穴倉の蛇
俺の名はリカルロ。
この岩場を寝ぐらにしてるクールガイだ。
今、物凄い状況に陥っている。
「おっ…重過ぎるよコイツら!!」
片方のちっこいのを担ぎ、ノッポを上半身だけ持って足を引きずりながら汗だくになって進む。
「おう、お前に怒鳴ったんじゃねーよ気にすんな」
白いラクダが汗だくになっている俺に顔を寄せて来る。
コイツに乗れば早いんだが、コイツの上は担いでる奴らの荷物で一杯だから断念した。
無理させて足でも痛めちゃ可哀想だからな。
何てったって俺はナイスガイだしな!
「あともう少しで俺ん家だ。俺も踏ん張るからお前も男を見せろよ!性別知らねーけどな!」
カッカッカと高く笑いながら、小走りに回りを走るラクダと共に暑さを吹き飛ばした。
正直言うと行き倒れる奴はこの辺じゃ少なくねぇ。
でも全身びしょ濡れで倒れてる奴は初めて見た。
何やったらそうなるんだ。
「水袋破裂させたとかか?なぁどうなんだ?」
振り返り尋ねるが当然反応はない。
そりゃそうだよな。
再び高笑いし、歩みを進める。
「安心しろ、お前ら面白そうだからちゃんと助けてやるよ。その代わり面白いとっておきの土産話聞かせろよな!」
そして猛暑の砂漠に蛇のような道を作り、穴倉の中に入った。
中々目が覚めない。
太古の昔、この場所が栄えたその証拠として取り残され埋もれた穴蔵。
猛暑を避けて寝床を貸してやったからすぐに回復すると思ったんだがな。
それにしてもコイツら何者だ?
片方は竪琴した持ってねーし、ちっこいのは服に何本針持ってんだよ危ねーだろ刺すとこだったぞ。
担いでる時に刺さらなかったのが奇跡だぜ。
マジで危ない奴らじゃねーだろうな、今からでも捨てて来るか?
本当に何したら砂漠でびしょ濡れになるんだよあり得ねーだろ!
服からボタボタ落ちる水滴を見ながら、冷や汗をかく。
「あーすまねぇ、水欲しいのか?」
ラクダが俺の髪をかじってきたので手綱を引いて奥まで連れて行った。
「俺のプライベートオアシスだ。間違っても泳ぐんじゃねーぞ」
くり抜いたように光が刺す青い湖。
穴倉の先にこんな場所があるなんて普通は思わねーよな。
軽く水切りをしながらラクダが水を飲み終わるのを待つ。
この場所は俺の自慢だ。
青い水を眺めながら自然と笑みがこぼれた。
「素晴らしい!感動しましたぞ!」
が、唐突の感涙の声に思わず体制を崩しそうになる。
例のノッポだ。
そいつはかけてやった布地を着て目を輝かせながら走ってくると徐に…。
「ーー何しやがる!!」
泳ごうとしたそいつをすかさずムチで吹き飛ばし、湖の向う側に叩き落とした。
「…危なかったぜ」
冷や汗を拭いながらホッと息をつく。
「危ないのは其方では!?今まで経験した高さの最高記録を更新しましたぞ今!?」
めり込んだ顔を上げて声を上げるノッポ。
だが俺も黙っちゃいない。
「何だその口の利き方は…テメー今何してくれようとしやがったあぁ!?貴重な水汚すんじゃねーぞコラァ!」
そいつの首根っこを掴んでガンくれる。
そもそも貸してやった服どーしたよ!
尚そんな状況でも順調に水分を摂り続けるラクダ。
変な奴らだな本当に。
「そもそもお前まだ寝てねーとじゃねーのか…」
そう言いかけた所で、それを遮るように勢いよく穴倉の岩を拳で叩く音がした。
「…アーリーは、アーリーはどこだ!?」
俺もノッポもその場に立ち尽くす。
振り返り唖然としていた俺に、フラフラしながらちゃんと用意しといた上着を纏った只ならねー様子のちっこいのが必死に掴みかかってくる。
アーリー…?
「ちょっと待て!お前マジ落ち着けよ!」
冷や汗を更に流し錯乱しているそいつを落ち着かせようと試みる。
流石に水を飲むのを止めたラクダが心配そうに見ている。
いち早く岩場の陰に隠れたノッポは爪の垢を煎じて飲んだ方がいいかも知れねぇ。
「お前暑さで頭やられちまったんじゃねーか!?とりあえず水はかなりあるから頭冷やせちょっと!」
俺がそう言い、壺に水を汲むとそいつは我に返ったような顔をし座り込むと、何故か大人しくなった。
そいつは片膝を抱えて片手で目を覆う。
「そうだな…少し頭を冷さねーと」
一言が重みを帯びて静まり返る空洞。
傍から見守る俺たちの額から、冷や汗が流れ出す。
重い、重過ぎる!
「ダッハッハ!何があったか知らねーけど元気だせよ!せっかく命拾ったんだからよ!」
そいつの背中をバシバシ叩きながら無理矢理にでも空気を和ませようと高笑いをした。
思いっきり咳き込むちっこいのは黙ったまま何やら体を震わせ始める。
ヤバイやりすぎたか?
「……何すんだ!!このツンツン頭!!加減を知らねーのか!?」
怒鳴り声を上げるそいつを見て、少し間を置いて再び声高々に笑う。
「その分じゃもう平気そーだなおい!心配させんなよ兄弟!」
茶化しながらガッとそいつの肩に手を回す。思いっきりタックルを食らわせた形になるが、細かい事は気にせず俺はそいつに言う。
「俺はリカルロってんだ、ここでちょっと人命救助したり水を求めて迷い込んだ生き物を相手に猟しながら細々暮らしてる。所でお前ら何したんだ?水被って倒れてる何て…変わってるを通り越して異常だよな」
「………。」
そいつが何かを言いかけた所で、また邪魔が入った。
ガラガラと鳴り響く音に舌打ちし、再び鞭を手に取ると、音の多い方へ足を向ける。
「…おい、何処に行くんだお前?」
ちっこいのが尋ねてきたので俺は軽く肩を上げて答える。
「何、たまに居るんだよ。助けてやった恩を仇で返す奴がな。心配すんな、ここは俺の庭だ。チャッチャと追い返してやんよ」
また声高く笑い、俄に危機感を感じている自身を落ち着かせる。
「まぁそう言う事だから。ここの物は好きに使って適当に寛いでてくれ」
「………。」
久々の客人達を残し、俺は気を引き締めて音のした方へ向かった。
古い木の根から落ちる砂を無視し、松明を片手にゾロゾロやって来る奴らを見下ろしながら息を潜める。
ザッと数十人か?
思った以上に武装した奴らの得物を一見し、俺は口元を吊り上げる。
まっ、そんなの俺には関係ねぇんだけどな。
「…さーて、丸腰になって貰おうか!」
長い鞭を歯車の様に一つ二つ回転させ、ジグザグに振り回しながら屈強な男共から武器を奪う。
「………!?
驚く野郎共は上を見上げて俺を見つけると、その図太い声を張り上げる。
「…奴だ!とっ捕まえろ!」
「へっ!出来るもんなら捕まえてみろってんだ、この穴蔵のスネーク様をな!」
登ってくる奴らに俺はすぐ様後退し岩壁を滑り降りると、追ってきた奴を手を振って煽りおびき寄せながら仕掛けて置いたロープを引く。
「はい、ご苦労さん!」
「…戻れ!?」
もう遅せーよバカと思いながら、奴らの退路を塞いでやった。
これでもう彼処には行けない。
「顔を洗って出直しな!」
カッカッカと笑い声を上げて勝利の余韻に浸る。
が…、一瞬耳から音が無くなり体が硬直すると、激痛のする肩を抑えた。
「…よう、久しいなリカルロ。観念しな!」
振り向くと鉄筒から煙を吹き、パイプを加えたヒゲ面が薄ら寒い笑みを浮かべて俺を見下ろす。
「やっぱりお前か…」
何日か前に俺のオアシスを見て目の色を変えていた男。
肩を抑えながら、そいつを睨みつける。
全く倒れて居たのを助けてやったってのに。
そんな俺をあざ笑うように両手を軽く上げてヘラヘラ近づいてくる男に殴りたい衝動が募る。
「あんないい所を独り占めたー、ちょっと調子がよすぎるんじゃねーか坊主?安心しろ、お前を葬った後、俺たちが責任持ってあそこを有効活用してやるよ!」
額に銃口を当ててニタニタ笑うそいつをマジで殴りたい。
出入り口を塞いだ奴らも、人間技とは思えない力で石壁を破って来やがった。
ちくしょうここまでか…。
そう思って、そいつが引き金に手をかけた時に目を瞑る。
…しかし次に訪れたのは銃声ではなく、男共の慌ただし声だった。
「…何だ、騒々しいぞテメーら!」
「頭!出たんですよ…!」
声を張り上げたヒゲ面に、顔を青くして駆け寄ってきた奴が絞り出すように告げる。
「奇妙な奴らが…ヒート・ヘイズのスコーピオンが!?」
それを聞いて顔色を変えるヒゲ面。
…ヒート・ヘイズの、スコーピオン。
俺も何度も聞いたことがある、ずっとここから西に名を上げた奴の話。
「毒針のスコーピオン!?」
何でそんな超有名人がこんな所に!?
俺は今の危機的状況や痛みを忘れて目を輝かせる。
しかし、そこで現れたのはあの珍妙な客人、ちっこいのとノッポと二人とラクダ一匹だった。
「お前ら…」
唖然とする俺をすり抜け大男がちっこいの目掛けてその顔ほどある手を広げる。
「…逃げろ!!」
俺は血相を変えて叫ぶ。
だが、ヤバイと思った瞬間に思わぬ方向に勝負は決した。
ドドドドド…。
物凄い勢いでちっこいのが針を投げると、大男はあっさりと顔をヒクつかせながら倒れる。
「こっ…この野郎!!」
俺の背後にいた奴らが石つぶてを担ぎ上げて、不細工な形相で怒り声を上げる。
未だ唖然とする俺とヒゲ面をすり抜けると、針を片手にちっこいのは呟く。
「傷口をしっかり押さえとけよ…」
雄叫びを上げ岩を投げる男の顔めがけてマントを投げつけ、もがくそいつらめがけて無数の針を放つ。
「ガハァ……!」
数人の屈強な男共が目の前で倒れる中、ちっこいのは汗ひとつ流さずに俺たちに向き直った。
「なっ…なっ…何しやがったー!?」
ヒゲ面が驚愕のあまり開いた口が塞がらないでいる。
「…鍼術。本来、経穴を刺激して人体の活性を促す医術だ。他の奴らはどうだか知らねーが、俺はその気になれば神経も麻痺させられる」
針を片手に律儀に説明するそいつを見ながら俺は目を見張る。
そんな俺を無視してヒゲ面は焦った様子で荷物を漁る。
「ハッハッハー!どうだ!コイツで吹っ飛ばされたくなければ下がれ!!」
火薬の詰まった樽に松明を近づけるヒゲ面。
流石にスコーピオンの動きも止まる。
しかしそこへ、ノッポのアホが竪琴を片手に乱入する。
「さてはそこのアナタ!ワインを独り占めする気ですな!!許しませんぞー!」
「………ヘブゥっ!」
竪琴の横殴りを受け、ヒゲ面の歯が岩場の影に吹き飛ぶ。
目を見開く俺たちの前に倒れるヒゲ面。
しかし…。
松明の火が樽の紐に燃え移り、ジリジリと音を立て樽の穴に向け四方踊る様に上がって行く…。
「ヤバイ逃げるぞ!」
男共が悲鳴をあげながら、我先にとヒゲ面と共に逃げて行く中、俺は固まる。
「おい、何やってる!早くここを離れるぞ!死にてーのか!?」
放心したままだった俺は、その呼びかけに我に返り出口へとスコーピオン達を誘導する。
「ここを潜った方が早い!急げ!!」
狭い道を身を屈めながら急いで進む。
そして、どこまで続くか分からない暗がりの先に、目も眩むような日差しを受けた…。
何とか無事だった荷物を集め、瓦礫となった流砂の落ちる洞穴を行くスコーピオン達。
俺はただ一人何時もの定位置に座り、埋まっちまったオアシスの上の瓦礫に、水切りをするよつに石を投げつけた。
「…何だ、慰めてくれんのか?」
顔を寄せてきたラクダの顎を撫でてやる。
「お前のラクダは利口だな…」
しけた面して近ずいてきたスコーピオンに俺が空元気でそう言うと、そいつのは重い口を開く。
「…済まなかったな、お前の家をこんなにしちまって」
「謝んなよ、お前のせいじゃねぇだろ。それにもういいんだ。いつかこうなるような気もしてたからな…」
乾いた笑みを浮かべながら、手に持って遊んでいた石を手放す。
コロコロ転がる石を見て、口をつぐむと悔しさが一気に押し寄せ俺は歯を食いしばりながら地に両手を叩きつけた。
「…何て、割り切れる程カッコよけりゃ良かったんだけどな……!!」
俺の悲痛な情けない声が辺りに響く。
そいつは暫く何も言わずに、静かに俺の隣に座ると、首を寄せて来たラクダを撫でながら言った。
「…コイツの主人は、実は俺じゃねーんだ」
唐突に話題を変えてきたそいつの顔を見上げ、話に耳を傾ける。
「コイツの主人は…。アーリーは、自由奔放で無表情で食欲旺盛で正直変な奴だけど、水を出す事が出来る妙な力を持ってた」
俺は徐に身を起こすと、真剣に話すそいつの目を見る。
「その力で訪れた町に水をもたらしたりもしていた。もしかしたら…アーリーならこのオアシスを元に戻す事も出来るかもしれない」
「…スゲーなそいつ、会えるもんなら是非会ってみたいねぇ」
虚しく乾いた声で笑うと、そいつは思いっきり胸ぐらを掴んで訴える。
「…嘘じゃねーよ!俺とあのアホは確かに見たんだ!!」
必死の訴えに俺が空いた口を閉じてゆっくり一つ頷くと、そいつは再び座り込み言う。
「済まねーな、いない奴の話をしてもしょーがねーってのに…」
俺は暫くして歯をむき出して笑うと、ガッハッハと豪快に笑い声を上げてそいつの肩をバシバシ叩いた。
「仕方ねぇ奴だなお前!しょうがねぇからその話、乗ってやるよ!」
咳き込みながら俺を少し不満そうに見るそいつに俺は立ち上がって言う。
「信じてやるってんだから、そんな顔すんなよな!」
更に笑い飛ばし、ジト目で背中を摩るそいつを見下ろす。
「前にも言ったが俺はリカルロ。穴蔵のスネークでこの辺じゃ名を上げてんだぜ!とりあえず今、家を無くしちまって暇だから彼女探し付き合ってやるよ!!」
「はいはい、それはどーも」
やたらテンションだだ下がりのそいつの態度もまぁ気にせず、俺は最後に手を差し出して言う。
「そんなわけだから、まぁよらしくなスコーピオン!」
俺がそう呼んだ瞬間、みるみるうちに顔をうつむかせワナワナ震えるスコーピオン。
何だ…少し様子がおかしくねぇか?
「どうしたスコーピオン?そんなに感激するこたーねぇだろ兄弟」
更にワナワナ震えるそいつは火がついたように顔を上げると、俺に飛びかかる勢いで言った。
「やめろーオォ!その名で俺を呼ぶんじゃねー!!」
「なっ!?おいどうしたスコーピオン!!」
「呼ぶなっつってんだろーが!!」
砂漠に男三人と一匹。
こうして俺の旅は多少むさ苦しい中、水辺を求めて始まった。