平行世界 第7章 司令官の決断
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
板垣は艦橋横のウィングから夕陽に染まった海を眺めながら、アンネリというエルフの女性の言った事を思い出していた。
「お願いです。私たちを助けてください!」
アンネリがそう叫んだ時、板垣は困惑した。
板垣がリオに視線を向けると、彼はどこか試すように笑みを浮かべていた。
「貴公は先ほど侵略戦争や民族虐殺は許さない、と言った。今、アンネリ女王の国は侵略と虐殺が行われている」
「・・・・・・」
リオが何を考えているか察しがついた。
板垣は少し自分の言った事を後悔したが、すぐに打ち消された。
国連軍、この単語が彼の背中を押したのだ。
「まずは、話を伺いましょう。どうするかはそれからです」
いくら憲法と法が改正され、自衛隊の行動が幅広くなったと言っても、不可能な事もある。それは国連軍としても同様だ。
「そういう事だ。アンネリ女王。まずは事情を話してからだ、そうだ」
リオの言葉にアンネリはうなずいた。
「ミレニアム帝国から最後通牒が届いたのは2ヶ月前の事です。内容はラペルリ連合王国の併合と私たちを奴隷としてミレニアム帝国に受け入れるという容認しがたい内容でした」
アンネリは両手を強く握り、続けた。
「そして、その解答は3日後という解答不可能な日時を指定してきたのです」
板垣は何も言わず、黙って耳を傾けていた。
「議会の議員たちも、容認しがたい要求に激怒し、徹底交戦のかまえをしていましたが、帝国は解答日時よりも早い2日後に侵攻してきたのです」
板垣は眉をひそめた。
高沢も表情を変えた。
「ミレニアム帝国軍は3万の兵と1万の騎兵、5千の魔道兵、竜騎士を上陸させました。上陸が完了してから帝国軍は侵攻を開始しました」
アンネリは涙を流した。
「私たちはこんなにも早く侵攻して来るなんて思いもしませんでした。そのため、対処が遅れ、各守備軍の連携がばらばらで、各個に戦うことになりました。数で勝る帝国軍は守備軍を各個撃破に持ち込み圧勝しました」
彼女は大粒の涙を流した。
「ようやく、連携がとれるようになった時は、すでに50以上の町や村が滅ぼされていました。さらに敵の増援が到着し、戦況は不利になる一方でした。私たちは正面からの戦闘では勝ち目がないと悟り、奇襲攻撃に変えました。それと、ノインバス王国と周辺国に頼り兵の派遣を要請しにまいりました」
アンネリが言い終えると、場は静まり返っていた。
「お願いです!」
沈黙を破ったのはアンネリだった。
アンネリは板垣に縋り付くように懇願した。
「助けてください!!」
よっぽど追い詰められているのだな、と板垣は思った。
板垣は大きくため息をした。
「しばし、時間をいただけますか?」
板垣は立ち上がり、控室を出た。
控室を出た板垣は高沢から無線機を受け取った。
「今までの話を聞いていたな?」
「はい、つつがなく」
無線機から笠谷の声が聞こえた。
「彼女たちを助けるのは合法だと思うか?」
「前の自衛隊であれば合法ではないでしょう。しかし、今は違います。国際平和に貢献し、それに必要と思われる武力の行使を認めるものとする、と日本政府は世界に宣言しています。だから、これは武力行使の範囲ないです、が・・・」
無茶苦茶のような気もしたが、最後に笠谷は最後に口ごもった。
「日本政府と国連の許可もなし、か・・・・」
板垣が笠谷の言おうとした事を言った。
笠谷は静かに言った。
「これは正規ではありません。あくまでも非正規の任務です」
「・・・・・・」
「どうします?このまま見捨てても問題にはならないはずですが」
佐藤が割って入った。
「司令官。少しよろしいですか?」
高沢が声をかけた。
「ああ」
板垣が振り返り、うなずいた。
「今、この状況で派遣部隊の最高司令官は板垣海将、貴方です。たとえ司令官がYESと言おうと、NOと言おうと、隊員たちは海将の決断に従います。決断するのは司令官なのです。どんな、決断をしようと、誰も異議は言わないでしょう」
「・・・・・・」
板垣は沈黙した。
「そうだな」
板垣はしばらく悩んだ後、そう言った。
「ここには俺より上の者はいない。俺たちは国連軍なのだ」
そう言ってから、板垣は控室に戻った。
その表情はなぜか苦笑していた。
時は戻る。
[やまと]の科員食堂の一角で、フレアと騎士、そして、彼らに付従う少年少女の従者たちが詰めていた。
従者たちは食堂の備品であるプラスチック製のコップに紅茶を入れて、それぞれの主に配った。
機能的は自衛隊の食堂兼休憩所に場違いな甲冑姿の彼らが集まっているのは、調理を担当する給養員と食堂で休憩している非番隊員たちの目にも珍しいものとして映っていた。
いつもなら、映画鑑賞をしているところだが、フレアたちが気になり、テレビはついていない。
騎士たちと非番隊員の間には一定の距離があった。
非番隊員たちは憩の場所である食堂で、こんなに居心地悪い思いをしなければならないのだと心の中で絶叫していた。しかし、まさか、そんな事を口にする訳が行かないため、曹士たちは耐えるしかない。
フレアは騎士たちと艦内視察の感想を言い合っていた。
「私はカンサイキカクノウコというものに驚きました。あれだけの広さなら、船の中でも馬術訓練ができます」
フレアの護衛であるアーノルが言った。
「船と言うより、これは動く城塞としか、言えません」
「それを言うのでしたら、船だと言うのにまったく揺れ一つ感じないのが驚きです」
金髪の女性騎士が言った。
満載排水量7万8000トンとフィン・スタビライザーと呼ばれる船体安定機構によるものだとは、フレアたちにはわからない。
空母である[やまと]は船体安定機構にはかなり力を入れている。
「マキア殿。それも驚きだが、この船の中の明るさも驚きではないか」
女性騎士マキアの同期である背が高い騎士が天井を見ながら言った。
フレアたちも天井を見上げた。
「あっ、これは蛍光灯です」
「けいこうとう?」
艦内での案内人である[やまと]付けの広報係士官が解答に、フレアは聞き慣れない単語を口にした。
「これ程巨大な軍艦を造り、これ程の魔法を使えるとは、思ったよりもすごいではないか」
背の高い騎士が大きくうなずきながら、つぶやく。
「クラッスス。その言葉は不敬ではないか。この艦隊はフレア王女を救ったのだぞ」
アーノルが眉をひそめて、若い騎士を窘める。
「そうよ、レギオン・クーパーの船は、まさに不沈船と呼ぶのに相応しいわ」
マキアがクラッススに顔を向けて言った。
「マキア殿。貴公は最初この艦隊を見たとき、レギオン・クーパーはでかいだけの船で、魔法砲のいい的だと言ったではないか」
「あ、あの時は、殿下を救ったなんて、知らなかったからよ」
熱狂した様子で話していたフレアたちに、そろそろ夕食の時間になった事を気付く者はいない。自分たちの常識とは違う異界の軍勢との接触はそれ程のものであった。
「あの、フレア殿下。そろそろ夕食の時間ですが、こちらでお召し上がりますか?一応、幕僚室に用意する事もできますが・・・」
広報係士官がフレアたちに尋ねると、騎士たちは顔を見合わせてから、フレアに視線を向けた。
「ここで、ヤマト、の食事をいただくわ」
フレアはにこやかに言った。
騎士たちもうなずく。
「そ、そうですか。でしたら、あちらの列に並んでください。今夜は海自伝統の金曜カレーですよ」
広報係士官の言葉に彼女たちは首を傾げたが、従者たちが主の料理を運ぶために、列に並んだ。
やがて、食堂の入口から、食事にやってくる乗員たちの声が聞こえ始めてきた。
食堂にいた非番隊員たちはほっと胸を撫で下ろしたように立ち上がった。
「まったく、誰だよ?これは世界全面協力のドッキリ番組だって言った奴は?」
野太い声で、平均的な中年の体格をした。いかにも叩き上げといった風貌の海曹長が歩きながら、言った。
「空自の連中が噂しているのを聞いたんですよ」
2士の隊員が答える。
「あら、それは初耳ね。私たちは海自の海士たちの噂話から知れ渡ったのよ」
謁見団が出発した時、松野をからかった、空自の短髪の女性自衛官(3曹)が訝しげな表情で言った。
「だ、そうだが」
海曹長は2士に視線を向けた。
「そんな馬鹿な!」
2士は首を振って否定した。
彼らは軍隊で言う下士官以下、一般科員だった。幹部等とは食堂は違い、世界が隔絶している環境だ。そのため、幹部のいないところで色んな憶測が飛び交う。
「・・・・・まあ、どちらが先に噂を流したのか、今はどうでもいい」
海曹長が腕を組んでつぶやいた。
「まさか、アニメオタクの連中が言ってた事が、本当になるとは信じられません」
海士長がつぶやいた。
「だから、俺は言ってたんだ。ここは俺たちの知る世界とは違うってな」
海曹長は何度もうなずきながら言った。
短髪の3曹は笑いながら突っ込んだ。
「海曹長。最初にここが異世界の話が出た時に、そんな漫画みたいな事があるか、笑止千万だ、と言ってませんでしたっけ?」
「う、うるせえな!!最初だけだ。後から考えたら、そうかもしれねえと思うようになったんだよ」
「ほんとうに?」
3曹は訝しげな表情で海曹長を見た。
雑談しているうちに食堂についてしまい。食堂に詰めていたフレアたちと出会ってしまった。
「・・・・・・」
中世の騎士たちと海自のデジタル迷彩服と空自のデジタル作業服の隊員が出会うのは、ある意味、異様な光景だ。
広報係士官が海曹長にうなずくと、曹士たちは顔を見合わせた。
「そ、そういう事だから、お前ら、失礼のないようにな」
曹士たちはうなずき、列に並んだ。
[やまと]の食堂はいつもより賑わっていた。
夕食がカレーという事もあるが、一番の原因は普段から客が来ないだけあって、乗員たちが食堂に押し寄せる。
「・・・・・・変わった料理だな」
従卒が持ってきた料理を前に、どう食べていいのかわからず、戸惑っている。
「カランのような穀物の上に、濃いソースのようなものがかかってます」
マキアがその料理を覗き込みながらつぶやいた。
ちなみに、カランというのはインディカ米に近いものだ。
フレアもアーノルたちと同様にスプーンを待ったまま戸惑っている。
見た目に反して、香ばしい香りに食欲をそそられるが、見た事もない食べ物を食べる時は意外と勇気がいる。特に国を代表して来ているのだから、作法をまちがっては大変だ。
「もしかして、この世界にはカレーライスはないんですか?」
クラッススの隣に腰掛けた短髪の3曹が座った。
「かれえらいす?」
フレアが聞いた事もない料理名に首を傾げた。
「そうです。カレーライス。とっても、おいしいですよ」
海曹長が向かいの席に座りながら言った。
「冷めないうちに食べた方がいいですよ」
3曹はそう言いながらカレーライスをすくい、口に入れた。
「食べてみてください。きっとおいしいですよ」
海曹長も言ってから、カレーを口の中に入れた。
フレアたちは顔を見合わせてから、覚悟を決め、カレーを少しだけすくうと、口の中へ入れた。
「あ」
「おお」
「これは」
フレアたちは口々にそう言った。
見た目とは裏腹にスパイスの辛さと煮込まれた野菜の甘さが、程よく混じりあい、絶妙な味加減だった。
フレアたちが今まで食べた事もない絶品の料理だ。
その後、フレアたちの食べるスピードはとてつもないものだった。
食堂にいた隊員たちは唖然とした表情でフレアたちを見た。
フレアたちが食べ終えると、白いエプロン姿の給養長が彼女たちの前に立ち、満面の笑みを浮かべていた。
「カレーのおかわりはいかがですか?」
「いただくわ」
フレアは微笑を浮かべながら答えた。
「できれば、この料理のレシピを貰えないだろうか」
アーノルが給養長に尋ねた。
「それなら私たちにも」
マキアが騎士たちを代表して頼んだ。
「いいですよ。明日までに用意しておきます」
給養長が微笑を浮かべながら承諾した。
「お、おい。今日の給養長は、えらくご機嫌だよな」
その様子を見ていた海士が隣の空士に耳打ちした。
「あんなにおいしく食べられたら、誰だって上機嫌になる」
フレアが2杯目のカレーを食べながら、給養長に聞いた。
「シェフ。貴方の名前を教えてもらえるかしら?」
「[やまと]の第4分隊所属給養長の三野原龍雄1等海曹です」
フレアは笑みを浮かべて、礼を言った。
「ミノハラ。おいしい料理をありがとう。これからもおいしい料理をよろしく頼むわ」
クラッススも隣にいる女性自衛官に顔を向けた。
「貴女の名前も教えてもらえないか?私はノインバス王国王族騎士団ヒャクライ隊副隊長クラッスス・ルイ・グラエナ」
「え、あ。私は航空自衛隊[やまと]第1空母航空団整備群所属整備員の塚山香住3等空曹。よろしく、グラエナさん」
塚山はクラッススに手を差し出す。
「クラッススでいい。よろしく、ツカヤマ殿」
クラッススは彼女の手を握る。
夕食を終えて、当直以外の隊員たちが一息ついた頃、板垣以下各司令、幕僚たちは幕僚室に集まった。
幕僚室には陸自の神谷と木澤や幕僚たち、そして、フレアたちも詰めていた。
アンネリの姿もある。しかし、その表情は曇っていた。
幕僚たちは何やらやりにくさを感じていた。
そんな心境を察したのか、板垣は咳払いをした。
「諸君等もある程度のことはわかっているだろう。我々は明日ラペルリ連合王国に向かって出航する。我々の目的は同国で行われている国民への無差別虐殺及び侵略行為の阻止と奪還である。本日の会議は、今把握している事を理解してもらい、最善と思われる策を導き出すことにある」
板垣が言い終えると、島村が立ち上がり、説明した。
説明と言っても、正確な情報はない。なんたってここには衛星もなければ戦略偵察機もない。艦載機の中に偵察機であるRF-18Jはあるが、あくまでも戦術レベルの偵察ができるくらいだ。
ラペルリ連合王国に近付かなくてはいけない。
燃料の問題だってある。
航空燃料は[やまと]に積まれているものと補給艦に積まれているものだけだ。
これがなくなればそれで終わりだ。艦船用の燃料も同じだ。
情報はアンネリからの情報と現地で調達した地図、海図にかぎられる。
当然ながら空母や護衛艦のデータにこの世界のデータがある訳がない。そう言った重要な情報はすべて現地調達になる。
それでも、アンネリからもたされた情報は作戦を立案するのには十分なものがあった。
ラペルリ島の地形は平地が多く、山岳地帯は北側に集中している。しかし、森林地帯も多数ある。
国民はミレニアム帝国軍の侵略により、北側に避難している。
「神谷陸将。奪還作戦では言うまでもなく、貴方がた陸自が主役です。どのような方法で奪還するか、今思いつく範囲でかまいませんので案を聞かせてください」
島村の説明が終えると、板垣は神谷に尋ねた。
神谷は少し困った表情をしたが、答えた。
「奪還作戦を行うには情報が少なすぎます。この場合は致し方ありません。まずは特殊訓練を受けた部隊を長距離偵察に出し、敵情をさぐる必要があります。そして、十分な情報を入手した上で作戦を立案し、初陣で敵の主力を叩く必要があります。我々には本国や連合軍から燃料、弾薬の補給ができませんので、出し惜しみせず、いっきに敵の戦意をくじかなくてはなりません」
陸自の幕僚たちがうなずく。
「敵の戦意をくじくならばもう1つ方法があります」
笠谷が言った。
「なんだね?」
板垣は笠谷に視線を向けた。
幕僚たちも続く。
笠谷は幕僚たちを見回してから、具申した。
「敵は竜騎士団を投入しています。竜はこの世界において絶対を誇る最強の存在です。もし、これがすべて失ったとなればどうなるでしょうか?」
幕僚室にいた騎士たちがざわめく。
笠谷は気にせず続けた。
「自分たちが最強だと信じているものが全滅したら、戦意はかならず損失します」
「カサヤ参謀!」
騎士の1人が声を上げた。
「貴公は竜について何も知らない。数多の獣の王に君臨する存在なのだぞ」
「あくまでも貴方がたの常識での話です」
笠谷はきっぱり言った。
「敵は東映の怪獣の王ではありません。ただの爬虫類です。ただの爬虫類が空対空ミサイル(AAM)や艦対空ミサイル(SAM)等を受けて、無事な訳がありません」
笠谷はそう願うように断言した。
「まあ、怪獣の王はともかく、百獣の王も所詮はただの動物だ。生き物なら、必ず殺せる。不死ではない」
板垣は小さく咳払いして言った。
「・・・・・・」
声を上げた騎士は言葉を失い、座った。
板垣は幕僚たちを見回した。
「第2部長の意見はもっともだ。しかし、竜騎士団を全滅させたからと言って、戦意損失とは思えない。敵が玉砕を覚悟して、徹底交戦することも想定しなくてはならん」
板垣の言葉に司令、幕僚たちはうなずいた。
フレアたちは理解できない議論に頭痛を感じるのであった。
第7章を読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。