第1話 ペア申請
ここは巨大都市ネルク。
人口1000万人を超える、大陸一の大都市だ。
冒険者の数も多く、皆それぞれが奮闘し、群雄割拠している。
この世界には魔物という生物が存在する。
本来の動物とは違う生態であり、その生態は謎に包まれている。
魔物を殺すと、魔晶だけが残る。
魔晶とは、見た目は赤紫色の、石のようなものである。
魔晶は、魔物の体内に存在し、魔力を体に巡らせる働きをしている。
動物で言うところの心臓にあたる部分が、魔物にとっての魔晶である。
この魔晶は特殊な成分で構成されており、様々な用途がある。
だから魔晶は、金銭と取引されるのだ。
冒険者とは、この魔晶を多く集め、換金することで主に生活をしている。
ダンジョンから戻った俺とライディアは、換金所にいた。
銀行のカウンターのように換金スペースがそれぞれ設けられている。
長方形の穴から顔を覗かせるスタッフに、得た魔晶を渡す。
魔晶の大きさや重さによって、得られる金額は変わってくる。
「おっさん、換金いい?」
「あいあい」
俺はカウンター越しのおっさんの前に、魔晶の入った巾着袋を置いた。
おっさんは訝しげな顔をした。
中身だけ置いてくれ…ということだろうな。
そういえばこのおっさんは、面倒くさがり屋で有名だった。
俺は巾着袋の中の魔晶を取り出し、すべておっさんに渡した。
「おぉっ?」
おっさんは一つの魔晶を手に取り、じーっと見た。
ほかの魔晶よりもひときわ大きく、未だ輝きを放っていて、今にも胎動しそうな魔晶だ。
「お前さん、これをどこで?」
「第38ダンジョンの十階層。そこにいたキメラの魔晶だよ」
「キメラか…はて、お前さんにキメラを倒せるとは思えんが…」
「俺じゃなくて、倒したのはライディアだよ」
そう言うと、おっさんは拍子抜けしたような様子で、思わず上がっていた腰を下ろした。
もちろん、ライディアはここネルクでも超有名人だ。
一流ギルドのギルドマスターもやっている。
有名でないはずがない。
ちなみに、そんな有名どころのライディアに一番かわいがられているのは、俺だと自負している。
他の誰が何と言おうと、たぶん俺が一番かわいがられている。
俺はおっさんから金を受け取った。
全部合わせて8000ベルカ。
一度の換金でこんなに貰ったのは初めてだ。
キメラ恐るべし……ライディア恐るべし。
「換金終わったか?」
ライディアが退屈そうに体を伸ばしながら近づいてきた。
俺は思わずにやつきそうになるのを抑えて、素早くうなずいた。
「お前今、思わずにやつきそうになってるだろ」
俺とライディアは、ネルクにある小さな広場に来ていた。
石のベンチに腰を下ろす。
8000ベルカも入った重い巾着袋を大事に両手で抱え、ライディアが話し始めるのを待った。
「お前に話がある」
「それは知ってるよ。…なに?」
「お前、そろそろ本格的に冒険者になる気はないか?」
ライディアは俺の顔を見ることなく、どこか遠い一点を見つめながら言い放った。
細くて小さな横顔が、どこか寂しそうに見えた気がした。
「ライディア、俺はすでに冒険者だよ。正式なね。そりゃまあ、実力は笑えないくらい低いかもしれないけど」
「そうだったな。言い方が悪かった」
そう、俺の職業は冒険者だ。
ちゃんと冒険者運営の偉い人たちと契約を交わして、正式に冒険者となった。
ちょうど一年位前だ、俺が冒険者になったのは。
一年経っても、ランクは未だ最低のEだけど。
「実はな、うちの知り合いのギルド運営の職員の所に、”ペア”の申請があったんだ」
「ペアの申請?」
ペアとは、冒険者が二人一組になって仕事をすること、またその組そのもののことをさす。
大人数のギルドとは違って、二人一組なため、報酬の配当は見込めるし、動きやすくはなるが、戦力に欠ける部分がある。
「申請って…俺に?」
「いや、そうじゃない。おまかせ申請というか…誰でもいいらしい」
「だったらギルドに入ればいいじゃん」
「ギルドはチームだからな、無名の冒険者は戦力にならないからって、門前払いなんだよ」
ああ、それは俺にもよく分かる。
俺も一時期、ギルドに加入したくてたまらない時期があった。
何度もしつこく、色んなギルドに申請を出し続けたが、結局一つも承認されなかった。
門前払いだ。
「…ってことはその申請者も、駆け出しってこと?」
「ああ。世の中に名前も顔も知られていないEランクの冒険者だ。名前はラトアーヌ、女の子だ」
「女かよ!」
よりによって女とは……。
いや、女の子は割と好きだ。
出会いというのも、冒険者の醍醐味の一つであることは間違いないだろう。
世界各地色々なダンジョンに行ったりする関係上、色々な人に会う。
そんな中で運命の人を見つけ、結婚までこぎつける奴らだっている。
それ目的に冒険者をやっている奴もいるって話だ。
「…可愛い?」
「顔は分からない。分かっているのは性別と名前とランクだけだ」
ラトアーヌ、名前は可愛らしい。
「とにかくペアを組むか組まないかは後にして、会ってみてくれないか?」
「ん~そうだよな。まずは会わなきゃ話にならない」
俺の中で、一抹の不安と期待が漂っていた。
ギルド運営施設”ギルド・サブ”。
ギルド活動をする際は、至る所に設置されたこのギルド・サブに立ち寄る必要がある。
ギルドによる活動は、すべて運営側が把握していなければならないため、こういった施設や手続きが必要になってくるのだ。
これもすべて、ギルドによる悪事や不正を未然に防ぐためだ。
これらの手続きを怠ったギルドには、処罰が課せられることもある。
今回、ライディアの知り合いは、ネルクの東の方にある小さなギルド・サブで働いているらしい。
俺はライディアに連れられ、ギルド・サブに来た。
小さいが綺麗な小屋のようなものだ。
だがこれも立派な運営施設。
なくてはならない存在だ。
中に入ると、カウンターの外に待ち構えている男がいた。
人がよさそうな”おっちゃん”だ。
捲った袖から見える筋肉質な腕が、只者ではないと語っている。
「お、来たかライディアさん」
「うちの冒険者を連れてきた…うちのっつっても、別にギルドに所属しちゃいないけどな」
ライディアに背中を押されて、俺は一歩前に出た。
俺よりも遥かに背の高いおっちゃんは、俺の顔を見て笑った。
「ははっ、なんだか不思議な目をしているなあんちゃん!俺はここのギルド・サブを運営しているロムってんだ。よろしくなァ!」
「よ、よろしく」
人は良さそうだが、少々声が大きいな。
他の冒険者にも聞こえていそうであまりいい気分ではない。
だが別に、こんなところでこのおっちゃんに因縁づける気など更々ない。
「で、ラトアーヌは来てるのか?」
「奥の個室で待ってるよ」
俺はロムに連れられ、カウンターのさらに奥にある個室の扉を開けた。
そこは、木のテーブルと椅子、ちょっとした本棚と花瓶だけの小さな空間だった。
そして、椅子には少女が座っていた。
耳まで完全に隠れるほどのキャラメル色の長い髪に、翡翠の瞳。
色白で、唇は薄く、顔も小さい。
間違いなく、”美女”の部類だった。
俺の心臓は思わずドキッと高鳴る。
だがここは冷静に…。
「よっ、ラトアーヌ!」
ライディアが最初に口を開いた。
ラトアーヌは若干照れくさそうに、頭をひょいと下げた。
「あーごめんごめん。俺はロムの知り合いのライディアってんだ。知ってるだろ?」
ライディアは自信満々に胸を張り、ラトアーヌに攻めよった。
しかし、ラトアーヌは申し訳なさそうに首を横に振った。
「えええええぇぇぇぇ!?」
ライディアはその場に崩れ落ち、個室の柱に縋りついた。
残念だったな。お前を知らない人間がいて。
ライディアを知らないことには驚きだが、悲しむライディアを見ていると、ちょっと気分が良い。
「あ、俺はジオ・メイディ。君と同じく駆け出しの冒険者。まだペア組むかどうかは分かんないけど、とりあえずよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
目を見てくれない。
ライディアと同じ体勢になりそうになったのを堪えて、俺はとりあえずほほ笑んだ。
「とりあえず、話でもする?」
「そう…ですね」
俺はラトアーヌの隣の椅子に座ろうと体勢を低くした。
その瞬間、ラトアーヌの手が俺を止めた。
「あ、あのあんまり私に近づかない方が…」
「え?なんで?」
「も、もしかしたら…私、ほら…毒とか持ってるかも…しれないし…」
「いやいや、そんなわけないでしょ」
「で、でも…」
あたふたしている。
理由は分からないがとにかく可愛いのは確かだ。
しかし、何をこんなに焦る必要があるのだろうか。
すると、先ほどまで野垂れていたライディアが起き上がり、何かを思い立ったような表情になった。
そしてラトアーヌに顔を近づけ、髪を触り、耳を露出させた。
ラトアーヌは小さな悲鳴を上げる。
この男…急に色目使いやがって…。
「やっぱりだ」
ライディアはそう言って、ラトアーヌから離れる。
俺はラトアーヌの、耳を見た。
先端がとがっていて細い、形はエルフのような耳だが、亜人のように毛が生えている。
亜人は本来、人間で言う耳の位置から耳は生えておらず、頭から生えている。
しかしラトアーヌの場合は、亜人の耳が人間の耳の位置から生えているのだ。
「ラトアーヌ、君は混合種だね。それも亜人とエルフだ」