平行世界 第1章 第1統合任務艦隊出港
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
高井高雄です。
序章に続き、第1章です。
修正しました。
その日、神奈川県横須賀市は晴れだった。
出港するには文句なしの天候である。
海上自衛隊横須賀基地埠頭で、テレビ局のレポーターがカメラマンに向かって口を開いた。
「はい!こちら海上自衛隊横須賀基地です!たった今、艦隊が出港しました!憲法と法の改正により、集団的自衛権が行使できるようになって、初となる海外派兵です」
いつもの出港の光景。
ただ、いつもと違うのはこの艦隊は単に海外派遣されるわけではない。
表向きは、自衛隊国連平和維持軍派遣艦隊=通称、第1統合任務艦隊。
第2次大戦後初に建造された航空母艦[やまと]を旗艦として、ヘリ搭載護衛艦[ふそう]、新鋭イージス護衛艦[あさひ]、ミサイル護衛艦[はつかぜ]、汎用護衛艦[うらづき]、新鋭輸送艦[しれとこ]、[しゃこたん]、輸送艦[くにさき]、新鋭補給艦[いなわしろ]、補給艦[ましゅう]の計10隻。
輸送艦には、陸上自衛隊の各種車輛、戦車、戦闘ヘリが搭載され、今までにはない機動部隊であった。
そして、彼らの派兵先はバルカン半島であった。
「よりによって、バルカン半島とはな・・・」
埠頭で手を振る大勢の人々に混じって、白の夏用制服姿の女性自衛官がつぶやいた。
金の4本線の肩章から、彼女の階級が1等海佐である事がわかる。
「心配?」
彼女と同じ、肩章の女性自衛官が聞く。
「・・・バルカンは嫌いだ」
「貴女の大切な人を、奪った場所だから?」
「・・・・・・」
彼女は軽く、同僚を睨んだ。
「大丈夫よ、1年間の派兵期間を終えれば、元気で帰って来るわ」
「・・・必ず帰って来ると言ったのに・・・約束したのに、あいつは帰って来なかった・・・」
「・・・・・・」
2人は、遠ざかる艦隊に視線を向けていた。
「・・・しかし、一般人はどう思うだろうな・・・政府から発表されている情報が、ほんの一部でしかない事を知ったら・・・」
「きっと、日本中反戦デモの嵐でしょうね。でも、国際社会ではそれが普通でしょ・・・軍の情報を何もかも開示しろだなんて、どれだけ平和ボケって笑われるだけよ」
「軍隊と自衛隊・・・同じようで、同じではない。70年以上戦争を知らない・・・戦うことを否定された軍隊は、はたして軍隊と言えるのか・・・?」
彼女の疑問に答えるのは、埠頭に打ち寄せる波の音だけだった。
陸地が離れていく。
空母[やまと]の艦橋右側のウィングで航空自衛隊の夏服を着た男が横須賀基地の埠頭に視線を向けた。
埠頭には見送りに来た家族や関係者たちの姿があった。
彼は航空自衛隊第1空母航空団第2部長(作戦担当)笠谷尚幸2等空佐だ。
「恋人でも来ているのですか?」
背後からかけられた声に、笠谷は苦笑を浮かべながら振り返った。
「いいえ。違いますよ」
笠谷は目の前にいる眼鏡をかけている童顔の男に短く答えた。
彼は艦隊の首席幕僚の佐藤修一2等海佐である。
笠谷と同年齢だが、見た目は佐藤の方が年下に見える。
「では、なぜ埠頭を?」
佐藤は首を傾げた。
彼は、かなりの美男子だ。街角ですれ違えば10人のうち7人くらいの女性が振り返るくらいに・・・佐藤の表情が、それを語っていた。
笠谷の苦笑が深くなった。
「いや、これからしばらく日本を拝めなくなりますから、今のうちに見ておこうと思いましてね」
「はっははははは、まるで船乗りのようなセリフだな」
佐藤の後ろから笑いながら1人の初老の男が姿を現した。
第1空母航空団創設以来ずっと顔を合わせてきた。初老は相変わらず自衛官というよりは大学の教授を思わせる穏やかさである。
彼は板垣玄武海将である。
「言ってて、自分でもおかしいなと思っています。空の人間が海の上で船乗りのようなセリフを言うなんて」
「はっははははは、それはそれでいい事だと思っている。空自(航空自衛隊)の隊員たちもかなり馴染んでくれている。何よりだよ」
「ええ、おかげさまで」
笠谷は軽く頭を下げた。
「最初はどうなる事かヒヤヒヤしましたけど始めてみれば、なんということもなかったですね」
佐藤はうんうんとうなずきながら言った。
「何事にも初めてというものはある。だが、あれほどうまくいくとは思わなかった」
板垣は素直に感想を言った。
笠谷はそんな海自(海上自衛隊)組の意見に苦笑するしかなかった。
彼らは知らないのだ。空自がどれほど苦労したか。
空幕(航空幕僚監部)は海自が空母を保有するにあたって、多くのベテランパイロットたちを米国に派遣し、空母パイロットとして教育させた。
その時の苦労は実際に経験した者でなければわからない。
「コーヒーを持ってまいりました」
トレイを持った幼さがある女性自衛官が艦橋に上がってきた。
女性自衛官は板垣に渡すと、佐藤、笠谷という順でコーヒーを渡した。
「ありがとう。松野海士長」
笠谷がコーヒーを受け取ると、19歳になった女性自衛官の松野彩海士長に礼を言った。
松野は、ぱあ、と明るくなり「はい!」と喜んだ。
それを見ていた佐藤は顔を横に向けて眼鏡を持ち上げた。
(フッ、色男が)
第1統合任務艦隊は、当初の目的地であるインド洋に、大きく舵を切った。
基準排水量5万6000トン、全長293メートル、搭載機数60機、主要兵装は20ミリ高性能機関砲(CIWS)とSeaRAM。
一見すると米国空母[ジョージ・ワシントン]級を小さくしたものだが、それもそのはず、日本は[ジョージ・ワシントン]級をベースに建造したのが、[やまと]型航空母艦である。
むろん、まったく同じではない。米空母とは異なり動力は原子力ではなく通常動力型である。さらに、日本独自に手が加えられている。
艦載機は艦載機としてもっとも実績のあるF/A-18F[スーパーホーネット]である。
当初はステルス戦闘機のF-35が候補にあがっていたが、すでに空自はAタイプを導入し、国産化していたが、調達費が高騰し、とても艦載機タイプの調達は不可能になった。そこでF/A-18Fを調達した。
F/A-18FはF-35よりも安価で、これを日本独自に改良したのがF/A-18Jである。
[やまと]は偵察タイプのRF-18Jを合わせて40機搭載している。他にE-2D[ホークアイ]、V-22[オスプレイ]、対潜哨戒ヘリのSH-60K、救難ヘリUH-60J、掃海輸送ヘリMCH-101等を搭載している。
[やまと]の幕僚室は他の護衛艦とは異なる。それは、[やまと]に乗艦する幕僚の数が他の旗艦とは比べものにならないからだ。海上自衛官だけではなく航空自衛官も使用するから、広く作られている。
幕僚室には海空の幕僚たちが席についていた。
第1統合任務艦隊司令官である板垣は海空の幕僚たちを見回した。
「・・・・・今さら私は多くを言うつもりはない。政府と防衛省のお偉方は国民に対し、国連平和維持軍に参加すると言っているが、実際はそんな生易しいものではない・・・・・我々は多国籍軍に参加する。バルカン半島で発生した第3次バルカン戦争に介入し、各種作戦に参加する。ここまでは諸君等も承知のうえだろう。本日の会議はバルカン半島の情勢を知り、作戦に必要な策を出し合う事にある」
板垣が言い終えると、艦隊の幕僚長である島村三郎1等海佐が立ち上がった。
「ニュースでは報道されていないがバルカン半島では、武装勢力の装備はかなり充実していることが判明した。どこから入手したか不明だが、戦闘ヘリやミサイル艇等さまざまだ」
第3次バルカン戦争が勃発したバルカン半島の国々で民族浄化の名のもと民族虐殺が日常化した。
しかし、ヨーロッパの火薬庫であるバルカン半島ではよくある話である。
今回は世界大戦に拡大する可能性大であると国連は判断した。と言うのも、どこから入手したかわからない弾頭ミサイルがバルカン半島の都市部だけでなく、イタリア等のNATO加盟国の都市にも撃ち込まれた。
NATOは国連に対し連合軍の派遣を要請した。
国連は連合軍を組織し、バルカン半島に派遣した。
日本も無関係ではなかった。ヨーロッパ各地の日本企業がテロの攻撃目標にされたり、バルカン半島に派遣された医療チームが次々と殺害された。
日本世論が動き、バルカン半島への自衛隊派兵の声が上がった。
世論が動けば政府の行動は早かった。一部の党や反戦団体からの反対があったものの、逆に世論から袋叩きにされた。
政府は陸海空自衛隊の派兵を決定した。
決定する側より、編成運営する側の苦労は並ではない。
防衛省は、1年間という期間をかけて艦隊の編成と演習を繰り返した。
なにしろ、初の多国籍軍への参加なのだ、不様な姿を晒すわけにはいかない。
事実、幹部クラスではこの1年間で何度かの入れ替えを行って選りすぐりの士官を揃えた。
板垣は、島村の説明に耳を傾けながら考え込んだ。
これから、自分たちが介入しようとしているのはどれ程言葉を変えようと、戦争だ。
あの世界大戦以来、日本人が忌み嫌っていた戦争に介入する。
国民に対し、政府はあくまでも平和維持軍への参加と説明している。しかし、現実は違う・・・これは、許される事なのか?
彼自身、口には出さないが、疑問は払拭できないでいた。
「しかし、異例と言えばここまでの規模の派兵になるとは思ってもいませんでした」
幕僚の1人がつぶやく。
「武装勢力の規模、保有している兵器等の情報が不足している以上、持てる最大戦力を投入するのは、基本中の基本です。戦力の逐次投入は、無駄に犠牲を増やす事になります」
佐藤が答えた。
「第2次大戦の旧日本軍の轍は踏みたくないからな」
「そうだな政治家の先生がたが、そこの辺りを理解してくれたのはありがたい事だ」
何人かは、ウンウンとうなずいて同意した。
呑気なものだ。と、板垣は思う。
軍事行動が、政治に利用されなかった事が、あっただろうか。
この派兵にしても、それなりに思惑がある。もっとも、それに口出しをする権利は自分たちにはないのだが・・・
「どうしました、司令官?」
考え込んでいた板垣に、笠谷が首を傾げて尋ねた。
「いや、たいした事ではない・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
佐藤も首を傾げる。
幕僚たちも、議論を中断して海将の顔を見た。
「いや、何でもない」
そう言って、板垣は軽く頭を振った。
「今まで、色々大変でしたからね。無理は禁物ですよ、歳ですし・・・」
佐藤が、冗談交じりの軽口を叩く。
「失敬な!!」
幕僚たちから笑い声が上がった。
「・・・会議を再開しよう」
島村が、咳払いをして話を元に戻そうとしたが、一点を見て口を半ば開けたまま、固まった。
「「「!!!」」」
全員が、島村の見つめる方向に振り向いて、声にならないうめき声をもらした。
そこには・・・
長い金髪の美しい女性が、立っていた。
しかし、彼女は人ではない。その背中には白い翼があった。
「誰だ!?どうやってここに・・・」
「どうやって、この艦に侵入した!?」
幕僚たちが、怒鳴る。
「司令官、お下がりください」
笠谷が、板垣を庇って前に出る。
「・・・・・・」
女性は無言であった。ただ、ほっとした表情を一瞬浮かべた後、罪悪感に苛まれる表情になった。
「け、警務隊(MP)を呼べ!」
佐藤が叫ぶ。
幕僚の1人が艦内電話の受話器に飛びついた。
「幕僚室で緊急事態発生!至急来てくれ!」
受話器を掴んだ幕僚は大声で叫んだ。
「君は・・・?」
板垣はようやく口を開いた。
「・・・私が視えるのですね・・・」
「どういう事だ?」
「・・・・・・」
女性は板垣を、無言で見つめた。
背筋に悪寒が走る。
「どうしましたか?」
ようやく警務官(MP)たちが駆け付けて来た。
「この女を拘束しろ!」
笠谷が叫ぶ。
自衛隊内の警察組織である警務隊(MP)は軍で言うところの憲兵(MP)である。
その指示に2人の警務官が女性を取り押さえようと、彼女に近づいた。
「私の声を聴く事が出来たのは、貴方たちだけです・・・」
彼女が言う事を理解できたのは、誰1人いなかった。
「・・・頑迷な、正義という心を持たない人々・・・貴方がたなら・・・」
「どういう事だ?」
笠谷が女性を睨みながら問うた。
「・・・・・・」
彼女は、目を伏せた。
「答えろ!!」
笠谷は怒鳴る。
「○○△□※○」
彼女は意味不明の言葉を唱え出した。
「○○△□※※○」
その瞬間強い光が周囲を支配した。まるで、女性が光そのものと化したかのようだ。
ここにいる全員が、嫌な予感を感じた。
2人の警務官が拳銃を抜き構える。
「待て!撃つな!」
板垣が、叫ぶ。
制止は間に合わず、乾いた音と共に、2発の銃弾が発射された。
しかし、光に当たったとたん、力を失ったようにポトリと床に落ちた。
光はさらに広がり、太陽が昇ったように眩しく、全員が手をかざした。
「な、何なんだ!?」
誰かが叫んだ。
光はみるみる広がり、そこにいる人々を包み込んだ。
「いったい・・・な・・・に・・・が・・・」
板垣は、薄れていく意識の中でかろうじて口に出来た言葉がそれだった。
「か、艦長!」
潜水艦[じんりゅう]のソナー士が叫んだ。
[そうりゅう]型潜水艦の7番艦である本艦は第2潜水隊群に所属する。
「どうした?」
「だ、第1統合任務艦隊のスクリュー音が消えました!」
「なにぃ!」
艦長(2佐)が珍しく声を上げた。
発令所にいる乗員たちが顔を見合わせた。
「どういうことだ!?」
艦長の問いに誰も答えない。
艦長はしばらく唖然としていたが、すぐに我に返った。
「本艦はこれより、現場海域に急行する。最大戦そーく、深度50」
「最大戦そーく、深度50メートル」
操舵員が復唱する。
彼女は、艦隊が消滅した、海を見ていた。
「・・・貴方がたでなくては、出来ない事なのです・・・自らの正義に疑問を持ち、答えを求める心を持つ者でなくては・・・ですが・・・そのために払う代償はあまりにも大きい・・・」
彼女は、悲しそうにつぶやいた。
ありがとうございます。
誤字脱字にご了承ください。
次回もよろしくお願いします。