完結篇 前篇 第7章 司令の本分
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第2統合任務隊は朝日が昇ったと同時にバラカス諸島クーリッタン島近海に姿を現した。
イージス艦[はつせ]と汎用護衛艦[きくづき]はクーリッタン島の海岸線に艦砲射撃を加えた。
米海軍駆逐艦[ズムウォルト]も米艦隊から一時離れ、陸自の第2任務群の上陸支援のため、島の内陸部に艦砲射撃を加えていた。
艦砲射撃を終えると、[おおすみ]、[しもきた]からLCACが出動した。
LCACは敵の攻撃を避けるため、ジグザグに進み、上陸地点に乗り上げた。
4隻のLCACから90式戦車と87式偵察警戒車(RCV)が吐き出され、橋頭堡の確保が行われた。
90式戦車は、第1任務団が保有する10式戦車より、1世代落ちるが、第3世代の戦車の中ではトップクラスに入る。
旧ソ連軍の機甲部隊が北海道に侵攻する事に備え、開発された90式戦車は10式戦車や機動戦闘車が登場するまで、主力だった。
その上空を航空護衛艦[ながと]から発艦したAV-8JとAH-1Sが護衛する。
上陸したと同時に、無数の弓矢が降り注いだが、戦車やRCVの装甲を貫けるはずもなく、むなしく弾き飛ばされるのであった。
90式戦車が敵の潜んでいる場所を特定し、正確な照準で榴弾を浴びせた。
RCVも25ミリ機関砲が火を噴き、塹壕内にいる弓兵を血祭にりあげる。
そこで、LCACが輸送艦から戻ってきて第2陣を上陸させる。
第2陣は普通科が中心で、96式装輪装甲車(WAPC)が吐き出される。
WAPCから普通科隊員が下車し、展開する。
普通科隊員の展開を見て、土の中に潜んでいた歩兵が一斉に飛び出し、襲い掛かってきたが、十分に距離をとっていたため、対処はたやすい。
「いいか、懐に入らなければ、何も心配する事はない」
中隊長の言葉に、普通科隊員たちはいつもの訓練通りに銃を構えた。
「撃て!」
中隊長の号令で 普通科隊員たちは89式5.56ミリ小銃、MINIMIの引き金を引いた。
銃口が火を噴き、高速ライフル弾がミレニアム帝国兵たちの命を次々に奪っていく。
90式戦車、WAPCの12.7ミリ重機関銃が火を噴き、これに対処する。
トーチカに身を潜めて、弓矢を放つ弓兵には84ミリ無反動砲が火を噴き、破壊する。
今までの戦闘のようにミレニアム帝国軍にはどうする事もできなかった。
掩蔽壕に隠蔽された魔道砲数門が姿を現したが、上空から監視していたOH-1がそれを発見した。
「掩蔽壕より、敵の魔道砲が出現した。コブラ2、対処せよ」
OH-1からの指示で1機のAH-1Sが旋回し、TOW対戦車ミサイルを2発発射し、魔道砲を沈黙させる。
「こちら、コブラ2。敵魔道砲の脅威は消えた。陸上部隊に安心しろ、と伝えてくれ」
「了解」
陸上部隊と航空部隊の連携で、敵の抵抗を排除しつつ、橋頭堡を確保した。
LCACとCH-47JAは[おおすみ]と[しもきた]を往復し、人員、物資、車輛を陸揚げした。
第2任務群が完全に上陸を終えると、笹木野吾郷1等陸佐は、[ながと]に連絡し、島の航空偵察を具申した。
「敵の抵抗が、思った以上に少ない・・・」
笹木野は司令部でポツリとつぶやいた。
「何か言いましたか?」
副官が首を傾げた。
「いや、なんでもない」
笹木野は部下にそう言った後、目を伏せた。
(敵も馬鹿ではない。正面から戦っても、勝てないのはこれまでの戦闘で学習しているはず、という事は、沖縄戦の旧日本軍のような戦法をとるか)
笹木野は、今後の敵の出方を予想した。
[ながと]の飛行甲板では2機のAV-8Jが発艦の準備を整えていた。
クーリッタン島の偵察を行うためだ。
1機のAV-8Jに第5分隊の作業員たちが偵察ポッドを装備している。
もう1機のAV-8Jは護衛として制空装備が装備されている。
「急げ!クーリッタン島に上陸している陸自さんを待たせるな。1分遅れればその分、戦況が不利なる!」
准海尉が整備員たちに喝を入れる。
そんな光景を艦橋から見下ろしていた水島要海将補は、1つうなずくのであった。
第1統合任務艦隊の初期と違い、第2統合任務隊では陸自と海自の仲は悪くない。[おおすみ]と[しもきた]からも陸自と海自の曹士が乱闘騒ぎを起こした報告は上がっていない。
(不愉快ではあるが、3名の殉職・・・いや、戦死により、それどころではないと理解したのだろうな・・・)
思えば第1統合任務艦隊は陸自と海自が衝突し、23名の戦死者を出してしまった。その結果、第1統合任務艦隊の陸海空の隊員たちは自分たちの間違いに気づかされた。
(まったく。人というものは本当に救えない種族だ)
人の犠牲がなければ何も変えようとしない。
彼女が物心ついた頃から、日本はさまざまな難問に衝突した。例えば日本人が外国で人質にされ、自衛隊の派遣を検討したが、法的に困難であるため、断念された事があった。
法的に考えれば正論だが、それは単なる言い訳でしかない。
法的に困難であるのなら、最高責任者が自らの責任で自衛隊の出動を強行するべきだったろう。
国民の生命と財産を第1に考える、そのためなら、どんな責任もとる、と世界に見せつけるべきだった。
すべてが終わってから、自分のした事を法廷で告発し、処分を受ければいいだろう。そうすれば誰も非難する者はいない。
(まあ、そこまでする指導者はいないだろうな・・・板垣司令官を除けば・・・)
水島は考え込んだ。
もし、自分が板垣と同じ立場であったら、彼と同じ決断ができただろうか・・・
(誰だって、我が身が大事だ)
水島は目を伏せた。
「し、司令。りょ、緑茶をお持ちしました」
1人の海士が緑茶を持ってきた。
「ありがとう」
水島はトレイに乗せられたマグカップを受け取った。
「は、はい!」
「?」
緑茶を持ってきた海士はなぜか怯えていた。
「司令。そんな怖い顔をしていたら、誰だって怯えます」
首席幕僚の三枝理子・タチアナ・シュタインベルク1等海佐が、やれやれ、と言った感じで述べた。
「そ、そうか、それはすまなかった」
水島は海士に謝罪した。
「いえ、とんでもありません」
海士は挙手の敬礼をして、早足で立ち去った。
「首席幕僚。私はそんなに怖いのか?」
「怖くなかったら、怯えたりしません」
「・・・・・・」
親友にはっきり言われ、水島は思い切り落ち込んだ。
そこで、AV-8Jが轟音を響かせながら、[ながと]から発艦した。
2人は2機のAV-8Jを見送った。
「何を考えていました?」
ふいに三枝が尋ねた。
「たいした事ではない。ただ、私を含めて多くの者は我が身大事だと思ってな。板垣海将のように、桜花号計画指示書まで開封する事はできないと思う」
「司令。我が身を大事にする事は悪いとは思えません。我が身を捨てて、何かをする者は少数でいいのです。後者がたくさんいてはかつての日本のように間違った方向に行く事もあります」
「そうだな」
親友の言葉に水島はうなずいた。
その時、CICから緊急連絡が入った。
[ながと]のCICでは、水上レーダーが何かを捕らえたような気がした。
「?」
レーダー員が水上レーダーを操作し、その正体をつかもうとした。
しかし、反応はない。
「気のせいだったか・・・」
レーダー員はそう思った。
しばらく水上レーダーを調整していると、再び反応があった。
「水上レーダーに微弱ながら反応があります!」
「なんだ?」
砲雷長が水上レーダーのスクリーンを見る。
レーダー員はさらに調整し、反応を確かめる。
「出ました!高速船多数!」
「速力30ノット以上だと!?」
砲雷長はヘッドセットで、艦橋に緊急連絡した。
「艦長!水上レーダーが高速接近する高速船団を確認!まもなく目視可能圏内に入ります」
砲雷長は、とてつもなく嫌な予感がするのであった。
CICからの報告に見張り員がその方向に双眼鏡を向けた。
「目標確認!高速船30隻以上!まっすぐ本艦に接近してきます!」
「識別旗は?」
「ミレニアム帝国軍旗を確認!」
見張り員の報告に艦橋にいた水島たちは息を呑んだ。
水島と三枝もウイングに出て、双眼鏡を覗き、高速接近する小型船を確認した。
船全体にステルス性を高めるステルス剤を塗っている。だから、レーダーで発見するのが遅れたのである。
「首席幕僚、どう思う?」
「ミレニアム帝国軍もまともに戦っても勝てないという事は身に染みてわかっているはずです。動きが素早い小型艦艇で攻めてくるという事は、神風特攻しか考えられません」
三枝の予測に水島はうなずいた。
「私もそう思う」
自殺攻撃には十分警戒していたが、ただでさえレーダーが探知しにくい小型船に、ステルス剤を塗る事で、こちらの水上レーダーの弱点を巧妙に突いて仕掛けてくるとは、これを考えた人間はただ者ではない。
「ただの帆船で、ミサイル艇並みの速度を出すなど・・・」
「いや、不可能ではない」
幕僚の言葉を即座に水島は否定した。
ラペルリ攻防戦の前に、フリーダム諸島近海で群島諸国連合艦隊の合同演習を視察する機会があったのだが、その時に突撃艦と呼ばれる小型艦の戦闘演習を見る事ができた。
その名の通り、高速で敵艦に突撃し、乗艦している兵士を敵艦に乗り込ませて制圧する、という荒っぽい戦法をとる特殊艦だ。
自然の風や海流では得られない加速を得るために、各艦には風魔法ないし水魔法の使い手が乗艦し、人為的に風や水の流れを作り出すという。
細かい理屈はわからないが、一時的にミサイル艇並みの速力を得る事は可能だ。
ただし、その使い手にかかる負担も半端ではない。
事実、レギオン・クーパーの提督が視察に来たという事で、張り切り過ぎた魔術士のうち数名が過労で、数日間寝込んだそうだ。
しかし、標的艦の砲撃を掻い潜りながら、高速で突進していく様は、見ていて正直ゾッとした。
今、目前に迫っている小型船も同じような原理なのだろう。そして、その目的は恐らく自爆攻撃を仕掛けるためだ。
水島は、艦長に振り返った。
「艦長。ミレニアム帝国軍神風挺隊を撃滅せよ」
「はっ!」
艦長は艦内マイクを持った。
「水上戦闘用意!」
艦長の指示で、砲雷長が復唱し、艦内に水上戦闘を知らせるブザー音が鳴り響く。
ここにいるのは[ながと]だけではなく、[はつせ]、[きくづき]もいる。乗員の士気や錬度は高い。自爆攻撃は完全に防げるはずだ。
だが、水島は何か嫌な予感に襲われるのであった。
「第2戦速。万一に備え、ジグザグ航行をせよ!」
艦長が指示したと同時に[はつせ]と[きくづき]の主砲が旋回し、吼えた。
[ながと]のCIWSも旋回し、自爆船が射程距離に入るのを待つ。
[はつせ]と[きくづき]の砲撃は続き、自爆船を次々に轟沈していく。
砲撃をすり抜け、艦隊に接近した自爆船は[ながと]のCIWSが火を噴き、自爆船の船体を粉々にしていく。
水島と三枝の予想通り、高速船の船内の中に大量の爆薬が積んでいたため、それが誘爆した。
「あれほどの爆発なら、1隻でも脅威だな」
見張り員の1人がつぶやく。
[ながと]に搭載されているCIWSは次々と自爆船を血祭りに上げていく。
わずか数分で10隻以上の自爆船を轟沈させた。
しかし、その中で1隻の自爆船が砲火をすり抜け、[ながと]に迫った。
「目標1、本艦に急接近!距離300!」
「回避行動!最大戦速!面舵一杯!」
艦長が叫ぶ。
「浸水、火災に備え!」
副長が被弾に備える。
その時[きくづき]が急速回頭、機関速度を最大にし、[ながと]と自爆船の間に割り込んだ。
[きくづき]は身を挺して、自爆船の進路の前に出たのである。
「馬鹿な、本艦の盾になるつもりか!?」
[きくづき]の行動を見て、その意図を察した水島が叫んだ。
激しい爆発音が響き、[きくづき]の船腹に黒煙と火柱が上がった。
「[きくづき]被弾!」
見張り員が叫ぶ。
[きくづき]が沈み始める。
そんな中、[はつせ]の砲撃は続き、神風挺隊の残りの自爆船を血祭りに上げ、すべて轟沈させた。
[ながと]の艦橋は騒然となった。
自爆船の特攻を受け、沈んでいく[きくづき]の姿があったからだ。
水島と三枝は艦橋を飛び出し、ウイングに出た。
「なんて事だ・・・」
幕僚たちも艦橋からウイングに出て、その光景を眺めていた。
「機関停止!!」
艦長が叫ぶ。
「司令。直ちに[きくづき]の救助を開始します」
「頼む。[きくづき]の乗組員を1人も見捨てるな。必ず全乗組員を本艦に収容しろ」
水島は全員の生存はありえない事は覚悟しているが、全員無事である事を願った。
だが、救助に全力を上げる訳にはいかない。なぜなら、ここは戦場だからだ。
「[はつせ]に指令、全周警戒を怠るな。それと[ズムウォルト]に乗員救助の支援を要請せよ!」
水島の命令を通信士が復唱し、[はつせ]、[ズムウォルト]に通信した。
艦長はすでに作業艇を下ろす指示を出していた。
「救難ヘリ、緊急発艦!」
副長が叫ぶ。
「なんて、馬鹿な真似をするんだ!!」
水島は徐々に沈んでいく[きくづき]を眺めながら吐き捨てた。
三枝は静かに上官を窘める。
「司令。[きくづき]は第2統合任務隊旗艦[ながと]と司令をお守りするために本艦の盾となって、自爆船の特攻を防いだのです」
「わかっている。[きくづき]艦長、春山とは、そういう男だ」
この後、だから、馬鹿な事をしおって、と付け加えた。
しかし、口ではそう言っているが、水島は[きくづき]艦長を心配していた。
海士から叩き上げの艦長で、旧海軍の伝統を誰よりも愛する男だ。旗艦と上級指揮官を守るためなら、命を捨てる事も辞さない心意気を持った人物だ。
(頭の固い奴だ・・・)
何しろ、この春山という男は水島が、他の幕僚たちから指揮能力を疑問視されていた時でも、常に水島を擁護し支えてくれていた人物だ。
それについて、1度聞いてみたのだが「自衛隊版、秋山真之と言われる人物ですからね。まあ私がそう思っているだけですが」等、意味不明な事を言われた。
「どこが?」と聞いたら、「普通の人とは変わっているところが」と言われた。
(変人なのは貴官のほうだ!!)
水島は心中で悪態をつきながらも、自分の信じるものに対する、信念を貫く態度には敬意を持っている。だからこそ生きてもらわねば困る。
「司令。春山艦長は総員退艦の指示を出した後、1人艦橋に残って、艦と運命を共にするそうです!」
通信士が報告した。
「あの化石め!」
[きくづき]艦長である春山の事をよく知る幕僚が吐き捨てた。
水島は艦橋に戻り、通信士から通信機を奪い取った。
「春山艦長!聞こえるか!」
水島が通信機に叫ぶ。
「春山です」
春山から応答があった。
「私は[きくづき]を守ることができませんでした。乗員の命を危険にさらし、20名近い人命を失いました。この責任を取るには、艦と運命を共にするしかありません」
「馬鹿な事を考えるな!春山艦長。艦を離艦しろ。これは上官命令だ。責任はすべて私にある!こんなところで無駄に死んではならない。貴官は我が艦隊にとって必要な人材だ!」
「・・・申し訳ありません・・・たとえ水島司令の命令でも聞けません」
「なら頼む!私には貴官が必要だ。だから生きろ!生きてくれ!!・・・でないと、私も死ぬ!!」
「・・・・・・」
「部下にだけ責任を取らせて、自分は、おめおめ生き残るような恥知らずになるくらいなら、私は死ぬぞ!!」
彼女は本気だ。
他人が聞けば、何を馬鹿な事を言っていると思うだろう。
しかし、これは偽りのない彼女の本心だ。自分の部下を救うためならなんだってやる。
それの善し悪しは置いておいても、水島は、自分の信念を曲げない。
それこそ、不器用なくらいに真っ直ぐに。
こんな、説得をする上官は、水島くらいだろう。
「まったく、困った人だ・・・私にだって、自分の生き方にけじめをつける権利はあるのですよ」
それでも彼女は生きろと言う。どんなに格好悪くても生きろと言う。
本当に指揮官らしくない人だ。
確かに水島は指揮官としては、まだ未熟だろう。しかし、この既成の指揮官の型にはまらない女性がどう成長するのか見てみたいものだ。それに、放っておくのはどうも危なっかしい・・・色々と。
春山は、自分が苦笑を浮かべているのに気が付いた。
彼女の幕僚たちがなんだかんだと、文句を言いながらも彼女を自分たちの指揮官と認め、支えているのも、自分がこんな無茶をしたのも、相手がほかの誰でもない、水島だからこそだ。
だったら、最後までついていく・・・そこが、地獄の底でもだ。
「了解しました。世話の焼ける問題児の司令と心中するのは御免願いたいですので」
そこで通信が切れた。
「まったく・・・いったい、いつの時代と勘違いしている!それに、今の発言はどういう意味だ?」
「司令」
水島の言葉に三枝が窘める。
その間も[きくづき]はどんどんと沈んでいく。
(・・・すまない[きくづき]・・・[ながと]を守ってくれて感謝する。約束する、我々は必ず[ながと]と共に最後まで生き残ってみせる・・・)
水島は心の中で沈みゆく[きくづき]に別れを告げた。
完結篇前篇第7章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は今月の19日までを予定しています。




