平行世界 第3章 漂流
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
フレアたちが使節船に戻ってから、その日の夜。
[やまと]の幕僚室には、板垣と幕僚以外に、艦隊に所属する各隊司令、各艦の艦長、陸自の指揮官とその幕僚が詰めていた。
「謎の光、日本との交信不能、衛星位置観測システム(GPS)を含めたあらゆる現在位置測定装置の受信不能、加えて帆船の出現と聞いたこともない国名。我々に理解しがたいことが発生しました」
艦隊幕僚長の島村がこれまで起きたことを説明した。
幕僚室内は水を打ったように静まり返った。
「どう見ても映画の撮影なんかじゃない。我々に起きたことはすべて現実に起きたんだ」
[あさひ]艦長の稲垣が断言した。
「稲垣艦長。では、あの海賊船は現実なのですか?」
第2輸送隊司令の1等海佐が信じられないという表情で尋ねた。
「現実でなければ船を撃沈することなどできない。幽霊船なら砲弾を命中させても沈めることはできないだろう」
第9護衛隊司令の秋笠秀行1等海佐は眼鏡を持ち上げながら、冷静に言った。
「確かに」
史上最年少で大型護衛艦の指揮官になった、ヘリ搭載護衛艦[ふそう]艦長の高上直良1等海佐が静かに言った。
島村も口を開いた。
「私も司令官と共に帆船から来た者たちと実際に面会している。彼女たちも幽霊もしくはそれに類するものには見えなかった」
再び室内は静まり返った。
まったく訳がわからない。
室内にいる者たちは全員困惑した表情をしていた。
ある者は天を仰ぎ、またある者は出された緑茶を持ったままじっとしている者と人指し指を机の上でトントンとしている者に別れた。
だが、一部の幕僚たちは何か心当たりがあるのか落ち着いた表情をしていた。
「何か、わかったことでもあるのか?」
板垣はその中でもっとも落ち着いた表情をしている佐藤に顔を向けて、尋ねた。
「はい」と佐藤は板垣と視線を合わせた。
彼の声で幕僚室に詰めていた一同の視線が集中した。
佐藤は緑茶をすすり、一息ついてから咳払いをした。
「まず、幕僚室に現れた翼の生えた女性によって引き起こされたであろう異常事態のため、我々は現在位置を見失い。あらゆる周波数帯がダウンしました。日本との・・・・いえ、世界中の国との通信手段を失いました」
佐藤は一同を見回した。
「異常事態がおさまってから、水上レーダーが帆船群を捕らえました。一方がノインバス国籍の船、もう一方が海賊船です。1つここで冷静に考えて帆船なんて現代世界には存在しませんよ。まあ、歴史研究や観光目的にはありますが、今どき海賊が帆船なんて使いませんよ」
佐藤は再び緑茶をすする。
「各艦長にお尋ねします。今もなんの電波も傍受できていませんね?」
佐藤の問いに艦長たちはうなずいた。
「故障ではありませんね?」
「何度も点検させたが、どこにも異常は見つからなかった」
「神谷陸将。陸自の車輛にもGPSを搭載した車輛がありますね?」
「ああ」
迷彩服を着ているわりに、いまいち迫力にかける、温厚な大学教授の雰囲気がそれを強調している。しかし、彼の階級は陸将という高い地位にいることを示す。
名は神谷篤。陸上自衛隊第1任務団団長である。
「受信はできておりませんね?」
「こちらも、何度も受信させたが、まったく受信できなかった」
神谷は肯定した。
「そんなこと、現代ではありえないことです」
佐藤が断言した。
それは、この場にいる者たちが感じている疑問だった。
電波妨害されている訳でもないのに、民間のラジオ電波や衛星通信までもがダウンすることなど絶対にありえない。
ありえないことが起きている。予想もしない事態なので、原因がまったくわからない。
自然以外の電波が消失している。
それはまるで、世界そのものが失われたような現象だった。
何人かが佐藤の言っていることの意味を測りかねて、隣にいる者と顔を見合わせた。
佐藤は気にせず、続けた。
「量子力学の多次元解釈というものをご存じですか?」
「いや、・・・・・なんだねそれは?」
板垣は聞き慣れない言葉に少し驚いた様子で答えた。
「量子力学では、世界は1つだけではないという事を主張しています」
「世界?」
「そうです。我々が住む世界には多数の平行世界が存在し、平行しているがゆえにお互いが干渉せず、我々には知覚することができませんし、存在することを知る術も持ちません」
佐藤の説明に全員が耳を傾けていた。
「ですが、何らかの方法もしくは空間のゆがみで、別の世界に繋がってしまい。そこにある物が別の世界に飛ばされる事もあります。私たちで言う、神隠し、が、1つの例ですね。今回はおそらく人為的なものでしょう」
佐藤はそこまで言って、眼鏡を持ち上げた。
「あの、翼を持った女性が何らかの方法でもといた世界から別の世界に引きずり込んだのです」
「つまり我々は別の世界、平行世界に飛ばされたと、いうことかね?」
板垣の問いに、佐藤は即答した。
「そうです」
「馬鹿馬鹿しい!」
声を上げたのは神谷の右腕である副団長の松来清治1等陸佐である。
「こんな馬鹿な話は聞いちゃおれんよ。佐藤2佐、こう言っちゃなんだが、貴方は頭がおかしい。まともに話を聞いた私も馬鹿だったよ」
松来が吐き捨てるように言った。他の幕僚や艦長たちもうなずいた。
「待ってください。それではあの帆船の事と本国との通信ができない事をどう説明するのですか?」
笠谷が言った。
板垣の右腕が佐藤なら、笠谷は左腕である。空母航空団で行われるすべての航空作戦を立案する者として、笠谷はつねに現実的思考をするように心掛けている興味や勉強の対象が広く、広く浅いもろもろの知識をたくわえている。もともと理工系の人間だ。
「私もノインバス王国の人と話しましたが、彼女たちも我々の存在に驚いていました。いずれにせよ、この世界のことを調べる必要がありましょうが、ここが私たちのいた世界にしては説明がつかない事がありすぎます・・・・・・佐藤2佐が主張するように、我々が異世界に飛ばされたんです」
「そんな馬鹿なことが!」
松来がわめいた。
「異世界に通じているトンネルをくぐってきたということかね?」
島村が問う。
「その可能性は高いでしょう。佐藤2佐が説明した仮説とは別な仮説ですが、素粒子物理の世界で別な宇宙に飛ぶワープの技術も仮定されているのですから」
また訳のわからん仮説が出た、と板垣は眉をひそめた。
「確かにな」
神谷は重い口調で言った。
「団長」
松来が叫ぶ。
「ここが異世界ならすべてのつじつまが合う。衛星通信はおろか、ラジオ放送すら受信できないのだ。それどころか隊員の私物であるパソコンや端末機のネットまでも何も電波を受信できないのだ」
「・・・・・・」
「もう1つここが異世界である証拠があります」
笠谷が言う。
「なんだ?」
板垣が問う。
「我々の世界では地球の衛星は月1つですね?」
笠谷が一同を見回した。
「それがどうした?」
秋笠が答えた。
「今夜は2つです」
「「「!」」」
笠谷の言葉に全員が愕然とした。
中には立ち上がった者すらいた。
幕僚の1人が艦内電話に飛びつき、CICに連絡した。
艦外カメラで月を撮影し、幕僚室の液晶テレビに撮影した画像が映し出された。
そして、
「月が2つ!」
誰かが言った。
「これで、おわかりいただけたでしょう。この世界が我々の知る世界ではないことを、我々は異世界へと漂流したのです」
笠谷の主張に誰も反論しない。
「司令官。ご指示を」
島村はこの場にいる者の中で最も最上位の男に指示を仰いだ。
全員の視線が板垣に集中する。
「この世界を詳しく調査する必要がある。私の責任でフレア王女の申し出通り、ノインバス王国に向かう」
板垣の決断に誰も異義を唱える者はいない。
翌日。
[やまと]の信号員が使節船に手旗信号で、ノインバス王国に向かうことを伝えた。
返信はすぐに来た。我に続け、である。
使節船を先導に、第1統合任務艦隊は速力を使節船に合わせて、航行した。
近代艦ではない帆船はスクリューがなく風とオール頼みである。
そのため護衛艦並の速度を出すのは難しいだろう。しかし、この世界は魔法が存在するため、帆船の速度は一定である。
使節船に案内されて、3日目、レーダーが広大な島を探知した。
島影を目視できるくらいになって、使節船から手旗信号があった。
まもなく、ノインバス王国パスメニア港に到着する、であった。
使節船が港に到着すると、フレアは側近に早馬を使い王にこれまでの詳細を報告するよう命じた。
フレアはこの港町を治める町長に面会し、二ホンという国から来た艦隊の入港とその乗組員たちを賓客待遇で迎えるよう指示した。
町長は訝しげな表情で応じたが、王女の命令でもあったから何も言わず彼らを受け入れることを承諾した。
それが終わると、フレアは港に足を運んだ。
港は蜂の巣を突いた騒ぎになっていた。
見慣れない巨大な軍艦が現れたという噂を聞き、商人、町民、兵士が港におしよせた。
群衆の中には、フレアの存在に気付き、道をあけたり、膝をつき、頭を下げる者がいた。
フレアは改めて、灰色の艦隊を見た。
(大きい)
思い浮かんだ言葉がそれだった。
他にも言葉を考えたが、何も思い浮かばなかった。
だが1つだけ疑問が浮かんだ。
これだけ巨大な船を、それも鉄で出来た船をこの世界の造船技術で建造することができるのだろうか。
この3日間、ずっとその事を考えていたのだ。
この世界で最もでかい船は交易船だが、この艦隊は1番小さい船でも3倍以上はある。
艦隊の旗艦である艦はそのまた倍以上はある。
(・・・・・レギオン・クーパー)
フレアの脳裏にその単語が過ぎった。
神話の世界、古代文明の文献や様々な書物に登場する異界より現れし軍勢を指している。
王城の会議室は騒然となっていた。
早馬に乗った伝令からの報告に国王を含めた大臣たちは驚愕した。
「カイジョウジエイタイと名乗る艦隊がパスメニア港に入港しただと!」
「得体の知れない者たちを陛下に謁見させるなど言語道断だ!」
大臣たちの主張はまとまる気配がない。
「姫様の決定とは言え、訳のわからない軍隊を受け入れるなんて」
「事故ということで沈めてはいかがでしょうか?最寄りの軍港には正規艦隊や哨戒艦が揃っています」
「それを判断するのは彼らの話を聞いてからで、いいだろう」
1人の男の言葉に、大臣たちは静まり返った。
40代そこそこの男は青い瞳に薄い金髪、がっちりとした体格を見れば将軍を思わせる。彼こそがノインバス王国の国王リオ・クル・ノインバスである。
「陛下・・・・」
「パスメニア港に入港した。その、二ホンという軍勢の将にここに来るよう使者を出せ、その者たちへの対応はそれから考えればいいだろう」
王の決断に大臣たちは頭を下げた。
翌日、王の命令で使者は巨鳥に乗り、パスメニア港に向かって飛翔した。
輸送艦[しれとこ]の艦内で迷彩服を着た二人の陸自隊員が歩いていた。
2人の階級を見れば幹部自衛官であることがわかる。
1人は3等陸佐、もう1人は2等陸尉である。
2尉の彼は久松である。
久松は上官である中隊長の背中を追いかけながら、考え込んだ。
突然中隊長に「団長が呼んでいる。一緒に来い」と言われた。何を聞いても、行けばわかる、と言われるだけだ。
(オレェ、なんかしでかしたのかな)
久松は不安になるが、思い当たるものがない。
部下が何かしでかしたのか、と思った。
しかし、結局何も思い浮かばなかった。
自分の知らないところで部下が問題を起こしたのか不安になった。
そう言った事を考えていたら、団長室についた。
中隊長は団長室のドアをノックして、入室した。
2人は団長の前に立つと姿勢を正して10度の敬礼をした。
自衛隊では脱帽時は挙手の敬礼ではなく、10度の礼なのだ。
神谷は腰掛けたまま答礼する。
室内には副団長の松来と幕僚長の小川1等陸佐、さらに輸送艦[くにさき]に乗艦している第1支援群長である木澤美代1等陸佐がいた。
「楽にしたまえ」
神谷は穏やかに言った。
2人は不動の姿勢から休めの姿勢をした。
「中隊長。彼がそうかね?」
「はっ!」
「ずいぶんと若いな」
神谷は率直に感想を言った。
だが、すぐに真剣な表情になった。
「前にいた隊は?」
「第1空挺団です」
久松は即答した。
神谷は書類におとしていた視線を上げた。
「海外派遣の経験は?」
「今回が初めてです」
久松が神谷と視線を合わせる。
神谷の事は噂程度しか知らないが、こうして見ると本当に自衛官?と首を傾げる。
しかし、彼が自衛官である事は紛れない事実であり、陸自の第1任務団の指揮官である。
防衛大学、幹部候補生学校、施設隊、幹部レンジャー課程、イラク復興支援群、ヨーロッパ諸国への防衛駐在官、指揮幕僚課程、高級指揮官課程を得て、現在にいたる。
(こうして見ると本当に影薄いな・・・・)
と、久松が考えていると、噴き出しそうになったので、必死に堪えた。
「久松2尉。質問させてもらうがいいかな?」
「はい」
「護衛任務中に護衛対象者に危機が迫った時、君はどうする?」
久松は少し考えてから模範解答を述べた。
「その状況が交戦規程(ROE)で認められているのであれば、護衛対象者の危機を排除するため、殺傷射撃を行います」
「なるほど」
神谷はにやりと笑い、松来に顔を向けて、うなずいた。
松来もうなずき返すと、資料を持って久松に渡した。
久松は慌てて資料を受け取り、素早く目を通した。
小隊が使用する車輛と携帯する銃火器と予備弾薬を見て驚いた。
大量の弾薬、火器があったからだ。
「こ、これはどういう事ですか?」
久松は思わず神谷たちに尋ねた。
これほどの大量の弾薬と無反動砲、対戦車火器を装備することは、彼が経験したこともないものだ。
「実戦出動だからよ」
木澤が当然のように答えた。
「空挺の人間なら、このぐらいはわかるでしょう」
「実戦?」
久松は言葉の意味がわからなかった。なぜなら任務地であるバルカン半島まではまだまだのはず、だからだ。
「久松2尉」
神谷は彼に任務を命じた。
「明日0800(まるはちまるまる)、板垣海将以下謁見団を艦隊に帰還させるまで護衛せよ」
「謁見?護衛?」
久松は目を白黒させていた。
神谷は、そんな彼を見てため息をした。
「君には話しておこう」
神谷は咳払いをして、説明した。
第3章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があると思いますが、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。