ラペルリ奪還 第1章 偵察
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです
空は分厚い雲に覆われていた。風も強くなり、波も高くなり出した。
そんな天候を見て、今の我々の心境だな、と板垣は思った。
艦橋の司令官席で腰を下ろしていた板垣玄武海将は、夜があけたばかりの海原を睨んでいた。
艦橋の右舷側にある艦長席には、空母[やまと]艦長である立吉一三男1等海佐が腰掛けていた。
その近くで副長兼飛行長の城島七海2等海佐が双眼鏡を覗き、行く手の水平線を睨んでいた。
「司令官。気象長から報告です。今日1日は猛烈な雨です」
艦隊幕僚長の島村三郎1等海佐が報告した。
「気象衛星がないというのも不便ですね。各艦の気象レーダーでは、今日の天気がわかるぐらいですからね」
若い男が気楽な口調で言った。
板垣はため息をついた。海上自衛隊の水色と濃紺が交じり合ったデジタル迷彩服を着た彼は、階級章がなければとても第1統合任務艦隊司令官には見えない。
若い男の方は、艦隊首席幕僚の佐藤修一2等海佐だ。この男も、旧海軍で言う首席参謀には、その童顔さからは判断するのは難しい。
板垣は立ち上がり、艦橋左舷のウィングに出た。
島村と佐藤、立吉も後に続く。
板垣はウィングから飛行甲板を見下ろした。甲板上では1機のRF-18Jが発艦準備をしていた。
どこかを攻撃する訳ではない。敵情偵察である。
すでに制空権はほとんどこちらのものであるから、偵察機が撃墜される可能性はかなり低い。だからこそ単機での偵察飛行が許可されたのである。
むろん、この偵察飛行は単なる敵情偵察だけではない。敵の将兵に制空権はすでに奪われている事を思い知らせるのも任務の1つである。
大東亜戦争時、米軍は昼間にB-29を飛ばし、日本本土の偵察を行った。この時も航空偵察だけでなく、日本国民に主戦意識をなくす事も目的だった。今回の偵察もそれにならってのものだ。
この戦術航空偵察を具申したのは航空自衛隊第1空母航空団第2部長の笠谷尚幸2等空佐だった。むろん、彼だけではない。陸上自衛隊からの強い要望でもあった。
RF-18Jがエンジンを始動させる。
独特のエンジン音が響く。
甲板作業員、誘導員、整備員、爆装員が慌ただしく立ち動いている。
整備員が梯子を外し、手信号で丸を作っていた。
誘導員の手信号に導かれ、エンジンを噴かしながらRF-18Jは射出機に移動する。
RF-18Jのパイロット2人が板垣たちに挙手の敬礼をした。
板垣も答礼する。
誘導員が、発艦せよ、と合図を送る。
RF-18Jは轟音を響かせながら滑走し、[やまと]から発艦した。
板垣は空高く上がっていくRF-18Jを見送りながら、大きくため息をした。
「どうしました。司令官」
「いや、たいしたことではない・・・ただ・・・」
「ただ?」
板垣は佐藤に振り返った。
「異世界に飛ばされる等と言う超異常現象を私は今だに信じられないのだ。それも人の力によるものだとなれば特にな・・・」
「結構重要な事だと思いますが・・・いいでしょう。我々は実際に異世界に飛ばされました」
板垣は部下の解答に苦笑した。
「私は若くない」
「それを認めるには、あまりに現実からブッ飛んでると?」
「ああ。異世界に飛ばされるなど、映画の中の話だと思っていた」
板垣の言葉に、佐藤は思い当たるふしがあるかのようにつぶやいた。
「たしか、自衛隊が戦国時代にタイムスリップする話ですね」
「そうだ。昭和のな」
「しかし、あれはタイムスリップです。我々に起きた現象とは異なります」
板垣の苦笑が深くなった。
「私からすればどちらも同じ超異常現象だ」
「全然違います」
佐藤はきっぱりと言った。
板垣はデジタル迷彩服と同じ柄の作業帽を脱いで頭を掻く。
「それにしても」
板垣は作業帽を被ると、ラペルリ島に視線を向けながら、口を開いた。
「もし、何事もなくバルカン半島に行ったとして、同じ状況だったとして、ここまで悩む事になるだろうか・・・」
佐藤は停船している輸送艦[しれとこ]に視線を向けた。
[やまと]の周囲にはイージス艦[あさひ]、輸送艦3隻がいる。
佐藤は[しれとこ]を見た後、板垣、島村、立吉と艦橋にいる城嶋を見る。
(て、いうか、こんなおっさんとおばさんに何をしろと言うんだよ)
「首席幕僚。今、心の中で私をおばさんって言いませんでした?」
城嶋がウィングに顔を出し、にっこりと笑みを浮かべ、言った。しかし、その目は鋭かった。
「「「おい!佐藤。今、心の中でおっさん扱いしなかったか?」」」
板垣と2人の1佐の声が重なった。
「い、いいえ。別にそんな事は・・・」
佐藤は心の中で、なんでこんなに勘がいいんだ、と叫んだ。
空を飛ぶ事に魅力される人間は多い。
人はこの世に生まれれば、1度は考える。この広い空を飛びたい、と。
分厚い雲の下で、偵察型のRF-18Jを操る航空自衛隊(空自)の1尉もその1人だ。
コール・サインはヴァルキューレだ。北欧神話に登場する語源。
「こちらヴァルキューレ1(ワン)。まもなくミレニアム帝国軍支配地域上空に入る。これより高度を落として、偵察を行う」
1尉は無線で[やまと]にそう報告した後に、[やまと]から了解を得ると、機首を下げて高度を下げた。
900、800、700、と高度が下がり、高度600メートルで機首を上げて水平飛行に入った。
後は、目標を照準し捕捉したなら、ボタンを押すだけだ。
戦術航空偵察と言えばかっこいい響きだが、ぶっちゃけ、空から写真を撮る事である。
地形や地上に展開する兵士、兵器、建物等をすばやく空から撮影し、艦に持ち帰って、現像、プリントアウトする。
被写体の分析と識別は艦内にいる専門の隊が行い、上に報告する。
それだけに偵察機のパイロットにはパイロットとして力量のみならず、腕のよいカメラマンとしての腕も求められる。
1尉は部隊勤務以来ずっと偵察機のパイロットで、いろんな写真を撮った。カメラマンとしても一流だと自負している。定年後はカメラ系統の仕事をしたいと思っている。
だが、定年退職の前に、元の世界に戻る術を探さなければならない。
乗組員たちの噂では、元の世界に戻れる可能性はかなり低いらしい。
1尉も頭では否定しているが、心の中ではその事を肯定しているのも事実だ。
こういう話に強いわけではないが、学生時代にこういったドラマがあり、最後はその時代の者たちに殺された。
「元の世界では、今どうなっているのでしょうね」
後部座席にいる3尉がつぶやいた。
「新聞は一面トップだろう」
1尉は答えた。
第1統合任務艦隊謎の消滅!!某国からの核攻撃か!?という新聞記事が思い浮かんだ。
1尉は結婚して10年目になる妻がいる。5歳になる息子もいる。
妻はどう思っただろう。夫の乗る船が消滅し、行方不明になったと知らされた時、息子を抱き泣き叫んだだろうか、それとも隠れて声を殺し泣いただろうか。
(いや、あいつも軍人の妻だ。結婚した時から覚悟はできていたはずだ。泣き叫ぶ事はないだろう)
1尉は自分で出した答えに納得し、液晶画面の1つを見る。
レーダーには、敵の野営地を捕捉していた。
「こちらヴァルキューレ1(ワン)。敵総司令部と思われる野営地を発見した。これより接近して撮影を行う」
1尉がそう報告すると、操縦桿を押し、さらに高度を下げた。
高度300まで降下した。
敵の勢力下でここまで高度を下げる事は、現代戦ではありえない。撃墜してくれと言わんばかりだ。
もう一つの任務である。機を見せるという事は十分にはたせるだろう。高度300なら誰の目にもはっきりと映る。
1尉は最初の撮影を難なく終えた後、再び右へ大きく旋回して、もう1度撮影した。
これを2、3度行って、野営地上空を離れた。
次は陸自(陸上自衛隊)の侵攻ルート上の航空写真である。
(まったく、考えて見れば1機でする事ではじゃねーな)
1尉は心中でぶつぶつ文句を言った。
RF-18Jが航空偵察を行っている頃、地上では陸自の幕僚たちと打ち合わせのため第1空母航空団第2部長の笠谷は2人の同行者と共に島に上陸していた。
打ち合わせという事になっているが、実際はそれだけではない。連絡将校として艦隊から派遣されたのだ。
その1名が笠谷である。
この世界の軍であれば彼も竜騎士団の参謀に相当するため、護衛がつく身分である。
当初は警務隊(MP)の隊員をつけるはずだったが、「あくまでも、この世界の人が私を参謀である事がわかればいいのでしょう。でしたら、形だけでもいいと思います」と笠谷は言った。
それで護衛役を艦内から選ぶ事にした。そして、1人の女性幹部が選ばれた。
選ばれたのは空自の第1空母航空団第1001飛行隊に所属する北井明里3等空尉であった。彼女が選ばれたのは、飛行隊内で根回しがあったからだ。
そのかいもあって、彼女が護衛として選ばれたのだ。
だが、この時、笠谷にはもう1人同行者が必要になったのだ。それは従兵である。
すぐに戻るのなら従兵の必要はないだろうが長期の滞在になるため、現地の議員や軍の高官に笠谷の存在が見てわかるように従兵をつける事にした。
従兵は海空曹士から選ばれる事になった。
これに選ばれたのは、海自(海上自衛隊)の女性隊員で、いつも板垣たちにコーヒーを運ぶ松野彩海士長だ。
こちらも直属上官たちの根回しにより、選ばれたのである。
だが、彼女たちがうまく選ばれるよう根回しした者たちはこう述べたと言う。
「出会うはずの2人が出会ってしまった」
「ちょっと荒れそうね」
「護衛と従兵か、これは何か起きそうね」
「かわいい娘と綺麗な娘の対決かこれはいい修羅場を期待できそうね」
等である。
ちなみに2人の女性自衛官の初顔合わせは、2人は心中でこうぼやいた。
(笠谷さんに好意を寄せている人はいないなんて大嘘つきね、どう見ても笠谷さんに好意をいだいているじゃない)
と、北井が。
(美人とは聞いていたけど、こんなに美人だなんて聞いていない。男子たちの噂をもっと聞いとけばよかった・・・)
と、松野が。
2人の初対面はこんな感じだった。
「99式自走155ミリ榴弾砲による砲撃から5日間が経ったが、敵からの攻勢は今だにない」
第1任務団副団長の松来清治1等陸佐が広げられた地図を指しながら説明した。
「それから、敵の前線部隊だが、食糧、武器等をそのまま残し撤退した」
「なによりですね。食糧や武器を置いてってくれるのは幸いです」
笠谷が言う。
「いい事ばかりではない。野戦病院はフル稼働状態だ。もし大規模な戦闘が起きれば、負傷者の対応ができない」
松来は苦悩した口調で言った。
第1任務団と第1支援群に所属する衛生隊(第1支援群は医療隊)は通常より多くの医官、看護師がいる。
第1支援群は現地での各種医療活動が任務の1つであり、医療隊は現地の医師団と協力して医療活動にあたる事になっていた。
第1任務団は、派遣先が激戦地であり、陸自隊員の死傷者が多く出る事が想定されていたからだ。
しかし、それでも医官や看護師の数は十分とは言えず、フル稼働しなければ対応できないが、医薬品は豊富にあり、まったく心配する必要はない。
「説明できるのはこれぐらいだ。他に聞きたい事は?」
松来の問いに、笠谷は板垣からどうしても聞いてくれ、と言われた事を口にした。
「現地住民の反応はいかがですか?」
笠谷の問いに3人の陸自幹部が顔を見合わせた。
「よくも悪くもないというところだな」
答えたのは、迷彩服には似合わない大学教授の雰囲気がある男だ。
名札と階級章を見れば彼が陸上自衛隊第1任務団の指揮官である事がわかる。
神谷篤陸将だ。
「現地住民の中には我々に対して不安を抱いている者も少なくない」
「ミレニアム帝国軍にせよ、我々にせよ、外国の軍隊である事は変わりありません。不安になるのも仕方ないでしょう」
笠谷の言葉に神谷はうなずいた。
「そういい事だ。本来であれば、情報収集と現地のコネクション作りに時間をかけなければならない。だが、今回の場合はそれを行う暇すらなく上陸したのだ。まあ、我々の予想よりかは現地住民の反応がよかったから、結果オーライだったがな」
「それはよかったです」
笠谷はうなずいた。
確かによくも悪くもない。陸ではない彼でもそれぐらいは理解できる。
海の上でいた時は、陸の苦悩だのあまりわからない。
幹部がこの有様であるから艦にいる曹士たちはなおさらだ。中には陸自の行動について非難する隊員たちまでいる。
海の現場と陸の現場はまったく違う。海の現場はなんだかんだ言っても、寝る場所から風呂場等全部揃っている。それに対し、陸はそうしたものを0から構築しなければならないのだ。
海自(海上自衛隊)にせよ、空自にせよ陸自の泥臭い現場はわからない。むろん、その逆もしかりだ。
「そう言えば航空偵察の件、君が板垣海将に具申してくれたそうだな。感謝する。ありがとう」
神谷は礼を言った。
どちらかと言うと、あれは威力偵察に近い。
敵の戦意をくじき、降伏させる事が目的であり航空偵察はついでのようなものであった。
そんな事を神谷たちが知るよしもない。
戦わずして勝つ、この夢物語が海自(一部は除く)と空自の幕僚たちの頭の中に強くある。むろん、陸自にもある。
笠谷は空自のデジタル作業帽を被ると、神谷に挙手の敬礼をして、司令部テントを出た。
神谷はパイプ椅子に腰掛けたまま、笠谷を見送る。
「嵐が去りましたね」
松来が不満にみちた口調でぼやいた。
神谷は無言で松来に視線を向けた。
「海自や空自の連中は我々を一部だと考えているようです。我々は陸上自衛隊です。海上自衛隊でもなければ航空自衛隊でもない。なのに、なぜ、船の人間の監視を受けなけなくてはならんのだ」
松来は拳に力を入れて吐き捨てた。
「副団長。監視ではなく、連絡将校としてここに来ているのです」
幕僚長の小川1等陸佐がたしなめる。
松来はギロリと小川を睨んだ。
「どちらも一緒だ。我々の行動をちくいち報告するのだからな。しまいに作戦にまで口を挟んでくるかもしれん」
「いくらなんでもそれは」
「わかるものか!連絡将校をよこす時点で、我々の作戦に口を挟む気満々だろうが!」
「そのくらいにしておけ」
神谷が咳払いして部下に待ったをかけた。
「少し落ち着け。松来」
松来が落ち着くのを待ってから、口を開いた。
「現在の我々は海自の指揮下にあり、今回の上陸も板垣さんの指示によるものだ。それを考えればすでに介入されていると言っていいだろう」
「それでは・・・」
松来が何か言おうとしたが神谷は手をかざして止めた。
神谷は眼鏡を外し、眼鏡を拭きながら続けた。
「我々で立てる作戦にかんしては介入させない。陸の戦いは陸自の者で行う」
顔に似合わず、その目は何があっても揺るがない決意が表れていた。
神谷の決意を聞いた松来は納得したかのようにうなずいた。
「気分を落ち着かせてきます」
と、言いながら松来は作業帽を被り、胸ポケットをまさぐり、煙草を取り出した。
松来は挙手の敬礼をすると、司令部テントを出ていった。
「気分を落ち着かせる、か」
神谷は苦笑した。
喫煙者にとっては煙草を吸う事は気分を落ち着かせることができる。しかし、それは煙草があるうちだ。喫煙者は煙草を大量に買い込んでいるだろうが、さて、いつまでもつだろうか。
ラペルリ奪還の第1章をお読みいただきありがとうございます。
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