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砂漠のアーリー  作者: 辻村深月
1/6

盗賊と少女

昔むかしその昔

水の巫女が死んだ


塔から真っ逆さまに落ちた

五色の蝶が光を放ち


彼方へと飛び去った

大地は砂漠に覆われる


母なる女神よ水をおくれ


我らは待っている

水の巫女と五色の蝶を



砂の吹き抜ける町ヒート・ヘイズ。

風に削られた石垣の一角で唄を歌い終え、ニカっと怪しげな吟遊詩人は笑うと、こっちを見て言った。


「いい唄だったろう?」


俺は一貫して胡散臭いと言わんばかりの表情を貫きそいつに言った。


「で、俺にそんな唄聴かせてどうしたいワケ?」


言い終えるや否や、そいつはバッと手を差し出すと、さも当然のように言った。


「唄にもある通り、今メチャクチャ喉が渇いている、水をくれ!」

「やらねーよ」


水袋に手を伸ばしたそいつの手を叩き落としあしらう。


「そもそも歌詞が暗過ぎだ、しかも誰でも知ってる民話じゃねーか」

「それ以前の問題だと思うぞ小僧」


近くのおっさんがそう言うと、その詩人はマントを翻し声を荒げる。


「失敬な!私は今をトキメク天才詩人! 賛美を受けはしてもケチをつけられるいわれはないですぞ!」

「天才名乗るんならそのふざけた格好何とかしろよ」


羽根つきターバンに妙にカラフルなマント。

黙っていればいい男に見えなくもないが、かなり残念な身なりをしていた。

そうしている内に、俺以外の集まっていた奴らからも野次が飛ぶ。


「くだらねー唄で水をせがむんじゃねぇ!」

「そうだ、もっとチャントやれ!」


彼方此方から小瓶や壺などありとあらゆる物が飛び交う。

何とも珍妙な状況下で、詩人の近くにいか気弱そうな細い男が、見かねて前に出てその場を治めようとした。


「みっ皆さん落ち着きましょう!」

「そうだ!どうせならクラップの嵐を浴びせて欲しいですな!」

「あんたちょっと黙ってろ!」


崩れずに残った石造りの壁の上であぐらをかき、あーあ、と思いながら静観していると、そんな俺の前を小柄な人影がラクダを引き連れて横切った。


「まった、そこの可愛らしいお嬢さん!」


すかさず詩人がその人物の前に回り、懲りもせずにまた手を差し出す。


「ここで会ったのも何かの縁、哀れなこの天才詩人に水を恵んでくれてもいいのですぞ!」

「だから黙れこの物乞い!」


野次が飛び交う中、少女が顔を上げると、フードと布の間からこの辺では珍しい青い瞳がチラつく。

周囲が固唾を呑む中、少女は少し布を上に上げるとその青い瞳で詩人をとらえた。


「なぜ僕が、見ず知らずの君に水を分け与えなければならないんだい。水は汲みに行けばいい、干上がっていなければのはなしだけれど」


思いも寄らない手厳しい返しに、詩人も周囲の者も目を点にし石のように固まった。

そして何事もなかったかのように歩いて行く少女。

笑い転げたい衝動を必死に堪え、俺たちは旅人達を見つめた。


「あー可笑しい。本当に今回は随分また面白い奴らが来たな」


黒いフードを後ろに降ろし、堪えきれずに吹き出した。


「身包み全部剥がされた後の反応が楽しみだよ」





日が暮れた頃。


「いやー、水を恵んで頂けるなんて本当に、感激のあまり涙が溢れますぞ!」

「構わねーよ、人助けが趣味なもんでね」


ちょっと優しくしてやると直ぐについてきた詩人にもう 腹筋が崩壊しそうだ。

ここまでバカな奴は初めてだ。

そいつが酒を飲んであっさり眠ると、お頭は俺の方を見て言った。


「こいつの相手は俺たちがする。お前は今朝の娘を可愛がって来い」

「女が相手じゃ気がのらねーなー」


ワザとらしく面倒くさそうにそう言うと仲間がケラケラと笑う。


「お前が出るまでもねーだろうが、用心深そうだったからな。年が近い方が油断するだろう。頼んだぞスコーピオン」

「…その名前やっぱ止めない?小っ恥ずかしいんだが」


そう言った俺をからかい、また仲間がゲラゲラと笑った。





「あー本当にきがのらねーなー…」


頭をカリカリかきながらため息をつく。

でも生きるためには仕方ない。

どんどん水と食料が手に入り難くなる世の中で生きるためには、普通にやってたんじゃ生き残れないんだ。

そう思いながら歩いていると、夜市でさっそくターゲットを見つけた。

さーて、軽く転がしてやるか。


「そこのお嬢ーさん。何か探し物?」

「……誰?」


訝しげにさっそく見つめてくる青い瞳に、初っ端から冷や汗が流れる。

こいつはかなり手強そうだ。


「良く聞いてくれました!俺はこのヒート・ヘイズの町人、人の良いことで名の通ったスコーピオンってんだ、以後お見知り置きを」


両手を広げて大袈裟に自己紹介をすると、その少女は更に訝しげな顔をし、静かに言った。


「スコーピオン…名乗ってて小っ恥ずかしくないの君」

「やめてー!そこ頼むから突っ込まないでくれ頼むから!」


顔を両手で覆って心が折れそうになっていると、少女がクスクスと笑った。

少女は顔を覆っていた布を徐に外すと、手を差し出して言った。


「君は面白い奴だな。アーリー・イヴニンだ。こちらこそお見知り置きを」


俺は目を見開いて少女アーリーを見つめた。

銀の長い髪に青い瞳と言う変わった髪や瞳の色もそうだが、何よりアーリーの左頬には、そこを埋めつくさんばかりの、大きな蝶の刻印が彫られていた。

アーリー・イヴニン…宵、ね。

直ぐにいつもの調子を取り戻し、アーリーの手を取る。


「いやー良かった。軽くあしらわれるかと思ったよ。じゃぁ改めて、何か探し物かい?案内するよ?」


あざとく笑いかけると、アーリーはまた無表情に戻り淡々と言った。


「この辺に美味しい蜜を売っている店はないか?出来れば多めに欲しいんだが」


蜜…?

妙な注文に一瞬思考が止まったが、直ぐにまた笑顔を作り露店を指差す。


「蜜って蜂蜜かい?美味しいよねー、それなら多分あの左側のテントの方に…」


何だ案外簡単だと、ホッと胸をなで下ろしていると、アーリーの姿が忽然と消える。

嘘だろ!どこ行った!?

慌てながら周囲を見回せば、早速蜂蜜を買い占めているアーリーを見つけ思わず転けそうになる。


「…何をしているんだサソリさん」

「いや!それ聞きたいの俺の方だから!てゆーかサソリさんって何!?」


取り乱す俺を見ながら蜂蜜の瓶を手放さないアーリー。

もうどこから突っ込んで良いのかわからないくらいこいつは何かおかしい!?

そんな俺を一瞥すると、アーリーは何か思い至ったように笑いながら言った。


「君は大袈裟に笑っているより、そうしている方が自然だな」


今朝俺が座っていた場所に腰掛け、黙々とナンに蜂蜜をつけて食べているアーリーを前に、俺は何だか良くわからなくなってきていた。

そのまま何も言わずに隣に座り込むと、張り巡らされたテントの垣間から星空を見上げて思う。

何で俺こんな事ばっかしてんのかな。

そんな俺の服を軽く引いて、隣に座る少女は言う。


「空になった、次の瓶を取ってくれ」

「早過ぎない!?食べんの早過ぎだろ!どんだけ蜂蜜つけたんだよ!?」


そう叫んだ後、バツが悪くなり顔が歪んだ。

ターバンを外して頭をかき回しすと、俺はなんとも言えない情けない気分になった。

アーリーと居ると、どうも調子が狂う。


「どうした?」


問いかけてくるアーリーにどう答えようか迷う。

覗き込んでこんな俺を心配する青い瞳を見て

俺はプッと少し吹き出すと、笑いかけながら答えた。


「らしくなく感傷的になっちまったよ。そういうの一番いけねーんだけどな…」


ターバンーを巻き直しながら、一つ目を閉じた後、俺はアーリーに背を向けヒラヒラと振り返らずに手を振った。


「じゃーなアーリー、達者で暮らせよ。あと、もうここには立ち寄るんじゃねーぞ」


俺はそのままその場を立ち去った。

アーリーは小瓶を片手にその場に立ち尽くしたまま何も言ってはこなかった。




アジトに戻ると思っていた通り、俺は冷たい視線に晒された。


「おいスコーピオン、鴨はどうした?」

「だからその呼び方止めてくれないか?」


詩人はグルグル巻きにされ吊るされている。

何も取られた形跡がないが…。


「こいつ目立つ格好してる癖に本当に金目の物持ってなくてよ」

「…マントすら幾らにもならないってある意味スゲーなおい」


そう言った俺にお頭が足音を立てながら近ずく。


「どういうつもりだ?お前が取り逃がすわけねーよな。まさか情がうつったんじゃねーだろうな!!」


お頭の持っていた酒瓶が割れる。


「あぁ…勿体無い」

「お前は黙ってろ詩人」


ぞろぞろと部屋に仲間が集まって来た。

…正直長い付き合いだったから、殺りあいたくは無いが、こうなったら仕方ない。


「覚悟はできてんだろーなスコーピオン」

「だからその名前で呼ぶなってお頭…串刺しにするぞ」


何本かの針を取り出し、強面達を威嚇する。

…何で俺がスコーピオンって呼ばれているかって言えば、俺自身と言うよりこの毒針の異名だ。


「詩人さんよ、動くなっつってもそんなに動けないだろーがジッとしてろよ。手元が狂うからな」

「怯むな!毒針のスコーピオンと言っても相手は一人だ」


俺の針に恐れを抱きながらも、お頭の指揮で向かってくる野郎共。

右から3人、左から5人…。

位置を確認しながら針を投げようとしたその時。


「サソリさん、サソリさんはいるか?」


その声に俺の思考はまた止まる。

何でここが…。

お頭がアーリーの首に短剣を当てる。


「観念するんだなスコーピオン、惚れたんだか何だか知んねーが武器を捨てな」

「止めろ!そいつは関係ない!」


俺がそう柄にもなく叫ぶとお頭達はゲラゲラ笑う。


「忘れたのか、これが俺たちが盗賊のやり口よ。欲しいもんはぶん取り、いらなくなったら切り捨てる。お前はもっと利口だと思っていたが、とんだ見込み違いだったな」


苦虫を噛みながら思う。

俺は一体ここで何をしていたんだと。

観念し言われた通り武器を捨てようとした時、すうっと息を一つ吸い込み、アーリーが言った。


「君達、いま一つ状況が掴めないが、サソリさんとその変な人に何をするつもりだ?」


ポカンと一瞬、その場の者が皆唖然とした顔をしたが、直ぐにまたゲラゲラと高笑いをする。


「そりゃーお嬢ちゃん、見る影もなく八つ裂きにしてボロ雑巾のように捨てるのよ」


止めろアーリー、そいつらの注目を集めるんじゃない。

隙を見てアーリーだけでも逃がそうと思っていた俺は気が気じゃなくそれを見守る。


「それは困った人達だな」


アーリーはそう言うと、顔を覆っていた布とフード付きのマントを脇に落とす。


「何だあの頬は…!」


アーリーの左頬を見て、強面達が騒ぎ始める。


「おい!あんまり動くんじゃねぇ!」


頭が怒鳴りながら短剣をアーリーに更に近づけた。

ヤバいと思った俺も針を構える。

しかし、事は予想外の方向へ向かっていった。


「あまりか、心配せずともそこまで動く必要はない」


アーリーが弧を描くような短い変わった剣を机に突き刺すと、奇妙な蝶の模様が部屋を覆った。


「なっなんだ!何が起こってる!?」


青白い光にその場の者は皆騒ぎ立てる。


「加減はしてやる、少し頭を冷やすがよい」


突如として、部屋中を渦巻く水流が覆い尽くす。

周りの者が叫び声を上げてそれに呑まれていく。

俺も覚悟を決めて腕で顔を庇ったが、いつまで待っても苦しくはならない。

他の者がもがいているのを眺めながらその光景にただ呆然としていた。

暫くして水か引き、伸びている野郎共を見ながらズルズルと座り込んだ。


「無事かサソリさん。まだ礼を言っていなかったな」


平然とした顔で近づいて来たアーリーがまだ呆気に取られている俺の頬に手を当て言う。


「案内ご苦労だった、君のおかげで久しぶりに良い買い物が出来たぞ…感謝する」


アーリーの目と同じ色に光る蝶の刻印を見ながら、俺はただ固まっていた。

そこへ、俺たちの頭上で縛り上げられたままだった吟遊詩人が苦笑まじりに言う。


「あのー、そろそろ私を助けてくれてもいいのですぞ…」




月明かりの下、人知れず町の門に立つ三人と一匹。


「…アーリー、本当にもう行くのか?」


俺が少し声を殺しながら言うとアーリーは一つ頷く。


「一つの町に長くはいられない、まして力を見られてしまっては」

「何んかよくわかんねーが、そうなのか?」


困惑する俺をラクダの上から見下ろしながら、アーリーは笑う。


「僕がこの地に訪れた事で少しは水に困らなくなる。サソリさんも達者でな」


一人で砂漠に入ろうとするアーリーの前に回り、俺はラクダの手綱を掴んだ。


「まてよアーリー、お前のこと良く知らねーし正直人間か疑ってるけど、女が一人で砂漠を渡り歩くのが無謀なことくらいはわかる。何かお前強いけど天然っぽいし、何よりこのまま借りを作るのは嫌なんだ」


アーリーの青い瞳が揺れる。

俺は気にせずそのままアーリーを見て言った。


「絶対足は引っ張らない、だから俺を連れて行け。こう見えても世渡り上手だからな」


だがアーリーは俺の横をすり抜けて行ってしまう。

やっぱダメかと頭をかき回すと、後ろからアーリーの声が響いた。


「サソリさん、構わないけれど無理はするなよ」


俺は振り向くと、ラクダに乗って砂漠を行くアーリーを追いか走った。


「アーリー、一つ言いそびれてたけど俺の本名はスコーピオンでもサソリさんでもなくアルバだ。宜しくな」


そして呆気に取られていた一名が俺たちの後ろから叫びながら駆け寄ってくる。


「ちょっと、お待ちくだされー!水にタダでありつけるなんてズルイですぞ!私もご一緒させて下さーい!」


砂漠に三人と一匹。

こうしてよくわからん内に、俺たちの奇妙な旅が始まった。



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