魔道士的な見方じゃなくてもっと本能的な感じで」


 ここでようやく正気に戻ったアイリーンがあんぐりと口を開けた。


「……だからアッシュの強さを一目で見抜いたのか!」


「ねえねえ。えっと……」


「お、オデットです……」


「オデットちゃん。私がどう見えてる?」


 タヌキの姿のクローディアが人なつっこい表情で聞いた。


「ほ、炎のば、化け物……です」


「……うん、合ってる。じゃあアッシュちゃんは?」


「き、筋肉の魔神です」


 だいたい合ってる。


「アイリーンは?」


「ふ、普通の女の子ですよ?」


「やっぱり魔力だわ。魔力の本質が見えてるみたい。こりゃ瑠衣を見たら気絶するわ」


「瑠衣殿はなんの化身なのだ?」


「蜘蛛で闇、正体を見たら気絶じゃすまないわよ」


 どうやら瑠衣は特別のようだ。


「そっかー。……おばさんいいこと考えちゃった」


 クローディアは悪い顔をしていた。


「そういや海賊もいたわねえ」


 さらに悪い顔をする。

 海賊、タヌキ、エルフ。

 こうして最悪の組み合わせは妙な化学反応を起こすのだった。

100話ー!!!

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