泣きっ面に蝶
ガシャリ…。
乾いた金属音が鳴り、ガラガラと引戸が閉じられた。
遥か頭上の格子から明かりが落ちる。
丸く細長く狭い空間の中で、長い髪を結び直し膝を抱えて座ると、これまでの顛末を振り返り考えていた。
風吹き抜ける水気のない峡谷の果て。
硬いレンガの壁に守られた城門の前に足を伸ばして座り、訪れる者を待ち構える。
今日もまた、二人やって来た。
いや…もう一人と一匹。
強い隙間風を受けながら、横を通ろうとする者の前を槍で遮った。
「通行許可証は」
一度目を合わせ、再びウチに目をやる男たち。
「無い」
ハッキリそう言い切った小さい方に、槍の先を向ける。
「許可のない者は立ち入る事は許されていない、去れ」
脅しにも表情を変えない旅人。
此方も表情を表に出さぬよう、なるべく平静を保ちながら相手の目を見ていた。
「一つ聞きたい、俺たちの前にここを女が二人通らなかったか?」
視線を暫く逸らさずにいたが、一度目を細め槍を収める。
「通行人の素性などは口にしない決まりだ。去れ」
そしてまた、再び元いた場所に座った。
数時間が経った。
日が落ちて来たというのに、まだ近くに固まり何やら話し合っている一行。
小さいのと、釣り目と、珍妙なマントがラクダを休ませ、岩に座って嫌に真剣な面持ちだ。
ウチには関係ないこと…。
横目に覗いていた目をつぶり、また風の音に耳を傾けた。
唸り声の様に響く隙間風。
時期に夜になる。
更に日が落ちる。
全く移動する気配を見せない奴らを見て見ぬ 振りをしようと思ったが、嫌に気がかりでそちらに足を向けた。
「アンタら、何時までそこにいる気だい!」
槍を片手に近づくと、呑気に簡単な食事を始めている奴らに再びため息が漏れる。
「通行許可を頂けるんですかな〜」
何かの肉を片手に言うマントに槍を向けて黙らせると、渋々そいつは静かにまた座り直す。
「ここは日が完全に落ちると危険だ。どうせ行く当ても無いのだろう、今晩だけ泊めてやるからついて来い」
そいつらは顔を見合わせると黙ってウチの後に続いた。
「いいか野郎共、こっから先はウチの領域だ。間違っても入るなよ。特にそこのマント!」
「誓って入りましせぬよ」
珍妙マントに槍を向けて脅すと、そいつは冷や汗を流しながら笑顔で手を上げた。
「悪いな泊めて貰って、けど俺たち切羽詰まってて何も譲れる物はないんだ」
「力仕事なら任せろよぉ〜」
律儀に挨拶して来る奴と、ふんずり返って手だけヒラヒラ降ってる奴。
何だか妙な奴らを止めちまったな。
顔に手を当てため息をついた時だ。外から地響きの様な音が轟いたのは。
完全に日が落ちたか。
驚いて上や辺りを見渡すそいつらに水瓶の水を少し汲んで渡すと、椅子に腰掛けて言った。
「何時もこの時間になるとこうなんだ、あまり気にするな。そいつを飲んだら寝な」
そいつらは黙ったまま轟く音から気を反らすと、ウチが言った通りに渡した水を飲み干し寝静まった。
また、昨夜も眠りが浅かった。
朝になり身体を起こすと、旅人の姿が見えない。
立ち去ったか…。
髪を束ねながら、いつも通りに門へ向かおうと身支度をし外へ出る。
さて、早速仕事だ。
随分と早くからやって来たガラの悪そうな連中の前を槍で遮り、決まりの問いかけをする。
「通行許可証は」
ガタイの良い男達が、また派手な荷車のような乗り物に乗ったチョビ髭の顔を見る。
「通行許可証?何ですそれは、私を誰だと思って口を聞いているんですか?」
意味不明な事を言うチョビ髭は、首を一つ捻ると門へ強行しようとする。
それを今度は槍の穂先を先導する者の首に当てがい遮る。
「何人も、許可のない者は通れはしない。立ち去れ」
チョビ髭はそんなウチを見ながらあざといため息をつくと、男達に言う。
「構いません、嬲り殺してしまいなさい」
クズめ、こういう奴は一番嫌いだ。
あくまで強行しようとする姿勢の奴らを、槍の穂先で、一つ二つ回して後ろで回路から叩き落とす。
大きくまた槍を振り手元に戻すと、男達がたじろぎながら少し後退した。
「クイーン・ビーだ…!」
「何でまた門番なんかを」
ざわつく奴らに威嚇し、これ以上門に近づけまいとするが、厳しい。
体力的には先にバテるのはウチの方。
報酬がいいから引き受けたが、流石にこの人数の足止めは骨が折れる。
懲りもせず向かってくる男達を叩きのめしながら、渡り歩く前の事を思い出していた。
「シルヴィー!」
母さんが呼んでいる。
またウチは熱に浮かされて母さんを心配させてしまったのか。
だんだん遠のいて行く泣き声を聞きながら、閉じていた目を開ける。
誰か近付いて来た。
「…………。」
熱に浮かされながらその言葉を聞く。
冷たい水がウチと母さんを包む。
また夢を見ているのか。
水と同じくらい冷たい白い手が額に当たると、不思議と安心して目を細めた。
「さぁ…!次は誰だ!!」
汗を流しながら啖呵を切る。
男達もバテて来たのか、
「一人の、しかも女相手に何をやっているんです!」
何てしつこい奴らだよ。
早々に諦めさせようとして容赦なく叩き落としていたが、馬鹿の一つ覚えにも立ち上がってくる。
サッサと立ち去れば、無駄な体力を使わずに済むものを。
とはいえウチも限界だ。
真昼の激しい運動で急激に体力が削がれていく。
少しよろめいたのを見て、チョビ髭がムカつく声で男達に叫ぶ。
「あの女はもう限界だ!サッサとかたずけてしまいなさい!」
反応が遅れた。
束になって来る奴らに、それでも槍を振り上げたようとしたが、奥から火縄銃を向けられ、槍の動きを止めた。
「…ついてないね」
槍を捨てて手を挙げると、目の前の男に殴りつけられ視界が大きく揺れた。
再び、牢獄へと意識が戻った。
冷たい岩の上に座り、どうにも居心地が悪い。
「全く、大人しく通しておけば良いものを」
上からチョビ髭達の声が聞こえてくる。
本当に偉い奴だったんだな。
ただし悪い意味でってとこか。
「…上手く抜け出せても、不法進入を許したとあっちゃ食って行けねーな」
上から落ちる光を受け降ってくる砂埃を横目に見ながら、顔を腕に押し付けた。
嘘つきめ…。
そんなわけないじゃんよ。
そうして暫くしてから、鈍い音が上から聞こえて来た。
何だ…。
気になって顔を上げたが、また静かになったので再び顔を押し付けようとすると、更に妙な音が大きくなり驚いて飛び起きる。
ヒジビシ…ドドド…ガゴベンベンベベベ…。
妙な音に冷や汗を流していると、バタバタと騒がしい足音が私の独房へと駆けてくるのがわかった。
暫くして例のチョビ髭達が牢へ入ってくると、ウチに掴み掛かってくる。
「貴様!一体何者だアイツらは!?」
「………は?」
訝しげに背の低いチョビ髭を見下ろし、眉を寄せる。
「とぼけても無駄だ!貴様を探して、妙な奴らがこっちに向かって…!?」
そこで、頭上からガガガガガともの凄い音がしたかと思うと、目の前に居たチョビ髭が妙な蔓に縛られて吹っ飛んでいく。
唖然としながら、いつの間にか格子が外れた上を見上げれば、妙に可愛いシルエットがウチを見下ろす。
「なっ…何だ?」
後ずさり壁に両腕をつく。
警戒して様子を伺っていると、その生き物を撫でながら、代わりに小柄な顔が覗き込んだかと思うと、例の蔓に捕まり物凄い勢いで下まで降りてきた。
「あっ…アンタ昨日の」
「よっ。スッゲー探したんだぜ?」
そいつはウチの得物を投げ渡すと、それを受け取りながら問いかける。
「何でウチを?頼んだってもう泊めてやらんぞ…?」
それを聞いてキョトンとすると、一度笑ながらそいつは言う。
「一食一晩の礼だ。まー、いいから手を出しな」
ウチは半信半疑になりながらも、言われた通り差し出された手を取ってみる。
「……!?アァァァァ!??」
確かに地についていた筈の体が物凄い勢いで吹き飛ぶ。
一気に吹き飛ばされた体は、暗い場所を飛びぬけると目の眩むような太陽の下に投げ出された。
砂漠の下、日が沈み始める。
怒号のような轟音が轟始めた峡谷を背に、大岩の上で月明かりを受けた。
黒いマントに包まり白い息を吐く。
「これからどうするんだいアンタら?」
逃げていったチョビ髭達の持ち物が散らばる中、呑気に火を起こし寛ぎ始めた奴らに問いかける。
「オメーの方だろぅそれは?俺様達にはただ流れるだけよ」
「何言ってるんだ、俺にはチャント目的がある。ただ流れてるわけじゃねーよ!」
その間も一人誰も聞いていない唄を歌い続けている詩人。
そんな奴らを見渡し苦笑しながら、ウチは岩場を飛び降りた。
「何でウチを助けた?一食一晩でそこまで義理立てすることないだろう?」
尋ねるウチにラクダに水をやりながら小さい奴は言う。
「仕方ないだろう、俺はそういう性分なんだ」
…そういう性分か、義理堅い事だ。
ため息をつきながら槍を片手に腰に手を当てると、そいつに詰め寄り指差しながら言う。
「それで、アンタの目的ってなんだい?」
そう言ってやると、そいつはまたキョトンとした顔をしながらウチを見上げた。
幼い日、閉じていた目を開くと、その声が語りかける。
『どんな時も世界から目を背けずにいて、そこには必ず、光が灯るから』