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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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ラペルリ奪還 第5章 戦争の現実

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 

 神谷以下幕僚たちは会戦で戦死したミレニアム帝国軍将兵たちを見渡せる丘に来ていた。

「大勢の兵が死んだな・・・」

 神谷は誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 神谷は鉄帽を脱ぎ、彼らに45度の敬礼をした。

 幕僚たちもそれに続く。

「控え銃!」

 第1任務団保安警務中隊の警務官(MP)たちが中隊長の指示で綺麗に手入れされた7.62ミリ小銃M1[ガーランド]を持ち、控え銃の姿勢をとった。

 陸上自衛隊発足時の主力小銃だった7.62ミリ小銃は64式7.62ミリ小銃の登場により、順次退役していたが、儀仗用として一部が使用されていた。が、海外派兵で現地のイベント等で儀仗等が必要になり、新品を発注した。

「装填!」

 警務官(MP)たちが7.62ミリ小銃M1のボルトを引き、空砲弾を薬室に送り込む。

「撃て!」

 一糸乱れずの行動で警務官(MP)たちは7.62小銃M1を構え、引き金を引く。

 戦場だった地区に銃声が響く。だが、それは人を射殺するためではない。この戦場で散った勇敢なる将兵に対しての敬意の表し方だ。

「装填!」

 中隊長の号令が響く。

「撃て!」

 再び銃声が響く。

 神谷はその銃声を聞いていた。

 23歳で陸上自衛隊3尉として入官し、30年以上自衛隊生活をした。しかし、30年前の自分は、こんな事になるとはとても予想できなかった。人生とは本当にわからないものだと、彼は思った。



「ううむ、これ程とはな」

 板垣は現地からの報告書を読み、そうつぶやいた。

 司令官室には、艦隊幕僚長の島村、空母航空団幕僚長の岩澤(いわざわ)(しげる)1等空佐、首席幕僚の佐藤の3人がいた。

 板垣は2人の幕僚長と佐藤に報告書を渡した。

 報告書が佐藤に回って来た時、すばやく目を走らせた。

 彼の表情も徐々に暗いものに変わっていった。

 報告書には、ミレニアム帝国軍将兵の戦死者は、推定でも1万5000人以上、負傷者は3000人以上と記されていた。

 それに対し、こちらの損失はほとんどいない。負傷者は多数出たが、それだけである。

 もはや、戦闘とは呼べない。一方的な虐殺である。

 板垣は机の上に置いているコーヒーカップを持ち、すすった。

「・・・惨いものですね」

 佐藤は戦闘後に撮影された写真を見ながらつぶやいた。

「うむ」

 板垣はうなずいた。

「・・・マスコミが見たら、大騒ぎでしょうな」

 岩沢の言葉に、板垣は目を伏せる。初老の脳裏に、陸上自衛隊が武力行使!自衛隊、1万人以上を殺傷、等と書き飛ばされる事だろう。

 いつであろうと、戦争は新聞の一面トップを飾る。しかし、所詮はニュースにすぎないのだ。

 結局は単なる知識でしかない。新聞からもラジオからもテレビのニュースからも、戦場の事実はただの映像と文字に成り下がる。

 人間の想像力には限りがあるのだ。個々の人間が直接的に経験できる事はわずかである。直接、自分の目で見、耳で聞くそれでも完全に理解をするのは難しい。

 この世界の人であれば、こういった情報の洪水にさらされないぶん自分の理解を超える情報は知り得ない。しかし、自衛隊員たちの世界はそうではない。新聞やラジオ、ニュース、映画とか、書物、インターネットから一度も見た事もない世界のことを、容易に知る事ができる。

 その事が問題なのだ。遠い土地で起こる惨劇も苦しみも、まったく知らない訳ではないにしても、それは単に知識としてである。所詮は他人事だ。我が国では、対岸の火事、という。

 戦場での死者の数は単なる数字と化す。

 いや、数字にせざる得ない想像力の限界が、人にはある。

 戦争に限らず災害でも同じことが言える。東日本大震災でも、被災地である東日本の住民は痛いほど、あの悪夢の惨劇を記憶の中に刻み込んでいる。それに対し西日本のほとんどの住民は統計上の数字でしかそれを見ていない。西日本の人にして見れば1万人以上の死者も、知識でしかない。

 実際に経験した東日本の国民と映像でしか見ていない西日本の国民には、天と地ほどの差がそこにはある。

 どんなに、東日本の人が、震災時の話をしても西日本の人たちには知識の1つでしかないのだ。

 話を戦場に戻す。

 戦場における戦争と伝えられる戦争はまったく違う。同じ戦争ではあるが、体験するのと、ただ見ただけ、聞いただけでは感じ方が異なる。

 板垣も佐藤を含めた幕僚たちも例外ではない。彼らも戦場にいるとは言え、陸の戦闘では安全な後方の海で統計上の数字で表された報告書を読むだけなのだから。

「100人の戦死者の遺体をこの目で見るのと、数字や記録で見るのとはまるで違う。見た者がそれをうまく伝え、知識以上にする事は不可能である。それが人の限界である。が、知識以上にできるよう伝えられる事が人の本分の1つであると信じる」

 ある人物の手記に書かれていたものだが、ここにいる自衛官たちが知る訳がない。

 板垣は目を伏せ、思った。

 戦争を決定する者たちが、実際の戦場を目の当たりにする事などまず無い。

(人の死を間近で見ない者が、未来をになう若者たちを死地に送り込み、未来をになう者たちの人生を奪う)

 板垣は心中でそうつぶやいた。

 彼らの本来の任務である。バルカン半島派遣もそうであった。いや、戦場を経験しない者たちから見れば、「まるでテレビゲームのようだ」と、口を揃えて言うだろう。



 混濁した意識が、しだいにはっきりしていく。

 最初、クリスティーナ・フォン・ベネディクトは、死後の世界にいるのではないかと思った。

 天井が、見た事もないものであったからだ。

 緑色の妙な素材でできた天幕の中に、彼女はいた。

 そんな天幕内は恐ろしく明るい。

 意識がはっきりとしても、それはどこか現実離れした印象だった。

 彼女はある事に気付き、はっとする。

 自分は戦場にいたはずだ、それなのに、なぜ、ふかふかのベッドの上にいる。

「あ!」

 奇妙な服を着た女性が声をあげた。

「まだ、動いちゃだめです」

 緑やら茶色やら斑模様の服装の女性が駆け寄り、クリスティーナに声をかけた。

 だが、クリスティーナはその女性に掛布団を投げつけると、ベッドを降り、立ち上がった。

 が、

「っ!」

 立ち上がった瞬間、右足から激痛が走る。

 クリスティーナはその場で膝をつく。

「お嬢さん!貴女はまだ動ける状態じゃないんだから」

「うるさい!帝国軍人として捕虜の辱めは受けぬ!」

 クリスティーナはそう叫ぶと、右足を庇いながら、脱走しようとするが、斑模様の服装の男たちに押さえ込まれた。

 クリスティーナは激しく抵抗したが、突然、白い服を着た壮年の男が現れると、押さえ込んでいた男性の1人が彼女の右腕を力強く押さえた。

 彼女は壮年の男が持っているものの先端を見て、絶叫した。

「ひいっ!?」

 それは針だった。

 クリスティーナは必死に抵抗しようとしたが、身体は完全に押さえこまれており、身動きできない。

 壮年の男はクリスティーナの右腕の関節部分を触りだす。

「やめろ!何をする気だ!?」

 クリスティーナは必死に叫ぶ。

 壮年の男は何も言わず、針を彼女の右腕に近づける。

「やめろ!やめてくれ!」

 彼女は必死にもがく。

「っ!?」

 彼女の右腕に針が突き刺された。

 チクッとしただけでそれは終わった。が、その後、身体の力が抜けてきて、猛烈な眠気に襲われた。

 意識が朦朧としてくる。

「私は・・・私は、将来は誇り高き騎士になるのだ・・・」

 うわ言のように彼女はつぶやく。

「わたしは・・・わたしは・・・」

 クリスティーナは猛烈な眠気と戦いながら口を開く。

「・・・ほりょ、の、はず・・・かしめ、など、う、け、ぬ・・・」

 そう言い残すと彼女は意識をなくした。

 陸上自衛隊捕虜救護所で発生した騒動は終わった。しかし、解決した訳ではない。



 数時間の時が流れた。

 ベッドの横で、パイプ椅子に腰かけた女性騎士の話をクリスティーナは黙って聞いていた。

「と、いうわけよ」

「・・・・・」

 エルヴィーネの説明に、クリスティーナは信じられないという表情で黙ったままである。

クリスティーナを眠らせた後、医官たちはどうしたら信じてもらえるか、話し合った。しかし、これという結論が出ず、警務隊(MP)と相談した。

 捕虜の管理は警務隊(MP)の管轄だ。

 警務隊(MP)は[やまと]にいる捕虜(エルヴィーネ)に説明してもらおうと考え、エルヴィーネをここに連れて来たのだ。

 エルヴィーネも2つ返事で協力してくれた。

 で、今にいたるわけだ。

 クリスティーナは自衛隊員の説明であれば聞く耳はもたなかっただろうが、彼女の説明なら半信半疑くらいには聞く意思が出てくる。

 クリスティーナは周囲を見渡した。

 彼女がいる救護所内には、自分と同じように負傷した者たちが手当てを受けている。

 自分の身体を見る。

 丁寧に包帯等が巻かれて適切な処置がなされている。

 捕虜だと言うのにこの待遇のよさは否定のしようがない。

「エルヴィーネ様。質問してよろしいでしょうか?」

 エルヴィーネはうなずいた。

「彼らは何の得があって、このような事をするのですか?」

 エルヴィーネは困ったような表情を浮かべながら、考えた。

 それはどう説明するばいいのか、というものであった。

 しばらく悩んでから、エルヴィーネは質問に答えた。

「彼らの騎士道精神のようなもの、と言えばわかる?」

 実際はジュネーブ条約に従ってのものだが、今の彼女には知るよしもない。だが、彼女の説明はクリスティーナにとっては納得がいくものであった。

「ふふふっ」

 クリスティーナは小さく笑った。

「何がおかしいの?」

「いえ、蛮族どもが暮らす国で騎士道に殉ずる者たちと戦う事になるとは思ってもみませんでした。それが、おかしくって」

 と、言いながらクリスティーナは笑い続けた。

 思えば、この国に来て初めての笑顔だった。

 今まで笑う余裕なんてなかったから、これまでたまっていたものがいっきに溢れ出たようだ。

 エルヴィーネもつられて笑った。

 しばらく笑った後、クリスティーナは真剣な表情となり、彼女に尋ねる。

「エルヴィーネ様はこれからどうなさるおつもりですか?」

 クリスティーナの問いに、エルヴィーネは決意のこもった表情で答える。

「私は本陣に出向き、撤退か降伏かを進言するつもりよ。貴女だって見たでしょう?彼らの恐ろしさを・・・」

 彼女の言葉に、彼らとの戦闘・・・いや、一方的虐殺の光景がクリスティーナの脳裏に過ぎる。

 そして、これから彼らに挑み、あの悪魔の魔道兵器により次々と絶命していく帝国兵たちの姿が彼女の脳裏に過ぎる。

 だが、戻れば裏切り者として処刑される可能性だってある。

 クリスティーナは目の前にいる女性の顔を見る。

 彼女は、処刑されるとわかっていて、決心しているのだ。

 これ以上、同胞たちが命を落としてほしくないという気持ちが彼女の決断を後押ししたのだろう。

 クリスティーナは、エルヴィーネの決意のこもった目を見て、決心がついた。

「エルヴィーネ様。私も貴女さまの同志になりましょう。その大役、私にも協力させていただきたい」

 彼女の申し出にエルヴィーネは微笑んだ。

「ありがとう。同志が増えるのは心強いわ」

 クリスティーナは心中で苦笑した。たった16年の人生でこれほどの決断をする事なんて一生に1度しかあるかないかである。



 ラペルリ連合王国に春の雰囲気がおとずれようとしている頃、海上では緊張した空気が流れていた。



[やまと]の水上レーダーがラペルリ連合王国に接近する大艦隊を捕らえていたからだ。

「状況は?」

 板垣は冷静な口調でレーダー員に聞く。

「速力変わらず、ラペルリ連合王国に向かっています」

 板垣は腕を組む。

「司令官。敵の増援かもしれません。攻撃隊を出すべきでは」

 幕僚の1人が具申する。

「敵ではないだろう。方向が違う」

 別の幕僚が否定する。

「迂回して来た、という事も考えられるぞ」

 幕僚たちが思い浮かぶ事を次々に口に出す。

「まずは状況確認だ、司令官。ヘリか護衛艦による確認を進言します」

 佐藤が具申する。

 板垣も少し考えた後、決断した。

「やむを得んな。[あさひ]に通信、不明艦隊の国籍と航行目的を確認せよ。それと、対艦兵装のF/A-18Jをスクランブル(緊急発進)待機させろ」

 板垣の指示を受けて、通信士が指示を出す。



[やまと]からの指令を受けた[あさひ]はガスタービンエンジンを響かせながら不明艦隊へ急行していた。

 速力は20ノットである。

[あさひ]艦長の稲垣(いながき)海男(うみお)1等海佐はCICで水上レーダーを映し出しているスクリーンを睨んでいた。

「艦長。立検隊準備完了です。命令があればいつでも出撃できます」

 黒色の立入検査服と黒の防弾チョッキを着た、いかにもたたき上げの士官が報告した。

 腰には9ミリ拳銃と警棒が掲げられている。

 立入検査隊とは、普段は一般隊員として勤務しているが不審船等への立入検査を行う時に召集され、立入検査を実行する専門部隊だ。言わゆる臨検隊である。海自内では立検隊もしくは立検と呼称される。

「わかった」

 稲垣はうなずく。

「砲雷長。射撃班の配置は完了しているか?」

「完了しています。命令があればいつでも射撃できます」

 砲雷長の来島(くるしま)(あまね)3等海佐がうなずく。

 イージス艦[あさひ]及び同型艦には、12.7ミリ重機関銃銃座以外に、固定設置の20ミリ機関砲が2門装備されている。

 不審船や海賊船、自爆船等への警告射撃や船体の危害射撃を行うためである。

 この20ミリ機関砲は遠隔操作射撃装置と自動射撃装置がある。これの導入により、射撃要員の命を守る事ができる。

 米海軍等の艦艇は射撃操作装置を艦橋に設置されているが、海自艦はCICに設置している。

「まもなく視認可能圏内に入ります」

 対水上レーダー員が報告する。

「[ふそう]から発艦した3機のSH-60Kが本艦を通過します」

 対空レーダー員が報告する。



[あさひ]艦橋のウィングで、航海長が固定双眼鏡を覗いていた。

 大艦隊を捕らえると、なんとも恐ろしい光景だった。

 いくら50メートル以下の木造船でも、30隻という数は脅威である。

 CICでも艦外カメラの映像をモニターに映し出されているところだろう。

 艦内通話(IVCS)のヘッドセットから稲垣の声がした。

「警笛を鳴らせ」

 その指示に航海員が操作する。

 ボォオオオオオオオ!

 警笛が周辺海域に響く。

 当然、30隻の大艦隊にも届いた。

「手旗信号の準備はできているな?」

「はい!いつでも大丈夫です」

 航海長の問いに信号長が答える。

「あちらさんも慌ててますね」

 航海長の傍らに航海士が立ち、双眼鏡を覗きながらつぶやいた。

「ああ、そのようだな」

 航海長は固定双眼鏡を覗きながら、言った。

 CICにいる稲垣から、再び指示が出る。

「不明艦隊に手旗信号。内容は、こちら日本国海上自衛隊護衛艦[あさひ]。貴軍の国籍と航行目的をあかせ、だ」

 艦長の指示を航海長が復唱し、信号長に伝える。

 信号員が信号旗を取り出し、手旗信号を開始した。

 3回繰り返すと、不明艦隊から返信が来た。

「我々はマレーニア女王国海軍所属の艦隊である。ラペルリ連合王国に侵略したミレニアム帝国軍を撃退するために来た、です」

 航海士が返信内容を訳す。

 艦橋にいる航海員、信号員たちが顔を見合わせる。

「友軍って事か・・・?」

「来るならもっと早く来て欲しいなぁ」

 等など艦橋にいる者たちがざわめいた。

「マレーニア艦隊より、再び手旗信号。貴軍の指揮官との面会を求める、です」



 その報告に正直稲垣は、内心ほっとした。

 とりあえず、敵対する気がないのならそれで良しである。

 CIC内部でも張りつめた空気が緩んだ。

 1人を除いてではあったが。

「SH-60Kの現在位置は?」

 レーダー員に来島が聞いた。

「ヘルファイアの射程圏内にてホバリングしています」

「わかった、本艦も引き続き現状の維持を」

 相変わらずの来島に軽く肩をすくめながら、[やまと]へ通信をつなぐように稲垣は指示をだした。

(やれやれ、そんな調子だからいつまでたっても男が寄り付かないんだ・・・)

 ほんの一瞬であったがジロリと来島が睨んだ。

 


 ラペルリ奪還第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回もよろしくお願いします。

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