ラペルリ奪還 第9章 マレーニア女王国
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
パスメニア港に入港した艦隊は錨を下ろした。
フレアはアーノルと共に[やまと]の作業艇に乗り込み町に上陸した。
上陸したフレアは町長のもとに向かい、帰還したことを王に知らせるよう伝えた。
ラペルリ連合王国での事はすでに知らされている。
すでに王国内・・・いや、群島諸国にまで広まっていた。吟遊詩人たちがラペルリ連合王国での自衛隊の活躍を歌っていた。
町長は連絡用の巨鳥を飛ばし、王城に知らせた。
なぜ、ここに連絡用の巨鳥が配置されているかと言うと、ここは自衛隊の停泊地であるから、王との連絡用として配置されたのだ。
返信は、その翌日に届いた。
巨鳥2羽が王城を飛び立ち、パスメニア港町に到着した。
1羽が町長のもとへ、もう1羽が直接[やまと]の飛行甲板に着艦した。
ちなみに巨鳥等が艦隊に近づいた時、味方もしくは使者である事を知らせるため白旗を掲げ、翼を左右に振るうことになっている。
板垣とリオとの間で結ばれた協定である。翼を左右に振る事を自衛隊員たちはバンクと呼称している。
バンクとは、旧日本軍機が友軍機である事を知らせる当時の合図だ。
もし、バンク等をしなかった場合どうなるかと言うと、敵対行為と見なし、威嚇射撃を実施する。それでも接近した場合はフレア等の乗艦者の許可を取り、これを撃墜する事になっている。
過剰と思われるだろうが、自衛隊員たちの世界では治安の悪い国の港等に停泊している時、反政府勢力の武装集団からセスナ機等による特攻があるからだ。
そういう事があるから板垣たちが警戒するのも無理もない。
板垣は国王からの通信文を艦橋で受け取った。
「これは!?」
板垣は通信文をすばやく目を通すと、その内容に驚いた。
「どうしました?」
笠谷と佐藤、島村、岩澤の4人が顔を見合わせて、島村が代表して尋ねた。
板垣は通信文を島村に渡した。
通信文が佐藤に渡ると、目を通し、驚いた表情で顔を上げる。
「そういうことだ」
佐藤は通信文を笠谷に渡した。
笠谷は通信文をすばやく目を走らせた。
通信文は以下の通りである。
ノインバス王国国王リオ・クル・ノインバスは貴軍の輝かしい勝利を祝して、旗艦ヤマトに乗艦するものとする。国王は貴艦での会食を望まれている。最高の御馳走を用意する事。
というものであった。
「確かにこれは驚くべきことですね」
笠谷は率直な感想を述べた。
そして最後に艦長である立吉も通信文が回された。
立吉は表情を変えただけで何も言わなかった。
「あれだけの戦果をあげたんだ。こうなることは予測していたが、まさか、国王自らが来るとは思わなかった・・・本当に祝いの言葉だけなのか?」
板垣の言葉に4人の表情が曇る。
「よっぽど公にはしたくないものでしょうね」
とんでもない厄介事が迷い込んで来そうな予感がし、頭を抱えたくなる5人。
だが、とんでもない厄介事が、いま目の前に転がっている。
「ここにあります国王との会食ですが、メニューは何にいたしましょう?」
立吉が身近な厄介事に触れた。
「「「・・・・・・・・」」」
「カレーだな」
板垣が言った。
「国民食ですよ。ここに書いてあるのは最高の御馳走を用意する、です」
「だからカレーだ」
佐藤の反対に板垣はきっぱりと言った。
「いいか首席幕僚。カレーは旧海軍からの伝統だ。日本一の御馳走と言える。まさに適任だ」
「私もそう思う」
「同感」
島村と岩澤が賛成する。
笠谷も賛成のようにうなずく。
佐藤は何か言いたげだったが、首を左右に振って納得したようにうなずいた。
「では給養長に指示を出しておきます」
立吉はそう言って艦橋を降りていった。
まったく触れられていないが、板垣たち自衛官は普通にこの世界の言語はもちろんのこと読み書きができる。これは召喚魔法による何らかの影響によるものだと笠谷と佐藤は推測していた。
国王であるリオが海に出る機会はまずない。
リオは護衛と専属の従者等を連れてパスメニア港から出迎えに来た[やまと]の作業艇に乗り込み、錨を下ろしている海上自衛隊空母[やまと]に向かった。
リオは初めて見る異世界の艦隊に驚いた。フレアたちから巨大である事は知らされているが、聞くのと実際に見るのは、まったく違う。
[やまと]の右舷に浮かべられた浮き桟橋に作業艇が横付けし、リオたちはラッタルを上る。
ピィーフィィ
涼やかな笛の音色が辺りに響き渡たる。
リオがラッタルを上りきると、純白の服を着た初老の男と同じ服を着た男たちに、上が水色、下が明るい紺色の服を着た男たちがいた。
「お待ちしておりました。陛下」
「久しいな。イタガキ提督」
レギオン・クーパーの一団が手の平を額に水平にかざすという、この世界にはない敬礼をする。が、リオはそれが彼らの礼儀である事を十分に承知している。
この世界では史上初となる現国王が異世界の軍艦に足を踏み入れた。
「こちらへ」
板垣は来訪者が全員、通用甲板に立った事を確認すると艦内へ案内した。
「ほうぅ~話には聞いていた通り涼しいな」
リオが感心した表情で言った。
エアコンが存在しない世界では誰が体験しても驚くものだ。
板垣は自室である司令官室にリオを案内する。
お付きの者たちは食堂に案内された。
司令官室にいるのは板垣とリオの2人だけである。
「イタガキ提督。あの地図は提督たちの世界か?」
板垣はリオが指す方に振り向いた。そこには板垣たちの世界の世界地図が掲げられている。
板垣はリオに視線を戻し答えた。
「はい、そうです」
「提督の国はどれだ?」
「赤く塗られているところです」
「ほう。あれが二ホンか、周りを海に囲まれ、細長い。さぞかし守り難い国土であろう」
さすがは1国の元首だ。我が国の問題点をすぐに理解した。
「確かに陛下の言う通り我が国は守り難い国です。しかし、その反面海という名の自然の要塞があるから攻め難くもあります」
板垣の言葉にリオは納得したかのように大きくうなずく。
これもまた、さすがは海洋国家の元首だと言うべきだ。
「しかし、二ホンという国は危険な場所に位置しているな・・・すぐ近くに巨大な大陸があるではないか」
ユーラシア大陸の事である。
「周辺諸国とは緊迫した空気が常に支配しています・・・いえ、一触即発といった情勢です」
板垣は苦虫を噛み潰したような表情で言った。
彼の言う通りである。近くの半島国家のある国とは歴史認識の相違とある島の領有権をめぐってお互いの主張が対立している上、その北ではたびたび核実験や弾頭ミサイル(北の国家の政府は人工衛星と主張しているが、はっきり言って、どちらも同じ技術だ。ロケットの先端に衛星があるか爆弾等の大量破壊兵器があるのかの違いだ)の発射実験をしている。ユーラシア大陸の北では北方領土をめぐって対立しているし、西では尖閣諸島の領有権をめぐり対立しているだけでなく、領空、領海侵犯が繰り返されている。
板垣が不快に感じるのも仕方ない。
コンコンとドアをノックする音がした。
「入れ」
板垣は入室を許可すると、海士長がトレイにコーヒーを乗せて入室した。
板垣はコーヒーの香りを楽しむと、コーヒーをすすった。
一方のリオはコーヒーに砂糖とミルクを入れて、すする。
フレアから事前に聞かされていたため、いままでの異世界の来訪者のように苦味で渋い顔をする事はない。
リオはその後、板垣からラペルリ連合王国の話を聞いた。
ラペルリ連合王国での話を聞き終えると、板垣はリオたちを多目的室に案内した。
ここで国王たちと共に会食を行うのである。
参加者は板垣とその幕僚、各隊の司令、艦長、陸自からは神谷と木澤及びその幕僚である。海空の飛行隊長も席についている。これが自衛隊側の出席者だ。
王国側はリオとフレア、観戦武官たちと王に同行した者たちである。
板垣とリオが席につくと、号令官は出席者たちを着席させた。
リオが立ち上がり、簡単な挨拶をすませると後を板垣に譲る。
「諸君、これが海上自衛隊空母[やまと]の特製カレーだ。量が足りない者は、遠慮なく通過を頼んでくれ、それではいただこう」
「「「いただきます」」」
会食が始まった。
出席者たちがスプーンを動かし、口の中に入れていく。
リオも1口、口に運ぶ。
「ほぉう。これは中々の美味だ」
「ええ、確かに美味です」
「辛いですが、この辛さがまたうまさを増幅させていますな」
カレーを口にした事がない王国側の出席者たちはこの未知なる食べ物を堪能する。
あっという間に1皿目を食べ終えると2皿目にとりかかる。
士官たちが、おかわり、と手を挙げ、海士たちが皿を受け取りにいく。
ちなみに、そこには松野の姿もあった。
笠谷が2皿目にとりかかろうと手を挙げると、ぱあ、と笑顔になり、皿を受け取りにいった。
いまさら言うまでもないが、海士たちも純白の制服姿である。
会食は笑いに包まれて終わった。
笠谷も普段よりもいっぱい食べた。いや、彼だけではないほとんどの者が3皿ないし、4皿をたいらげた。
リオとの会食から数日後。
板垣、佐藤、笠谷の3人はヘリ搭載護衛艦[ふそう]の飛行甲板にいた。
なぜ、彼らがここにいるかと言うと、それは昨日の事だ。
連絡用巨鳥が[やまと]に着艦したのである。そして渡された通信文を板垣に渡した。
通信文にはマレーニア女王国女王アドリアナ直筆で王宮に招待すると書かれていたのだ。
直筆である事がわかったのは、フレアが確認したからだ。
板垣たちはマレーニア女王国の将軍ガルドと面会した時点で予想はついていた。
マレーニア女王国の位置も把握していた。
艦で行くほどの距離でもなく、航空機で十分に行ける距離だ。
で、今にいたる。
板垣たちの視線の先には海自仕様のV-22J[オスプレイ]があった。
V-22の設計図をもとに改良を加えたのがV-22Jだ。
そのため、V-22[オスプレイ]とはまったくの別物だ。
機体は大型化され、その分、燃料と積載量を増やし、安全性も大幅に向上した。
米国からは[スーパーオスプレイ]等と呼称されている。
第5分隊の隊員たちが主翼の下に増槽をとりつけている。
これもV-22Jの改良点の1つだ。
米軍の[オスプレイ]はキャビン内に増槽を搭載する。
「では乗ろうか」
「「「はっ!」」」
笠谷と佐藤の声が重なる。
「総員搭乗!」
黒い服装の小隊がすばやくV-22Jに乗り込む。
彼らは全員黒い鉄帽に顔面覆を被っているから、表情を知る事はできない。
持っている小銃も艦隊に配備されている89式5.56ミリ小銃(折曲式銃床)ではなくHK416を装備している。
顔を隠し、海自の一般部隊に導入されていない小銃を使う部隊は1つしかない。
海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊(SBU)だ。
よく服装から立検隊と誤解されることがあるが、まったく違う。
海上警備行動時に不審船等の極めて脅威度の高い艦船の武装解除及び無力化を主任務としている。
第1統合任務艦隊には、1個小隊派遣されている。
全員が乗り込んだ事を確認するとV-22Jの機長はエンジンを始動させ、発艦の準備にとりかかる。
マレーニア女王国に向かうのは板垣、笠谷、佐藤と板垣の警護として高沢直弥3等海尉、護衛小隊の特警隊19名だ。
ノインバス王国の関係者は同行しない。
ローターが発艦可能まで回転すると、機長は発艦許可をとる。
許可がおりると、機長はV-22Jが発艦させた。
第9護衛隊司令の秋笠秀行1等海佐は[ふそう]のウィングで宙に上がるV-22Jを凝視していた。
「・・・・・・」
彼は無言でV-22Jに挙手の敬礼をした。
ある程度高度を稼ぐと、今度はローターを機首方向に倒し、水平にした。
V-22Jは最大速度550キロ強、最大航続距離は3500キロをゆうに超える。軍用ヘリコプターの2倍以上に迫るものだ。
空中給油機を使えばV-22Jはどこの国にも行ける。
板垣たちを乗せたV-22Jはこの世界の常識を覆す速さでマレーニア女王国王都に到着した。
当然ながら王都は蜂の巣をつついた騒ぎになった。事前に通達されていた事とは言え、こんなに早く来るとは思ってもいなかった。
V-22Jは王城を1回りした後、王城の中庭に着陸した。
後部ランプが開き、特警隊がすばやく展開する。銃は構えず、警戒する。
特警隊が展開し終えると、板垣たちもマレーニア女王国の土に足をつける。
「き、貴様等!いったい何者か!?」
衛兵隊の指揮官らしき男が大声で尋ねた。
板垣は、やり過ぎたか、と内心に思った。
「日本国海上自衛隊板垣海将。貴国の女王陛下からの招待を受けて参ったしだい」
板垣は甲高い声で言った。
警戒した眼差しであった衛兵たちが突然姿勢を正した。
「こ、これは失礼いたしました。お話は伺っております!しょ、少々お待ちください!」
先ほどの衛兵隊の指揮官の男がそう言い残すと慌てて駆け出し、去っていった。
しばらくすると、彼は文官らしき中年の男を伴って戻り「お待たせしました。女王がお待ちです」と告げた。
「女王のお成りである!」
独特の節回しで、側近が叫ぶ。
左右の家臣たちは一斉に拝跪した。一糸乱れぬ見事な所作だ。
謁見の間で王座と相対した板垣たちは女王に対し45度の敬礼と捧げ銃をした。
前回の陸自の護衛小隊と同様に特警隊も2手に別れた。1班がV-22Jの警備、2班が板垣たちの警護である。
「良く参られました。イタガキ提督。妾がこの国の女王アドリアナ・ヒール・アークライト」
「日本国海上自衛隊第1統合任務艦隊司令官板垣玄武海将です。ご招待いただきありがとうございます」
板垣は女王と顔を合わせる。腰まである明るい茶髪に蒼い目、歳は30代後半だろう。
「ガルド将軍から此度の戦いをお聞きしました。我が盟邦をお救いいただき感謝にたえません。我が国からも貴軍に褒美をとらせたいと思います。何かお望みはありますか?」
アドリアナの申し出に板垣は迷わず断った。
「いえ、何もいりません」
家臣たちがざわめいた。
アドリアナは驚かず、板垣を見た。
「何か不都合な事でもおありでしょうか?」
「いえ、別にそういう訳ではありません。我々は日本国の軍隊であり、国連軍なのです。今回の事はミレニアム帝国が国際法違反を多数行ったため、ラペルリ連合王国民の生命と財産を守るために武力行使を行ったのに過ぎません」
板垣の言葉に家臣たちは理解できず、顔を見合わせる。
アドリアナは目を閉じ、2、3回うなずいてから目を開けた。
それは何かを思いついたかのように見える。
「そなた等は本国との連絡も戻る術もないと聞きます。国に戻る術が見つかるまでノインバス王国がそなたたちに与えているものをすべて与えるものとします」
「女王陛下・・・」
板垣が驚いた口調で言おうとしたが、アドリアナは手をかざして制した。
「相手が何も望まなかったと言って何もしなかったとなれば恥しらずの国だと言われます」
女王の言葉に言葉を失ったが板垣は諦めたように頭を下げた。
「ありがとうございます」
それを見たアドリアナは微笑みながら言った。
「イタガキ提督。こうなりますと我が国からもノインバス王国のように人を出さなくてはなりません。アルシア、フィオナ」
女王に呼ばれた2人少女が板垣の前まで歩み寄った。
1人は背中まで伸ばした黒っぽい茶髪に蒼い目のまさしく美少女と言うべき少女。
もう1人は褐色の肌に赤い目、そして尖がった耳。幼さがあるがダークエルフの少女だ。
「マレーニア女王国第2王女アルシア・ヒール・アークライトと申します」
少女が名乗る。
「アルシア王女の警護兼従者を務めますフィオナ・ド・アリングと申します」
ダークエルフの少女が名乗る。
「板垣です」
板垣は2人と握手を交わした後、女王に視線を向けた。
アドリアナはただ微笑むだけであった。
どうやら事前に決めていたようだ。
謁見はその後、無事に終わり、新しい武官たちと帰路についた。
ラペルリ奪還第9章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。