第2話 ワンズ・アーマー
ラトアーヌはなぜだか申し訳なさそうに俯いた。
混合種とは、その名のとおり、2種族以上の血が流れている生体のことをさす。
要は、ハーフとかそういう類だ。
ライディアの話では、ラトアーヌはエルフと亜人の混合種らしい。
「それに、その耳の毛はたぶん亜人ラクーン種じゃないか?」
「…そ、そうです」
ラトアーヌは依然顔を下げたままだった。
ぎゅっと目をつむり、今にも逃げ出しそうな顔で涙を堪えている。
何か嫌な思い出でもあるのか…それは俺にも容易に察しがついた。
とりあえず、話題を変えよう。
「ラトアーヌって、剣は握ったことあるか?」
「…は、はい。ちょっとだけなら魔物を倒したことも…あります」
言い方からして、ほとんど初心者だろう。
俺も人のことは言えないが、これでも1年くらいは冒険者をやっている身だ。
芽は出ないが、経験はラトアーヌよりは豊富だ。
「よし、じゃあお前らのステータスを確認してみよう」
ライディアはそう言って、個室の棚から二本の巻物を取り出した。
巻物といっても、一枚の茶色く煤けた紙が、丸まって赤い紐で結ばれているだけだ。
それを広げる。
「血か、髪の毛をこの紙の上に乗せてみな」
ステータスとは、その者の身体能力や特殊スキル、体調などを示すデータである。
これからライディアがやろうとしているステータス確認方法は、この世界では一般的なステータスの確認方法だ。
ステータスはいつでもどこでも自由に見れる訳ではない。
こうして、決まった段取りを踏まなければ見ることはできない。
俺は己の黒髪を一本引き抜き、紙の上に乗せた。
すると、光があふれ、水が滲むように、紙の上に黒い文字が滲み始めた。
<ジオ・メイディ>
RANK:E
ATK:155
DEF:201
SPE:148
TEM:35.9
SKILL:
俺のステータスは、いつ見ても酷い。
ランクは言わずもがな最低のEランクだ。
ATKは攻撃力、DEFは防御力、SPEはスピードを表している。
また、TEMは体温を指す。
現在の体温は35.9度。俺の平熱だ。
スキルはもちろん無い。
冒険者は、スキルが発現して初めて一人前と呼ばれるようになるのが鉄則だ。
ランクやその他のステータスもそうだが、一番は自分の持つスキルを使いこなせるかにかかってくる。
どんなスキルでも、使いようによっては最強になり得る。
ライディアはずっと俺にそう言っている。
「…ジオ。まずはスキルの発現だ。分かってるだろ?」
「分かってるよ。頑張る頑張る」
「……じゃあ次はラトアーヌだ。髪を」
「は、はい」
ラトアーヌはそっと自分の頭に手を当て、髪を一本抜いた。
プチッという音が微かに耳に入る。
ラトアーヌは広げられたもう一枚の紙の上に髪の毛を置く。
次の瞬間、紙が凄まじい光を帯び、その光は一直線に、俺のステータスが書かれた紙に吸い込まれていった。
「え?」
「なんだ…?」
ライディアも驚きを隠せない様子だ。
一流冒険者も唖然とするこの現象、何やらソワソワする。
やがて光はやんだ。
俺たちは、一斉に俺のステータスが書かれた紙に釘付けになった。
そして、目を疑った。
SKILL:ワンズ・アーマー
今まで、空欄が当たり前だったスキル欄に、文字が刻まれたのだ。
それも、他とは違う赤文字。
一際輝き、一際目立っていた。
「ライディアこれ…!」
俺は喜びのあまり、この状況を信じられずにいた。
ライディアに同情を求めようと、ライディアの顔を見るが、ライディアは硬直している様子だった。
「…ライディア?」
「…あ、ああ!やったなジオ。こんなことが起こるなんて…」
ライディアは突然我に返ったように笑って見せた。
さすがのライディアも、初めて見る現象に言葉を失っていたのだろう。
俺はステータスが書かれた紙を握りしめた。
「ついに…俺にもスキルが…!」
1年間、一人前の冒険者になることを夢見て、戦い続けていた。
筋トレなどの基礎トレーニングは毎日欠かさず行った。
しかし、筋トレによるステータス値の上昇などたかが知れている。
もちろん魔物も倒した。
だが俺のステータス値は一向に上昇せず、スキルが発現されることもなかった。
何度も命を落としかけた。
そしてやっとのことで、スキルを手にした。
「……」
ライディアは依然硬直しているが、口を開いた。
「ジオ。このスキルを今ここで使ってみてくれないか?」
「え?いいけど…でもこれどんなスキルだ?」
ワンズ・アーマーという名のスキル。
アーマーというからには、防御スキルかなんかだろうか?
出来れば超攻撃みたいなのを期待していたが、別に不満ではない。
すると、ラトアーヌが恐る恐る口を開いた。
「あ、あの…この紙」
ラトアーヌは恐る恐る紙を俺に捧げた。
そこには、ラトアーヌのステータスが刻まれていた。
<ラトアーヌ>
RANK:E
ATK:200
DEF:122
SPE:320
TEM:36.1
SKILL:
驚いたと同時に、俺は少しショックだった。
このシャイな少女よりも、攻撃力とスピードの値が俺の方が低いのだ。
体温が俺の方が低いのは許せるが、攻撃とスピードで女子に負けるとは…。
だが、俺には新しいスキルがある。
「ライディア、この紙ってどうすればいい?」
「……ん?…ああ、その紙は処分して構わない。値を見る限り、二人ともまだまだ素人同然と言えるな」
「そういうライディアのステータスは見せてくれないの?」
「また後でな。それよりジオ、早くスキルを」
俺は思わず握っていた紙をテーブルに置いた。
そして、ワンズ・アーマーを発動させようとする。
……しかし。
「スキルってどうやって発動するんだ?」
「スキル名を唱えて、心の中で発動するイメージをするんだ。発動対象はそうだな……ラトアーヌだ」
「え?」
ラトアーヌに向かってスキルを発動しろと言うのか?
ラトアーヌは急な指名におびえていた。
それもそうだ。
「でも危険なんじゃ」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
俺を信じろ。
その一言には、当然の説得力と安心感があった。
超一流冒険者を信じずして、他に誰を信じるというのか。
俺はライディアの言葉を聞いて、迷わずラトアーヌの方を向いた。
そして、なんとなく右手を掲げた。
「…ワンズアーマー!」
思い切って唱えた。
すると、俺の掲げた右手が赤く光り出し、その光は腕から肩へ、肩から胸へ、胸から腰へ、腰から足首へ広がっていった。
そして俺は光となり、その光はラトアーヌに集まり出した。
「えっ…えぇっ!?」
ラトアーヌは両手を上げ、驚く。
光はラトアーヌの体に合わせて集まり、やがて、ラトアーヌを赤い鎧が包み込んだ。
薄手の鎧。
見た目からして、おそらく金属製。
「こ、これは…」
俺は、ライディアの方を見ていた。
先ほどまでラトアーヌの方に向いていたはずだが…。
おかしいと思い、再びラトアーヌの方を向こうと体を動かそうとする。
しかし、体が動かない。
『あれ…?』
声は出るが、体が動かない。
『ラ、ライディア。俺今、どういう状況?』
「……信じられないかもしれないが、お前は今、ラトアーヌの鎧になっている」
『…は?』
ライディアの言葉はとてもじゃないが信じられない。
ラトアーヌは何かを察したように、個室の隅にある姿見の前に立った。
それに合わせて、俺の視界も動いた。
俺の目の前には、ラトアーヌを映し出した姿見があった。
だがその姿見に俺の姿は映っていない。
映っているのはラトアーヌと、ラトアーヌを包んだ赤い鎧だった。
肩から手首、胸、腰、腹、太ももから足首、そして頭。に
体のいたるところの関節部以外が鎧で包まれている。
『ま、まさか本当に…』
「ワンズアーマー。どうやら、対象の鎧となるスキルのようだな。ラトアーヌ、もう一度ステータスを」
ライディアの指示通り、ラトアーヌは再び髪の毛をぷちっと抜き、紙の上に置いた。
すると、先ほどまで刻まれていたステータスの文字が、若干変わった。
<ラトアーヌonジオ>
RANK:E
ATK:200
DEF:324(+202)
SPE:320
TEM:36.1
SKILL:
ラトアーヌonジオ。
驚くべき変化として、ラトアーヌの防御力が倍以上に膨れ上がっているのだ。
おそらく、これがワンズ・アーマーの能力だ。
対象の防御力を爆発的に上げる。
もしかすると、鍛錬すれば防御力以外を上げることも出来るかもしれない。
「予想通り。ジオ、お前のスキルは仲間がいて初めて有効になるスキルだ」
『そう…だな。でも不思議な感じ。目も見えるし、声も出せる。耳も聞こえる。体の自由は聞かないけど…』
よくよく考えてみれば、俺はこの美少女の体を包み込んでいる状態なのだ。
体の感覚(触覚)が無いのが本当に悔やまれる。
年頃の少女の柔らかい肉体を肌で感じることが出来ない。
鍛錬すれば感覚も戻るのか?
「ジオ。鎧時の視界はどういう感じなんだ?」
『…これすげえよ。ラトアーヌの体上だったら、どこでも見れる。ラトアーヌの背後だって見えるぞ』
「あ、あの…あんまり見ないでください……恥ずかしい…です…」
あ、これ最高のスキルかも。