平行世界 第4章 ノインバス王国
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[やまと]の司令官室で板垣は首席幕僚の佐藤と第2部長の笠谷が顔を揃えていた。
板垣は机の上に置かれている写真を見ていた。
パスメニア港に錨を下ろしてから、フレア王女に許可をもらって、RF-18Jを発艦させ、ノインバス王国の都市や軍事施設の撮影を行った。
並べられている写真はRF-18Jが撮影した航空写真だけではなく、ノインバス王国からの使者が乗って来た巨鳥の写真もある。
使者はフレアを経由せず、直接[やまと]に降り立ったため、非番の隊員たちが私物の携帯、スマホ、デジカメ等で撮影したのだ。
その写真を現像してもらい。司令官室に提出してもらったのだ。
中には巨鳥とのツーショット写真までもあった。
この余裕はどこから出てくるのだろう、と板垣は思った。
「見てください。城塞は中世ぐらいの構造です。町の様子は中世のヨーロッパとアジアが交ざりあった町並ですね」
佐藤は航空写真を見ながら、つぶやいた。
笠谷はここが本当に異世界である事を確信したかのような表情をして、写真を見ていた。
ここが異世界である、という事は初級幹部以下の自衛官にはまだ何も知らせていない。しかし、ほとんど者は気付き始めている。いつまでも、黙っていることはできない。
板垣も写真を見ながら唸っていた。
「佐藤2佐、笠谷2佐はどうやらこういうSFかファンタジーのようなものに詳しいようだが」
「え、ええ、まあ、司令官よりかは多分知っております」
佐藤は眼鏡を持ち上げて答えた。
「私はSFでしたらそれなりに強いと思いますが、ファンタジー系統は怪しいところです」
笠谷も答えた。
「私を基準にされても困るが・・・・・・どうなんだ。このような場合に我々がたどりうる運命というのは、その手の話の場合」
「どうと言われましても」
佐藤は笠谷と顔を見合わせた。
漫画や小説の話であれば作者がどうしたいかにかかっているに決まっている、と何も起きていないならそう答えるだろう。だが、今は状況が異なる。
「正直に言ってわかりません。これが映画の話であればハッピーエンドでしょうが今起きていることは紛れもなく現実です」
「ううん」
笠谷の言葉に板垣は腕を組んだ。
「漫画や小説の話では、いくつかのパターンがあります。代表的な作品の場合、我々はなんらかの目的でこの世界に召喚された。その目的を果たせば元の世界に戻れるかもしれません」
「かも?」
「はい、戻れない可能性もあるんです。召喚することはできるが戻す術はないということもあります」
「無責任な話だな」
佐藤の説明に板垣は苦虫を噛み潰したような表情でぼやいた。
その時、司令官室のドアからノック音がした。
「艦長入ります」
「入れ」
板垣が許可すると、立吉と副長の城嶋の2人が入室した。
2人の両腕には大きな袋が2つずつあった。
「なんだそれは?」
板垣の問いに立吉は苦笑を浮かべた。
「隊員の私物の中に異世界ものがないかって聞いてまわったのは、司令官でしょう。まとめて持ってきました」
と言いながら、立吉は机のあいたスペースに袋を置いた。
板垣たちはその袋の中にある大量の書物を手に取った。
「そうか、それはご苦労・・・・・だが、なぜ自衛隊が登場する異世界の小説や漫画まで混じっているんだ?」
板垣は持ち込まれた本を手に眉をひそめる。
「これなんか、自衛隊が戦国時代にタイムスリップする話ですよ」
佐藤が首を振りながら言った。
「これにいたっては日本と異世界の国で門が繋がる話ですよ」
笠谷も関係ないだろう、と言いたげな表情でつぶやいた。
種類はたくさんあるのだが、内容はあまり参考になる物はない。自衛隊だの、少年少女が異世界に召喚されるだの、である。
「目の前に巨鳥が降りてきて、異世界の資料を集めろって言われたら、こういう物を読んでいる隊員はこういう事態かと期待する者もいます」
立吉は苦笑しながら言った。
板垣はさらに眉をひそめて顔を上げた。
「覚悟ならともかく、期待というのはどうなのかね」
と言いつつ、板垣もその中身をぱらぱらとめくる。
「期待する隊員もいれば不安になっている隊員もいます。いつまでも沈黙しているのは乗組員に対して不安を高めるだけです」
「艦長。君の言いたい事はわかっている。だが、今起きていることを乗員に話すのはまだ早いノインバス王国の国王に謁見し、この世界が我々の世界ではないことを確認した上で隊員に話す。そして、我々がこの世界でどうするかもその日に決める」
板垣は自分に言い聞かせるように言った。
「司令官。この世界が異世界であることが判明したら、我々はどのように行動をするのですか?」
笠谷が板垣に尋ねた。
「第2部長。君はどう思っているんだね?」
板垣に聞き返されて少し困惑した笠谷は、自分の心に置いてあった答えを出した。
「我々は自衛官であり国連軍です。建前上は、しかし、侵略戦争や民族虐殺を許さない現代人として我々の力を有効に使うべきかもしれません」
室内は水を打ったように静まり返った。
幕僚を含めた幹部たちが心の中に秘めていることだ。ここが異世界だったら自分たちがするべきこと、我々の立ち位置は、なんだろうか。
「ところで」
沈黙を破ったのは艦長だった。
「この世界の暦を調べたところ、1年が400日で今日は我々の世界で言う木曜日だそうです」
「それで」
「明日はカレーに変えるよう指示しときましょうか?」
城嶋が言った。
「「「・・・・・・」」」
3人は凍りついたように黙り込んだ。
そして、5人は一斉に笑い出した。
「もし、ここが異世界であれば、こちらの世界の暦は使わず、我々の暦でいこう。乗組員たちが日本の暦を忘れないようにな」
板垣は笑いながら、言った。
板垣は幕僚と艦長、副長が退出した後、執務椅子に腰掛けると、引出しを開けた。
引出しから一枚の写真を取り出した。
次女が大学の入学式で撮った家族写真である。自分を含め、家族全員が満面の笑みで写っている。
板垣の左側にいる長女は海自の純白の制服(2等海尉)を着ている。
「どうしたことか・・・・・・・」
板垣は写真を見ながら弱音を吐いた。
「・・・・異世界に飛ばされるか。そんな事を信じろというのか」
板垣は笠谷と佐藤の仮説を思い出していた。2人の推理の後、彼は詳しい調査をして、わかるまではこの一件を保留するよう指示した。自分なりに整理がつくまで待ってほしいと部下たちに頼んだのだ。
整理ができたら、その仮説を信じ、それを部下たちに伝えるからそれまで他言無用にした。
笠谷も佐藤も何も言わず、ただ、わかりました、と言った。おそらく、異世界に飛ばされたという奇想天外なことに苦悩する上官に配慮してくれたのであろう。
しかし、ほとんどの隊員が、ここが異世界、であることに気付き始めている。自分だけが曖昧にしているのだ。
異世界に連れて来られたのは事実であり、それを覆すことはできない。
それを認めなければ我々は前に進むことはできない。
「兄貴なら、信じるか・・・・・?」
板垣は天を仰ぎながら、兄であり、現防衛大臣である玄雄に問うた。だが、ここにはいないので答えが返ってくる訳がない。
「俺も年だな・・・・」
デジタル作業服を着た笠谷は艦橋横のウィングで星空を眺めていた。
(星は我々の世界と同じく輝いているな・・・・)
その夜風にのって潮の香がただよう。
「コーヒーをお持ちしました」
艦橋にコーヒーを運んでくる女性自衛官松野が2つのコーヒーカップを持って現れた。
笠谷は彼女に振り返り「ありがとう」と礼を言ってカップを受け取った。
「は、はい」
松野は嬉しそうに明るい表情をした。
「海士長も飲むといい」
「え?あ、あのう」
「だから2つ頼んだんだ」
松野が驚いているところを面白おかしく見ながら笠谷はコーヒーをすする。
「は、はい、いただきます」
松野は耳朶まで赤くしてコーヒーカップを持った。
ウィングで空自のデジタル作業服と海自のデジタル迷彩服を着た2人の自衛官の光景は少し前の自衛隊では考えられなかった。
松野は少女の面影があるから、動揺しているところを見ているとさらに幼く見えるのだ。
笠谷はそんな彼女を見ながら笑みを浮かべながらコーヒーを楽しんだ。
松野はうつむいたまま、コーヒーをゆっくりすする。
「松野海士長」
「は、はい!」
松野ははにかみながら答えた。
そんな彼女を艦橋から見守っている当直士官(女性)は「頑張って」という応援のオーラを出していた。
もちろん、当の本人はまったく気付いていない。というよりかなり緊張している。
「・・・・・・・」
松野は耳朶まで赤く染まっているのをさらに染めた。
「あ・・・・・・え~と、その」
「?」
落ち着かない彼女を不思議に思い、顔を向けた。
松野は、ぼん、という音が出たように真っ赤になった。
「か、彼女とかいます?」
松野の言葉に当直士官が、唐突に何を聞いている!と叫んだ。もちろん、心の中である。
突然の質問に笠谷は唖然となった。
松野は、はっとなった。
「恋人はいない」
笠谷は穏やかに言った。
「そう、ですか」
「そんなに緊張することはない。深呼吸して肩の力をゆっくり抜けば楽になる」
松野は言われた通りに深呼吸して、少し緊張がほぐれたようだ。
「少しは楽になったか?」
「はい」
笠谷は港を見た。
コーヒーをすすりながら港町を一望した。
自分と佐藤の仮設が本当であることをあらためて実感した。
「2佐。お聞きしたいことがあります」
松野が躊躇った表情で尋ねた。
「なんだ?今の状況下で答えられないこともあるが」
「私たちはどうなったんですが?食堂ではいろんな噂が流れていますけど」
「その質問にかんしてはまだ答えられない。それを答えるために、明日、司令官以下我々が上陸する」
「・・・・そうですか」
松野はうつむき、何か言いおうとしているが、なかなか聞き取れない。
「・・・・・ください」
「ん?すまないがもう一回言ってくれ」
「気をつけて行ってください」
松野は小声で言った。
「安心しろ、司令官以下全員護身用に拳銃を携行するうえに陸自から一個小隊が護衛する。不測の事態にも備えているから、心配することはない」
笠谷は微笑みながら言った。
彼は再び港町を一望した。
現代の日本の町とは違う明るさがある。月明かりによりまったく違う夜の町の光景がそこにある。
都会育ちである笠谷は、電気のない町がこれほど綺麗とは思わなかった。
現代の町の景色を見ても何も感じられなかったが、本物の中世の町の光景は何か違うような気がした。
(こんな状況でなかったら最高なんだがな)
笠谷は心中でつぶやく。
上官である板垣は異世界に飛ばされた件を保留にしている。確かに普通の人であれば誰もがするだろう。正直言って笠谷自身もここが異世界である事を信じられない。だが、信じざるお得ない。
だが、笠谷は不安である。我々は大量の兵器を所有している。いずれにせよ、この世界で生存権を得るために選択を迫られる。
笠谷がそんな事を考えていると、ふと思い出した事があった。
彼女に顔を向けると、相変わらず耳朶まで真っ赤である。
「そう言えば、異世界についての書物の中に君の物がいくつかあったな」
すると、松野は何かが吹っ切れたように口を開いた。
「は、はい。私、小さい頃からファンタジー物が大好きなんです。今回の派遣でいっぱい持ち込みました。まさか、それが役立つなんて思っていませんでした」
松野はさっきまでの緊張はどこにいったのやら、と言わんばかりの声で言った。
彼女の話は5分ほど続き、笠谷は苦笑するしかない。
松野が我に返った時には、うつむいてしまった。
その後、2人は何も話さずコーヒーを飲み干し、それぞれの部屋に戻った。
だが、松野はベッドに潜り込んでも胸がドキドキしてなかなか寝付けなかったそうだ。
上陸前に佐藤と島村は板垣からやっかいな仕事を押しつけられた。
「俺では、我々に起きた不可解な現象を説明できるかわからない。頭も柔らかい方ではない。もちろん、首席幕僚と第2部長には同行してもらうが、それとは別に士官の中で異世界等の知識があって若くて頭が柔らかい者と私専属の警護者を選抜してくれ、時代はわからないが中世以下だと将クラスには護衛がつくと記憶している。だからいかにも護衛らしい雰囲気の隊員を1人、もちろん士官で頼む」
面倒な条件だが、二人はしぶしぶ名簿から該当する幹部を選び出した。
[やまと]航海士の新米3尉がファンタジー世界についてオタクと言っていい程詳しいそうだ。
歳も23歳と若く、十分に条件を満たしている。
さっそく彼を幕僚室に呼び出し、謁見団に加わるよう言った。
航海士は何かを期待したかのような眼差しで応じた。
1人は決まった。もう1人の方も当てはある。
佐藤は海士にその男を呼んでくるよう指示した。
しばらくしてから、警務隊(MP)の腕章をつけた中肉中背の佐藤に劣らない童顔の青年が幕僚室に入って来た。しかし、警務官(MP)らしく目つきは鋭い。
自衛官というより、刑事の雰囲気がかなり強く感じられるのは警務官(MP)だからではない。
佐藤と島村の背中に冷たい汗が流れる程の威圧感だ。
彼は海上自衛隊警務隊の高沢直弥3尉である。
高沢は実は元刑事なのである。
高校を卒業後すぐに警察官になり、4年ほどで刑事になったエリートであるが、ある事件がきっかけで友人が殉職し、犯人を射殺してしまったため、その責任をとり辞職したのである。
その後、25歳で海上自衛隊幹部候補生に採用され、3尉に入官後、警務隊(MP)になった。
佐藤は高沢に任務の概要を説明した。
「なぜ、私が?」
説明を聞き終えた高沢は当然のように尋ねた。
「貴官が一番の適任だからだ」
本人は褒められたとは解釈しなかったようだが、命令には逆らわなかった。
佐藤が彼を選んだのは、彼が元警察の人間だからではない。笠谷同様に興味や勉強の対象が幅広く、いろいろな知識をたくわえている。
板垣の良き護衛、良きサポートになってくれるだろうと、佐藤は思った。
第4章を読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字にご了承ください。
次回のは7月13日までに投稿いたします。
よろしくお願いします。