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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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救出 第2章 護衛依頼

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさです。

 クルバル商会は困っていた。困り果てていたと言っても過言ではなかった。

 ここはノインバス王国の近海に位置するミドルフォート自治領。

 人口も1万人いるかどうかわからない小さな島で、独立交易都市国家である。自治領主はミドルフォートを拠点にする商会群のなかから、領民の投票で選ばれた商会が実権を握る事になる。

 この世界では珍しく、民主制の独立都市国家だ。

 そして、商会はミドルフォートの実権を握っている。

「また怪物に商船が襲われたのですか?」

 人が良さそうなだけの顔をした壮年の男はその顔には似合わないほど真剣な表情で幹部たちに問うた。

 白髪が混じった茶髪に眼鏡をかけた彼はミドルフォート自治領主兼クルバル商会会長アーロン・クルバルだ。

「護衛を依頼した傭兵ギルドは何をしていたの!?今からお金を取り戻しにいきなさい!」

 声をあげたのは秘書のルシェルという女性だ。

「・・・それが、商船が沈没したことが判明した直後に護衛料金は全額返却すると申し入れてきました」

「手ぬるいわ!損失した商品の3割を負担させなさい!」

「は、はい!」

 彼女の叱責に幹部の1人は背筋を伸ばして声をあげた。

「しかし」

 アーロンが静かに言った。

「高価な商品がすべて海の藻屑とは・・・」

「今回の被害も合わせて、我が商会の損失は深刻なものです。このままでは来年の選挙には勝てません」

 ルシェルの言葉に場の空気が重くなった。

 選挙制の問題は、その任期にある。任期が終わるまでの間になんらかの結果を残さなければすぐに次の選挙で敗れる。

 だからこそ、選挙制を取り入れている国は選挙が迫ると焦り出す。

 ちなみに別の世界の某国では、大統領選挙が近づくとなんらかの軍事行動を起こすのが1つの例である。これも1種の国民へのアピールである。その国の国民は戦争が好きであるからだ。

 しかし、クルバル商会は1言に結果と言っても、利益を出すしかない。クルバル商会の事業は商品の海上輸送が主である。

 よりによって敵は海賊ではなく、怪物である。

 海賊は相手にもよるが、商船に積んでいる商品の3割を素直に提供すれば許してくれる海賊もいる。

 だが、怪物は違う。怪物は船を見つけると問答無用で海に引きずりこみ、海に投げ出された船員を1人残らず食らうのだ。

「会長。キルリック教国へ輸送する交易品を積んだ商船の出港はいかがいたします。キルリック教国に行くにはどうしても、その危険海域に通らなければなりません」

 アーロンは眼鏡を上げた。

「キルリック教国に届ける交易品は大変貴重なものでしたね」

「はい。もし、その船が襲われ、交易品がすべて海に沈みますと本商会の信頼を失います。これは本商会の存亡の危機です」

 ルシェルの言葉にアーロンは目を閉じ、執務机をトントンと指で叩く。

 これはアーロンが深刻に考えこむ時にやる癖だ。ルシェルや幹部たちはそれを知ってるから、黙って待つ。

 指で執務机を叩くのをやめた。

「ノインバス王国のパスメニア港にレギオン・クーパーが停泊していましたね・・・」

 幹部たちが顔を見合わせる。

「はい。たしか本国との帰還する術がなく、ノインバス王経由で情報収集を行っていますが、それが何か?」

 ルシェルの問いにアーロンが答える。

「ミドルフォートは交易によりノインバス王国以上に複数の国とコンタクトを持っています。レギオン・クーパーが望むものを我々が提供し、キルリック教国に向かう商船の護衛を依頼しようと思っています」

「なるほど」

「確かにそれはいいかもしれません」

 幹部たちはうなずいた。

「では、ノインバス王とレギオン・クーパーに早急に使者を送りましょう」

 ルシェルの言葉にアーロンは立ち上がり、とんでもない事を言った。

「ルシェル君。今後1週間、いや、10日間の予定をすべてキャンセルにしてください」

「なっ!?」

 幹部たちが度胆を抜かれる中、ルシェルだけは冷静だった。

「わかりました。すぐにノインバス王国行きの高速船を準備します」

「うむ」

 アーロンはうなずき、優秀な部下を誇りに思うのであった。



 交易商人として入国の許可を取っていたとしても、入国手続きは行われる。目的地が王都とレギオン・クーパーともなれば厳重に行われるのも無理はない。

 アーロンとルシェルを乗せた高速船が近くの港に寄港し、早馬で王都に到着したのは翌日の夕方だった。

 王に会えるのは翌日の昼過ぎの事になった。仕方なく宿をとり、明日に備える。



 翌日、アーロンとルシェルは正装に着替えてノインバス王に謁見したのであった。

 待従長のマルクに案内されて、2人は謁見の間に入った。

 2人は片膝をつき、頭を深く下げて王が来るのを待った。

 しばらく待つと、リオ王が姿を現し、王座に座った。

「面を上げよ」

 王座に座る国王陛下の言葉に従い、アーロンはそのままの姿勢で頭を上げた。

「政務が立て込んでいるから貴公の要望に応えられんかった。すまん」

 王の謝罪にアーロンは恐縮した。

「もったいなきお言葉です。しかし、謝罪するのは私の方です。本日は急な謁見を申し込み、大変申し訳ありませんでした」

「気にすることはない。しかし、これほど急な謁見を申し出るとはよほどのことだろう。いったいどういう用件だ?直接、発言を許す」

「恐縮ながら直接発言をさせていただきます。本日は陛下にお願いがあって参りました」

「ほう。遠慮せず申せ」

「はっ」

 アーロンは深く頭を下げて、発言する。

「単刀直入に申し上げます。レギオン・クーパーに貴重な交易品を輸送する商船の護衛を依頼していただきたいのです」

「なっ!?」

「レギオン・クーパーに護衛を!?」

 アーロンの言葉に臣下たちが驚愕した。

 リオも目を丸くしていた。

 度胆を抜く、とはまさにこの事である。

「アーロン殿。貴公とは長い付き合いだ。我が王国と隣国との友好関係を築くため、親書を届けてくれた。貴公の頼みとならば受けよう。しかし、なぜ、彼らなのだ?できればその理由を教えてもらえんか?」

「はっ、実は・・・」

 アーロンは説明した。

「・・・という訳です」

 アーロンの説明に、王以下臣下たちは納得した表情をした。

「なるほど、確かにそれはとてつもなく重要な品だ」

 リオはうなずきながら言った。

「しかし、陛下。一言で護衛の依頼と申しますが彼らが承諾してくれるでしょうか?」

「彼らは情に弱いところもある。助けを求める声を無視するとは思えん」

 臣下たちがいろいろと発言する。

「アーロン殿。貴商会と貴領の事情はわかった。ジエイ・・・いや、レギオン・クーパーに親書を書き、貴公に渡そう。貴公はそれを持って直接依頼するのだ」

王の言葉にアーロンは感謝した。

「ありがとうございます。この礼は必ず」

「よいよい。だが、その礼は我が王国ではなく、レギオン・クーパーにすべきだ。それに、まだ彼らが承諾するかどうかわからんのだ。礼はまだ早い」

「はっ」



[やまと]のトレーニング室で体育服装姿の笠谷が筋力トレーニング系マシンで腹筋をしていた。

「95、96、97、98、99、100」

 腹筋を100回してすぐに懸垂を始めた。

 24時間態勢の艦隊勤務でも、まったく休みがないわけではない。幕僚でもきちんと休みは存在する。

 笠谷はたまの非番を楽しんでいるのであった。

 空母である[やまと]は米海軍の空母ほどではないが、娯楽設備も完備されている。

 その1つであるトレーニング室では、陸のジム程ではないが、筋力トレーニングマシン等は充実している。

 近年、海上自衛隊員の基礎体力が低下していることが問題になっているが、[やまと]の乗組員の基礎体力は平均より高い。

 筋肉トレーニングは笠谷にとって気分転換の1つである。

 陸上基地で勤務していたころは休日の日はいろいろと楽しむことができた。

 例えば、同期たちと自動2輪に乗っていろいろなところに行った。

 ちなみに笠谷は大型自動2輪の免許を持っている。

 艦隊勤務になるとそういった趣味もできなくなり、楽しみ幅も必然的に少なくなる。

 そうなると筋トレしかない。

 先日の会議で電力の節約が決定した以上、幕僚である笠谷が電力を使うトレーニングマシンを使うわけにはいかない。

 懸垂を30回した後、休憩のために懸垂をやめた。

「どうぞ」

 汗を拭こうとタオルを取りにいこうとした時、体育服装の女性自衛官が笠谷のタオルを差し出した。

 少女の幼さがある女性自衛官は体育服装だと女子中学生に見える。

「ありがとう」

 汗拭きタオルを受け取りながら笠谷はそう言った。

「はい!」

 女性自衛官はとても嬉しそうに明るい笑顔をした。

 彼女は、松野(まつの)(あや)海士長だ。

 笠谷は汗を拭くと休憩用の長椅子に腰掛け、水分補給する。

「2佐。気分転換になりましたか?でも、いくらトレーニングが趣味でも、睡眠もとりませんと身体を壊しますよ」

 松野が心配した表情で言った。事実、笠谷はこのところ徹夜が続いている。むろん、笠谷だけではない。司令官の板垣や幕僚たちも徹夜が続いている。

 何をしているかと言うと、板垣以下幕僚たちは、元の世界に戻る手段、この世界の情勢、歴史等を公務とは別に調べている。

 だが、笠谷以下幕僚たちは時間をかけているわりには、これという進展もない。

 なんども言うが、異世界に飛ばされるという事態そのものがありえないことで、そんな前例すらない。うまく行くこと事態がおかしいのである。

 もう1つ付け加えると、異世界・・・平行するが存在する事がわかった時点で人類最大の発見である。

 こういった調査・研究は何世代にもわたってするものだ。

 そんな高度な事をしているのだから、手詰まりになるのも無理はない。

 笠谷はタオルを首にかけ、松野の顔を見る。

 彼女は本当に心配した表情をしていた。

「ああ。君の言う通り、部屋で休むことにしよう。心配してくれてありがとう」

 笠谷にお礼を言われて、彼女は照れたように笑った。

 トレーニング室にいる他の隊員たちが、ここにいると邪魔か、と思ったのはここだけの話である。

「さて、俺は部屋に戻り休むことにしよう」

 笠谷は立ち上がり、そう言ってトレーニング室を出た。

 松野もそれに続き、部屋に戻った。

 笠谷は自室に戻り、着替えとバスタオルを持って士官用シャワー室に行き、汗を流した。

 汗を流した後、自室に入り、就寝用の服装に着替えて、休む事にした。

 目を閉じると笠谷の脳裏に懐かしい声が響いた。

「貴様等!明日は休日だな。この中には外出する者もいるだろう。しかし、休日が終われば地獄の飛行訓練だ。これだけは覚えておけ!パイロットは常に万全の状態でなくてはならない。休日は極力眠るようにしろ!」

 防大を卒業して空自の幹部候補生学校飛行課程にいた時に教官が言った言葉だ。

 教官はなんども言っていた。眠ること、と。

 幕僚になってからそんなことはかけらも忘れていた。

(今になって思い出すとは、な・・・)

 笠谷は内心で笑った。そして、松野に心の中で礼を言い。後で何か礼をしなければな、と思ったところで、彼は眠りについた。

 しかし、笠谷は2時間後、起こされるのであった。



 板垣は司令官室で童話を読んでいた。

 日本の童話ではない。この世界の子供たちが読む童話だ。

 孫に読むわけではないから、いささか抵抗を感じるが、そうも言っていられない。

 この童話の内容はレギオン・クーパーが登場する話だ。

 300年前の話で、板垣を驚かすには十分なものであった。

 童話に登場するレギオン・クーパーの指揮官はその部下たちからは、ショウサ、と呼ばれていた。

 最初は変わった言いかただな、と思っていたが冷静に考えてみると、その呼び名が身近なものである事に気づいた。

 それが5分前のことだ。

 板垣はその時、声を上げた。

「ショウサって、少佐のことか!?」である。

 つまりこの童話に登場する異世界人はどこかの国の軍隊だと言う事になる。

 ここで1つ大きな疑問が1つ浮かび上がる。

 過去に軍がこの世界に飛ばされたのなら、なぜ、情報が少ないのか。なぜ、自国の国名を名乗らずレギオン・クーパーになっているのか、これも調査が必要である。

 この童話ははるか南の国から伝わったものである。

 板垣たちの世界でも軍が謎の消滅をすることが報告されている。世に言う、神隠し、である。

 板垣も噂ぐらいなら耳にしたことがある。

 当時の板垣は、神隠しなど馬鹿げた話だと思っていたが、今はそれも信じるしかない。

 しかし、調べれば調べる程、疑問が出てくる。

 頭痛の種が増えていることに板垣はため息をつくのであった。

 そんな時、司令官室のドアをノックする音が響いた。

「入れ」

 板垣が穏やかに言った。

 海士長の男が入って来た。

「失礼します。緊急の面会を希望する方がいらっしゃいました。リオ国王直筆の紹介状をお持ちです。いかがいたしましょう」

「陛下から?・・・まあ、といあえず会おう」

「はっ!」

 板垣は本を閉じ、立ち上がった。

 今度はなんだ、と思いながら、板垣は通用甲板に向かった。



「これは幻ではありませんね・・・」

 アーロンは驚いた表情で、鉄でできた超巨艦を見上げた。

 彼は後ろに振り向く、ルシェルも驚いた表情で巨船を見ていた。

「お待たせしました。ようこそ、海上自衛隊空母[やまと]へ」

 声をかけられて、その方に顔を向けると、純白の上下の服を着た初老の男がいた。

「私は当艦隊の司令官板垣です」

 アーロンとルシェルは一瞬だが、その言葉に目を丸くした。しかし、それも一瞬のこと。

 2人は頭を下げて、名乗った。

「お初にお目にかかります。ミドルフォート自治領主兼クルバル商会会長アーロン・クルバルと申します」

「秘書のルシェルと申します」

 2人の自己紹介を終えると、板垣は「こちらへ」と言って、案内された。



 板垣は2人の面会者を幕僚室に案内し、2人を座らせると、幕僚室係に飲み物を持ってくるように指示した。

 幕僚室係の海士が飲み物を持ってくるまでに用件を聞き、リオ王からの紹介状を読んだ。

 その間に幕僚室係はコーヒーを持ってきた。

 板垣はコーヒーをすすりながら会談した。

 彼らの依頼は商船の護衛である。要するに次の選挙に勝ちたいから、貴重な交易品を積んだ商船を怪物等から護ってくれ、というものだ。もちろん、商会の存亡もある。

 だが、その見返りはかなり魅力的なものだ。

 キルリック教国等の国からレギオン・クーパーの情報を収集できるよう手を打とうというものだ。

 つまり、元の世界に戻る手段が見つかるかもしれない。

「・・・しばし、時間をいただきたい」

 板垣はそう言って席を立った。

 彼は幕僚室を出ると、幕僚室係の海士に振り返って言った。

「第2部長と首席幕僚を私の部屋に呼んでくれ」

「はっ!」


 救出第2章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回は8月の3日までに投稿いたします。

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