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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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ラペルリ奪還 第10章 休息

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 艦の外へ出ると、心地いい夜風が吹いていた。

 海面が映り込んでいるパスメニアの街並みと合わさり、なかなかの夜景である。

 夜風が笠谷の頬を撫でる。

 笠谷は海を眺めていた。

 海というものは不思議なものだ。いろいろな事を忘れさせてくれる。

 笠谷は苦笑した。

 自分は船乗りではない。空の人間だ。しかし、空母航空団のパイロットになってからは空と同じくらい海が好きになった。

「・・・何か、悩みでもありますの?」

 背後からの声にはっとして振り返ると、夜風に長い綺麗な髪を揺らしながらアルシアがこちらに歩み寄って来た。

 だが、驚いた事に護衛のフィオナの姿が見えない。

 アルシアはその事を察したのか微笑みながら言った。

「私、船に乗ると1人で夜空を見るのが好きなんですの」

 アルシアの答えに笠谷は大きな疑問が浮かんだ。

「他国の軍艦で、それもまったく知らない国の人間をどうしてそこまで信用できるのですか?人質にされるとは思わないのですか?」

 笠谷の問いに彼女はさらに微笑みながら答えた。

「それならすでに私たちを拘束しているでしょう。ノインバス王国の関係者たちだけではなくラペルリ連合王国の者まで乗り込んでいて自由に行動している。そんなものまで見せられては警戒心も緩みますわ・・・それに」

「それに」

「イタガキ提督やカサヤ参謀、サトー参謀の人となりを見ていたらとてもそのような事をする人には見えません」

「・・・・・・」

 笠谷はデジタル作業帽を脱ぎ、頭を掻いて、苦笑した。

 彼女の言ったように艦隊にはノインバス王国の関係者たちだけではなく、ラペルリ連合王国関係者も乗艦している。なぜ乗艦しているかと言うと、アンネリが我々に何か手助けしたいと申し出たのだ。

 最初は断ったのだが、議員たちの強い説得により板垣は幕僚たちと会議を行い話し合った結果、受け入れる事にしたのだ。

 ちなみにラペルリ連合王国の関係者たちを担当するのは陸自だ。

 乗艦者たちの行動はほとんど自由である。もちろん立入禁止区もあるがこれという規制はない。

 確かにここまでしていれば警戒心を抱けというのが難しい。

 アルシアは笠谷の隣に立つと、気持ちよさそうに夜風にあたる。

「いい風」

 彼女は小さくつぶやいた。

 ある程度、夜風に涼むとアルシアは笠谷に顔を向けた。

「まだ、私の質問に答えていませんけど」

「そうでしたね。まあ、そんなところです」

「貴方ほどが悩む事ですから、よほどの事なのでしょうね」

「買いかぶりすぎです」

「そうでしょうか?」

 アルシアが首を傾げる。

「それで何を悩んでおりますの」

「いや、人に言うものではありません」

「それは私が他国の人間だからですか?」

「・・・・・・」

 笠谷は言葉が詰まった。

 まさしくその通りだ。他国の人間に気安く言うものではない。

「気を悪くしないでいただきたい」

 笠谷の言葉にアルシアはニッコリ笑って、咎めることなく言った。

「いいえ、気にしていません。貴方がたは帰るべき母国を失い漂流しているのですから、それがどれほどの事か、私にはわかりません。だからこれ以上は何も聞きません」

「お気をつかっていただきありがとうございます」

「いいえ」

 彼女は再び微笑んだ。

 そんな2人を艦内の通路で隠れて恨めしそうに眺めている人影があった。



「むー」

 松野は頬をふくらませて、顔だけ出した状態で恨みに満ちた視線で2人を見ていた。

「何を隠れてこそこそしている」

「ひゃん!?」

 背後から突然声をかけられて、松野は驚き、なんとも妙な声を出した。

 松野は振り返るとそこには海自の警務官(MP)がいた。

 あわあわといった感じで松野は警務官(MP)に言った。

「いえその、あの、な、何もしていません、ただ」

「ただ?」

「うっ」

 松野は耳朶まで真っ赤に染めて黙り込んだ。

そんな松野を鋭い視線で睨んでいた目が穏やかになり、意地悪げな笑みを浮かべて言った。

「わかった、わかった。もう行っていい」

「は、はい。失礼します」

 松野は挙手の敬礼をすると、その場から逃げ出すように離れた。



 アルシアと話をしばらくしていると、人の気配がした。

 最初に気付いたのはアルシアだった。

 警務官(MP)が意地悪そうな笑みを浮かべながら歩いてきた。

「第2部長。マレーニア女王国のお姫様と夜のデートですか。満月の夜とはロマンチックな事です」

 笠谷は苦笑する。

「貴官こそ、見回りというわけでもなさそうだが」

「ええ、そうです。非番ですから」

 警務官(MP)は笑う。

「艦内上映会も飽きたんで、ここで夜の町を見ようかと思ったんですが、デートスポットになっているとは知りませんでした。邪魔者はさっさと退散します」

「いや、そういうわけじゃない・・・」

 笠谷が否定するが、警務官(MP)は何も聞いていないという感じで去っていく。

 だが、小声で「罪なお方だ」と警務官(MP)はぼやいた。

「な、なんなんだ」

「さあ、なんでしょうね」

 呆然する笠谷にアルシアは微笑みながら言った。



 翌朝。連絡用の巨鳥が[やまと]に着艦した。

 海士が巨鳥乗りから通信文を受け取り、上にあげた。

「司令官。リオ国王から連絡です」

 板垣は通信文を受け取り、すばやく目を走らせた。

「艦隊通信」

 板垣の指示で通信員が通信マイクを手渡し、通信回線をつなげた。

「つながりました。通信は各艦の艦内に流れます」

 通信士の言葉に板垣はうなずくと、通信マイクを片手に口を開いた。

「司令官より達する。リオ国王陛下から連絡があった。明日からパスメニア市街内にかぎり陸海空自衛官の上陸許可がおりた。皆、明日からの上陸でしっかりと気分転換してくれたまえ。以上」



 科員食堂に集まっていた[やまと]の乗組員たちは一瞬静まり返った。しかし、それは一瞬の事、すぐに歓声の声があがった。

「やった!久しぶりの町だ!!」

「町だけじゃない。うまい酒と飯だ!!」

「たとえ、異世界でも、町はかわらない!!」

 などなど完全にうかれた状態である。

 艦隊勤務の海上自衛官にとって、上陸は大きな楽しみだ。動かぬ地面を踏むだけでも嬉しいものだ。これは、自衛官に限らず長期航海を経験した船乗りなら誰もが思うことである。

 たとえそれが、自衛官たちの知る街並みでなくともだ。

 上陸と言っても全員が一遍に上陸する訳ではない。何回かに区切って上陸する事になる。1番数の多い曹士は必然的に抽選になる。

 CPOを通じて上陸時の注意事項とくじ引きを行った。

 CPOとは、副長の指導の下に艦内の規律の維持にあたる海曹の先任者たちで編成される。主に艦内の規律維持や士気の高揚などに尽力する。

 くじ引きにより第1回目の上陸組、当たり組が決まり、引き当てた幸運児たちが再び歓声を上げる。

 ちなみに幸運児の中には松野もいた。

 松野は1つここで思いきってやってみようと抽選会場を後にした。

「松野ちゃん、どこに行くの?」

 当たり組の女性自衛官の呼びかけにも応じず、松野は出ていった。

 当たり組の女性自衛官たちは呆然としたが、すぐに察しがついたのか心中で松野を応援した。

「ねぇ、私たちも男を誘わない?」

 恋人なしの女性自衛官の1人が提案する。

「そうね」

「そうしましょう」

 女性自衛官たちが賛同し、男たちを誘いに行った。



「あ、あの!」

 艦内の通路を歩いていた笠谷に背後から声をかけられた。

 笠谷が振り返るとそこには耳朶まで真っ赤にした松野がいた。

「何か私に用か?」

 笠谷が尋ねると松野はより一層に頬から耳朶まで真っ赤に染め、何やらもじもじしていたが、顔を上げて言った。

「あ、あの、私とデ、デートしてください!」

「え?デート?」

 一瞬笠谷は彼女が何を言ったのかわからなかった。

「いや、ですか?」

 松野は、しゅんとした。

「あ、いやじゃないよ。いいよ」

 笠谷が慌ててデートの誘いを了承した。

「ありがとうございます!」

 松野は花の咲いたような笑顔で喜んだ。

 デート日時を松野と打ち合わせた後、笠谷がデート日に上陸できるよう申請を行ったのである。



 デート当日。

 作業艇ではなく小舟で上陸した笠谷は桟橋でしばらく待った。

「お待たせしました。笠谷2佐」

 青いワンピース姿の松野が小舟から降り、駆け寄った。

「待ってないよ」

 笠谷は穏やかに言った。

 当然のことであるが、上陸する順番は幹部が先である。ましてや笠谷は幕僚である。幹部の中でも1番に上陸する組に入る。

 それに対し、松野は海士長である。下から数えて3番目である。必然的に上陸するのは幹部の後だ。

 とりあえずデートの常識で男が女を待たせるという男が絶対にしてはならない事態はさけられた。

 と、デートを始める前に女性に言わなければならない事がある。

「よく似合っているよ」

 女好きの友人からとことんデート時に言うべき事等を叩きこまれていたため、自然と口に出る。

 笠谷の言葉に松野の頬がぼっと赤くなった。

「こ、これお気に入りの服なんです。よかった」

 松野は嬉しそうに言った。

「あの、2佐」

「ん?」

 松野はもじもじしながら言った。

「こういう時だけ、尚幸さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか?後、私のことも彩と呼んでくれませんか?」

 松野の唐突な提案に呆気にとられる笠谷だったが、彼女の強い気持ちに圧倒され、撃墜されるのであった。

 再び花の咲いたような笑顔をする松野だった。

「尚幸さん。行きましょう」

「あ、ああ」

 かなり積極的なんなんだな、と笠谷は思いつつ歩き出した。

 歩き出して数10分ぐらいして、彼女は笠谷の手を握った。笠谷は驚いて松野に顔を向ける。しかし、彼は何も言わず、内心で(まあ、いいか)と思い。そのままスルーした。

 笠谷としては勘弁してほしいところであるが、手をつないで歩くことにした。

 ドレスを見たり宝石類を見たりしながら目抜き通りを気ままにぶらついた。

 昼は飲食店でとることにした。

 2人が入った飲食店はこの港町では有名な店である。

 店内に入るとすでに先客がいた。幹部たちが食事していた。

「に・・・」

 若い士官(3等海尉)が笠谷に声をかけようとしたが[やまと]の航海長が松野に気を遣って若い士官を止める。

 店員におすすめの料理を聞くと、笠谷はそれを頼んだ。松野も同じものを注文する。

 港町という事もあって料理は魚料理が主だ。

「おいしい!」

 幼い少女のような幸せそうな顔をして松野が魚を食べる。

 笠谷も微笑みながら魚を食べる。

 確かにおいしい。見た目は鯛なのだが味は鰈に近いものである。

 少ししょっぱいが、絶妙な味つけでうまさをさらに増している。

 ご飯がないのは残念な気がするが、この魚料理ならこれだけで十分だ。

 魚料理を堪能した後はデザートを注文する。

 食事を終えると、笠谷は松野の分の食事代を支払うのであった。彼女は嫌がったが、結局は折れた。

 午後は屋台が並ぶ路上を散策した。

 もちろん手をつないで、である。

「そこのお嬢さん」

 アクセサリー等を売る屋台の男が松野に声をかける。

 松野が笠谷の手を引いてその屋台に向かう。

 屋台の店主が笠谷を見ると笑みを浮かべて言った。

「彼氏かい?彼女にプレゼントどうだい?」

「彼氏っ!!」

 ぼんっという音を出して松野は耳まで赤く染める。

「欲しいものか?」

 笠谷が何気なく聞く。

 店主の話をすべて聞いてなかった笠谷は、欲しいものがあってアクセサリーを見にいったと思った。

「どれが欲しいんだ?」

「え、えーと、その・・・」

 松野が頭の中が真っ白になっていると店主が1つすすめる。

「これなんてどうだい?幸運を呼ぶアクセサリーだよ」

 店主が1つのアクセサリーを2人に見せる。

「これでいいか?」

「は、い」

「じゃあ1つ」

 笠谷が金を渡すと「まいどー」と言いながらアクセサリーを渡した。

 笠谷はそのアクセサリーを松野の首にかける。

「あ、ありがとうございます。男の人から何かを貰ったのは初めてです」

 その後2人は広場で一休みする事にしたのだ。

「尚幸さん」

 噴水を眺めながら松野が口を開いた。

「私、元の世界に戻れたら、私もパイロットになります」

「そうか。航学の教官に同期が1人いたな・・・しかし、特に空自は身体検査と適性検査が厳しいぞ」

「はい。覚悟しています」

 松野の言葉を聞いて笠谷はうなずくと、目を細めた。

「元の世界に帰還する術を見つけなければならないな」

「はい」

 松野は笠谷の手を握る力を強くする。

 柔らかい手の感触を強く感じながら笠谷は心中で、どうしたものか、と思った。

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるものだ。

 戻る時間になり、当たり組たちはそれぞれの艦に戻った。



[ふそう]の第1分隊の()()海士長は、待ちに待った上陸を向かえた。小舟に乗り込みパスメニアの町に足を踏む。

 何となく、教育隊時代の最初の外出の時と同じワクワク感がある。

 あの時は制服だったが、今は私服である。

 もの珍しさできょろきょろしながら同じ第1分隊の同僚と町を歩く。屋台が並ぶ路上を散策する。日用雑貨の類いや取れたての魚等が売られているが、特に買いたいものがあるわけではない。

 しかし、ただ見て回るだけでも全然退屈を感じない。当たり前の生活風景の1コマが新鮮に見えた。

 第1回目と第2回目の上陸組からのおすすめの飲食店に向かうと、[うらづき]の海士たちに会った。彼らも目当ては同じであるから一緒に入った。

 10名程の海上自衛隊の海士たちが、店の一角を占拠すると店員に料理と酒を注文した。もちろん、未成年者たちは果実のジュースを注文した。

 大量の注文にも特に顔色変えずに応じた店員の様子から、この世界の船乗りも

自分たちと同じなんだなと、親近感を感じた。

 料理が来る前に酒とジュースが運ばれてきた。

「じゃあ、乾杯しよう」

 この中にいる者の中では1番の年長者である海士長が切り出す。

「ああ」

 海士たちが木製のコップを掲げる。

「乾杯!」

「乾杯!」

[ふそう]と[うらづき]の海士たちが乾杯し、酒やジュースを飲み干す。

 1杯目をあけ、2杯目をつぐと矢井は[うらづき]の海士に尋ねる。

「勤務はなにしている?」

「俺たちは第3分隊だ。いや、こいつは第1分隊だ」

[うらづき]の海士長が一番背の低い海士の肩を叩く。

「奇遇だな、俺たち全員第1分隊なんだ」

「本当ですか!」

[うらづき]の第1分隊の海士が嬉しそうに言った。

「ああ。俺は射撃員だ」

 矢井の言葉にその海士はさらに喜ぶ。

「僕もです」

「よかったじゃねーか、同じ職種の隊員と出会って」

 海士たちの酒盛りは、料理が出てきたところで、さらに盛り上がるのだった。



 そんな彼らの様子に、店主はちょっと違和感を感じていた。

「随分、行儀のいい連中だな・・・」

 港町でこういった商売をしていれば、当然船乗りを相手にする事になる。

 こういった手頃な価格で酒と料理を提供する店に来る船乗りの中には酔って暴れ回る連中もいるが、今日の連中は騒いでも可愛げがある。

 もし、騒ぎを起こして、私服で巡回しているであろう警務官(MP)に見つかれば・・・という恐怖心が無意識に叩きこまれているというだけ、ではあるのだが。

「そりゃあそうでしょう、天下のレギオン・クーパー様なんだし、そんじょそこらの飲んだくれの水夫とは違いますよ」

 注文を取ってきた給仕娘が、色気を含んだ目で彼らを見ていた。

「お前ら変な気を起こすなよ、ここは色町の店じゃねえんだからな」

 いつもと逆の心配をしつつ、自分の料理を目を輝かせながらうまそうに平らげる彼らにご機嫌だった。



 ラペルリ奪還第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回もよろしくお願いします。

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