ラペルリ奪還 第2章 決戦前
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
美しい2つの月の下を2機の灰色の飛行物体が、静かに飛行していた。
飛行体は一見すると無人航空機(UAV)MQ-9[リーパー]だが、違う。
飛行中のUAVは航空自衛隊がMQ-9をベースに空母艦載機タイプとして開発された無人航空機(UAV)MA-1[キラー]である。
偵察機としての能力と攻撃機としての能力を持ったUAVである。固定武装はないが、増槽と空対地ミサイル[ヘルファイア]もしくは91式空対空ミサイル(91式携帯空対空誘導弾を改造したもの)を装備する。
MA-1の操縦は[やまと]の戦闘指揮所(CIC)で行われる。
「キラー1(ワン)。作戦空域上空に入りました」
[やまと]のCICでUAVのパイロットが言った。
「了解。攻撃開始」
CICにいる板垣が短く言った。
「ヘルファイアミサイル、スタンバイ」
UAVを取り扱う指揮官が指示した。
「ヘルファイアミサイル、準備よし」
オペレーターである防衛省の技官が入力する。
「撃て!」
指揮官の号令で、パイロットは発射ボタンを押して、ヘルファイアミサイルを発射する。
発射されたヘルファイアミサイルは目標の超大型テントに命中する。
その光景は、監視役として高空にいるMA-1からの映像で確認した。
「目標の破壊を確認」
その報告に板垣はその映像を映しているスクリーンを凝視した。
「・・・・・・」
「ひどい、戦争ですね・・・」
佐藤が小声で囁いた。
「まったく、時代と共に戦争も変わっていく・・・」
MA-1からの映像を受信しているのは[やまと]だけではない。ミサイル護衛艦[はつかぜ]のCICのスクリーンに映し出されている。
「対地支援戦用意」
髭を生やした50代の中年男性が指示を出した。
この中年男性が[はつかぜ]艦長である大津健史2等海佐だ。
「対地支援戦用意。対地支援、艦砲射撃始め。目標物資集積所」
副長兼船務長の竹道3等海佐が指示を出す。
砲雷長が復唱し、射撃員たちが艦砲射撃のデータ入力を行う。入力が完了すると、「艦砲射撃よし」と報告する。
「艦砲射撃始め!」
竹道の指示で、射撃員が発射装置を操作し、[はつかぜ]艦首に搭載されている62口径5インチ速射砲が旋回し、吼える。
UAVと現地にいる特戦群からの情報をコンピューター入力し、正確な弾道計算されるため、正確無比の艦砲射撃が可能。
撃ち出されている砲弾は、対地攻撃用誘導砲弾である。たとえ風等で砲弾がながされたとしても、自動で修正し目標に向かう。さらに、砲弾にはロケット補助システムがあるため、射程距離は100キロである。
砲弾は一切の狂いもなく、物資集積所に着弾し、完全に破壊した。
朝日が昇った。
最初に灰色の軍艦と戦った竜騎士団所属のエルヴィーネは、あまりの待遇のよさに面喰っていた。
この世界の常識では、捕虜は奴隷として扱われる。虐待、殺害されるのは当たり前で、苛酷な労働をしいられて死ぬという事はよく聞く話だ。
彼女のような女性の捕虜は、勝利者の指揮官格の戦利品にされ、性的奴隷となる事が通例である。
しかし、この待遇のよさはなんであろう、これではまるで賓客扱いである。
エルヴィーネに与えられたものといえば、鍵がかかった個室にベッド、それに甘い菓子類、飲み物ととりあえずの日用品だった。
さらに3食の食事と監視はあるが風呂である。
彼女の待遇がいいのは、ジュネーブ協定に従っての事であることなど、エルヴィーネは知るわけがない。
監視の水兵も1人いるが、妙に優しく接してくる。
「なんなのよ。この船?」
本当に海軍なのか、と首を傾げる。いや、その前に、この船はこの世界で造られたものなのか、そう思はざるにはいられない。
船の中だと言うのに、外と変わらない明るさ、船内は驚くほどに涼しい。
蛍光灯や冷暖房等存在しないこの世界では、まず理解できないだろう。
海軍の事にはあまり詳しくない彼女も、この船の異様さは身に染みる程にわかる。エルヴィーネは、ある言葉が思い浮かぶ。
レギオン・クーパー(異世界の軍勢)・・・
それ以外に考えられない。最強の王者である竜が何もできず、あっさりと殲滅された。
歴戦の上官や、冗談を言い合い、共に笑い合った仲間たちが、あの奇妙な光矢に襲われ、次々に絶命した。こんなことができるのは本国にいる皇帝軍しかいない。
彼女の脳裏に親友の顔が過ぎった。
(アルビーネ・・・)
エルヴィーネは親友の名をつぶやいた。
幼少の頃から共に過ごし、剣術を磨き合い、あらゆる事を競い合った。
親友は自分より早く嫁入りし、この戦争が終わってから式をあげる事にしていた。だが、親友は死んだ。蛮族どもの島で、国名すら知らない国の海軍に・・・神はなんと惨い事をなさるのか、彼女は思った。
「アルビーネ。貴女が私を生かすように神に頼んだの?」
彼女は天を仰ぎながら、つぶやいた。
軍人として、死ぬ事は恐れていない。いや、正確に言えば強大な敵と戦い、名誉の戦死をする事は本望すら思う。
だと言うのに、戦場で死ぬどころか、運悪く生き残り、さらには敵軍に救われた。
仕打ちにしてはあまりにも行き過ぎたものだ。
そんな事を考えていると、ドアからコンコンとノック音がした。
彼女が、どうぞ、と言うと、白い服装の男がドアを開けた。
「エルヴィーネさん。板垣司令官が面会を望んでおられます。応じていただけますか?」
エルヴィーネは捕虜なのに、伝令の水兵は敬語を使った。
そういえば、食事を持ってくる水兵も敬語で接してくる。まことに奇妙な事である。
そういうわけでエルヴィーネのほうにも聞きたいことは山ほどある。竜騎士団を全滅させた魔法のことが少しでも聞き出せたなら儲けものだ。
「応じます。しかし、イタガキ提督にお会いするのでしたら、少し身嗜みを整えさせてください」
「わかりました。外で待っていますので、準備ができましたら、お声をかけてください」
男はそう言って部屋を出た。
エルヴィーネは服装を整えて、濡れた布で顔を拭いた。
身嗜みを整えると外にいる男に声をかけた。
水兵の後について行くが、両手を縛られる事もなく、背後に監視の兵がつくだけであった。こんな扱いを受けると、奇妙を通り越して不気味ですらあった。
やがて指揮塔(艦橋)に達したエルヴィーネは、驚いた。
彼女が知る指揮塔とは大きく異なっていたからだ。
光箱のような物に水兵たちが眺めているだけで、ときおり光箱に手を触れ、何かしている。
「驚かれるのも無理はありません。そのわけをこれから説明します」
ここまで案内してくれた男と同じく白い服を着た初老の男が苦笑しながら言った。
初老の男の隣には動きやすい服装ではあるが、ノインバス王国の王女フレアの姿もある。
「初めまして、私はこの艦隊の司令官板垣玄武海将です」
エルヴィーネは片膝をついて頭を垂れた。
「ミレニアム帝国軍ラペルリ連合王国侵攻軍アラモア竜騎士団所属エルヴィーネと申します」
「ええと・・・」
板垣の苦笑が深くなった。
(まあ、わかっていた事ではあるが、どうも、この扱いは馴れん・・・)
板垣は小さくため息をついた。
「できれば立っていただけませんか?」
「いいえ。イタガキ提督、私のような身分の者にお気遣いなく」
頭を上げたエルヴィーネは、そう応じた。
「そう言われましても、慣れないものでして、立っていただけませんか?」
板垣は笑みを浮かべて促した。
彼女は戸惑いながら大きくかぶりを振った。
「な、なりません!私のような者が、イタガキ提督程のご身分の方と・・・」
「エルヴィーネ殿。イタガキ提督の国では、軍人同士が話す時は、同じ位置で話し合うのが通例なの。だから、立ちなさい」
隣にいたフレアが告げた。
ここまで言われれば、聞き入れるしかない。エルヴィーネは恐る恐る立ち上がった。
エルヴィーネは改めて、初老の提督を見た。
(これほどの力を持つ艦隊の提督だと聞いて、どんな男かと想像していたけど・・・ただの初老の男じゃない。着ている服もとても提督の服装に見えない)
彼女は素直にそう思った。
確かにこの世界の将軍や提督の軍装は見ただけですぐにわかるようになっている。それがない事に違和感を覚えているのだ。
「ところで、エルヴィーネさん。この艦での生活はどうですか?何か必要な物はありますか、武器以外でしたら用意させます」
板垣の言葉に彼女はさらに面食らった。
本当に自分は捕虜なのか、と疑問に思う。いや、この船に救助された時から、疑問はあった。
ここまでする意味がわからない。これまで彼女は何をしたか、竜に騎乗し、村や町を焼き払い。降伏した敵兵を竜で踏み潰したり、暴行したりした。
なのにこの扱いである。彼女がさらに面食らうのもしかたない。
「いえ。今でも十分過ぎる待遇です。お気遣いなく」
「そうですか、それならいいですが。何か必要な物があれば遠慮なく係りの隊員にお申し付けください」
板垣は笑みを浮かべながら言った。
板垣の目を見れば、裏表がない事がわかる。
「では、本題に入りましょう」
板垣は真剣な表情になった。
「貴女の疑問に答えましょう」
板垣の言葉にエルヴィーネは唾を飲んだ。
「私たちはこの世界の人間ではありません」
板垣の突然の言葉に、エルヴィーネはすぐに反応できなかった。そうであろう、と思っていたが、直接聞くと、固まってしまう。
彼女はしばらく石のように固まっていたが、ようやく理解した。
「貴女がたの言葉で、レギオン・クーパー、と呼ばれるものです」
彼の言葉に彼女はすべてを悟った。
そして、彼女の存在がラペルリ連合王国での戦争を終結させる第一歩になる。
「いったいどいう事だ?アルノー卿」
会議室用に使われている天幕内に冷たい女性の声が響いた。
アルノーと呼ばれた中年の男はがくがくと足を震わせていた。
口髭をたくわえ、でっぷりと太ったその男は貴族階級の出身であることは一目瞭然だ。
「は、はい、その・・・蛮族どもが強力な魔道砲を使ってきまして・・・」
アルノーは震えながら報告した。
震えすぎて、何を言っているのかわからないが、なんとか聞き取れた。
アルノーに集中していた冷たい視線がさらに集中した。
将軍席に座る。漆黒の甲冑を着込んだ銀髪の美女が冷たい声で語りかける。
「貴様は前線の指揮官で、謎の魔道砲撃を受けただけで、我が帝国軍の名誉を汚すに等しい撤退を行った」
ミレニアム帝国ラペルリ連合王国侵攻軍将軍リースヒェン・フォン・ドレーアーは鋭い声で言い放った。
「いえ、それは・・・その・・・」
その時、アルノーは何か思いついたように表情を変えた。
「見張りの兵どもが、鐘を鳴らさなかったからです。魔道砲なら必ずどこかに魔道砲を展開しているからわかるはず、なのに、それなのに見張りの兵どもは・・・」
「もういい」
副将のアルヴィーンが冷たい口調で遮る。
「卿の事は聞いている。敵の魔道砲の砲撃を受けた時、部下たちを置いて、単身で逃げ出したそうだな」
アルノーはただぶるぶる震えているだけであった。
「卿が戦線にとどまり、冷静に状況を分析し、判断していればこのような不様な結果にはならなかったはずだ。陛下より賜った貴重な兵を無駄に死なせおって、戦場では平民も貴族もない。貴重な戦力だ」
リースヒェンは腕を組み、鋭い視線のまま言い放った。
「卿の処置だが、覚悟はできているだろうな?」
アルノーは肩を落とした。
参謀の1人が衛兵に合図した。
2人の衛兵がアルノーの両腕を抱えて、天幕を出た。
「無能め!」
リースヒェンは吐き捨てた。
「しかし、目視できない遠距離から魔道砲の砲撃とは、にわかには信じられん・・・」
「副将軍。距離もそうですが、その正確性と破壊力は驚異的です」
参謀の1人が言った。
「すでに物資集積所が3つ、この3日間で破壊されました」
「ううむ」
アルヴィーンが唸り声を上げた。
「兵たちの話では、砲撃の前に、見慣れない巨鳥が飛んでいると」
「斥候に出した兵たちも、ほとんど戻ってきませんし、戻って来た者も訳のわからない事を報告しています」
「確か・・・馬等を使わずとも自走する馬車だったかな」
「馬鹿な!皇帝軍のような軍勢が現れたと言うのか、そんなのあり得ん!」
参謀たちの中では一番の年長者が吐き捨てた。
彼が言った皇帝軍はミレニアム帝国が建国する前に栄えた神聖帝国を滅ばした軍勢だ。現在では皇帝直轄の軍である。
彼らが保有する魔道兵器も、この世界の物とは桁外れに違う。この世界の言葉で、レギオン・クーパー、である。
「しかし、最強の竜騎士団が2個も全滅したのです。皇帝軍に相当する軍勢でもないかぎり不可能です」
若い参謀が言った。
「「「うーん」」」
参謀たちが唸った。
会議室内は水を打ったように静まり返った。
「少し気分を変えよ」
アルヴィーンだった。
「紅茶を」
アルヴィーンは近くにいる従兵に言った。
「はっ!」
従兵は手際よく紅茶を準備した。
全員分の紅茶ができると従兵は将軍や参謀たちに配った。
一時の安息の時間である。
気分を落ち着かせたリースヒェンたちは会議を再開した。
「聞け」
リースヒェンは立ち上がった。
「我が軍の名誉回復のため、総攻撃を行う。動ける兵をすべて投入する。そして、私自らも剣を握り、最前線で指揮をとる」
彼女の言葉に参謀たちは奮い立つ。
「将軍が最前線に立つとなれば兵たちの士気も高まります」
「将軍。我らもお供いたします!」
参謀たちの目に希望の光が現れた。
だが、1人だけうかない顔をしていた。
アルヴィーンは嫌な予感がしていたからだ。それは人生のほとんどを戦場にいた者だけが持つ、特殊能力である。
アルヴィーンの予感は、後に現実のものとなる。
ラペルリ奪還第2章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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