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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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平行世界 第5章 王都

みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 日が昇り、町に住む人たちが仕事に取り掛かろうとしている頃。

[やまと]等からそれぞれ作業艇が下ろされた。

 作業艇は桟橋に向かって走って行き、乗っている謁見団をパスメニア港に上陸させるのであった。

 謁見団は司令官の板垣、第1空母航空団幕僚長の岩澤、首席幕僚の佐藤、第2部長の笠谷、第1支援群長木澤、第1任務団副団長松来、その他幕僚、ファンタジー等に知識を持つ陸海空の幹部である。

 護衛の小隊は昨晩のうちに車輛と一緒に上陸し、町の広場に待機している。

 当然ながら謁見団たちは夏服の制服姿である。

 港では多くの群衆が野次馬のごとく集まっていた。停泊している艦隊を物珍しそうに眺めていた。

 彼らは皆不安げな表情を浮かべていた。

「ずいぶんと注目されているな・・・・」

 板垣はこちらに注目する群衆を見ながらつぶやいた。

「嘉永6年の黒船来航を再現したかのような騒ぎですね」

 笠谷が言った。

「黒船じゃなくて灰色の船ですよ」

 ファンタジーに強い3尉がのん気な口調で突っ込んだ。

 いったいどこからそんな余裕が出てくるんだと首を傾げる面々、板垣は心中で、若いな、とつぶやいた。

 空気が変わった事に気付いた3尉は左右に首を振って「え、なんです?なんです?」と周りに尋ねた。

 周りの者たちは大きくため息をついた。

「だが、嘉永6年の祖先たちもこんなふうだったのだろうな」

 板垣は苦笑した。

 彼らはペリーのように開国を迫りに来たのではない。あくまでもこの世界を知ることと艦隊と隊員たちの安全保障、そして今後の行動を決めるためだ。

「お待ちしておりました。イタガキ提督、参謀の方々」

 フレアが笑みを浮かべて出迎えた。

 彼女の背後にはクーモンズ、アーノルの姿があった。

「て、提督、ね・・・・」

 板垣は戸惑いの表情を浮かべた。

 軍ではない自衛隊に提督という呼称は存在しない。板垣は海将であり、軍であれば中将に相当する(正し、役職によっては大将に相当する場合もある)。だが、今まで提督と呼ばれたことがないから、やはり違和感がある。

 日本には軍人という身分は存在しない、だから提督は存在しない。

 参謀と呼ばれた笠谷と佐藤等も目を丸くしている。

 提督と同様に参謀の役職は自衛隊には存在しない。違和感があるのは幕僚たちも同じである。

 だが、戸惑っているのはフレアたちも同じだ。

 この世界の軍隊では、身分や階級を視覚的に理解させるため、軍装には明確な相違をつける。それがない事に違和感を覚えたのだ。

 広場に待機している兵士たちは全身まだら模様の緑やら茶色やら黒などの服と兜を身につけているだけで、一見しただけでは誰が隊長なのかわからない。

 肩や襟についている階級章の違いがわからない彼女たち異世界人には板垣たちの服装は同じに見えるのも仕方ないことだ。

「では王都までご案内いたします」

 フレアが言った。

「王都まで我らが護衛いたします」

 アーノルが右拳を左胸にあてる、この世界式の敬礼をした。

 板垣たちも挙手の敬礼で答礼した。

「よろしくお願いします」

 板垣以下の謁見団は陸自の輸送防護車に乗り込んだ。

 輸送防護車は自衛隊が海外で邦人の陸上輸送を可能にした際にオーストリアで開発された歩兵機動車[ブッシュマスター]を調達した。今回の派遣でも、邦人の輸送、救出や自衛隊の上級指揮官、幕僚の輸送のために装備している。

 フレアも馬車に乗り込み、一団の先導についた。

 アーノルたちも騎乗し、護衛位置についた。護衛部隊はアーノルの部下の騎士20名である。

 これに陸自の完全武装の一個小隊30名が加わる。

 彼らも車輛に乗り込む。

 久松は96式装輪装甲車(WAPC)の分隊長席で小隊無線のスイッチを入れた。

「小隊各員、もう一度任務の概要を説明する。我々は板垣海将以下幕僚や幹部たちを護衛する。出番がない事を祈りたいが、くれぐれも気を抜かないように、全周警戒を怠るな。弾薬を大量に携行しているから、管理には細心の注意を払え。それと武器の使用にも注意しろ。くれぐれも自己の判断で発砲しないように。よし、完全唱和!」

「基本に徹した安全確認、無くすな、壊すな、怪我するな、命を粗末にするな!」

 部下たちの叫び声が無線機から響く。

 自衛隊では、薬莢一つ紛失したり、支給品一つを壊したり、訓練中に事故しただけでも重大な問題になる武装集団だ。しかも、最近では海外派遣が復興支援から治安回復までに拡大した。このため、任務で無茶し、自殺する隊員や殉職者が増えた。この事態にかなり敏感になった。

 近年の軍事組織でも、戦死者が増えると国民の戦争意識がなくなり、反戦意識が高まる。ヨーロッパのある国では正規軍の中に外人部隊を創設し、危険な任務につかせる。国民兵が戦死すると、国民は反戦活動するが外人兵が戦死しても気にも止めない。

 だが、近年では融通が聞かない自国の軍隊よりもより安価で維持費が掛からない民間軍事企業(PMC)が力を拡大している。

 久松の無線に輸送防護車から無線が入った。

「板垣だ」

「は、はい!」

 久松は驚き、大きな声で返事をしてしまった。

「な、なんでしょう?」

 久松は尋ねる。

「久松小隊長。武器の使用規定だが、恐れることはない。自分が合法だと思えば恐れず発砲を許可すればいい。その責任は私がおう。君は部下を全員生還させることだけを考えろ。いいな?」

「はっ!ありがとうございます」

 久松は板垣の顔を思い出し、頭を下げた。

 何も起こりはしない、久松はそう願いながら分隊長ハッチを開けて顔を出した。

 武器を使う組織に属しているはずなのに、彼にとっては今の状況は現実ではなく夢のように思える。

(いざ、戦闘になった時、俺は人を撃てるのか・・・・?)

 彼が海外派遣される前にも、先輩や上官が派遣され、戦闘状態になった話を何度か聞いたことがある。しかし、先輩がたは、すぐには発砲することはできなかった、と述べた。

 久松が3尉に入官してから現在にいたるまで人を殺したことはない。射撃訓練なら数えきれないほどしたが、的と人は違う。

 誰に相談しても、決していい答えは見つからないだろう。

 いや、恐らく自分だけが思っている事ではないだろう部下たちもそうである。

 久松は初めてこの任務について小隊全員に説明した時の彼らの表情を思い出す。

 ほとんどの者が不安な表情を思い浮かべ、話を聞いていた。

(なんで、派遣部隊に志願してしまったのだろうな)

 久松は第1任務団が編成されるのにあたり、迷う事なく志願した。あの時、辞退していれば今頃は習志野で訓練に励んでいただろう。

 そしたら、護衛任務も他の隊がしただろう。

 だが、引き受けた以上は必ず成し遂げる。いつもそうしてきたように、今回もそうするのである。

 久松は後悔するのをやめ、決心した。

 護衛対象者と部下全員を無事に帰還させると。



 一方、[やまと]の通用甲板で心配した表情でパスメニア港を眺める松野の姿があった。

「心配?松野海士長」

 背後からの声に松野ははっとして振り返った。そこには3等空曹の階級章をつけた短髪の女性自衛官がいた。

 松野は踵を揃えて、海自式の挙手の敬礼をする。

 3曹も姿勢を正して、空自式の挙手の敬礼をする。

 海自の挙手の敬礼は陸自、空自とは異なり肘を張らない特徴がある。なぜかと言うと狭い艦内で肘をぶつけないようにするためだ。

 3曹は松野の左側に立ち、港町を眺めた。

「で、どうなの?」

 3曹の問いに松野は硬い笑顔を向けるだけだった。

 3曹はため息をし、心中で、これは相当ね、とつぶやいた。

「きっと大丈夫よ」

 3曹は笑顔で言った。

「はい」

 松野は硬い笑顔のまま、答えた。

 3曹は真顔になり、松野に顔を近付けた。

「それで、あの男のどこに惚れたの?」

「えっ!?」

 松野は小さく絶叫した。

 彼女の顔は真っ赤になり、魚のように口をパクパクした。

 こういう時の松野はとても幼く見える。

 3曹は心中でそれをおもしろがった。

「でも、自分の物にしたいなら、早くした方がいいわよ。ライバルもいるから」

「えええっ!?」

 松野はさらに顔を真っ赤にする。

 3曹は必死に笑うのを耐えているようだ。

「ら、ライバルって、どういうお方なのですか?」

「え?あ、ああ。01隊(第1001飛行隊)の北井(きたい)明里(あかり)3等空尉よ」

 松野は記憶をさぐった。

「あ!」

「知っているの?」

「は、はい。食堂で男性隊員たちが噂しているのを聞きましたから」

 松野はため息を吐いた。

 会ったことはないが、レベルの差は歴然だ。自分の階級は士長で海曹候補生だ。それに対し相手は幹部でかなりの美人であると聞いたことがある。

 3曹は優しく松野の肩に手を置いて囁いた。

「落ち込む事はないわ。貴女だってかわいいんだから、負けた訳ではないわ。きっと大丈夫よ」

「・・・・・」

 松野は何も答えない。

(かわいいじゃなくて綺麗って言って欲しかった・・・・・)

 松野は少し傷ついたが、3曹には笑顔を向けた。



 アーノルを先導にした一団は街道を進み、一路王都バラーを目指していた。

 彼が後ろに振り向き、奇妙な乗り物を見た。

 鉄でできたそれは、馬や牛等に引かれることもなく自力で走行している。

 模様から察するに森や草原に溶け込むようになっているのだろう。しかし、いかに乗り物を強化しても、最後に必要なるのは歩兵だ。歩兵1人1人の剣術、槍術などのレベルが勝敗を決める。

 なのに、彼らは剣や槍などを持っておらず、鉄で出来た杖のような物を持っているだけだ。

(そもそも、なぜ、軍と言わず、ジエイタイと名乗っているのだ)

 アーノルは一番の疑問を思い浮かべた。

 だが、すぐにその疑問を振り払った。わからない事を考えても何も思い浮かぶはずはない。

 アーノルは鉄の乗り物を観察した。

 当初は気を使って馬の走る速度を普通よりちょっと遅い速度で走らせたアーノルだったが、鉄の乗り物にその必要がないと判断し、本気で馬を飛ばした。

 鉄の乗り物も馬に合わせて速度を上げて、従った。だが、その信じられない加速にアーノルと部下たちは目を丸くした。

「あの乗り物って疲れないんですか?」

 若い騎士が後ろを見ながら同僚に聞く。

「わからん、あいつらに聞け」

 同僚はちらっと鉄の乗り物を見て、答えた。

「連中って本当に軍人なの?まったく軍人には見えないんだけど?」

 女性騎士が言った。

「それもわからん」

 騎士が答える。

 アーノルはまた振り向き、鉄の乗り物を見た。何度見ても奇妙な乗り物だと思う。



 数日後、王都バラーに到着し、一団は速度を緩めた。

 パスメニア港の港町とは比べものにならない程に巨大な城塞と都市である。

 正門から入ると、一直線に向かって延びている目抜き通りの広さと立派さに、板垣たちは顔を見合わせた。

 当然であるが、人目につくのは言うまでもない。

 見慣れない馬車が来たということで、通りにはいつのまにか群衆が集まった。

 群衆の視線をかいくぐりながら一団は城門に到着する。

 アーノルたちは騎乗のまま城門をくぐると、そこで馬を下りた。

 馬の世話を担当しているのだろう若者たちが、さっと駆け寄り、それぞれの馬を引いていく。

 板垣たちもアーノルたちが馬を下りたところで装甲車輛から降りた。

 護衛小隊の隊員たちも分乗している車輛から下車し、車輛と謁見団を囲むように配置についた。

「イタガキ提督。大変ご無理をさせてしまい、恐縮です。これから謁見の間にご案内いたしますのでしばらくの間おくつろぎください」

 フレアは板垣たちにそう告げると、アーノル、クーモンズを引き連れ、一際大きい建物に消えていった。

 恐らくこれが王城だろう。



 久松は案内人が来る前にWAPCの横で簡単なミーティングをしていた。

 集まっているのは、小隊の各班長と小隊付陸曹の大賀である。

「1班は謁見団の護衛。2班と3班はここに残って車輛の防護と緊急対応に備えてくれ」

 大賀と各班長はうなずいた。

「何か質問は?」

「「「なし」」」

 4人の声が重なる。

 型通りのミーティングのやりとりであるが、今回は今までのような空気ではなかった。

 全員が緊張感で引きつった表情をしている。

「板垣司令官と松来副団長とも話したが、武器の安全装置は外しておくように、だが、誤射には十分注意するようにな。何か不審な事があったらすぐに連絡してくれ。車輛はいつでも動かせるようにしとけ。無線もつねに開けておくように」

「了解しました」

「じゃあ、ここの指揮は頼んだよ。大賀2曹」

「お任せください。小隊長も気をつけて」

 大賀は心配した眼差しで言った。

 彼は屈強な身体で、30を過ぎたくらいなのだが、実年齢よりも少し老けたように見える。そのため、彼を慕う陸士からはオヤジさんと呼ばれている。

 そんな外見通り、彼の胸には陸自の中で最強を示すレンジャー徽章が輝いている。

 別に自衛隊に限った事ではないが、経験の少ない新米幹部より、叩き上げで経験の豊富な曹の方が隊への影響力は強い。しかし、彼は率先して久松を補佐してくれた。

八島(やしま)3曹。隊長のことは頼むぞ」

 大賀は自分より5歳年上の1班長の肩を叩いた。

「はっ!お任せください」

「じゃあ、1班は集合。2班、3班は車輛周辺の警戒。かかれ」

「かかります!」

 久松は振り返り、板垣のもとへ向かった。



 板垣たちは15分ぐらい待つと、王城からいかにも待従らしき中年の男がこちらに歩み寄って来た。

「遠路はるばる、ご来訪に感謝いたします。私は待従長のマルクと申します。準備が整いましたので、ご案内いたします」

 マルクの案内で板垣たちは城内へと入っていた。

 城内に入ると、板垣たちは感嘆な声を上げた。

 西洋の城を思わせる王城は恐ろしく綺麗で明るかった。

「城は初めてですか?」

 マルクは歩きながら振り返り、尋ねた。

「・・・そうですね。こういう城は初めてです」

 板垣は答えてから、後ろに振り向いた。

 1人残らず皆が感嘆していた。

 それもそうだろう。日本では城と言えば、皇居、大阪城、名古屋城と言った木造建築の城だ。

 石造りの城等は日本人には馴染みがない。

 しばらく進むと、荘厳な扉の前でマルクは立ち止まり、振り返った。

「ここから先が謁見の間です」

 板垣はマルクにうなずくと、彼は扉の方に振り向いた。

「お客人である。開門!」

「御意」

 扉の横に控えていた屈強な男たちが答え、扉が大きく開かれた。


 第5章を読んでいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回もよろしくお願いします。

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