⑤ソニアと書いてイケニエと読む ~己の不運を嘆いて~
アルはナイザー達との戦闘、というよりも一方的な両断の後、西の門から狩りに出掛けた。しばらく街道を歩くと、見渡す限りの大草原が見えてくる。のどかで、果てしなく芽吹く草花が殺人で荒んだ心を癒した。
いつまで経っても人を斬る感触は慣れないもんだと、アルは溜め息を吐いた。しかし、殺しにきた相手を生かす愚かさは冒険者になって早い時期に学んだので、しょうがないかと割り切ることにした。
街道を外れ、草原の奥へと進むが、魔物の姿はなかった。こんな見晴らしの良い場所では野生の牛や馬が草を食む姿だけで、魔物は獲物を得るのが難しいのかもしれない。と、アルが思案しているとそれは唐突に現れた。
「うん?」
アルの遥か上空から迫る影。アルは咄嗟に地面を転がり回避した。そのまま回転して立ち上がる。
空からの急襲。その正体はE級の怪鳥ストライクイーグル。体調2m、翼を広げると4mにもなる大草原のハンターだ。ストライクイーグルは再び大空へ舞い上がると、獲物に狙いを定めるかのごとく旋回する。
「おおー、・・・・・鳥だ」
魔物の名前が判らなかったので、見たままを呟くアル。腰の剣を抜き、空を見上げた。ストライクイーグルは捕食者として再びアルめがけて降下体勢に入る。そして、先ほどよりもさらにスピードを増して襲い掛かった。
「うーん、アホなのかな~」
目にも止まらぬ速さとはいっても、それはあくまで常人の話。アルとストライクイーグルが交錯する瞬間、暴食魔剣が振りぬかれた。結果は言わずもがな、あわれなストライクイーグルはどちらが本当の捕食者だったか理解せぬまま両断された。
「暴食魔剣」
アルはストライクイーグルの亡骸を収納し、さて散策の続きだと剣を納めた。しかし、
「ギュアーッ!ギュアーッ!」
遠くの空から雄叫びを上げながら2匹のストライクイーグルが接近してきた。今斬ったものより一回り大きい姿。どうやら今のは子供で、その親が上空の2匹のようだった。アルは納めた剣を再度抜いた。
「お~、美しき親子愛!でも、弱肉強食が自然の掟なんだよなぁ」
ソニアがここにいたら「逃げろ!この男に関わるなーッ!!」と叫んだかもしれないが、ストライクイーグルには不幸なことに、そこには舌なめずりする両断捕食者しかいないのだった。
協会を出たフアナは足早に歩きつつ懐からマジックアイテム『通信プレート』を取り出した。魔力を通し、プレートが白く発光する。
「・・・どうした?」
プレートから男の声が発せられた。その声は静かながら聞く者を怯ませる威圧感があった。フアナは現状を報告する為にプレートに口を近づけた。
「ナイザー、リーブル、メリッサが行方不明。直前に会った冒険者風の男が怪しい。このまま王国への指名依頼を受けるか、行方不明の原因を探るか、指示を」
淡々と報告するフアナの表情は何の感情も表れていない。ただやるべきことをやるだけと割り切った冷たさがあった。フアナの報告に、プレート越しの男はわずかに沈黙したが、すぐに決断する。
「指名依頼を優先しろ。一介の冒険者程度にやられるようでは、どのみちそいつらは必要ない」
男の声に蔑みと苛立ちが混じった。
「了解、では指名依頼『ミレニアムウルフの血の入手』に動く」
「応援が必要か?」
「いらない。A級の魔物でも、負傷させて血を手に入れるくらいできないで何がB級冒険者。3日で入手する」
「頼もしいな、さすが幻影」
男は楽しそうに賞賛した。フアナは応えず、プレートに通していた魔力を消して通信を終えた。そしてまずは情報収集と、王都に住む馴染みの情報屋を探しに歩みを速めた。
「まさか、こんなにも大家族だったとは」
アルはあの後ストライクイーグルの夫婦(だと思われる)を両断し、さらに現れたストライクイーグル祖父母(と勝手に解釈した)も両断、おまけに体長5mで真っ赤な毛のストライクイーグルファミリー最終兵器・帰ってきた非行長男(飛行と非行で掛けているわけではない。ちなみにただのストライクイーグル亜種)をも両断した。もちろん全て暴食魔剣に収納済みである。なかなか有意義な狩りだったと、アルは王都へ戻ることにした。
王都に戻りすぐさま協会へと向かう。途中ソニアを見つけ、逃げようとしたところを捕獲した。なぜかというと、レヴォーナから「もしアルが信頼できるE級冒険者がいたら、その人を護衛の1人としてアルの協力者にしてもいいわよー」と言われたからだったりする。ちなみにソニアが逃げた理由は・・・ありすぎる為省略。
離せー!私は普通の冒険者なんだー!斬ってもつまらないぞー!と、喚くソニアを小脇に抱え、アルは協会の扉を開けた。当たり前だが、うわさの3階級昇級男が、冒険者仲間の間では静かな人気を誇るソニアを小脇に抱えている姿に注目が集まらないわけがない。ソニアは途端に顔を真っ赤に染め、うう~生き恥だ~と嘆いている。
アルはとりあえずそのまま3階に上がり、レヴォーナの執務室をノックした。すると扉が勝手に開き、部屋の中ではレヴォーナが背を向けて執務机に座っていた。書類を片付けているようだ。
「今忙しいのだけど、なに?」
レヴォーナはわずかに棘を含んだ声で問う。アルは仕事の邪魔をするのも悪いと、持っていた物体、もといソニアをソファへとぶん投げた。「へぶっ!」と色々台無しな声をあげてソニアはソファに転がった。レヴォーナは椅子をクルリとこちらに向けて訝しげにアルを見る。
「・・・この子は?」
「今回の護衛の件で信頼できる冒険者がいたらって言ってたろ?それだ」
アルはチラリとソニアを見る。目があったソニアはそこに移るナニカを感じてビクッと震えた。
「俺が両断狂と知っているから、もし今回の依頼が失敗したらどうなるか・・・ってことが想像できるくらいには信頼できると思う」
アルは視線をソニアから逸らさずにレヴォーナに告げる。ソニアは何が何だか判らなかったが、なにやら不穏な運命に自分が嵌りつつあることだけは悟った。ソニアが言葉を発する前に、すぐさまこの言葉遊びを酌んだレヴォーナが先手を打つ。
「あらそう、まだ若いのに・・・それに期待のE級冒険者ソニアか・・・万が一の時は残念ね」
そこには多分に面白がる色を含んでいたが、軽くパニックになっているソニアは気付かなかった。
「じゃ、そいうわけで説明よろしく」
そういってアルは生贄の運命をレヴォーナに委ね、そっと扉を閉めた。どんなわけでっ!?とソニアは慌てて起き上がるが、その肩をやさしくレヴォーナが掴んで対面に座らせた。
「じゃ、そいうわけで説明するわね?」
ソニアは、レヴォーナの目が新しくオモチャを与えられた化け猫のごとく輝いているのを見て己の不運を嘆いた。
こうして、一匹の子羊が両断男の運命と交錯し、翻弄されてゆくのであった。
一階に下りたアルは、見知ったコリスの座る受付に向かった。アルが近づいてくるのに気付いたコリスは眉間に皺を寄せ、その隣に座る犬の獣人と思われる受付嬢は「ほわー、そういえばアルさんも簡易レザーメイルに剣を腰に差した装備ですねぇ」と呟いてなぜかコリスに頭を小突かれていた。「アイタッ」と頭をさする姿は見ていて癒される。本人には悪いが。
「冒険者協会グランフェルド本部へようこそ!・・・で、なんの用ですか?」
「おい、初めの時からの落差が大きくないか!?」
コリスの営業スマイル的なあいさつから、一転して嫌そうに問いかける声に、初期の明るく素直な受付嬢のイメージはもはや無かった。その態度は今度はどんなトラブルですかねぇと、言葉にするよりはっきりと表れていた。アルは俺が何をした?と思ったが、まぁ何もしていないといったらモゴモゴと、あまり話が膨らまないよう用件を伝えた。
「魔物の買取りをお願いしたい。ここじゃ狭いから、奥の素材買取りカウンターがあるホールでよろしく」
「・・・普通魔物の買取りではなく素材買取りって言うのですけど・・・討伐証明部位って言葉知ってますか?」
コリスがジト目を向ける。アルは頷いた。
「知らん」
じゃ頷くな。コリスの額に青筋が浮かんだ。
「はぁ~、じゃあ奥のホールに行くので付いてきてください。ラム、受付よろしく」
付き合いきれんと、さっさと奥に向かうコリス。アルは後ろを付いていく。残されたラムと呼ばれた犬の獣人らしき受付嬢は「ほわー」と見送った。
「それでは素材を出してください。」
前科があるので、警戒しながらコリスはアルに促した。アルは頷き、「暴食魔剣リバース」と発した。剣が一瞬赤く発光し、次の瞬間ストライクイーグルファミリー(アル命名)の死骸がホールに出現。一度経験済みなので特に驚くこともなく、それどころかほっとしたようにコリスは魔物の査定を始めた。
「ストライクイーグルが5匹、1匹はまだ子供ですね。それと、ストライクイーグル亜種が1匹ですか・・・本来はD級相当のストライクイーグル亜種はE級冒険者が単独で狩れる魔物じゃないんですがね・・・ま、アルさんに常識とか、ちゃんちゃら可笑しいですが」
コリスさん言葉使い!とアルは心の中で思った。
アルがしばらく待っていると、査定を終えたコリスが近づいてきた。
「今回の報酬額は銀貨50枚ですね。どうしますか?協会に預けておきますか?」
「そうだな。今日もらった昨日の報酬分がまだあるし、預けるよ」
「わかりました。冒険者証を貸してください。手続きしますので」
今回はあっさりと査定が済み、預金が金貨147枚と銀貨50枚になった。その後、そろそろ日も沈むということでアルは宿屋へ戻ることにした。
「あれ、そういえばソニア置いてきちゃったな」
宿屋に着く直前でソニアをレヴォーナに預けたままだったことに気付いたが、「ま、いっか」と軽く流して黄金の夜明け亭に帰るアルだった。