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とりあえず斬っておこう  作者: 九
グランフェルド王国
7/25

⑦グランフェルド城  ~貴族と庶民は水と油~

 「じゃあソニアは明日謁見だから、明後日出発だな。気を付けろよ」

協会を出たところでアルはソニアに言った。すぐに東の大樹海に向かう為、ここでソニアと別れるつもりのようだ。ソニアは頷いた。

「十分気を付けるさ。アルも気を付けてな。大樹海で会おう」

2人は簡単に別れの挨拶を済ませると別々の方向に歩きだした。アルは東の門へと向かい、ソニアは武器屋や道具屋が並ぶ街の中へ。お互いに振り返ることはせず、すぐに思考は次へと向かっていた。

東の門は多くの旅人や行商人で賑わっていた。その中には当然冒険者の姿もあり、これから依頼に出かけるのだろう、4人で固まって相談し合っている。そんな人間達を眺めつつ、アルは門番に声をかけた。

「門番さん、東の大樹海ってどのくらいの距離かな?」

「徒歩だと4日程かかるだろう。馬なら明日の昼か、遅くても夜にはには着くな」

アルの質問に答える門番は、その間も出入りする人間を注意深く見ている。時折すれ違う人間に手を上げて応えているのは常連の行商人だろう。

「ふーん、ありがとう」

アルはそれだけ言うとさっさと門を抜けて街道へと足を踏み出した。そのまま暫く歩を進め、王都が見えなくなるほど離れてから街道を外れて岩肌のゴツゴツした荒野の方向へ。そして周囲に人がいないのを確認すると、

暴食魔剣グルメソードリバース。イビルホース」

剣が赤く発光する。次の瞬間アルの前に3mの巨大な黒馬が出現した。目は赤く燃え盛り、身体には紫の線が走っている。尾は黒い煙が揺らめきののちに中空へ露散し、人の顔程もある蹄は逸るように大地を蹴っていた。

 生物は収納することができない暴食魔剣グルメソードだが、元々生きていないゾンビ系や吸血鬼などなら傷をつけるだけで収納できるのだ。その為出現したイビルホースの顔には斜めに大きな傷があった。イビルホースはアルの姿を認めると、従順に前足を折り畳み、その背に乗りやすく体高を下げた。アルはその背に飛び乗った。

「こいつなら夜には着くだろう。街道を避けて目立たず素早く樹海まで行きますかね」

そして、旅人が見たら腰を抜かしかねない巨大馬に指示し、荒野を駆けるのであった。


 フアナは街道をひたすら東に向かっていた。乗っている馬がばてないよう早足程度の速度を維持し、時折方向を確認しながら先を急ぐ。馬を走らせながらフアナは昨日会った簡易レザーメイルの男のことを考えていた。

(もしあの男がナイザー達三人を消したのだとしたら、少なくても私と同等のB級冒険者でないと相手にならない可能性が高い。しかし、そんな実力を持つ男が無名なのはどういうこと?)

フアナは他国の人間かとも思ったが、少なくても他国のC級冒険者以上の情報は逐一ギルドに入ってくるので、そんな人間がグランフェルド王国に来ていればすぐに察知できるはずと可能性から外した。

(結局、考えても無駄なことか。魔法で姿を変えていればそれまでだし、名の広まっていない強者というものがまだまだいるのかもしれない)

でも、もしかしたら、とフアナの思考は止まらなかった。自分がこんなにも他人に興味を持つなんて珍しい。フアナは自分があの男に会いたがっていることに気がついた。そして、戦ってみたいと。

(ふふふ、私にこんな感情があったなんて。なぜだろうか、あの男には私の力をぶつけたくなる)

フアナはその無表情な顔を崩し、不敵に微笑んだ。遠くない未来にその願いが叶う予感がしていた。


 アルは日が沈むまで荒野を走り続け、辺りがすっかり暗くなる頃ようやく大樹海にたどり着いた。イビルホースから下りると、真っ暗な闇に覆われた樹海の中を見つめる。

「ふー、到着っと。それにしても、今にも何かが飛び出てきそうな妖しい雰囲気がある森だな。うんうん、冒険者の血が騒ぐねぇ」

大大陸での超巨大な魔物狩りでも、魔大陸の常識外な死霊使いとの戦争でも、似たようなぞくぞくする空気があったなと、アルは微笑んだ。これがあるから冒険者はやめられないよなぁと苦笑する。

暴食魔剣グルメソード

アルの言葉で剣が赤く発光する。イビルホースは最後に悲しそうに嘶いたが、問答無用に剣へと吸い込まれた。

「さてと、ひとまず探索は明日からにして、野営の準備でもするか」

アルは暴食魔剣グルメソードから野営道具を出現させ、慣れた手つきで今夜の寝床を整える。

400年ぶりの中大陸の猛者は、どのような驚きをもたらしてくれるのか。アルは逸る気持ちを抑えて作業を進めた。


 翌日、ソニアは城門前でレヴォーナと、それに同行するシドとカームと合流した。シドはソニアよりも背が高く、アルと同じくらいの身長だ。2本の双剣を背中に差し、鎖帷子の上からブラックメタルの胸当てを身に着けている。栗色の髪は短髪で、表情は少々厳めしい。一方カームはソニアと同程度の身長で、鎖帷子に白いマントと身軽そうな格好だが、貴族だけあって装備の一つ一つに高級感があった。短剣のみしか腰に差していないところを見ると魔法がメインなのだろう。ブロンドの髪は耳が隠れる程度まで伸ばされ、女性のようにサラサラしている。その容姿は2枚目だが、他者を蔑むような表情が貴族特有の傲慢さを表しており、ソニアは一目で嫌いになった。またレヴォーナも謁見のためにいつもより豪華で洗練されたローブを身に着けており、その美貌と相まってまるで高貴な身分の貴婦人のようだった。門番の2人は視線がレヴォーナにくぎ付けとなっており、なぜかその内の一人は「わ、私にはグロリア様という心に決めた人が―――」などと意味不明な事を呟いていた。しかしソニアとシドはそんな装備など無いためいつも通りの身なりである。それを見たカームが苦笑いした。

「王との謁見だというのに、そんなみすぼらしい恰好で来るとは。これだから庶民は」

カームの率直な言葉に、ソニアは眼光鋭く睨みつけたが、特に何も言わなかった。シドに至っては完全に無視している。それを見てカームの顔に他者を見下すような微笑が浮かぶ。

「ソニア・・・と言ったかな?何か文句がありそうな顔だね」

「・・・気にするな。実力がない奴に限って見栄えで誤魔化そうとするのに異議はない」

ソニアはカームに冷たく言い放った。カームの顔が歪む。

「へぇ~、貴族である僕にそんな口を利くなんて、死にたいのかな?」

「冒険者は実力が全てだ。貴族であることなど道端に落ちてる紙屑程の価値も無いと知れ」

「っ!!、なるほど、今の貴族を侮辱する発言は心に留めておくことにしよう。ところで、E級冒険者になるためにその貧相な体ではさぞ苦労したんじゃないかい?手伝わせた冒険者には体以外で何を差し上げたのか、ぜひ教えて欲しいものだ」

「・・・冒険者は実力が全てだと言ったのにもう忘れたのか?その頭の中にはノミ程度の知性しかないようだな。貴族は知性に優れた方が多い思っていたが、何事にも例外がいるということなのだろうな」

二人の侮辱の応酬は止まらず、その隣にいるシドは完全に無視を決め込んでおり、間に入って止める気はないようだった。

 レヴォーナは溜息をつくと唐突に指を鳴らした。するとソニアとシドの口が接着されたように閉じられた。二人は突然のことに両手で口を開こうともがくが、その二人をレヴォーナは冷たく見据える。

「次、私の前で不快な口論をしたら、四肢をもぐわよ?わかったら黙ってなさい」

レヴォーナが背筋をゾッとさせる声色で言うと、二人の口を閉ざさせていた魔法が解けた。二人は大きく息を掃き出し、引きつった顔で何度も頷いた。

「さ、馬鹿はここまで。行きましょう」

レヴォーナが城門をくぐると、ソニア、カーム、シドが後に続いた。結局シドは一言も口を開かなかった。


 「ここで待つように」

玉座の間に続く扉まで案内した近衛兵は、そういうと去って行った。四人は先ほどのこともあり無言のまま待機する。少々気まずい空気だったが、ソニアはカームと話すのに比べたら遥かにマシだと、無言のままさり気なく周りを見渡した。

 ここまでの案内中でも城の豪華さに驚いたが、この回廊は豪華なだけでなく心を落ち着かせる静謐な雰囲気があり、言葉にできない感動があった。また、比べるようなものではないと判ってはいても、庶民の家とのあまりの落差に僅かな憤りを感じた。

 ソニアが回廊を眺めていると、奥の角から1人の騎士が曲がってこちらに歩いてくるのが見えた。背が恐ろしく高い。甲冑を着ているとはいえ、2mは楽に超えている。ソニアはその騎士が誰なのか知っていた。いや、知らない人間などおそらくいないだろう。ソニアは傍らにたたずむレヴォーナに声をかけた。

「レヴォーナさん、あちらを」

レヴォーナはソニアの声で近づいてくる騎士に気付いた。シドとカームも気付き、2人は驚愕で目を見開いた。騎士はソニア達の前まで来ると立ち止まった。

「お久しぶりです。グロリア様」

レヴォーナは畏怖と敬意の籠った声で、元王国のロイヤルクラウン、『白騎士』グロリアに挨拶した。

「久しぶりだなレヴォーナ。同じ街に住むのだから、もっと顔をみせれば良いのに」

兜越しだというのに、その声は美しく、惹きつけるものがあった。レヴォーナは困ったように苦笑した。

「いつでも会えるということが、逆に会う機会を少なくさせているのかもしれませんね。グロリア様はお変わりありませんか?」

「変わりない。相変わらず、手合せするに足る人間がおらず暇を持て余している」

兜で表情は判らないが、わずかに苛立ちを含んだ声に、関係ないにも関わらずシドとカームの体が震えた。ただそこにいるだけで、常人には耐えがたい威圧感があった。

 ソニアはグロリアを見つつアルのことを考えていた。

(あのアルとグロリア様を戦わせたらどちらが強いのだろうか。普通に考えればグロリア様に勝てるはずはないが、しかし、あいつは普通ではないからなぁ。む、もしやこの状況、もしアルが当初の予定通りここに来ていたら斬ってみたいとか言い出して大惨事になっていたのではないか?なるほど、それを見越してアルを外したのだな。さすがレヴォーナさん)

ソニアがそんな当たらずも遠からずなことを考えていると、グロリアがソニア達三人に顔を向けた。

「この者達が今回カイル王子とともに成人の儀に同行する冒険者だな?」

「はい、E級冒険者として実力は問題ありません。実力は」

実力はという部分を強調するレヴォーナに、先ほどのこともあって縮こまるソニア。レヴォーナの目が冷たく細められていたので、ソニアは絶対に目を合わせないようにした。

 ふと、ソニアはグロリアが自分を見ていることに気付いた。はて?と首を傾げる。

「ふむ、君の名前は?」

「・・・ソニアです」

グロリアの問いかけにソニアは訝しげに答えた。レヴォーナは興味深そうにやり取りを眺めている。

「私を見てもさして動揺が見られないようだな。もしや、私と同等の力を持った人間に会ったことがあるのではないか?」

「グロリア様と同等かは判りませんが・・・もっと身の危険を感じる馬鹿が身近にいまして」

ソニアはアルの今までの行動を思い出し、暗い声で答えた。なぜか隣でレヴォーナが慌てている。

「ほう?・・・良ければその者の名を教えてもらえないか?興味があるな」

「あ、あのっ!グロリア様、そろそろ謁見が始まりそうなのでこの辺で!」

グロリアの質問にソニアが応えようとすると、横からレヴォーナが口を挟んだ。見ると、こちらに近づいてくる近衛兵の姿があったので、間もなく王との謁見が始まるようだ。グロリアは残念そうに首を振った。

「もう少し話していたかったが、時間のようだな。レヴォーナ、近いうちに協会に顔を出すから、この続きはその時にしよう。ソニアも精進して励むようにな」

レヴォーナはグロリアの言葉でなぜか顔を青くして固まっていた。ソニアは疑問に思ったが、自分の名を覚えてくれたことに感激してそのことはすぐに頭から抜けてしまった。ちなみにシドは終始姿勢を正して固まっており、カームは青い顔で震えていた。

 グロリアが去るのと入れ違いで近衛兵が謁見の準備が整った旨を伝えに来た。そして、ソニア達が到着したことを告げる号令とともに、玉座の間の扉が開かれた。





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