平行世界 第10章 初戦
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
日没とともに[ふそう]、[あさひ]、[はつかぜ]は現海域を離れ、[やまと]と合流し、島の北側に移動した。
島に上陸している小川と通信回線を開いた板垣は現地の状況を聞いた。
「状況は我々が思っていた以上に悪いです。重傷者が大勢いる上に、現地では薬草等が不足しており、治療ができない状況です。我々も応急処置を行っておりますが、衛生員の話だと緊急手術が必要な者もいます」
現地にいる先遣隊は普通科連隊の小隊であるから、基本的な応急処置しかできない。衛生科の隊員もいるが、本格的な治療はできない。
治療するには、設備が整っている[やまと]と[ふそう]に運ばなければならない。
「状況はわかった。衛生科の隊員に、緊急手術が必要な重傷者を集めて、いつでも、ヘリで搬送できるようにしろ。V-22とCH-47JAを飛ばす。着陸地点の確保と誘導を頼む」
「了解」
板垣は通信を切ると、すぐにヘリの発艦準備をさせ、[やまと]と[ふそう]に受け入れの指示を出した。さらに衛生隊の増援として、艦隊内で臨時の衛生隊を編成する事も指示した。
乗員の中には衛生員ではなくとも、救急救命士や看護師等の資格を持つ隊員がいる。彼らを引き抜き、臨時の衛生隊を編成した。
[やまと]と[ふそう]は病院船程ではないが、それなりの医療設備がある。手術室や集中治療室(ICU)が完備されている。
明日には、陸自を乗せた輸送隊が到着する。第1支援群には、治療隊がある。野戦病院を設置し彼らの治療ができる。第1任務団にも衛生隊があるから、これも使える。
臨時の衛生隊は明日まで頑張ってくれればいいのだ。
板垣は艦内電話で医務長の女性医官(1尉)に艦内にラペルリ連合王国の重傷者を受け入れる事を伝えた。
彼女は二つ返事で承諾した。
臨時の衛生隊の指揮官は運べるかぎりの救急セットを積み込み、大型ヘリで発艦した。
臨時衛生隊が出発した後、1機のSH-60Kがエンジンを始動させた。
そのSH-60Kに板垣、笠谷、佐藤、フレア、アーノル、高沢の5人が乗り込んだ。
[やまと]から発艦したSH-60Kは低空で島に接近し、誘導信号に従い、着陸地点に向かった。
SH-60Kは、まず着陸地点を一回りし、誘導員の指示に従い着陸した。
大型ヘリで輸送された臨時の衛生隊は、すでに応急処置を行っていた。重傷者はヘリに運ばれ、搬送の用意がされていた。
板垣たちがヘリから降りると、出迎えに来た小川と渡辺、そして・・・
「イタガキ提督。初戦の勝利おめでとうございます」
アンネリが安堵した表情をして、言った。
「信じてもらえるのですか、貴女がたにとっては信じられない報せだと思うんですが?」
板垣の言葉にアンネリは微笑んで答えた。
「斥候に出した兵士がイタガキ提督率いる艦隊の戦果を知らせて参りましたから」
言い終えると、アンネリは地面に片膝をつき、大粒の涙を流した。
「本当に、本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げてよいか・・・」
アンネリの行動にフレア以外の自衛官たちは驚いた表情で顔を見合わせた。
「陛下。お立ちください。我々には過ぎた礼節です。それに、まだ緒戦に勝利しただけです。感謝の言葉はすべてが終わってからです」
アンネリは微笑んだ。
絶対の強者である竜騎士40騎以上と戦い、無傷で勝利した。自分の活躍を誇る事も、こちらの情に訴えるような事をを述べる事もない。
板垣としては決して誇れるものではなかった。はたして、あれを勝利と言っていいのか、疑問に思う。
本来なら出会うはずのない者同士、この世界に存在するはずのない兵器、これを記録する者たちはどう記録するのだろう。
そんな事を考えればとても誇ったり、喜んだりする事はできない。
アンネリは立ち上がり、板垣たちを仮王宮に案内した。
王宮には、議員や軍の将軍や参謀格が顔を揃えていた。
アンネリが板垣を紹介すると、彼らは立ち上がり、片膝をつき、頭を下げた。
板垣は小さく苦笑した。なんとも、慣れない扱いである・・・
「イタガキ提督。このような待遇で、まことに申し訳ありません。本来なら晩餐の用意をさせるのですが」
この場にいる者の中では一番の年長者であろうエルフの初老の男が代表して言った。
初老と言っても板垣よりもはるかに年上である事は言うまでもない。恐らく500歳後半であろう。
ちなみにアンネリは300歳を過ぎたぐらいだ。
「それだけで十分です。我々にしてほしいことがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「これ以上は求められません。侵略軍を撃退してくれるだけでも十分だと言うのに、怪我人の治療までしてくださる。この上、何か求めてしまえば先祖たちに合わせる顔がありません」
「貴軍は、我ら同胞の無念を晴らしてくださった。これだけでも感謝してもしきれません」
初老のエルフの後ろにいたエルフの男が言った。
「亡くなられた方々には、お悔やみを申し上げます」
「もったいなきお言葉です。イタガキ提督」
初老のエルフが再び恐縮した。
板垣は軽く頭を掻いて苦笑する。
提督での、自衛隊では使われる事のない言葉だ。
自衛隊は軍隊を連想させないように、言い方を変えている。わかりやすく言えばただの言葉遊びである。戦闘艦を護衛艦、歩兵を普通科、工兵を施設科、提督や閣下を司令官もしくは司令、参謀ではなく幕僚、軍ではなく自衛隊。
板垣は戸惑いを隠せなかった。
「では、そろそろ本題に入りましょう」
板垣は咳払いして、本題に入るよう勧める。
「我が軍は貴軍への協力を惜しみません。何なりとお申し付けください」
アンネリの言葉に議員、将軍たちはうなずいた。
板垣は彼らを見回してから、小川に視線を向けてうなずいた。
「作戦概要を説明する前に、今から言う事を承諾して貰わねばなりません」
小川は少し間をあけてから続けた。
「投降、降伏した敵兵が出た場合はたとえ家族、友人などを殺した者であっても、殺害、虐殺、奴隷として扱う事は禁止します」
議員と将軍たちはどよめいた。
「それは無理だ!奴らはなんの関係もない女や子供を皆殺しにし、村や町を焼き払い、墓を荒らした」
「兵たちも納得するはずがない」
「平和だった国を戦乱の嵐にしたのは奴らだ!!」
議員や将軍、参謀たちが食ってかかった。
「我々がここに来たのはなんのためであるか!」
板垣は立ち上がり、怒鳴った。
「平和維持のためである!!」
板垣は議員や将軍たちを睨んだ。
「この命令を受け、それができない者がいれば、作戦に参加する事を禁ずる」
「「「・・・・・・・」」」
彼らは言葉を失った。
「万が一!ミレニアム帝国の民間人が移住していた場合、絶対に民間人居住区を攻撃してはならん!これは絶対に守ってもらう!!」
板垣はそこまで言うと、椅子に腰掛けた。
議員や将軍たちも納得していない表情を浮かべたが、しかし、それを口にする者はいなかった。
アンネリも初老のエルフも複雑な表情をしていた。
ここで、もし彼らの助けを失えば彼女たちは再び滅亡の道をたどることになる。
一応、アンネリたちの名誉のために言っておくが、別に彼女たちも非人道的な行いをしたい訳ではない。理屈はわかっている。しかし、頭ではわかっていても感情はまた別のものである。
親を、兄弟を、姉妹を、友を殺された恨みが激情となっている。
むろん、それは板垣も承知している。
小川は議員、将軍たちが承諾した事を確認すると、作戦を説明した。
夜が、深める。
翌朝。
ミレニアム帝国ラペルリ連合王国侵攻軍陣営の首脳会議は静まり返っていた。
昨日、自軍の竜騎士団1個が謎の艦隊との戦闘で壊滅どころか全滅と言っていい程の損害を出したからだ。
これだけの損害にもかかわらず、敵艦隊には傷一つつけられない。
「どこの国の軍勢かわからんのか!?いや、その前に兵たちの士気をどうやってもとに戻すか、こちらの方が優先だ!」
首脳会議出席者の中では一番の年長者である老将が声を上げた。
侵攻軍の副将であるアルヴィーンだ。
竜騎士団の全滅を見ていたコルセイユ隊の少年兵、少女兵たちは侵攻軍全軍にその事を通達してしまったのだ。
その結果、将兵の士気は低下。ただでさえ、戦闘は泥沼化し、長期戦になっていたため士気は低下気味だったのだが、そこに竜騎士団全滅の知らせである。
「アルヴィーン卿。兵たちの士気を戻すのは問題ではない」
将軍席に座る銀髪の女将が、冷静な口調で告げた。
透き通る白い肌に肩までかかった銀髪、血のような赤い目、漆黒の甲冑を着込んだ姿はまるで死を呼ぶ死神だが、しかし、鎧を着ずドレスを着ればとてつもない美女だ。
女将軍リースヒェン・フォン・ドレーアーである。
24歳になったばかりである彼女は、実力主義の前線部隊とはいえ、かなり若い。
一同の視線が彼女に酋長する。
リースヒェンは一同を見回すと、やはり、冷静な口調で告げる。
「1個竜騎士団が全滅する等、にわかには信じられないが、事実である事は認めるしかなかろう。しかし、その謎の艦隊は竜騎士団に勝利したにもかかわらず、攻勢に出てこない。それどころか、反転し、北に針路をとった。つまり、謎の艦隊は魔力を使い果たしたのだろう。この好機を逃す訳にはいかん。すぐに竜騎士団を出陣させろ」
「さすがは、将軍」
「我らの将軍」
参謀たちが嘆声の声を上げた。
「出陣!」
竜騎士団駐屯地内に甲高い声が響いた。
団旗を掲げ、40騎の竜が力強く空へ羽ばたいていく。
目的地は北側の近海で停泊している謎の艦隊である。
竜騎士たちも謎の艦隊によって竜騎士団が全滅した事は当然のごとく知っている。この島に侵攻した時、共に戦い、共に戦果をあげた戦友たちの死に、若手の竜騎士たちは復讐心を持っていた。
そう、これは復讐戦である、と思う者も数多くいた。
音速の翼が大気を切り裂いていく。
竜等が支配する空を異世界から現れた機体が轟音を響かせていた。
F/A-18J[スーパーホーネット]の編隊(8機)が飛行する光景は不思議なものであろう。
「ハリケーン1(ワン)。こちらマジック。接近中のアルファ群は高度600で、針路変わらず飛行中、間もなくハリケーン隊のレーダーに映る。撃破せよ」
コール・サイン・マジックのE-2D[先進型ホークアイ]から、コール・サイン・ハリケーン1(ワン)を持つ加藤たちに届いた。
(捕らえた!)
加藤が乗るF/A-18Jのレーダーが大編隊を捕捉した。
「ハリケーン1(ワン)より、各機へ、敵のお出ましだ」
「ハリケーン2(ツー)。ラジャ」
「ハリケーン3(スリー)。ラジャ」
「ハリケーン4(フォー)。ラジャ」
ハリケーンのコール・サインを持った8機のF/A-18Jの編隊から返事が返ってくる。
「ハリケーン1(ワン)より、マジックへ、アルファ群をレーダーで捕捉した」
「こちらマジック、ラジャ。武運を祈る」
本部からの指示に加藤は大きく息を吸って、吐いた。
第1空母航空団第1001飛行隊が創設されて以来初となる実戦だ。
加藤機以下7機のF/A-18Jは完全な制空戦闘の装備であるAAM(空対空ミサイル)と固定装備の20ミリバルカン砲だ。搭載されている兵装は今まで使っていた模擬弾ではない、実弾だ。
「ハリケーン1より、各機へ、攻撃を許可する」
「兵装選択、AAM-4B(99式空対空ミサイル改)」
後部座席にいるパイロットがディスプレイを操作する。
この距離で敵竜騎士群に届くミサイルは射程100キロ以上のレーダー誘導式のAAM-4Bしかない。
加藤は先導の竜をロックオンすると、発射ボタンを押した。
「FOX3(アクティブレーダーホーミングミサイル発射)」
8機のF/A-18Jが16発のAAM-4Bを一斉に発射した。
AAM-4B群は一糸乱れぬ事なくターゲットに向かった。
加藤は敵を気の毒に思った。自分たちのいた世界なら、ロックオンされた時点で警報アラームが鳴り響き、回避する術はいくつもある。だが、この世界には何もない。自分が殺されたのかそれすらわからないだろう。
AAM-4B群が全弾命中する。
レーダー画面から光点が消える。
「各機、これより突撃する。高度が低い、墜落しないよう注意しろ」
加藤は指示を出した後、敵竜騎士との距離を計った。
どんどん、距離が縮まっていく。
何が起きたのか、わからない。
自分たちよりも高い空から10本以上の奇妙な物が飛翔しているかと思えば、その飛翔物体は自ら意思があるかのように団長以下前衛の竜騎士に命中した。
「あ・・・あっ・・・」
アヒムは黒煙を上げながら墜ちていく意を見ながら絶叫した。
「ひ、光・・・矢」
同僚の竜騎士が詰まりながらそう口にした。
アヒムも噂で聞いた事がある。昨日少年兵たちが話していた。
そして、彼ら竜騎士たちに追い打ちをかけるように、聞き慣れない轟音が響いた。
アヒムが音のする方に振り向く。
雲一つない晴れた空にぽつんといくつかの銀色の点が浮かび上がった。遠すぎて、その銀色の飛行物体はひとかたまりに見える。
その飛行物体から白い筋がいくつも打ち出されたように見えた。
まるで銀色の糸がはっきりした軌跡を引きながらアヒムたちに向かってくる。
その1つがアヒムの騎乗する竜に向かって来る・・・
「ひっ!?」
アヒムは絶叫する。
次の瞬間、アヒムは爆発音と共にまばゆい炎に包まれた。アヒムと竜はずたずたに身体を引き裂かれた。
「隊長。マジックから通信です。ハリケーン隊の攻撃をすり抜けた3機がなおも接近中、との事です」
通信員の報告を受けて、空自の第1派遣高射隊の月匡富雄3等空佐はうなずいた。
「了解。ようやく我々の出番だ。皆、落ち着てやれ」
月匡が部下たちに言うと、彼の部下たちは訓練通りに、落ち着いた様子でデータを入力した。
「データ入力完了。ペトリオット、発射準備完了」
「発射を許可する」
月匡の指示で操作員が発射ボタンを押した。
轟音と共に、ペトリオット・ミサイル・PAC-2が移動発射台から発射された。
湾岸戦争で実戦を経験し、日本でも北の弾頭核ミサイルの発射実験で度々マスコミに報道された日本の最後の切り札。
それが、異世界でF/A-18Jが撃ち漏らした竜に向かって飛翔する。PAC-2は対航空機用であるため、直撃はせず、命中する寸前に自爆し、その破片でダメージを与える。
3発のPAC-2は3騎の竜騎士に突入した。
レーダー画面では、3機のペトリオット・ミサイルと3騎の竜騎士が重なり、光点が消えた。
「目標沈黙。迎撃成功」
「・・・・・・」
部下からの報告を月匡は黙って聞き、うなずいた。
同時刻。
くすんだ銀髪と疲労が溜まった碧眼の少女、クリスティーナ・フォン・ベネディクトは持ち場の櫓の上で不満を口にした。もちろん心の中で、だ。
(こんな小さな島1つ落とすのにどれだけの時間をかけている!)
蛮族どもを滅ぼし、東進と南進のための拠点を確保する、それが、この侵攻の目的だ。
竜騎士団も投入しているというのに、全島制圧にいたらない。
順調にいっていれば、今ごろ、本国への帰路についていただろう。
仕官学校首席である彼女は実地試験という事で侵攻軍に参加した。最初は少年兵と少女兵部隊の隊長であったが、本人の希望と上官の推薦で、前線の野営地警備部隊に組み込まれた。
警備部隊に配置された時の彼女の風あたりはあまり良くなかった。兵たちは何も知らん後方部隊の人間が来たと、冷たい視線をぶつけた。
クリスティーナの新たな上官も当初は迷惑そうな態度をとっていたが、彼女の勤務態度を見て、態度を一変した。
兵たちも同じで、半数は彼女を評価し、半数は冷たい態度をとっている。
クリスティーナは望遠鏡を覗き、周囲を見渡した。
周囲に敵影はない。
「?」
その時、奇妙な音が耳に入った。
その音は、だんだんと大きくなってくる。
その音がなんなのか、理解する間もなく、兵員が休んでいる天幕の1つが吹き飛ぶ。
すさまじい爆音と爆風がした。
土を巻き上げ、周囲に破片と土を撒き散らす。
それが、2度、3度と続き、正確に天幕を吹き飛ばす。
あきらかに砲撃である。
クリスティーナは砲撃が止んだ隙に望遠鏡を覗き、周囲を見回す。だが、魔道砲らしきものは発見できない。
(どこから砲撃が・・・?)
再び奇妙な音が近づいてくる。
彼女は身を伏せた。
そして、また天幕が吹き飛ぶ。
それがしばらく続くと、撤退を命じる笛が鳴り響く。
野営地を砲撃したのは島に上陸した陸上自衛隊第1任務団野戦特科隊所属の99式自走155ミリ榴弾砲の砲撃である。
野戦特科隊は野営地に25発ものの榴弾を浴びせた。
第10章を読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。