平行世界 第6章 謁見
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
中は吹き抜けの天井。幅広い赤い絨毯が王座の前まで一直線に敷かれ、その両側を近衛騎士団の騎士が立ち、王座の近くには閣僚と思われる大臣たちと貴族らしき面々が整列していた。
王座に座っている壮年の人物は板垣たちが入った瞬間に王座から立ち上がり、歓迎の意を示した。
マルクは跪き頭を下げた。
「敬礼!」
「捧げ銃!」
先任士官と久松の号令が重なる。
小銃を持っていない者は45度の敬礼し、小銃を持っている小隊員(1班)は捧げ銃の姿勢をした。
自衛隊の天皇等にする敬礼の動作である。入隊以来ずっと行っている動作だから、一糸乱れぬ動きである。
国王以下大臣たちは少し驚いた表情をしたが、すぐに儀礼であることを理解した。
傍らから、その動作が気にいらなかったのか、咎めるように、あからさまな舌打ちが聞こえた。
「イタガキ提督とその参謀たちをお招きいたしました」
マルクは王に報告した。
「よく来てくれた。こちらの作法等知らないであろう。楽にせよ」
王の言葉に先任士官と久松は再び号令を出した。
「直れ!」
「立て銃!」
自衛隊員たちは一糸乱れぬ動作で指示された姿勢になった。
「そんなに固まらなくてよい。俺も貴公等の作法を知らん。貴公等も同じであろう、作法等必要ない、それに直言を許す」
王の申し出に板垣は先任士官と久松に振り向き、うなずいた。
2人はうなずき、楽な姿勢をした。
自衛隊員たちも楽にした。
「俺がこの国の王リオ・クル・ノインバス。俺の娘の危機を救ってくれた事を感謝する。貴公等に褒賞を与える。何か望みはあるか?」
「日本国海上自衛隊第1統合任務艦隊司令官板垣玄武海将です。お招きいただき光栄です。褒賞の件ですが、無礼を承知でお断りします」
「なんと、何もいらないと申すか」
リオは驚いた。
大臣と貴族たちは顔を見合わせた。
「イタガキ提督。我が娘の危機を救った者たちに何の褒賞しなかったとなれば、俺は功に報いぬ王と呼ばれてしまう。この意味がわかるか?」
今度は板垣たちが顔を見合わせる番だった。
「望みは?」
リオが再び問う。
「ではお言葉に甘えまして、食糧はまだ十分にありますが、それが尽きた時に備えて食糧の補給、乗組員の休息のための上陸許可、パスメニア港等の開港、自由航行権を求めます」
「それだけか?」
「それだけで十分です」
リオは少し考えた。
「貴公等は金を持っておるのか?」
「この世界の通貨は所持しておりません」
「それでは町に出ても何もできなかろう。いくら欲しい?」
板垣は少し考えてから、答えた。
「ありがとうございます。金銭にかんしては経理の者たちと相談した上でお願いします」
「そうか、貴公等もこの土地には不慣れであろう。地図と海図も譲ろう」
「ありがとうございます」
板垣は頭を下げた。
「貴公等にいくつか聞きたいことがあるが、答えてくれるか?」
リオは表情を変えて尋ねた。
「答えられる事なら何なりと、陛下」
板垣は覚悟したかのように答えた。
「貴公等は、聞かぬ国から来たと娘から聞いたが、その国はいったいどこにある?」
リオの問いに自衛隊員たちが顔を見合わせた。
その場は水を打ったように静まり返った。
「この世界とは違う別の世界にある国です」
その長い沈黙を破って答えたのは板垣だった。
リオは目を丸くし、大臣や貴族たちは顔を見合わせた。
驚いているのは彼らだけではない。笠谷や佐藤たちも驚いている。上官が仮説を認めたからだ。
「信じられないのも無理はありません我々も同じなのですか」
板垣はこの世界に来た経緯を話した。日本を出航して間もなく翼の生えた女性が現れ、気がついたらこの世界に漂流してしまった事。
「もしかするとそれはウルティミア族の事ではないでしょうか」
神官服を着た老人が言った。
「俺もそう思う」
リオがうなずく。
「ウル・・・・なんです?」
「ウルティミア族、または神族とも呼ばれます」
神官の老人が説明する。
ウルティミア族、この世界が誕生した時に神より召喚された種族。人種に建築技術、魔法、学問を教え、この世界を繁栄させた。自らを神の代行者と名乗り、争いにはいっさい介入せず傍観するだけだ。しかし、ごく稀に別の世界から人等を召喚し、争い事に介入する。また、それで平和を築く事もある。だが、そもそも実在するのか、それすら議論されている始末である。
板垣以下自衛官たちは顔を見合わせた。
一方、陸自の護衛小隊(2班、3班)もどよめいていた。
王城の衛兵たちや王都守備団の兵士たちが野次馬のごとく護衛小隊を取り囲んでいた。
「各隊員に告ぐ。彼らに対し敵対行為に思われる行動は厳に慎め。携帯、スマホ、カメラの撮影も禁ずる。誤解を招く恐れがある」
大賀は念を押すように無線で部下たちに注意した。
「班長。僕たち大丈夫ですか?」
2等陸士の隊員が不安そうな表情で若い3等陸曹に耳打ちした。
「俺に聞くな」
3曹は迷惑そうに言った。
彼は陸上自衛隊生徒学校を卒業したばかりの陸曹で、今年21歳になる青年だ。
自衛隊生徒学校とは、中学校卒業者を対象にした4年制の学校だ。3年後には高校卒業者と同じ資格が与えられ、卒業後には3等陸曹で陸自の各部隊に配属される。
温厚であり、優しい顔をしているため、20歳未満の陸士からは兄のように慕われている。
彼は自分の持つ89式5.56ミリ小銃がいつもより重く感じる。
これまでの訓練では一度も重く感じた事がないのに、今はとっても重い。
(これが人の命を奪う重さか・・・・)
「お前等!89式小銃は3.5キロだ。だが、決して軽いと思うなよ。こいつは人の命を奪うものだ。軽いなんて絶対に思うな!」
生徒学校時代の班長の言葉が頭に過ぎった。
3曹は両手に力を込める。あの言葉の意味が、今になって、はっきりと理解できた。
彼は野次馬になっている兵士たちを見回す。
生徒学校時代、戦史の授業でイラク派遣を経験した教官の講義を思い出した。イラクのデモ隊に囲まれ、石を投げられる事件があった。この時、発砲するかいなか、という緊迫した事態になったと言う。
「俺はあの時、そこにいて、初めて銃の恐ろしさを知った」
教官の言葉が頭に過ぎる。
戦史の講義の中で、イラク派遣の話だけはいつも以上に熱心に聞いていた。
彼が陸自を目指したのも、イラク派遣に影響したからだ。
自衛隊が戦争の影響で苦しむ人々を救いに行く、そんな思いが彼を陸自の道へと進ましたのだ。
「まあ、今の状況はイラクの時と比べれば穏やかなものかな・・・・たぶん」
3曹はひたすら武器を使う事態にならないように祈るのであった。
「え?」
2士が振り向く。
「彼らを見て見ろ。敵意の目では見ていない。不測の事態なんか起きないさ」
確かに、自分たちを見ている人々の雰囲気は、ほんの少し不安感は混じっているものの、どちらかというと好奇心が勝っているように思える。
彼らは知らない事であったが、事前にフレア王女が手をまわし、海賊から王女を救ったという噂を流していたのだった。
マルクと共に謁見の間を下がった板垣たちは待機地点に戻ろうとした時、板垣をマルクが呼び止め、控室へと案内された。
板垣と護衛の高沢だけだと、言うことで、幕僚たちは待機地点へと先に戻した。
板垣と高沢は控室に入ると、ここで待つよう言われた。板垣は腰掛け、高沢はその背後で休めの姿勢で待った。
マルクが退出してからしばらく経ったが、戻る気配はない。
「イタガキ提督。待たせて申し訳無い」
その時、マルクが出て行ったのと反対側のドアから、ノックもなしに男が飛び込んできた。その人物が誰なのかわかった時、板垣たちは驚いた。
目の前にいる者こそノインバス王国国王のリオ・クル・ノインバスである。
板垣は立ち上がり、国王に45度の敬礼をした。高沢も続く。
「改めて、よく来てくれた」
リオが入室すると、後ろからフレアも現れた。
「貴公とゆっくり話したいと思ってな」
リオはニヤリと笑って、板垣に座るよう促す。
リオとフレアの椅子は、マルクと待女らしき10代前後の少女が流れるようにさっと引く。実によい呼吸で様になっている。
リオとフレアが腰掛けると、さっそくリオが口を開いた。
「貴軍の力は娘から話を聞いた。一発の砲撃で海賊船を撃沈し、かなり長い距離を飛ぶそうだな」
「・・・・・・」
リオは笑みを浮かべて板垣を見た。
「食糧の補給、乗組員の上陸許可、港の開港、自由航行権、貴公等は本当にこれだけでよいのか?人目が気になるのならここで申せ」
リオは問う。
「はい、十分です」
「そうか」
リオは笑みを浮かべた。
「貴公等はこれからどうするのだ?」
リオは笑みを消し、真剣な表情で聞いた。
「・・・・・・」
板垣は目を伏せた。
ここが異世界だったら、どうするべきか、ずっと考えていた。自分たちの道は必然的に決まっている。
板垣は、ふと、笠谷の言葉を思い出した。
「我々の力を有効に使うべきです」と・・・・
「・・・陛下。不幸にも我々は本国との指揮系統を失いました。この世界において、最も危険な武力を持っています。これがどれほど危険な事かおわかりでしょう。しかし、我が艦隊の指揮権を他の誰にも譲る気はありません」
板垣は言葉の力をさらに込めた。
「司令官である。私が背負っていかなくてはならないのです」
「・・・・・・」
リオは黙ったまま聞いた。
「はっきりした事があります。民族虐殺と侵略戦争で、絶望にいる者たちを無視することは私には出来ない。それを守り、弱者たちを救うのであれば、国連軍として協力しようと考えております」
板垣の主張にリオは笑うこともなく、それを受け入れた。
国・・・・いや、世界が違えば考えも違う。そう解釈したようだ。
この世界の常識で、侵略戦争、民族、種族虐殺は当たり前である。
力だけがものを言う世界、強者が弱者を支配するのが摂理。
しかし、それに真っ向から異を唱える軍隊の出現、大国からの侵略に怯え、悩まされる諸国にとって、それは吉なのか凶なのか・・・
「イタガキ提督。今の言葉はまことか?」
リオは確認するように聞いた。
「はい」
板垣はうなずいた。
「では、合わせたい者がいる。しばし、待ってくれるか?」
板垣がうなずくと、リオはマルクに耳打ちし、侍従長は早足で部屋を退出した。
しばらく経つと、マルクに案内された一人の30代ぐらいの女性が現れた・・・・いや、人ではない。
板垣は女性の一点を見てそう思った。
長く伸びた金髪、青い目、長く尖った耳。耳を除けば、とてつもない美人である。
「司令官。彼女はエルフです」
高沢が耳打ちした。
「えるふ?」
「はい。ゲルマンや北欧神話に登場する妖精です。ファンタジーの世界では定番の種族です」
「なるほど」
板垣は高沢の説明にうなずいた。
「こちらの方々は?」
エルフの女性が尋ねる。
「紹介しよう。彼らはレギオン・クーパーだ」
リオは簡単に説明した。
エルフの女性は板垣に向き、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私ラペルリ連合王国女王アンネリと申します」
板垣は立ち上がり、45度の敬礼をした。
「陛下。合わせたい方というのは・・・・」
「彼女、アンネリ女王だ」
リオは板垣が腰掛けるのを待った。
板垣が腰掛けると、リオは試すような笑みを浮かべて口を開いた。
「アンネリ女王が治めるラペルリ王国は3ヶ月前にミレニアム帝国・・・旧パルティニア神聖国に侵略され、多くの民が苦しめられ、犠牲になっている。アンネリ女王はラペルリ連合王国に住むすべての民を代表して、助けを求めてきたのだ」
リオが言い終えると、アンネリは祈るように両手を合わせて懇願した。
「お願いです。私たちの国を助けてください!」
数日後。
板垣たちは艦隊に戻った。
ノインバス王国から観戦武官兼連絡要員、フレアを団長に、若い騎士とその従者たちが[やまと]に乗艦してきた。
若いとは言え、乗艦した騎士たちは名門貴族出身で、将来を約束された者ばかりだ。
なぜ、若者が選ばれたかと言うと、固定観念にとらわれずに、素直に新しい事を受け入れられるだろうからと言う訳だ。
板垣はデジタル迷彩服に灰色の救命胴衣を身につけ、灰色の鉄帽を被り、司令官席に腰掛け、通信マイクを手にしていた。通信は艦隊内に繋がっている。
「司令官より達する。謎の光が発生して以降、説明がつかない状況が多数起きた。それらを慎重に調査し、分析した結果、信じられない事ではあるが、我々はまったく別の世界に飛ばされた事が判明した」
各艦の乗組員たちは一斉に動揺した。
板垣は間をあけて次の本題に入った。
「我々は新任務遂行のため、本港を後にする。新たな作戦区はラペルリ連合王国周辺海域である。同国では、ミレニアム帝国軍からの侵略を受け、多くの民間人が虐殺されている。我々はこの事態に対して国連軍として武力介入し、同国国民の命を救う」
板垣は声に力を入れた。
「この作戦を行うにあたって総員に厳に告げる。我々は戦争に参加するのではない。これは侵略戦争と民族虐殺を許さない国連加盟国日本の自衛隊としての平和維持活動である。以上」
板垣の決断を聞いていた佐藤は眼鏡を外し、沈みゆく夕日を見ながら、覚悟を決めたように口を開いた。
「司令官のご決断に依存はありません。私は自分の任務を果たすだけです」
「この世界は我々の世界とは関係ない。我々の保有する兵器は薬物のように危険で危ない」
板垣は背後にいる笠谷には振り向かず、赤く染まった空を眺めながら、言った。
「司令官。私にも迷いはあります。しかし、このような状況下で他の選択があったでしょうか。司令官、私は司令官のご決断を支持します」
笠谷は覚悟を決めたように強い口調で言った。
板垣は振り返り、笠谷に言った。
「作戦会議を行う。幕僚と陸自の者を旗艦に集めろ。ラペルリ連合王国奪還に際し、最善と思われる案を導きだす」
「はっ!」
第6章を読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。