おとぎ話と現実。そしてほんのりダーク展開。
クルーガー帝国に伝わるおとぎ話。(理想)
昔々邪悪なドラゴンがいました。
邪悪なドラゴンは村の人たちに生け贄を出せと言いました。
そこで村長は娘をドラゴンに差し出すことにしました。
そこを通りかかったクルーガーはドラゴンを退治しにドラゴンの住む山へ行きました。
「邪悪なドラゴンよ。我が退治してくれる」
そう言うとクルーガーはドラゴンに飛びかかり剣を突き刺しました。
ドラゴンは消えてなくなりました。
クルーガーは村長の娘と結婚しこの地に国を作りました。
めでたしめでたし。
ドラゴンに伝わる伝承。(現実)
昔々寂しがり屋のドラゴンがいました。
ドラゴンは村人に構ってもらう代わりに魔法でみんなを幸せにしてました。
でも人間は愚かなもの。
村人はいつしか自分たちが優秀だから幸せなのだと思うようになりました。
そして世話をしなければならないドラゴンを邪魔に思うようになったのです。
村人たちは言いました。
「あのドラゴンがいるから我々は不幸なのだ」と。
ある日村人たちはとうとうドラゴンを村から追い出してしまいました。
構ってくれる人がいなくなったドラゴンは嘆き悲しみました。
そしてとうとう幸せを使い尽くして消えてしまいました。
それを知って怒ったクルーガーは軍隊を差し向けて村人全員の首をはねてから村を焼きました。
そして焼け跡にドラゴンの墓を建て鎮魂のためにこの地に国を作りました。
「壮絶だな……」
アイリーンがつぶやいた。その顔はどこまでも蒼白だった。
室内には全員が揃っていてレベッカの話に耳を傾けていた。
全員にアッシュ手作りの木苺のパイが支給されている。
甘党の瑠衣が勝手に食べた分の残りである。
瑠衣の存在を知った天然ボケ属性を持つアッシュ以外の全員がレベッカを質問攻めにしていたのだ。
「許せません! こんなかわいいドラゴンちゃんを!」
レベッカを膝に乗せたベルは怒っている。
2名の騎士たちはすでに考えるのをやめていた。
ベルはギリギリと歯ぎしりをしている。
「ニンゲンユルスマジ」
「魔王かお前は」
レベッカは一生懸命な顔をして説明を続ける。
「それでね、王様はドラゴンたちと約束したの。ドラゴンライダーさんがドラゴンを守ってくれるの」
「ベル。ドラゴンライダーというのは実在するのか?」
「いいえ。実際に存在するとは聞いたことがありません」
わからないことが出ると途端に空気が悪くなる。
レベッカだけはベルになで回され続け「きゃっきゃっ」とご機嫌である。
ここは一番身分が高いものとして場を和ませねばならない。アイリーンは思った。
「もしかしてアッシュ殿がドラゴンライダーとか!」
ベルや騎士たち、それにアッシュの視線がアイリーンに集まった。
アイリーンの額に冷たい汗がにじむ。
どうやら滑ったらしい。
ところがベルは真剣な顔で答えた。
「確かにアッシュ殿は人間というには過剰な力をお持ちです」
「ふむ」
「伝承ではドラゴンライダーは無比無敵の力を持ちながらその知識はまさに博雅、その顔は眉目秀麗、その心は高潔にして鉄の如しとされています。ですがアッシュ殿は……」
そのとき全員が花柄のエプロンをつけてお菓子を作るアッシュを思い浮かべた。
「だよなー。あははははははは」
アイリーンは誤魔化すのに必死である。
「ですよねー。あはははははは」
笑い終わるとベルとアイリーンは無言で見つめ合う。
アッシュは「ちょっと甘すぎたかなあ」と全然関係ないことを考えていた。
すると目を大きく開いたアイリーンが口を開いた。
「ベルはアッシュ殿を無比無敵だと思うか?」
ベルも大きく目を開いて答える。
「少なくともアークデーモンに会って平然としているのは人間の範疇からははみ出しているかと」
結婚しようと考えている相手に酷い言いぐさである。
「だろうな。だが上を説得するだけの材料はまだない。アッシュ殿の出自は優先度が低いからいいだろう。それで、だ。正直に答えて欲しい。アークデーモンの危険度はどのくらいだ?」
アイリーンの質問にベルはレベッカを膝に乗せなで回したまま真面目な顔で言う。
「火を噴くだの溶岩を作っただのと伝承ではいろいろ言われてますが明確に記録にあるのは50年ほど前にアークデーモンに襲撃された南のタルカン王国は一夜にして住民全員が灰になって滅んだそうです。はっきり言いましょう。国が滅ぶ災害です」
ベルは尻尾をふりふりするレベッカをさらになで回す。
「そうであろうな。ではドラゴンはどうだ?」
アイリーンはベルに絶対にツッコミを入れないと誓った。
絶対にだ!
「公式文書にはドラゴンによる襲撃報告はありません。でもドラゴンの幸せを糧として生きるという生態を考えるとドラゴンが死ぬと国が滅ぶのではないかと推測されます」
「なぜだ?」
「それは先ほどのドラゴンの伝承を考えるとクルーガー帝が来る前に村は滅んでいたのではないでしょうか?」
「一夜にして灰になって?」
「断言する証拠はありませんが。瑠衣さんは自分から人に襲いかかるようなタイプではなかったかと」
そう言いながらもベルはレベッカを撫で続ける。
「そうだな。それでもアークデーモンは国を滅ぼせる存在には変わりない」
「そうですね」
ベルはそう答えるとレベッカの後頭部にキスをする。
「もーちゅーしちゃいます。レベッカちゃん。お姉ちゃんのことをママって呼んでいいのよー」
もうめろめろである。
「やー。ベルお姉ちゃんはお姉ちゃんです」
「うん、もう! 大好き!」
お姉ちゃんが嬉しいかったのか、ベルはひしっとレベッカへ抱きつく。
それを横目で見ながらアイリーンはため息をついた。
(なぜ自分の身にこんな厄介ごとが降りかかるのだ。どれもこれも国が滅ぶ事態じゃないか……)
落ち込むアイリーンにそっとお茶が差し出される。
「あ、すまない。ってアッシュ殿」
「いや疲れていたようだから」
この短期間でお茶の用意をする。
さすがオカン属性持ちである。
「あ、ああ。すまない」
(なんだいいヤツじゃないか。顔だってなれれば味のある顔だし)
「にいたん!」
ベルの膝の上に飽きたレベッカががばっとアッシュに抱きつく。
「ほいほい」
アッシュは優しくレベッカを抱っこする。
(子どもにも優しいし)
「悩んでいるときは甘いものを取った方がいい。お茶うけ何か作ってきましょう」
「あ、ああ。すまない」
(なかなか気が利くし。料理は得意だし)
そんなことを考えていたせいかアイリーンは完全に気を抜いていた。
その時だった。
「もう一人分頂けますか?」
それはアイリーンの頭痛の種の一つだった。
アークデーモンの瑠衣である。
瑠衣はニコニコと感じのいい上品な笑みを浮かべている。
苦労人のアイリーンではできない仕草だ。
「……瑠衣さん。お菓子いりますか?」
「はい。アッシュ様のお菓子は美味しゅうございます」
瑠衣はひときわにっこりと笑う。
「おっしゃー! 作るぞー! レベッカ。レベッカの分も作るからお手伝いできるかな?」
「やるー♪」
レベッカは尻尾をブンブンと振った。
「あ、そうそうアッシュ様」
「瑠衣さんなんですか?」
「賊を見つけたので片付けておきました」
瑠衣はにっこりと笑った。
「おい、賊ってのはなんだ?」
アッシュの代わりにアイリーンが尋ねる。
アッシュの後ろに隠れながら。
「初代皇帝クルーガーとの盟約により我々デーモンは犯罪者を狩る権利を頂いております」
「捕まえてどうするのだ?」
アイリーンはまだアッシュの後ろにいる。
「私どもは不幸を魔力に変換して存在を保っております。それ以上お聞きしたいですか?」
にっこり。
「い、いえ、いらない」
アイリーンは小さくふるふると顔を振った。
その様は巨人に抱きつくリスのようだった。
次回
瑠衣さん VS 哀れな盗賊さん