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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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救出 第6章 皮肉な作戦名

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 

「ちょっとまたんかい!!」

 特に意味はないのだが、思わずそう突っ込まずにはいられなかった。

 陸自の独断の決定により、作戦を考えなくてはならなくなった佐藤は与えられた部屋で書類を見て驚いていた。

「まさか、こんな島名とはねぇ、こういう偶然もあるんだな。しかも、地形までほぼ一緒とは」

 佐藤が驚くのも無理はない。救出作戦を行う島の名はキスカ。自衛隊員たちの世界でも存在する島と同じ名前だ。

 面積はわからないが島の地形は元の世界のキスカとほぼ同じである。

「しかし、異世界とは言え、日米共同でキスカ島の島民を救出するとは、皮肉だな・・・」

 佐藤は苦笑した。

 元の世界にあるキスカ島は、大東亜戦争時、日本軍の占領下であった。日本軍は鳴神島と命名していた。

 戦略的にはキスカ島を拠点にはできなかった。その理由の1つが熱帯のジャングルとは別の意味で過酷な環境であったからだ。

 結局大本営はキスカ島を放棄することを決定し、同島から日本軍を撤退(救出)させた。

 一方の米軍はキスカ島を奪還するため、艦砲射撃を行った後、陸上部隊を上陸させたが、すでに日本軍の撤退は完了しており、島は無人であった。

 この時、米軍は味方同士の撃ち合いにより、多数の死傷者を出した。米軍の成果は2匹の軍用犬(世に有名な、太郎と花子である)を発見しただけであった。後は日本軍の小細工でパニックになったぐらいである。

 佐藤の言う通り皮肉と言えば皮肉な話だ。

「こうなったら、徹底的に皮肉にしてやる」

 と、佐藤は言いながら、ノートパソコンのキーボードを叩いた。

 画面には、ケ“号作戦、と出ていた。



 時刻は深夜に差しかかろうとしていた。佐藤は第2部長に貸し出されている個室に顔を出し、ケ“号作戦、の概要が入力されたファイルを開き、それを笠谷に読ませていた。

 笠谷はこの異世界で調達された紅茶をすすりながら、作戦概要を読んでいた。

 コーヒーの在庫はまだ十分にあるが、コーヒーを含めて日本から持ってきたものは各艦と補給艦に詰まれているものだけである。これがなくなればもう後はない。

 笠谷も私物でコーヒーなどを持ち込んでいるが、無限にはない。そのため、極力消費を抑えるため、代用品で我慢するしかない。

 笠谷は紅茶の入ったカップを机に置くと、佐藤に視線を向けた。

「佐藤2佐。この救出作戦を成功させるためには陽動作戦は不可欠です。しかし・・・」

 笠谷は言葉につまる。

「しかし?」

「敵の配置状況の詳細な情報が不足しています。これではどこの基地を爆撃すれば効果は絶大かわかりません。これでは限りある対地攻撃用兵器をいたずらに消費することになります」

「笠谷2佐がおっしゃることはわかります。しかし、今回は事前に偵察機を出して、情報収集という訳にはいかないのです。今ある情報でなんとか航空作戦を立案してください」

 笠谷は顎を撫でながら、考えた。

 今ある情報でもどうにか作戦を立案する事は可能だ。

「わかりました。どうにか作戦を立てる事にしましょう」

 笠谷の言葉に佐藤はうなずいた。

「ですが、この作戦はF/A-18Jだけではできません。米海軍の協力が必要です」

「その通りです。米海軍にかんしては司令官から要請してもらう事にしましょう」

 笠谷はうなずく。

「さて、ケ“号作戦を細かく調整しますか」

 佐藤はそう言って、笠谷と共に海空作戦を練り上げるのであった。

「しかし、ケ“号作戦、とは・・・」

 笠谷は今さら作戦について突っ込むのであった。

「相応しい作戦名でしょう」

 佐藤は苦笑しながら言った。

「今回もあの時のようにうまくいくか・・・」

 笠谷の言葉に佐藤は真剣な表情となり、眼鏡を上げて、言った。

「いかせなくては、いけません」

 その口調は重く、必ず成功させるという決意に満ちていた。



[うらづき]が艦隊と合流した後、板垣たちは旗艦[やまと]に移らず、[しれとこ]に乗艦した。

[しれとこ]の多目的室には、陸海空の自衛官、米海軍の面々が顔を揃えていた。しかし、顔を出しているのは彼らだけではない。

 ノインバス王国とマレーニア女王国から派遣された観戦武官以外にも服装の異なる人々、デザインの異なる甲冑姿の人々の姿があった。

 貴族出身と思われる雰囲気を持っているが、その表情は鋭く、服装の差異ほあるが、まさしく軍人の顔だ。

 彼らは、群島諸国の使節たちである。

 その中に、あのガルド・ド・アリング将軍の姿が見えたが軽く会釈をするのみに終わった。

 服装が異なる者同士が多目的室で顔を揃える事は自衛官や米軍は馴れたものだ。

[しれとこ]型輸送艦は災害時、有事の際に洋上基地として機能するよう設計されている。警察、消防、自治体、他国軍との会談をする事もある。

 佐藤はマイクを手に前に立つ。

「では、会議を始めたいと思います。お手元の資料をご覧ください」

 佐藤の言葉に出席者たちは配られた資料を開いた。

 ちなみに異世界人たちには配られていない。彼らには口頭で説明する事になっている。

「ケ“号作戦の説明に入ります。目的地はキスカ島」

 佐藤はスクリーンにレーザーポインターをあてながら説明した。

「赤く塗られたところが、ミレニアム帝国軍の占領地域、白く塗られたところが非占領地域、緑の印が救出ポイントです」

 佐藤の説明に1人の幹部が手を挙げた。

「首席幕僚。救出ポイントはミレニアム帝国軍が制海権を握っている海域に突入する事になります。かなり危険なのでは?」

 幹部の質問に佐藤は視線を質問者に向けた。

「そのため、水上艦隊を2つに分けます。1つは輸送艦を基幹として救出ポイントへ、もちろん護衛はつけます。イージス艦[あさひ]、ヘリ搭載護衛艦[ふそう]、汎用護衛艦[うらづき]が護衛し、救出完了までの間、対地支援を行います」

 佐藤は間をあけてから次の説明に入った。

「もう1つは[やまと]を基幹とし、航空攻撃を行い。敵に大規模な上陸があると錯覚させます。物資集積所、兵站指揮所を叩きます。さらに、敵に我々の恐怖を植え付けるため、ケイリ―大佐以下米海軍原潜にも作戦に参加してもらいます」

 自衛官たちが一斉に顔を上げた。空気も変わった。

 中には、腰を浮かしかけた者もいた。

 日本人は、原潜と聞いただけで、即無意識に核を連想する、一種のアレルギー反応みたいなものだ。

 だが、彼らの考え等が理解できない各国の騎士たちには、その意味が判らなかったが。

 佐藤は自衛官たちが何を思っているか、すぐに理解した。

「ご安心ください。使用兵器は通常弾頭のタクティカル・トマホークのみです」

 佐藤は願うような口調で言った。

 彼は板垣と笠谷を盗み見る。

 板垣は目をつむり、腕を組んでいた。

 笠谷も目をつむり、立っている。しかし、表情にはかすかではあるが、いつもと違う。

「首席幕僚。タクティカル・トマホークはGPS誘導のはず、衛星がないこの世界でどうやって誘導する?」

 迷彩服を着た細身の長身の女性自衛官である岩谷(いわや)秋穂(あきほ)2等陸佐が質問する。

「その点は問題ありません。詳しい事は空自の第2部長から説明してもらいます」

 佐藤が笠谷にマイクを渡すと、笠谷は説明した。

「無人偵察機(UAV)MA-1[キラー]が補うことができます。極秘事項なので詳しい事は申せませんが、MA-1がGPSの変わりをするのです」

 笠谷の説明に自衛官たちが顔を見合わせる。

「つまり、正確無比の攻撃が可能という事ですか?」

 海自士官が尋ねる。

「そういうことだ」

 笠谷がうなずく。

「湾岸戦争の再現ね」

 ケイリ―がつぶやく。

 彼らの脳裏に映像で見た光景が過ぎる。

 この話についていけない者たちがいる、使節たちだ。

「貴公たちの話にはついていけないが、要するに貴軍は救出のために陽動をするわけか?」

 1人の女性騎士が騎士たちを代表して言った。

「そういうことです」

 佐藤がマイクをとり、答える。

「つまり、レギオン・クーパーの戦いをこの目で見れるのか?」

「これはすごい、本国にレギオン・クーパーの雄姿を報告できる」

 使節たちがいろいろな事を言い出した。

 佐藤は慌てて軌道修正をする。

「1つだけ申し上げておきますが、今回は戦闘が目的ではございません。あくまでも難民の救出であり、戦闘は自衛手段と難民の保護のための必要最小限に限ります」

 佐藤の言葉に騎士たちは顔を見合わせた。

「それは承知している」

 先ほど使節たちを代表した女性騎士が言った。

 佐藤は別のファイルを開いた。

 このファイルには、艦に乗艦した使節たちの顔写真が閉じられている。

 だが、佐藤はファイルから女性騎士を見つける事ができなかった。彼が彼女のことを知るのは後のことだ。



 会議が終わった後、笠谷は[しれとこ]の洗面所で顔を洗っていた。

 笠谷はずっとある事を考えていた。

「何か思う事があるんですか?」

 背後からかけられた声に笠谷は振り返ることもなく、誰かわかった。声だけでもすぐにわかったが、振り返る必要はなかった。なぜなら、鏡に彼の姿が映っているからだ。

 佐藤だった。

「佐藤2佐。我々は新たな仲間を迎えたと同時に恐るべき兵器を手にしてしまいました」

「核ですか?」

 佐藤の言葉に笠谷はうなずく。

 この世界に飛ばされた米海軍の2隻の原潜には戦術核弾頭を搭載した魚雷、トマホークがある。

「佐藤2佐。貴方の個人的な意見を言ってください。もし、核を使わなければならない事態になったら、貴方は進言しますか?」

 笠谷の問いに、佐藤は眼鏡を上げる。その目には似合わない真剣な眼差しだ。

「俺にはわかりません。でも、日本人として使わないようにするだけです」

「模範解答ですね・・・」

 笠谷はそうつぶやき、佐藤に振り返った。

「佐藤2佐。これを」

 笠谷は祖父の兄の持ち物だったという物をポケットから取り出す。

 彼の祖父が死ぬ前に、託した物だ。この時、祖父は「決して忘れてはならない」と言い残し、息を引き取った。

「?」

 佐藤は首を傾げて、笠谷の手を見た。

 壊れた懐中時計だ。

「1102?」

 佐藤の言葉は自衛隊用語の1つだ。その意味は11時2分である。

 笠谷はうなずき、その時間の意味を言った。

「昭和20年8月9日長崎市で起きた惨劇を指して止まっています」

 笠谷の言葉に佐藤は顔を上げた。佐藤・・・いや、日本人なら誰でも知っている事だ。

 昭和20年(1945年)8月9日長崎県長崎市に大きな惨劇が襲った。そう、人間が作ったもっとも愚かしいものだ。

「長崎の原爆投下・・・」

 佐藤は笠谷の心境を理解したのか、目を伏せた。

「この異世界も我々の世界のようにしてはなりません。我々もそっちの道・・・いえ、なんでもありません」

 そう言って笠谷は壊れた懐中時計をしまい、顔を拭いて、退出した。佐藤も少し遅れて後を追った。



[フロリダ]の士官公室には、森林用の迷彩服を着た男たちが顔を揃えていた。

 士官、下士官、兵たち関係なく、士官公室に詰めていた。

 彼らはNavySEAL(ネイビーシール)()に所属している兵士たちだ。

 ケイリ―はデジタル迷彩服と同じ柄のハットを脱ぎ、彼らの前に立った。

 彼女は軍人らしい口調で言った。

「まもなく作戦が開始される。貴官たちには非常に困難な任務を行ってもらう。なぜ、こういう事態になったのか、どうすれば元の世界に戻れるか今だに全貌すらあきらかになっていない」

 ケイリ―は彼らを見回した。

「これは正規ではない、あくまでも非正規の作戦。この作戦を辞退したい者は素直に言ってほしい。たとえ辞退してもそれは恥ずべき事ではない」

 ケイリ―が言い終えると、士官公室は水を打ったように静まり返ってしまった。

 SEALsの隊員たちは互いに顔を見合わせあった。

 その後、SEALsの隊員たちは一斉に笑い出した。

「キャプテン(大佐)。艦隊総軍司令部と通信が途絶えた今、キャプテンが最高位です。我々はキャプテンの指示に従います」

 マックスが言った。

「アメリカ合衆国の正義を異世界に見せるチャンスです!」

 1人のSEALs隊員が立ち上がり、主張した。

「世界の警察である我が祖国が、真の世界警察になるのです。これほどの大役が我々に回ってきたのです!これは喜ぶべきことでしょう!」

 この言葉に、スイッチが入ったのかのように次々とSEALs隊員たち全員がケイリ―に注目する。

 全隊員から作戦の参加への意思がある事を確認すると、SEALs隊員たちに言った。

「諸君等に神のご加護を」

 ケイリ―は言っていて、疑問に思った。これが悪魔の意思ならなんの問題もないだが、もし、神の意思なら、これほど過酷な試練はないだろう。

「「「イエス・マーム!!」」」

 SEALs隊員たちが叫ぶ。



 30分後、ケイリ―は自室に戻っていた。

 ケイリ―は自室に置かれている執務用の椅子に腰掛けた。

 ハットを脱ぎ、執務机の上に置いた。

 ケイリ―は机の引き出しから写真を取り出した。

 写真は、彼女が[フロリダ]の艦長に就任する前に、海軍上層部が与えてくれた休暇を過ごしている時のだ。

 ケイリ―はこの休暇を恋人と一緒に過ごす事にした。

 彼女の恋人は、日本国海上自衛隊の1佐だ。彼は史上最年少で1佐に昇進し、今はヘリ搭載護衛艦[ふそう]艦長の高上直良だ。

 彼と初めて出会ったのはサンディエゴで行われた日米合同演習の時だ。

 彼女は当時少佐で[ロサンゼルス]級攻撃型原子力潜水艦の副長だった。

 彼女の潜水隊は仮想敵艦隊であった日本護衛艦隊と模擬戦を開始した。

 その護衛艦隊の中に当時2佐だった高上がいた。彼は[たかなみ]型汎用護衛艦の艦長であった。

 彼が指揮する護衛艦は海中に潜んでいる原潜を他の護衛艦よりも早く発見し、撃沈判定を出した。

 その後の防空戦では、旗艦を守るために、自らを盾にし、旗艦を護った。

 演習が終わったその日の夜に日米主催のパーティーが開かれた。

 ケイリ―は真っ先に彼のもとに足を進めて、彼と話した。

 彼の信念と愛国心の強さにケイリ―は惚れたのだ。

 その後2人は付き合い始めたのだが、苦労はいくつもあった。言うまでもないが、ケイリ―の両親は生粋の白人だ。肌の色の事で大きく揉めた。しかし、結局は折れた。

 ケイリ―は彼の写真を見ながら、心を落ち着かせた。そして・・・

「生きているって、信じていたわ」

 彼女は高上とのツーショット写真を胸を抱き、言った。



「まさか、こんな所で会える事になるとはな・・・」

[ノースダコタ]の艦長室でユウリはコーヒーを飲みながら、つぶやいた。

「なんの話です?」

 副長のサム・テイラー・トンプソン少佐が、妙に楽しそうな様子の上官に聞いた。

「いや、あの女が日本艦隊にいたんでな。」

「・・・・・・?」

「貴官は『リムパックの魔女』の話を聞いた事はないか?」

「我が太平洋艦隊の原潜を瞬く間に撃沈判定にしたとかいう・・・」

「そうだ、俺の親友がそれの艦長だったんだが、泣いて悔しがっていたよ」

 親友は、演習とはいえ当時一介の砲雷長で大尉(1尉)だったその女に自分の作戦を読まれ、逆手を取られたという。

 ユウリも、興味本位で知り合いの国防情報局(DIA)局員に問合せてみたのだが、その女は、佐藤と同等の切れ者らしいということがわかったのだった。

 しかし、佐藤を陽とするなら彼女は陰、その苛烈で辛辣な戦術家ぶりに米軍の評価は、極めて悪い。

(これは、見物だ・・・どんな魔術を見せてくれるか・・・)


 救出第6章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回からは再び2話づつ投稿します。

 次回の投稿は今月の16日までを予定しています。

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