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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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ラペルリ奪還 第7章 降伏

みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 第1任務団司令部では、神谷とその幕僚たちのみが顔を揃えていた。これまで、ラペルリ連合王国の将軍や参謀たちが必ず出席していたが、今日の会議では遠慮してもらった。艦隊から派遣されている笠谷もいるが、今は艦隊に戻っている。このため、陸自だけでの会議はここしばらくしていない。

「長距離偵察を行っているS(特殊作戦群)からの報告では敵は戦線を縮小し、護りを固めているようだ。主力が壊滅したことにより、敵は侵攻する程の戦力がないと思われる」

 第2部長がラペルリ連合王国の地図を指しながら説明する。

「敵の現存兵力の中核になっているのは少年兵や少女兵だ、そうです」

 幕僚たちは眉をひそめた。

 特戦群の隊員たちが撮影した少年兵たちの写真を見た。

 背丈と顔立ちから15歳以上である事がわかる。

 幕僚たちは内心少しだけ、ほっ、とする。

 自衛隊員の世界では、15歳未満の少年兵、少女兵は国際法違反となる。国際法上は18歳未満を少年兵、少女兵として、徴兵する事は禁止している(ただし、志願は認められているが、こまかな規定がある)。

 だが、それは自衛隊員たちの世界の話であり、この世界の常識ではない。同じ世界でも第3世界では当たり前のように15歳未満の少年や少女が兵士として前線に投入される。それも使い捨てとしてである。

 しかし、この世界はどうであろう。同じ少年兵と少女兵でも、与えられている任務が違う。彼らの主な任務は後方支援である。よほどの事態でもないかぎり前線に出る事はない。当然、使い捨てとしては使われることもない。

「まったく、少年兵うんぬんはともかく、その使い方ではどっちがまともかわからん」

 誰かがぼやく。

 その通りである。誰が言ったのかわからないが、彼の意見は全員の考えを代弁している。

「君たちには想像できないだろうが、アフリカでは生活のために子供を戦場に送る親がいる、子供が戦死すれば当然悲しむが、それでもまた子供を戦場に送り出す。確かに私たちの世界は尋常じゃないくらい非常識な世界なのかもしれん」

 神谷は低い声で言った。

「団長。我々の世界は国家が誕生して数1000年、歴史のページを開くたびに流血があり、建国されては滅びを繰り返していました。この世界は国家というものが誕生してから我々の世界の半分の年月しか経っていないのです。この世界が我々と同じぐらいの年月を費やした時、きっと同じ事になるでしょう」

 松来が神谷に顔を向ける。

 幕僚たちの視線が松来に集中する。

「所詮人が考える事は同じということですか、副団長?」

 岩谷の問いに松来はうなずく。

 場の空気が重くなる。

「本題から外れたが、会議を再開しよう」

 神谷がうながすと、第2部長が再び説明を開始した。

「皆さんも知っていると思うが、マレーニア女王国軍はガルド将軍麾下の軍が到着した。今のところ上陸していないが、島の戦況しだいではすぐに上陸作業を開始するそうだ」

 第2部長が言い終えると神谷が幕僚たちを見回して言った。

「ガルド将軍からの意向を伝える。ガルド将軍は我々に2日間だけ時間を与えてくれるそうだ。この2日間中はすべて我々に一任するそうだ」

 幕僚たちの表情が変わった。

「今、我々には2つの選択肢がある。1つは後の事をすべてガルド将軍に託すか、もう1つは最後までするか、だ」

「一応聞いておくが、ガルド将軍にすべてを託す、という意見は?」

 松来が問う。

 幕僚たちは誰も手を挙げる者はいない。

 答えは決まった。

 神谷は幕僚たちを見回した。

「最後までするとして、どのようにするか、それを考えねばならない」

 神谷の言葉に幕僚たちはうなずく。

「医官として言わせていただく」

 先任医官の男が手を挙げた。

「前回の戦闘の後、特に普通科連隊の隊員たちから砲弾神経症(シェルショック)になった者が多数出ている。今後も増えるだろう。できることなら、歩兵戦は避けてもらいたい」

 シェルショック、または戦闘ストレスと呼ばれる心の病気である。戦場での鬱病と言えばわかるだろう。

 第1次世界大戦、塹壕等にうずくまり、敵の砲撃にさらされた兵士たちを軍医が診察した事であきらかになったもので、病名もそう名付けられた。一言でシェルショックと言ってもその症状はいくつもある。また、発症の時期も人によってまちまちである。

 ベトナム戦争、イラク戦争等に派兵した米兵の帰国後の事を調べればそれがどれほど深刻な問題になっているかがわかる。

 21世紀になってから兵士たちの心理状態のケアは軍隊の最重要課題となっている。

「発病者は現在何人だ?」

 神谷は眼鏡を直しながら、医官に聞いた。

 団付上級曹長から聞いているが、医官にも聞いた。

「発病者は100人程ですが、危険な状態になっているのは26人です。この26人は艦に戻しました」

「うう~ん」

 神谷は唸った。

 今のところ触れていないが、隊員たちは戦闘後、肉料理が食べられなくなっていた。それどころか、トマトケチャップ等の赤いものを見るだけで嘔吐する隊員も出ている。

 とてもとは言えないが、戦闘に出せる状態ではない。

 重い空気が司令部を支配した。

「私に1つ案があります」

 岩谷が発言する。

 全員の視線が集中する。

「なんだ?」

 神谷が聞くと、岩谷が幕僚たちを見回してから、言った。

「敵に降伏をすすめてはいかがでしょうか?さきの戦闘で多数の捕虜が出ました。その中には敵の指揮官に面会を申し込んで降伏するように進言する、と言う捕虜が何人もいます。彼女たちを敵地に送り届けて説得させては?」

「仮にそうしたとしても、彼らが降伏を受け入るとはとても思えません。最悪、送り込んだ捕虜は全員処刑される事もありえます」

 第1部長(人事担当)の意見はもっともだ。捕虜たちが裏切る前に、説得が通じるかどうか怪しいものだ。

「しかし、やってみる価値はあると思います」

 岩谷は引き下がらなかった。

 神谷は腕を組み、考えた。

 成功する確率は五分五分だろう。

 だが、彼女の言う通りやってみる価値はある。多くの人命が救われる。

 神谷は決断した。

「岩谷2佐。君の案を採用する。しかし、彼女たちから直接聞いておきたい。エルヴィーネさんをここに呼んでくれ」



 5分後、エルヴィーネが司令部に現れた。

 神谷はパイプ椅子から立ち上がった。

「エルヴィーネさん。貴女の口から直接聞きたいのですが、帝国軍の指揮官に面会して説得する、と申していますが、それは本気ですか?」

「はい」

 エルヴィーネは即答した。

「貴軍の指揮官が貴女の言葉に耳をかしますか?」

「わかりません。しかし、全力をあげて説得します」

 エルヴィーネの決意のこもった表情にうなずいた。

「わかりました。では、貴女に1つお願いがあります」

「はい、わかっています。ラペルリ連合王国侵攻軍に降伏するよう説得するのですね」

「そうです」

 神谷はうなずく。

「わかりました。その任、私にやらせてください」

 その言葉に、神谷たちはうなずき、松来が立ち上がった。

「では、敵地近くまでヘリで送ります」

 松来の配慮に感謝しつつ、エルヴィーネは神谷に1つ頼んだ。

「カミヤ将軍。できればもう何人か連れて行きたいのですが、かまいませんか?」

「かまいませんよ。人選はお任せします」

「感謝します。必ずご期待に答えれるよう最善を尽くします」

「貴女が幸運の女神である事を祈ります」

 松来が言う。

 一か八かのギャンブルがこうして開始された。



 天幕内は水を打ったように静まり返っていた。

 将軍リースヒェンが戦死してからは副将軍であるアルヴィーンがここの主となっている。

 だが、すでにミレニアム帝国軍ラペルリ連合王国侵攻軍はお世辞にも軍として機能しているとは言えない。

 主力はすでに壊滅し、残存兵力は後方部隊が中核であり、その中で戦闘部隊は少年兵、少女兵たちで編成された部隊である。

 これでな戦えない。

 撤退、という単語が過ぎるが、すぐに打ち消された。撤退しようにも船がない。もとから勝つもりだったのだから。

「しょ、将軍代理。我々はいったい何と戦っているのですか?」

「竜騎士団を壊滅させ、将軍を打ち倒すと等、どこの軍勢ですか?」

 参謀たちはすがるように答えを求める。

 彼らも、アルヴィーンがその答えを持っていない事を理解しているはずなのに、それでもすがらずにはいられない。

「・・・・・・」

 アルヴィーンは何も答えなかった。いや、正確には何も答えられないというのが正しいか。

 参謀たちも何を聞いても自分たちが望む答えは返ってこないと悟り、黙り込む。

 撤退が望めない以上、残された選択肢は少ない。

 そんな時、沈黙した天幕内1人の少年兵が伝令に来た。

「失礼します!防衛線部隊から至急の報せです!」

「なんだ?」

 参謀の1人が苛立った口調で聞くと、少年兵は姿勢を正して報告した。

「敵軍の捕虜だった騎士たちが敵軍の意向を伝えるべく、将軍代理に面会を求めております」

「なに」

 少年兵の報告に参謀たちが目を丸くした。

「会おう」

 アルヴィーンは即答した。

「将軍代理!」

 参謀の1人が声をあげるが、老将は手をかざして止めた。

「その者たちを全員、ここに連れて来い」

「はっ!」

 少年兵が踵を返して、天幕を出ようとした時、参謀の1人が1つ指示を出した。

「いいか、その者たちが武器の類を持っていないか徹底的に調べろ!絶対に持ち込ませるな!」

「は、はい!」



 半刻後、エルヴィーネたちはアルヴィーンたちがいる天幕に入った。

 エルヴィーネたちの背後には2人の兵士が立ち、いつでも抜剣できるよう剣を握っている。

 アルヴィーンは目を細めて、冷たく彼女たちを見る。

 参謀たちの視線も鋭く刺さるようなものであった。

 当然と言えば当然であろう。

「ふうむ、アラモア竜騎士団所属だったエルヴィーネか?」

 アルヴィーンはわざとらしいそっけなさで言った。

「謎の軍船と戦いアラモア竜騎士団は壊滅したと聞いていたが、謎の軍勢の捕虜となっていたというわけか?それで、彼らは何を考えてこのような真似をする?」

 彼女は気にせず、アルヴィーンたちに言った。

「率直に申し上げます」

 エルヴィーネがそう言うと、間をあけてから話した。

「降伏をすすめに参りました」

「降伏?我々に奴隷になれと言うのか?」

 アルヴィーンは冷たい視線を鋭い視線に変えて吐き捨てた。

 エルヴィーネはいっさい怯まず、反論する。

「違います!ジエイタイは決してそのようなことはいたしません!」

「ジエイタイ?」

「彼らはそう名乗っております」

 アルヴィーンの問いにエルヴィーネは答え、そのまま続ける。

「彼らの国では捕虜は賓客待遇で扱うのが常識です。この私も彼らに救われ、適切な治療を受けました」

「「「私たちもです!」」」

 エルヴィーネと供にここに来た捕虜たちが口を揃えて主張した。

 その様子に参謀たちは顔を見合わせた。

 アルヴィーンも目を丸くしている。

 信じられないというものであったが、捕虜たちの顔色を見るかぎり、暴行等の虐待を受けているとは考えられない。

 だが、もし降伏して、彼らが態度を一変する可能性もある。

 しかし、戦うという選択肢は現状では絶望的である。このまま睨み合いをしていても、いずれは軍内から脱走する兵たちも出るだろう。

 いつの間にか参謀たちの視線が老将に集中していた。

 参謀たちは老将にすべてを託したのだ。

 アルヴィーンは目を閉じた。

 そして、半刻が過ぎようとしていた。

 長い沈黙の後、老将は決断した。

「降伏を受諾する。全部隊に降伏するよう通達せよ」

「はっ!」

 参謀たちは右拳を左胸に当てるこの世界式の敬礼をすると、伝令兵たちに詳細を伝えて、伝令に走らせた。



 陸自からの報告をすばやくメモした[やまと]の通信士は通信員にメモを渡して、板垣に渡すように指示した。

 通信員は艦橋に上がり、司令官席に腰掛けている板垣にメモを渡す。

 板垣はメモを読むと、軽く目を伏せ、小さく笑った。

「通信マイク」

 板垣がそう言うと海士の1人が通信マイクを渡した。

 通信は全艦に繋がっている。

「ラペルリ連合王国に展開している陸上自衛隊から連絡があった。ミレニアム帝国軍は降伏した。戦いは終わった」

 一瞬、全艦の乗員たちは水を打ったように静まり返ったが、すぐに全艦から歓声の声が沸き起こった。



 同日、正午が過ぎ、[やまと]から下ろされた作業艇が走っている。

 数名の操作員を除き、乗っているのは板垣、島村、岩澤、佐藤、笠谷を含めた幕僚たちである。

 目的地の桟橋に着くと、板垣たちは上陸した。

 出迎えてくれたのは、アンネリを含めた議員と将軍たちである。神谷も出迎えに来ていた。

 アンネリたちは片膝をつき、頭を下げた。

「このたびの事は本当にありがとうございます。なんとお礼申し上げてよいか」

 アンネリが代表して板垣にお礼を言った。

「アンネリ陛下。本当に復興に協力しなくてよろしいのですか?」

「そこまで求められません。後の事は私たちでするべきことです」

「その通りです。イタガキ提督。お気になさらず」

 アンネリたちは板垣の申し出に恐縮するのであった。

 板垣もこれ以上は何を言っても変わらないだろうと思い、引き下がった。

 その後、板垣は厳しい表情に返って、アンネリに言った。

「我々が管理している捕虜はすべて陛下に預けます。しかし、その前に約束していただきたい事があります。捕虜は人道的に扱ってください。1人でも傷つければ我々はそれに応じて必要な措置を取らなくてはならなくなる」

 将軍たちは板垣の言葉にぎょっとした。

 アンネリは深く頭を下げた。

「はい、私たちの名誉とこの命にかけてお約束いたします」

 アンネリの返事を聞いて板垣は表情をやわらげた。

「では、そろそろ立っていただけますか」

 板垣の言葉にアンネリたちは立ち上がった。

「イタガキ提督。今夜は宴を開きます。船にいる方々もお呼びください。料理も最高のものを用意させます」

 アンネリの隣にいるエルフの初老の男が笑顔で言った。



 宴は広い草原で開かれることになった。

 自衛官、エルフ、人を合わせればとんでもない人数になった。

 数十人単位で焚火を囲み雑談している光景は不思議な感じだった。

 老若男女、種族、身分、住む世界が違う・・・それでも皆が一体感のようなものを感じていた。

 今を生きている・・・それを強く感じていた。

 久松はビールの缶を両手に持って、親友の姿を探した。

「直哉!」

 高井は、人の輪から外れた所で、1人ビールを飲んでいた。

「何だ?」

 つまらなそうに、返事をする親友の隣に座る。

「・・・俺たちのした事は、正しかったんだよな・・・」

 あの、女将軍と少年兵の最期の表情を思い出しながら、つぶやいた。

 多分忘れる事はできそうにない。

「・・・戦争に正義も悪もない・・・あるのは勝つか負けるかだ・・・それを忘れない事だな・・・」

「・・・・・・」

 久松は無言で、苦しい戦いに生き残ったラペルリの人々を見た。

 それでも彼らの表情は明るい。

 彼らは多くのものを失った、しかしその悲しみを糧にして明日を生きること、生きる意志の強さがあった。



 数日後、砂浜に数1000人のエルフ、人種たちが集まり、手を振っていた。

「ありがとうございました!」

「貴方がたがしてくださったご恩は一生忘れません!」

 等などと感謝の言葉が響く。

 彼らの視線の先にはレギオン・クーパーの艦隊が小さくなりつつある巨艦の姿があった。

 砂浜にはアンネリの姿もあった。

 彼女は、視界から消えつつある異世界の艦隊を見送った。

 ラペルリ奪還第7章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回もよろしくお願いします。

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